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第71話 アジア 〜戦後70年の旅〜
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7月になり、グラビア撮影が増えた。成人のグラビアアイドルは、大人の色気があり、成熟した肉体・性交の味を知った官能性など、女子中高生とはまた違ったものがある。この日は、神戸のスタジオで撮影。モデルは関西出身のグラビアアイドル2人
「こんにちは。」
「どうも、今回担当しますカメラマンの香塚薫と申します。」
モデル
菅原夏希(24) 大阪府出身
原田美優(27) 大阪府出身
菅原夏希は、1991年5月8日生まれ。ムッチリした身体つきで童顔。Jリーグのガンバ大阪のファン。原田美優は、1988年7月19日生まれ。黒髪ショートでスレンダーな身体つき。眼鏡をかけており、知性的な印象。競泳水着に着替えた2人を見て、薫は息をのむ。撮影に入り、寝そべっている所やイルカのボートに乗っている所などを撮る。シャワーを浴びている美優の撮影では、恍惚とした表情を浮かべ、水着に包まれた乳房やお尻から雫が滴る所など、全てが絵になっていた。
「その雫ごと、君を飲み干してしまいたい。」
「薫さん、ポルノグラフィティの「「サウダージ」」ですか?」
競泳水着で、ハグしているシーンを収めて、撮影は全て終了した。
夏の夕暮れ時、スタッフの計らいで、薫は彼女達とプールに入る。この様子はオフショットとして収められた。
「競泳水着と眼鏡美女の、コントラストは最高やね。」
「薫さん、興奮してますね?」
「雑誌見ましたよ!香港で周庭って言う子のパンツ撮ってましたね?」
「あぁ、あれはな、傘とパンツの恩返しや。この夏も、アジアの大冒険に行くで。」
グラビアアイドル・ジュニアアイドルの、水着姿を撮影する日々は、キラキラ輝いていた。
ジャーナリストとしての仕事で、アジアの戦後を追う、というテーマでアジア諸国で撮影を行う。7月27日、関西国際空港からマレーシアのクアラルンプールへ向かった。現地のジャーナリストと合流した。
「Hello!!Mr.Kaoru!!!」
常夏のクアラルンプールで、気さくに出迎えてくれたのは、スン・タック・カイ(46)。眼鏡をかけた中国系のマレー人。彼に案内され、車で街中を走る。ペトロナスツインタワーとKLタワーが聳え立ち、多民族国家らしい賑やかな雰囲気の近代都市。ハノイ・バンコク・プノンペンと異なる雰囲気を感じた。
「ひゃ~、近代都市やね。」
「マレーシアは、マレー人・中国系・インド系と多民族国家だからね。」
ホテルにチェックインし、マレーシア国立博物館を廻る。まずは、歴史を学ぶことからだ。15世紀にマラッカ王国と言う王朝が出来、その後、ポルトガルに占領された。イギリスの植民地になり、第二次世界大戦時にはマレー沖海戦で、日本軍がイギリス軍を破った。
「当時、マレーシアは数百年に渡って、西洋列強の植民地でした。」
博物館学芸員の説明を、真摯に聴く。日本は大東亜共栄圏にマレーシアを組み込んだ。戦後、マレーシアは独立。シンガポールとの対立があったが、国際関係を築いた。今を知る、と言うことで、クアラルンプールの街中を調査。KLセントラル駅周辺には、チャイナタウンやモスクがある。
「マレーシアは、イスラム教の国やねんな。」
撮影と取材の合間、マレーシア料理を堪能。インドネシアで食べたことがあるナシ・ゴレンやインド系料理に舌鼓を打つ。
「美味いなー!!」
「気に入ってくれたかい?」
翌日は、コタ・バルに移動。タイの国境沿いの街で、イスラム色が強い。第二次世界大戦時を知る人物に話を聞く。
「はるばる、コタ・バルへようこそ。」
