Strawberry Film

橋本健太

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第5話 被写体との出会い

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 1991年、高校2年生になった彼は、激動する社会情勢を知ろうと、毎朝、好物のイチゴミルクを飲みながら、新聞を熱心に読んでいた。
「ソ連荒れとるな…。社会主義も終わりか…。」
当時の国際情勢では、アジアは日本がバブル経済で湧き、中国は天安門事件で国際的に非難された。ヨーロッパはベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツが統一され、冷戦も終わろうとしていた。ソ連は停滞し、ゴルバチョフがペレストロイカ・グラスノイチと変革を施したが上手くいかなかった。このように、毎朝、新聞を読んでから学校に行っていた。

    写真部の活動は充実し、後輩も数人入ってきて、薫は先輩という自覚が出て来た。
活動の中で、薫は先輩として後輩達の写真を吟味し、評価を下す立場を経験。
「中々ええセンスやね。」
「この自然を捉えてるんがええな。」
そんな中、1人あまり皆に馴染めていない様子の女子がいた。
(ん?あの子は?)
その女子の写真を見たが、被写体がぼんやりとしており、何を撮影したいのかがよく分からないものだった。
(全体的にイマイチやな…。ハッキリしてへん…。)
その子は、黒髪ショートで地味な雰囲気があり、いつも自信なさげな様子であった。
(ちょっと、心配やな…。)
薫はその子のことを気にかけていた。その年の夏休み、薫は昨年と同様、来る日も来る日も写真を撮り続け、宿題も計画的に取り組んだ。部活動では、同学年の美香とよく喋り、たわいもない話で盛り上がった。
「薫君、「「幽☆遊☆白書」」って漫画、面白いね。」
「僕は、飛影と蔵馬が好きやな。あのクールな所がな。」
「「幽☆遊☆白書」」は1990年に週刊少年ジャンプで連載された冨樫義博の作品である。主人公の浦飯幽助が死亡するところから始まり、そこから復活して妖怪たちと戦うという話。その中の登場人物の飛影と蔵馬は、クールなキャラクターで女性人気も高かった。
「やんね?蔵馬がどんな能力あるか気になる。他に気になる作品ある?」
「「「電影少女」」やね。「「あい」」ちゃんの話の最後は切なかったな。ビデオやから消えてまう運命やねんけど、それにしてもな。」
「あー。分かるで。儚い所やな。」
「そうそう。」
微笑ましい様子の2人に、他の女子もにこやかに見ていた。
「2人は相性抜群やな。」
優等生の優香が、そう呟いた。そんな楽しい日々が過ぎ、夏休みを迎えてからも、そんな日々が続いた。

     8月のある日、薫は1人で舞鶴市に行き、神崎海水浴場で泳いだ。美香は宿題をやる、と言っていたので、そちらを優先させた。後ろに山があり、前には海と夏の絶景が広がっている。
「海はええなー!!」
砂浜にブルーシートを敷き、リュックには小型のカメラが入っている。海水で傷まないように、使う際には手を拭いて、ビニール手袋をして撮影する。のどかな雰囲気で、薫はゆったりと泳いでいた。しばらく泳いでいると、岩場に1人の少女がいた。黒髪ショートで、白いハイレグの水着を着ていた。海辺に佇む人魚のように思えた薫は、海から上がり、手を拭いて手袋をし、ブルーシートごとリュックを移動させて岩場に近づいた。ジリジリと日差しが照りつけ、背中は汗でジットリと湿る。暑さと高揚感が相まって、胸の鼓動が高まり、汗が流れる。
(可愛いな、あの子…。「「太陽のkomachi angel」」とは、よう言うたな…。)
岩場に座り、海を見ている。そっと背後に回り、シャッターを切る。すると、彼女が振り向き、目が合った。
(マズい!!)
何か言われるかと思いきや、その子は後輩の子だった。
「あっ、薫さん!!」
「未希ちゃん!!」
いつも内気で自信なさげなあの子が、一人で海に来ていたことに、驚きが隠せなかった。水着姿も白いハイレグと大胆で、意外な一面が見れた。岩場から下り、ブルーシートに座る。売店で買ったイチゴミルクで乾杯し、一緒に昼食を食べる。
「まさか、ここで未希ちゃんに会えるとはな。」
「私も、薫さんに写真撮ってもらえるなんて思わなかったです。」
「あぁ、未希ちゃんの水着姿が可愛かったからな…。また写真撮ってもええかな?」
未希は、頬を赤らめ、静かに頷いた。
「はい、喜んで。」
昼食後、2人は砂浜でグラビア撮影のように、ポーズを取って写真を撮る。
「ええよ、ええよ。可愛いよ。」
砂浜に寝そべったり、立った状態でポーズを決め、シャッターを切られる度、彼女の色気が増していく。そんな気がした。写真を撮り終え、2人はしばらく遊んだ。これが恋なのかは分からないが、時間を忘れて楽しんだ。

