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第三話 ラケットヨタカ【鳥言葉:危険な魅力】※
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その日の夜、ベッドに入ったところで、松永さんからメッセージが届いた。
『今日、スマホを忘れてしまって。金曜日お店予約しておきます。嫌いなものがあれば教えてください。』
『嫌いなものはないです。酒が飲めるところであればどこでも』
かわいいクマのスタンプで『OK』と返ってきた。
週末になって連れていかれたのは、魚と日本酒が美味い店だった。
「先日は会社のツールでメッセージ送ってしまって申し訳ありませんでした。スマホ忘れるし、社内メールで名前も探したんですけど、見つけられなくて困っていた時にちょうどよしみさんからの申請があったので」
「あー、もしかして社内メールのリスト、日本語表記にしてます?」
社員のメールアドレスリストは個人でローマ字表記と日本語(漢字)表記の設定を変えられる。資材部の人は海外とのやり取りがあるのでローマ字表記の人がほとんどだが、基幹部は自社の人を相手にしているはずなので、日本語表記にしているのだろう。因みに申請書類はローマ字表記だ。
俺は名刺を渡した。
【プラスチック生産部門資材部第二課係長 兆壬絋輔】
「これでヨシミって読むんですか?」
「珍しいでしょ?」
「初めて見ました」
「初見で読んでもらえたことはないかな」
「そう言えば、兆壬さんって有名人だったんですね」
「え?いや、そんなことないですけど」
「後輩や同僚から聞いたんですけど、資材部のエースで女性人気が高いって」
「エースじゃないですし、女性にもモテ…ないこともないけど、肩書きで寄ってきてるだけじゃないかな?」
「資材部のヨシミさんに助けてもらったって言ったら、同僚の女の子に紹介しろってうるさく言われちゃいました」
「あー、あの。多分ですけど、松永さん俺より年上ですよね?」
「そうなんですか?」
「おいくつです?」
「31歳。兆壬さんは?」
「俺、27です。すみません、見た目で松永さんもっと若いと思っててついタメ口になっちゃったんですけど」
「そんなに若かったんだ。でも、タメ口のままで良いですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。松永さん、いつ見ても鳥に絡まれてるけど、いつもなの?」
「うん、鳥ちゃんだけじゃなくて、猫ちゃんとか犬ちゃんとか。たまにイタチくんもくる」
「イタチ?!俺、実物見たことないな」
「サンドイッチ取られちゃうんだ」
「それなら昼は屋内で取ればいいのに」
「でも、嫌いじゃないんだ。カラスちゃんは攻撃的な時が多いからたまに怪我しちゃうけど、みんなかわいいでしょ?」
「いや、一羽二羽ならいいけど、あの数はさすがに。そう言えばここ数日あの場所来てなかったね」
「カラスに襲われたって言ったら後輩君に止められちゃって。彼の作ったお弁当食べてた。せっかくいい場所見つけたと思ったんだけどなぁ」
先輩に弁当作ってくる後輩の男ってどんなやつだよ。
「後輩君のご飯、おいしいんだけど、量が多くて」
「松永さん痩せてるから」
「そういう兆壬さんは、すごく締まっててかっこいいですね。鍛えてるの?」
「ふつう程度には。仕事で外回りも多いから体力必要で」
「憧れちゃうなぁ」
ドキンッ
目尻を赤く染めて、そんなことを言った。
口元に酒を持ってコクリと一口飲んでから「かっこいいなぁ」とため息のように洩らした。
女の子になら、上目遣いで似たようなことを言われたことが何度もある。体を触りながら言ってくるわかりやすいやつもいた。
聞きなれた、言われなれた言葉だったはずなのに、松永さんに言われて胸が跳ね上がった。
「松永さん、好きな人以外にそんなこと言っちゃだめですよ」
冗談半分にからかってみる。
「僕、兆壬さんのこと好きですよ?」
天然…か?
頬を染めてそんなこと言われたら、勘違いするやついると思うぞ?