色黒の老人。彼の名は、アブドラ・ラーヤン(80)。顔に刻まれた皺が、歴史を物語る。1941年12月、日本がハワイの真珠湾を奇襲して始まった太平洋戦争。日本軍は、コタ・バルに上陸。マレー作戦で次々とイギリス軍を撃破する様を、目の当たりにした。
「同じアジアの日本人が、白人であるイギリス軍を破った。我らを支配したイギリスをだ。独立出来ると感じた。」
日本人の活躍に勇気をもらい、戦後、マレーシアは独立した。彼はそう語る。
「ココナッツジュースでも飲むか?」
「喜んで。」
29日午後3時、クアラルンプール国際空港からチャンギ国際空港へ向かい、シンガポールに移動した。Strawberry Film3の撮影以来6年ぶりに訪れた。空港で出迎えてくれたのは、現地の新聞記者の2人。アルカイ・ブルド(32)とリー・チンイー(29)。ブルドはマレー系の男性でチンイーは華僑の女性。街中を歩くと、大きなホテルを見かけた。上には、大型客船が乗っている。
「あれ、何や?船が乗ってる?」
「あれは、マリーナベイサンズ。地上55階で、船の上にはプールがあるの。」
「55階?!あの上にプール?!」
薫は驚きを隠せなかった。シンガポール国立博物館で歴史を学び、日本占領時期死難人民記念碑を訪れた。純白の白い塔が4本聳え立つ。碑文には、こう書いてある。
「深く永遠の悲しみをもって、日本軍がシンガポールを占領していた1942年2月15日から1945年8月18日までの間に殺されたわが市民の追悼のために、この記念碑は捧げられる。」
「マレー沖海戦の後に、日本軍はシンガポールを占領した。」
ブルドは口を開く。薫は、マレーシアでアブドラが、日本軍の話を得意気に語っていたのとは対照的だった。
「難攻不落の要塞と言われたシンガポールを、陥落させた、とまでは歴史の教科書で読んだ。イギリスからは解放されたんやろ?」
華僑のチンイーの表情が曇る。
「その後、華僑がどんな苦しみを味わったか分かりますか?」
チャイナタウンにあるチンイーの実家に行く。彼女の祖父母が重い口を開く。日本軍はシンガポールを占領後、反乱分子として、華僑を次々と粛清。軍票を発行したが、インフレに苦しむなど、シンガポールは地獄を味わった。薫は、真摯に聞いていた。マレーシアでの体験とは真逆の感覚だ。ホテルに戻り、マレーシアとシンガポールでの取材記事をまとめ上げて、31日の昼に中国へ向かった。
夕方に、中国・武漢に到着。武漢は、湖北省の省都で、長江中流域で唯一のメガシティでもある。ビルが乱立し、内陸部なのと、市内に河や湖が多くあることから湿度が高い上、風があまり吹かないため、非常に蒸し暑い。
「暑いな、武漢。」
6年ぶりに中国を訪れた薫。武漢は初めてである。ホテルで博信と合流。打ち合わせを行い、試合日には会場に行くことにした。翌日、女子の試合で幕開け。試合時間までの間、現地カメラマンと共に武漢を廻る。
「你好。我是劉黄海。」(こんにちは、私は劉黄海です。)
劉黄海(40)。(中国語:リュウ・ホンハイ 日本語:りょう・こうかい)。短髪の男性。武漢出身。武漢の経済発展している様子や、現地の生活などを撮る。
「中々、都会やな。」
夕方になり、試合会場へ移動した。
6th2015EAFF東アジアカップ 女子
2015年8月1日 第1戦 VS北朝鮮
猛暑の武漢にて、東アジアカップが開幕。なでしこジャパンの相手は、強豪 北朝鮮。ハイプレスとハードワークのサッカーに押され、35分に李藝景に先制点を許す。前半は0‐1で折り返し、日本は後半に反撃に出る。49分に増矢理花のゴールで追いつき、65分に再び李藝景に決められるが、70分に杉田亜末のゴールで2‐2と同点に追いつく。いい流れになったが、隙を突かれ、79分と80分に羅恩心に2点決められ、2‐4で敗れた。
「強いな、北朝鮮。」
6th2015EAFF東アジアカップ 男子
2015年8月2日 第1戦 VS北朝鮮