 夏休みが終わり、2学期を迎え、文化祭で薫はグラビア写真を公開したが、その中に彼女の写真は無かった。彼女は薫のことが気になり、次第に恋愛感情を持つようになった。しかし、薫には美香がいる。写真部に入ったが、自分の納得のいく写真が撮れず、才能が無いのか、と思い悩んでいた。その時に薫に会い、グラビアの被写体として写真を撮ってもらった。その時は、ある種の高揚感があった。薫に恋心を抱いたが、思いを打ち明けられず、部活や勉強に集中出来ず、葛藤するようになった。11月のある日、放課後に未希は薫を体育館裏に呼び出し、思いを伝える。
「話って、何?」
「あ、あの…。夏休みに薫さんに写真を撮ってもらったのが、スゴい嬉しくて…。でも、私は写真を上手く撮れないし、薫さんみたいなグラビアなんて、私には撮れないと思って、それが辛くて、私、写真家向いてへんのかな、って思って…。」
感情が溢れ出し、涙が零れる。木枯らしが吹き、木の葉が舞い落ちる。
「でも、薫さんはこんな私の水着姿を可愛いって言って、撮ってくれたのが嬉しくて、私は薫さんのことが好きになりました!もっと薫さんに私の写真を撮ってほしいです!付き合ってください!」
ここまでの話を最後まで静聴していた薫は、静かに口を開いた。
「そう言ってくれるんは嬉しいよ。カメラマンとして、それは光栄や。せやけど…。」
声のトーンを落とし、申し訳なさげに呟いた。
「付き合うことは出来ひん、ごめんなさい。」
「えっ…。何で、私のこと可愛いって言うてくれたやないですか…。」
「可愛いって言うたのは、グラビアの被写体としてのことで、恋愛感情で言った訳やないよ。カメラマンとして、グラビアの写真を見ても、被写体のグラビアアイドルに恋愛感情なんか抱かへんし、そこで公私混同してしまったら、いい写真なんか撮れへんし、やから、そこは割り切ってる。ごめんなさ…。」
言いかけた所で、未希からビンタされた。
「馬鹿にせんといて下さい!」
未希はそのまま立ち去ってしまった。1人取り残された薫に、冷たい北風が吹いた。

 それから1ヶ月後、未希は写真部を辞めてしまった。薫はどこか申し訳ない様子で、気が沈んでいた。後輩達の話では未希は、父親の仕事の転勤で東京へ引っ越すことになる、というのを聞き、最後に何かしようと考えた。そして、クリスマスイヴの日、薫は未希の家に行き、ポストに封筒を入れた。その夜、未希は薫からの封筒を開け、中を見ると、手紙と写真が入っていた。
「あ、あの時のヤツや。」
手紙には、こう書いていた。

「拝啓
 この間は、あんなこと言ってフッてしまってごめんなさい。僕は、写真が好きで、将来はグラビアアイドルのカメラマンになりたいと思っている。恋愛感情は正直ありませんでした。でも、写真を撮っている間はすごく楽しくて、未希ちゃんの笑顔が見れてよかったです。引っ越してしまうのは寂しいですが、元気でいてください。
                                                薫
                                                敬具」

 1992年1月、年賀状と共に、未希からの返信が来た。
「拝啓
 この間はお手紙と写真ありがとうございました。この前は、何も知らずにビンタしてすいませんでした。写真を撮ってくれたのは嬉しかったです。私も水着姿を男の子に撮られるのは初めてで、緊張しました。けど、薫さんは可愛いって褒めてくれて嬉しかったです。本気でグラビアと向き合っているのが伝わりました。恋愛も私の一方的な勘違いでしたね。ごめんなさい、勝手に好きになってしまって。私は別れてしまいますが、薫さんはカメラマンとして頑張ってください。
                                                未希
                                                敬具」
「未希ちゃん。ありがとう。応援してくれて…。」
薫は感極まり、涙が止まらなかった。
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