東方伝奇録

橋本健太

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Ⅰ 1840〜1886年 インパクト・オブ・チャイナ

12 中華消滅の危機

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 1880年代の東アジア世界の動乱を見守っていた一人の学者がいた。彼の名は、黄阿海(中国語:ホアン・アーハイ 日本語:こう・あかい)。広州出身。清王朝そのものは、1644年に北方の女真人が明を滅ぼして、北京に都を置いて成立した。清王朝の太祖とされるヌルハチ(1559~1626年)。中国王朝においては、夷狄の存在である女真族(満洲民族)を盟主とし、康煕帝・雍正帝・乾隆帝の3人の頃に全盛期を迎えた。東アジア世界の盟主として君臨した清王朝は、明王朝の頃から中華世界に属していた李氏朝鮮と琉球王国をそのまま朝貢国に加え、そこから更に台湾やシャム(タイ)、阮朝(ベトナム)などを朝貢国にし、更に中華世界を拡大させた。

 広州の小さな自宅の書斎で、ここまでの研究をまとめる黄。満洲民族という、これまでの中華世界・中華思想においては夷狄という野蛮な存在であった民族が、この中華世界の盟主に立つということは、一部矛盾したものであった。康熙帝の時代には、明王朝の残党であった三藩を蹴散らし、ロシアとの戦争に勝利して、ピョートル1世とネルチンスク条約を締結して国境を決めた。これで一つ、基盤を固めることが出来た。清の皇帝は、愛新覚羅(日本語:あいしんかくら 満州語:アイチンギョロ)という姓で、満洲民族である。清の盟主となった満洲民族は、漢民族に対し、自分達の風習である辮髪という髪型を強制した。辮髪令というものを出し、「髪を留めんとすれば頭を留めず、頭を留めんとすれば髪を留めず」というようなお触れを出した。従った者には今までどおりの生活を保障するなど、威圧と懐柔を駆使した。
「康熙帝の時代には、このようなことをして基盤を固めた。」
続く雍正帝の時代に、軍機処というシステムを作った。一方で文字の獄という思想弾圧を行い、清王朝に逆らう者は処罰した。雍正帝は、清に反発する者の1人の曾静と論戦を繰り広げ、最終的には屈服させることに成功。その当時の記録として、大義覚迷録という本を出した。これにて、夷狄の満洲民族が中国王朝の盟主に立つという矛盾を克服することが出来た。続く乾隆帝の時代には、十全武功という実績に象徴されるように、朝貢国を増やし、更に清王朝の中華世界を拡大していった。東南アジアの王朝を朝貢国に加え、乾隆帝は「皇清の中夏」という結論を出した。これは漢・満・蒙・回(イスラム)・蔵(チベット)、それら全てをまとめて清王朝という極致に辿り着いた。18世紀末に中国を訪れたイギリス使節のマカートニーは、対等な立場の自由貿易を要求してきた。しかし、清は夷狄のイギリスに対し、朝貢冊封するなら認めてやる、と要求を退けた。

 その後、清王朝はそれまでの秩序では対応出来ない天変地異や人口爆発などに見舞われ、徐々に衰退していく。イギリスによる植民地のインドを経由した三角貿易が展開され、イギリスは茶が輸入されたことでティータイムやアフタヌーンティーなどの文化が形成されるが、清はインドから密輸されたアヘンによって、アヘン中毒者が急増し、内部から荒廃していった。これを受け、清の道光帝は林則徐を欽差大臣に任命し、広州に派遣してアヘンを取り締まらせた。これに抗議したイギリスとの間で、1840年にアヘン戦争が勃発。産業革命を起こし、近代化したイギリスを前に清は敗北を喫し、1842年に南京条約を締結した。香港がイギリスの植民地となり、五港開港や関税自主権が認められないなど不平等な条約であった。更に洪秀全率いる太平天国の乱が起き、曽国藩や李鴻章によって鎮圧されるなど、内憂外患に苦しんだ。
「明の北虜南倭以上の問題だな。」
明王朝末期には、北の女真人(満州民族)の台頭や南の倭寇(日本の海賊)による海賊被害に苦しみ、女真人に滅ぼされた。今回はそれ以上の動乱期にあると分析。イギリスやフランスといった欧米列強は、もはや中華世界における野蛮な存在の夷狄で片づけられない存在となり、清王朝の中華世界と華夷秩序に「洋」という概念をもたらした。清仏戦争でフランスに敗北し、朝貢国のベトナムが植民地にされた。ビルマ(現ミャンマー)もイギリスの植民地にされ、明王朝から朝貢国であった琉球王国も1879年の琉球処分によって消滅、沖縄県として日本の一部に加えられた。このような形で朝貢国が次々と植民地にされていき、中華世界は消滅の危機を迎えていた。唯一残った李氏朝鮮も、国内では近代化を狙う開化派と清との関係を維持する保守派に分かれたことにより、壬午軍乱・甲申事変などのクーデターが起きた。影響力を強める日本、近い将来、日本と清の全面戦争が起こることを危惧。
「日本は明治時代になり、西洋の文化を取り入れたそうだな。清はどうだろうか。」
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