女子は敗れたが、男子は勝ってくれ、と祈り、会場に入った薫。男子は2分に大卒ルーキーの武藤雄樹のゴールで、幸先良く先制。楽勝ムードのまま、前半は1‐0で折り返す。後半に反撃に遭い、徐々に試合の主導権を握られていく。猛暑で足が止まる日本。77分に李赫哲に決められ、追いつかれると、87分に朴賢日にゴールを奪われ、万事休す。1‐2で敗れ、男女共に北朝鮮に敗北を喫した。
「もったいない試合やな。」
「あと一歩やったのにな。」
翌日、撮影で重慶に移動。重慶も盆地で、非常に蒸し暑い。2004年にアジアカップで来たが、その時も猛暑に苦しんだ。重慶では、現地の新聞記者と交流。王赫(39)(中国語:ワン・ハイ 日本語:おう・かく)。重慶出身の男性。日中戦争で、日本軍が重慶を爆撃した話を聞いた。
「日本軍は、何度も何度も、重慶を空襲しました。」
重慶爆撃で、多くの民間人が犠牲になった。有名な写真がある。防空洞に戻ろうとする人と出ようとする人がパニックとなり、群衆雪崩が発生。踏まれたりして、入り口前と階段で圧死した人達の死体で溢れ返っている。薫は、言葉が出なかった。2004年のアジアカップで、日本が中国人から露骨なまでに反日感情を向けられた理由が分かった。その日の夜は、重慶火鍋をいただいた。麻辣湯は唐辛子が浮かぶ。ラム肉や白菜などの具に舌鼓を打つ。
「辛いけど、美味い。」
重慶での夜は過ぎていくのであった。
6th2015EAFF東アジアカップ 女子
2015年8月4日 第2戦 VS韓国
初戦を落としたなでしこジャパン。ライバルの韓国と対戦。日本は29分に中島依美のゴールで先制。しかし、54分に趙昭賢に同点に追いつかれる。韓国のペースに飲まれ、90+2分に全ガウルに決められ、1‐2と敗れ、2連敗を喫した。これで韓国が2勝、日本は2敗となり、日本の優勝は消滅した。
「クソォ…。」
6th2015EAFF東アジアカップ 男子
2015年8月5日 第2戦 VS韓国
初戦を落としたサムライブルー。厳しい状況で、韓国と対戦。26分にPKを与えてしまい、張賢秀に決められ、先制を許す。38分に山口蛍のゴールで同点に追いつく。逆転を狙う日本だが、ゴールを奪えず、1-1で引き分けた。韓国が1勝1分、日本は1分1敗と連覇は厳しくなった。
「もったいない…。」
男女共、勝利を得られず、武漢の猛暑と相まって、薫は悶々としていた。最後は、江蘇省南京市に向かった。ここでは、南京大学と共同で活動する。重慶・武漢と並ぶ中国三大ボイラーと呼ばれる程、猛暑のエリアである。侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館に行き、南京事件について学ぶ。
「事件については、諸説あるが、実際に起きたことである。」
学芸員の説明を聞く薫。1937年に日中戦争が勃発。日本軍は、当時の中華民国の首都 南京を陥落させた。その際に、南京で略奪や殺害を行い、約20~30万人の中国人を虐殺した。この事件がきっかけで、日中戦争は泥沼化していった。当時の写真を見て、薫は言葉を失う。日本は、第二次世界大戦では原爆投下を受けた被害者でもあるが、同時に、日中戦争や太平洋戦争で現地の市民を虐殺した加害者でもある、と痛感した。重慶・南京で、戦争の悲劇を知った薫。撮影した写真や取材した記事を、夜遅くまで編集していた。
6th2015EAFF東アジアカップ 女子
2015年8月8日 第3戦 VS中国
先に行われた韓国VS北朝鮮で、北朝鮮が勝利。北朝鮮の優勝が決定。最後は、勝って終わりたい両者の試合となった。日本は、押し込まれながらも耐え抜き、86分に横山久美、90+3分に杉田亜未のゴールで、2-0で勝利。最後は、勝利で終えた。
「やっと勝てた…。」
6th2015EAFF東アジアカップ 男子
2015年8月9日 第3戦 VS中国
こちらも韓国の優勝が決定し、日本は勝利をかけて臨んだ。10分に武磊に先制される。41分に武藤雄樹のゴールで追いつく。その後は、点が取れず、1-1で引き分けた。