無邪気に向けるその柔和な笑顔に、もうスプラッタは蘇らなかった。
不思議なことに、俺は松永さんから好かれていることに不快感を持たなかった。
昔から優秀だった俺には、やっかみや打算を含んで寄ってくる輩が多い。若いころは馬鹿正直だったこともあって騙されたことや、出し抜かれたこともあった。だから必死に強くなった。それに寄って来る女は、どいつもこいつも俺をブランド品か何かだと勘違いしてやがる。俺を連れ歩いて自慢したいだけで、結局自分が気分良くなりたいだけなんだ。まぁ、おかげさまで随分と遊ばせてもらったから人のこと言えないが。
そんなこともあって俺は人が発する感情には敏感になった。特に好意を寄せてくる奴は信用していない。
それなのに。
まだ数回しか会っていないこの松永さんからの言葉は何故か悪い気がしなかった。
理由はわからないが、松永さんに笑顔を向けられる度に温かい気持ちになって、その日はいつもよりもうまい酒が飲めた。
しかし俺より酒の進んだ松永さんは見事に酔っ払っていた。
「松永さん、松永さん?大丈夫ですか?」
「へ?あーよしみさん。かっこいいですねぇ。よしみさんいつのまに2人にふえたんですかぁ?」
あ。ダメだこりゃ。完全に酔ってる。それも泥酔だ。
「松永さん、立てる?」
「えー?たってますよー」
全然立てる気配もなければ、歩ける気配もない。
これは困った。松永さんの家も知らないし、男をどっかに連れ込むわけにもいかないし。
仕方なく俺の家に連れ帰ることにした。
「松永さん、靴脱いで!あと、ジャケット脱いで!」
タクシーでの移動中もずっと俺の顔や身体を褒め称えていた松永さんも、部屋へ連れ帰るころには、力尽きたのか半分眠っていて返事も返ってこなくなっていた。ベッドに寝かせるとネクタイを外してシャツのボタンもいくつか外してやる。スラックスのベルトを抜いたら、松永さんが自分でスラックスまで脱ぎ始めた。
こんなの、据え膳だろ。
今まで男に欲情したことはないが、なぜか松永さんの泥酔した姿は随分とそそった。
どうして男にこんな感情を抱くのか、松永さんがそうさせるのかわからなかったが、目の前に横たわる彼に触れたいと思ってしまった。
俺は松永さんのシャツの前をはだけてそっと手を這わせた。
「んんっ」
顔がこちらへ向いて、薄目を開けて俺を見据えると、笑顔を見せた。
松永さんに見つめられて俺はびくりと固まって手を離したが、笑顔が見えた瞬間、何かに操られるように松永さんに覆いかぶさった。
だめだ。今なら止まれる。止まれ。止まれ。
俺の理性を総動員したはずが、尚も向けられる笑顔に吸い込まれるように松永さんの唇を奪った。
薄く、しかしやわらかい唇から滑るものがちろりと顔を出すと、その隙間へ欲望を滑り込ませた。
絡ませたそれは酔っているせいか動きはしなかったが、嫌がっている感じはない。何より熱くて艶めかしかった。
「ん。はっ」
水音が響くほど口内を蹂躙すると息が苦しくなったのか松永さんから色っぽい声が漏れた。
どうしたことか、いつになく興奮している。
女としたのは数か月前だと思うが、これほどまで興奮したことはなかった。男を抱こうとしている非日常感に高揚しているんだろうか。
拒絶される気配のない口づけに気を良くして体を撫でた。
脇腹から胸に首、肩。シャツも全部取り払って撫で上げれば、くすぐったそうにゆるりと腰を揺らした。その姿も色っぽくて情欲を誘う。
もっと深く口づけをすれば、鼻から漏れる甘い息を感じて、手を下半身に滑らせた。細い腰、滑らかな肌、やわらかい双丘。
手に馴染むきめ細かい肌を堪能しながら、少し汗ばんだ内側に手を滑らせると、芯を持ったそれにたどり着いた。
俺は思わず心の中でガッツポーズをした。
『今日、スマホを忘れてしまって。金曜日お店予約しておきます。嫌いなものがあれば教えてください。』
『嫌いなものはないです。酒が飲めるところであればどこでも』
かわいいクマのスタンプで『OK』と返ってきた。
週末になって連れていかれたのは、魚と日本酒が美味い店だった。
「先日は会社のツールでメッセージ送ってしまって申し訳ありませんでした。スマホ忘れるし、社内メールで名前も探したんですけど、見つけられなくて困っていた時にちょうどよしみさんからの申請があったので」
