東方伝奇録

橋本健太

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Ⅰ 1840〜1886年 インパクト・オブ・チャイナ

3 アヘンの悪夢

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 清王朝では、アヘン中毒者が急増し、この現状を打破するため、1838年に道光帝は林則徐をアヘン禁輸の欽差大臣に任命した。
「林則徐よ。お主を欽差大臣に任命する。アヘンを取り締まってくれ。」
「分かりました。」
林則徐は、1785年に福建省で生まれた。1811年に科挙に合格して進士となる。1837年に湖広総督になり、そこでアヘン根絶の実績を上げ、黄爵滋の「阿片厳禁論」に賛同し上書した。その実績を道光帝は評価し、欽差大臣に任命された。

 1839年、徐傑はアヘン中毒者急増による社会不安に、一種の無力感を感じていた。清王朝は康煕帝・雍正帝・乾隆帝の時代に、全盛期を迎えたが、それが長く続いた事で、平和ボケと中華思想による慢心、十全武功と三角貿易による財政難で徐々に腐敗し始めていたのだ。
「アヘンをどうにかしないと、清王朝は滅んでしまう…。」
不安に思う徐傑。跡を継ぐために、自分でも饅頭を作るが、心情からか味がイマイチである。
「軽石食ってるみたい…。」
しばらく経ち、僅差大臣として林則徐が広州に派遣された。林則徐は、アヘンに対して厳罰主義で臨み、広州に来た外国人商人達を取り締まった。
「アヘンを持ち込んだ者は、死刑に処す。」
外国人に動じることなく、林則徐はアヘンを取り締まり、アヘン窟からアヘンを没収し、同年6月から処分し始めた。処分池を用意し、アヘン塊を切断して水に浸した上で、塩と石灰を投入して化学反応によって無害化させて海に放出。約1400トンのアヘンを廃棄処分した。林則徐の措置に対して、イギリス貿易監督官チャールズ・エリオットは反発し、商人達を率いてマカオに退去した。

 この年の夏、天然痘で徐漢人と徐寧は亡くなった。葬式が終わり、最後はあの世で使うお金として、紙銭を燃やした。悲しみにくれる中、清王朝の内憂外患を憂う。
「父と母の若かりし頃の、輝かしき清王朝の面影は無い。アヘンに毒されてしまってる。」
墓の前で跪いて嘆く徐楊。空には、黒い雲が漂う。秋に、エリオットはフリゲート艦を率いて、清国兵船を攻撃した。イギリスは開戦を可決し、イギリス海軍はイギリス東洋艦隊を編成して清に派遣した。
「東亜病夫よ、文明の一撃を思い知るがいい…。」

  1840年夏に、イギリス東洋艦隊の軍艦16隻・輸送船27隻・東インド会社所有の武装汽船4隻・陸軍兵士4000人が清に到着。広州に現れた漆黒の鉄の軍艦に、徐傑は戦慄した。
「何だあの船は?!」
清王朝も道光帝の命を受け、軍隊を派遣。アヘン戦争が勃発。清王朝は厦門・寧波などの揚子江以南の沿岸地域を死守しようとしたが、産業革命で発展したイギリス海軍との兵力差は歴然で、清王朝海軍のジャンク船は次々と海に沈められた。
「フン、そんな木の船で我々に通用するとでも、思ったのか?」
海軍のジョージ・エリオットは、上機嫌であった。力の差を見せつけられ、清王朝は完敗を喫した。海に沈められるジャンク船を見て、徐傑は絶望した。
「ジャンク船で、軍艦に敵う訳無いだろ…。」
1842年8月、清王朝はイギリスと南京条約を締結した。

南京条約
1 香港島をイギリスに割譲
2 イギリス人の広州・厦門・福州・寧波・上海の居住権承認と5港の開港及びイギリス領事の居住
3 公行の廃止
4 賠償金2100万ドルの支払い

更に附属協定が出来た。
1 領事裁判権
2 片務的最恵国待遇
3 関税自主権喪失

アヘン戦争で敗北した清王朝にとっては、一方的で不平等なものである。
「高額な賠償金、領事裁判権と関税自主権の喪失、更に香港島が植民地に…。」
この戦争は、清王朝の中華思想と朝貢冊封関係に基づく華夷秩序と、それによって構築された中華世界を揺るがすウェスタンインパクトであった。

 徐傑は、中国こそが東アジア世界の盟主であり、絶対的なものだと信じていた。それが夷狄のイギリスに木っ端微塵に粉砕されると思っていなかった。薄っすらと亡国の危機を感じていた。その頃、広州で拝上帝教を説く者が現れた。
「拝上帝教に入れば男女平等、ヤハウェは天父、キリストは天兄である。」
彼の名は、洪秀全。後に太平天国という地上の楽園を作り上げようとした者である。
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