今回、女子は1勝2敗、男子は2分1敗、3位と最下位と言う不甲斐ない結果に終わった。薫は、疲労困憊で日本に帰国した。
「こんにちは。」
「どうも、今回担当しますカメラマンの香塚薫と申します。」
モデル
菅原夏希(24) 大阪府出身
原田美優(27) 大阪府出身
菅原夏希は、1991年5月8日生まれ。ムッチリした身体つきで童顔。Jリーグのガンバ大阪のファン。原田美優は、1988年7月19日生まれ。黒髪ショートでスレンダーな身体つき。眼鏡をかけており、知性的な印象。競泳水着に着替えた2人を見て、薫は息をのむ。撮影に入り、寝そべっている所やイルカのボートに乗っている所などを撮る。シャワーを浴びている美優の撮影では、恍惚とした表情を浮かべ、水着に包まれた乳房やお尻から雫が滴る所など、全てが絵になっていた。
「その雫ごと、君を飲み干してしまいたい。」
「薫さん、ポルノグラフィティの「「サウダージ」」ですか?」
競泳水着で、ハグしているシーンを収めて、撮影は全て終了した。
夏の夕暮れ時、スタッフの計らいで、薫は彼女達とプールに入る。この様子はオフショットとして収められた。
「競泳水着と眼鏡美女の、コントラストは最高やね。」
「薫さん、興奮してますね?」
「雑誌見ましたよ!香港で周庭って言う子のパンツ撮ってましたね?」
「あぁ、あれはな、傘とパンツの恩返しや。この夏も、アジアの大冒険に行くで。」
グラビアアイドル・ジュニアアイドルの、水着姿を撮影する日々は、キラキラ輝いていた。
ジャーナリストとしての仕事で、アジアの戦後を追う、というテーマでアジア諸国で撮影を行う。7月27日、関西国際空港からマレーシアのクアラルンプールへ向かった。現地のジャーナリストと合流した。
「Hello!!Mr.Kaoru!!!」
常夏のクアラルンプールで、気さくに出迎えてくれたのは、スン・タック・カイ(46)。眼鏡をかけた中国系のマレー人。彼に案内され、車で街中を走る。ペトロナスツインタワーとKLタワーが聳え立ち、多民族国家らしい賑やかな雰囲気の近代都市。ハノイ・バンコク・プノンペンと異なる雰囲気を感じた。
「ひゃ~、近代都市やね。」
「マレーシアは、マレー人・中国系・インド系と多民族国家だからね。」
ホテルにチェックインし、マレーシア国立博物館を廻る。まずは、歴史を学ぶことからだ。15世紀にマラッカ王国と言う王朝が出来、その後、ポルトガルに占領された。イギリスの植民地になり、第二次世界大戦時にはマレー沖海戦で、日本軍がイギリス軍を破った。
「当時、マレーシアは数百年に渡って、西洋列強の植民地でした。」
博物館学芸員の説明を、真摯に聴く。日本は大東亜共栄圏にマレーシアを組み込んだ。戦後、マレーシアは独立。シンガポールとの対立があったが、国際関係を築いた。今を知る、と言うことで、クアラルンプールの街中を調査。KLセントラル駅周辺には、チャイナタウンやモスクがある。
「マレーシアは、イスラム教の国やねんな。」
撮影と取材の合間、マレーシア料理を堪能。インドネシアで食べたことがあるナシ・ゴレンやインド系料理に舌鼓を打つ。
「美味いなー!!」
「気に入ってくれたかい?」
翌日は、コタ・バルに移動。タイの国境沿いの街で、イスラム色が強い。第二次世界大戦時を知る人物に話を聞く。
「はるばる、コタ・バルへようこそ。」
色黒の老人。彼の名は、アブドラ・ラーヤン(80)。顔に刻まれた皺が、歴史を物語る。1941年12月、日本がハワイの真珠湾を奇襲して始まった太平洋戦争。日本軍は、コタ・バルに上陸。マレー作戦で次々とイギリス軍を撃破する様を、目の当たりにした。
「同じアジアの日本人が、白人であるイギリス軍を破った。我らを支配したイギリスをだ。独立出来ると感じた。」
日本人の活躍に勇気をもらい、戦後、マレーシアは独立した。彼はそう語る。
「ココナッツジュースでも飲むか?」
「喜んで。」
29日午後3時、クアラルンプール国際空港からチャンギ国際空港へ向かい、シンガポールに移動した。Strawberry Film3の撮影以来6年ぶりに訪れた。空港で出迎えてくれたのは、現地の新聞記者の2人。アルカイ・ブルド(32)とリー・チンイー(29)。ブルドはマレー系の男性でチンイーは華僑の女性。街中を歩くと、大きなホテルを見かけた。上には、大型客船が乗っている。
「あれ、何や?船が乗ってる?」
「あれは、マリーナベイサンズ。地上55階で、船の上にはプールがあるの。」
「55階?!あの上にプール?!」
薫は驚きを隠せなかった。シンガポール国立博物館で歴史を学び、日本占領時期死難人民記念碑を訪れた。純白の白い塔が4本聳え立つ。碑文には、こう書いてある。
「深く永遠の悲しみをもって、日本軍がシンガポールを占領していた1942年2月15日から1945年8月18日までの間に殺されたわが市民の追悼のために、この記念碑は捧げられる。」
「マレー沖海戦の後に、日本軍はシンガポールを占領した。」
ブルドは口を開く。薫は、マレーシアでアブドラが、日本軍の話を得意気に語っていたのとは対照的だった。
「難攻不落の要塞と言われたシンガポールを、陥落させた、とまでは歴史の教科書で読んだ。イギリスからは解放されたんやろ?」
華僑のチンイーの表情が曇る。
「その後、華僑がどんな苦しみを味わったか分かりますか?」
チャイナタウンにあるチンイーの実家に行く。彼女の祖父母が重い口を開く。日本軍はシンガポールを占領後、反乱分子として、華僑を次々と粛清。軍票を発行したが、インフレに苦しむなど、シンガポールは地獄を味わった。薫は、真摯に聞いていた。マレーシアでの体験とは真逆の感覚だ。ホテルに戻り、マレーシアとシンガポールでの取材記事をまとめ上げて、31日の昼に中国へ向かった。
夕方に、中国・武漢に到着。武漢は、湖北省の省都で、長江中流域で唯一のメガシティでもある。ビルが乱立し、内陸部なのと、市内に河や湖が多くあることから湿度が高い上、風があまり吹かないため、非常に蒸し暑い。
「暑いな、武漢。」
6年ぶりに中国を訪れた薫。武漢は初めてである。ホテルで博信と合流。打ち合わせを行い、試合日には会場に行くことにした。翌日、女子の試合で幕開け。試合時間までの間、現地カメラマンと共に武漢を廻る。
「你好。我是劉黄海。」(こんにちは、私は劉黄海です。)
劉黄海(40)。(中国語:リュウ・ホンハイ 日本語:りょう・こうかい)。短髪の男性。武漢出身。武漢の経済発展している様子や、現地の生活などを撮る。
「中々、都会やな。」
夕方になり、試合会場へ移動した。
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2015年8月1日 第1戦 VS北朝鮮
猛暑の武漢にて、東アジアカップが開幕。なでしこジャパンの相手は、強豪 北朝鮮。ハイプレスとハードワークのサッカーに押され、35分に李藝景に先制点を許す。前半は0‐1で折り返し、日本は後半に反撃に出る。49分に増矢理花のゴールで追いつき、65分に再び李藝景に決められるが、70分に杉田亜末のゴールで2‐2と同点に追いつく。いい流れになったが、隙を突かれ、79分と80分に羅恩心に2点決められ、2‐4で敗れた。
「強いな、北朝鮮。」
6th2015EAFF東アジアカップ 男子
2015年8月2日 第1戦 VS北朝鮮
女子は敗れたが、男子は勝ってくれ、と祈り、会場に入った薫。男子は2分に大卒ルーキーの武藤雄樹のゴールで、幸先良く先制。楽勝ムードのまま、前半は1‐0で折り返す。後半に反撃に遭い、徐々に試合の主導権を握られていく。猛暑で足が止まる日本。77分に李赫哲に決められ、追いつかれると、87分に朴賢日にゴールを奪われ、万事休す。1‐2で敗れ、男女共に北朝鮮に敗北を喫した。
「もったいない試合やな。」
「あと一歩やったのにな。」
翌日、撮影で重慶に移動。重慶も盆地で、非常に蒸し暑い。2004年にアジアカップで来たが、その時も猛暑に苦しんだ。重慶では、現地の新聞記者と交流。王赫(39)(中国語:ワン・ハイ 日本語:おう・かく)。重慶出身の男性。日中戦争で、日本軍が重慶を爆撃した話を聞いた。
「日本軍は、何度も何度も、重慶を空襲しました。」
重慶爆撃で、多くの民間人が犠牲になった。有名な写真がある。防空洞に戻ろうとする人と出ようとする人がパニックとなり、群衆雪崩が発生。踏まれたりして、入り口前と階段で圧死した人達の死体で溢れ返っている。薫は、言葉が出なかった。2004年のアジアカップで、日本が中国人から露骨なまでに反日感情を向けられた理由が分かった。その日の夜は、重慶火鍋をいただいた。麻辣湯は唐辛子が浮かぶ。ラム肉や白菜などの具に舌鼓を打つ。
「辛いけど、美味い。」
重慶での夜は過ぎていくのであった。
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2015年8月4日 第2戦 VS韓国
初戦を落としたなでしこジャパン。ライバルの韓国と対戦。日本は29分に中島依美のゴールで先制。しかし、54分に趙昭賢に同点に追いつかれる。韓国のペースに飲まれ、90+2分に全ガウルに決められ、1‐2と敗れ、2連敗を喫した。これで韓国が2勝、日本は2敗となり、日本の優勝は消滅した。
「クソォ…。」
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2015年8月5日 第2戦 VS韓国
初戦を落としたサムライブルー。厳しい状況で、韓国と対戦。26分にPKを与えてしまい、張賢秀に決められ、先制を許す。38分に山口蛍のゴールで同点に追いつく。逆転を狙う日本だが、ゴールを奪えず、1-1で引き分けた。韓国が1勝1分、日本は1分1敗と連覇は厳しくなった。
「もったいない…。」
男女共、勝利を得られず、武漢の猛暑と相まって、薫は悶々としていた。最後は、江蘇省南京市に向かった。ここでは、南京大学と共同で活動する。重慶・武漢と並ぶ中国三大ボイラーと呼ばれる程、猛暑のエリアである。侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館に行き、南京事件について学ぶ。
「事件については、諸説あるが、実際に起きたことである。」
学芸員の説明を聞く薫。1937年に日中戦争が勃発。日本軍は、当時の中華民国の首都 南京を陥落させた。その際に、南京で略奪や殺害を行い、約20~30万人の中国人を虐殺した。この事件がきっかけで、日中戦争は泥沼化していった。当時の写真を見て、薫は言葉を失う。日本は、第二次世界大戦では原爆投下を受けた被害者でもあるが、同時に、日中戦争や太平洋戦争で現地の市民を虐殺した加害者でもある、と痛感した。重慶・南京で、戦争の悲劇を知った薫。撮影した写真や取材した記事を、夜遅くまで編集していた。
6th2015EAFF東アジアカップ 女子
2015年8月8日 第3戦 VS中国
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「やっと勝てた…。」
6th2015EAFF東アジアカップ 男子
2015年8月9日 第3戦 VS中国
こちらも韓国の優勝が決定し、日本は勝利をかけて臨んだ。10分に武磊に先制される。41分に武藤雄樹のゴールで追いつく。その後は、点が取れず、1-1で引き分けた。
今回、女子は1勝2敗、男子は2分1敗、3位と最下位と言う不甲斐ない結果に終わった。薫は、疲労困憊で日本に帰国した。
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