「あー、もしかして社内メールのリスト、日本語表記にしてます?」
社員のメールアドレスリストは個人でローマ字表記と日本語(漢字)表記の設定を変えられる。資材部の人は海外とのやり取りがあるのでローマ字表記の人がほとんどだが、基幹部は自社の人を相手にしているはずなので、日本語表記にしているのだろう。因みに申請書類はローマ字表記だ。
俺は名刺を渡した。
【プラスチック生産部門資材部第二課係長 兆壬絋輔】
「これでヨシミって読むんですか?」
「珍しいでしょ?」
「初めて見ました」
「初見で読んでもらえたことはないかな」
「そう言えば、兆壬さんって有名人だったんですね」
「え?いや、そんなことないですけど」
「後輩や同僚から聞いたんですけど、資材部のエースで女性人気が高いって」
「エースじゃないですし、女性にもモテ…ないこともないけど、肩書きで寄ってきてるだけじゃないかな?」
「資材部のヨシミさんに助けてもらったって言ったら、同僚の女の子に紹介しろってうるさく言われちゃいました」
「あー、あの。多分ですけど、松永さん俺より年上ですよね?」
「そうなんですか?」
「おいくつです?」
「31歳。兆壬さんは?」
「俺、27です。すみません、見た目で松永さんもっと若いと思っててついタメ口になっちゃったんですけど」
「そんなに若かったんだ。でも、タメ口のままで良いですよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。松永さん、いつ見ても鳥に絡まれてるけど、いつもなの?」
「うん、鳥ちゃんだけじゃなくて、猫ちゃんとか犬ちゃんとか。たまにイタチくんもくる」
「イタチ?!俺、実物見たことないな」
「サンドイッチ取られちゃうんだ」
「それなら昼は屋内で取ればいいのに」
「でも、嫌いじゃないんだ。カラスちゃんは攻撃的な時が多いからたまに怪我しちゃうけど、みんなかわいいでしょ?」
「いや、一羽二羽ならいいけど、あの数はさすがに。そう言えばここ数日あの場所来てなかったね」
「カラスに襲われたって言ったら後輩君に止められちゃって。彼の作ったお弁当食べてた。せっかくいい場所見つけたと思ったんだけどなぁ」
先輩に弁当作ってくる後輩の男ってどんなやつだよ。
「後輩君のご飯、おいしいんだけど、量が多くて」
「松永さん痩せてるから」
「そういう兆壬さんは、すごく締まっててかっこいいですね。鍛えてるの?」
「ふつう程度には。仕事で外回りも多いから体力必要で」
「憧れちゃうなぁ」
ドキンッ
目尻を赤く染めて、そんなことを言った。
口元に酒を持ってコクリと一口飲んでから「かっこいいなぁ」とため息のように洩らした。
女の子になら、上目遣いで似たようなことを言われたことが何度もある。体を触りながら言ってくるわかりやすいやつもいた。
聞きなれた、言われなれた言葉だったはずなのに、松永さんに言われて胸が跳ね上がった。
「松永さん、好きな人以外にそんなこと言っちゃだめですよ」
冗談半分にからかってみる。
「僕、兆壬さんのこと好きですよ?」
天然…か?
頬を染めてそんなこと言われたら、勘違いするやついると思うぞ?
無邪気に向けるその柔和な笑顔に、もうスプラッタは蘇らなかった。
不思議なことに、俺は松永さんから好かれていることに不快感を持たなかった。
昔から優秀だった俺には、やっかみや打算を含んで寄ってくる輩が多い。若いころは馬鹿正直だったこともあって騙されたことや、出し抜かれたこともあった。だから必死に強くなった。それに寄って来る女は、どいつもこいつも俺をブランド品か何かだと勘違いしてやがる。俺を連れ歩いて自慢したいだけで、結局自分が気分良くなりたいだけなんだ。まぁ、おかげさまで随分と遊ばせてもらったから人のこと言えないが。
そんなこともあって俺は人が発する感情には敏感になった。特に好意を寄せてくる奴は信用していない。
それなのに。
まだ数回しか会っていないこの松永さんからの言葉は何故か悪い気がしなかった。
理由はわからないが、松永さんに笑顔を向けられる度に温かい気持ちになって、その日はいつもよりもうまい酒が飲めた。
しかし俺より酒の進んだ松永さんは見事に酔っ払っていた。
「松永さん、松永さん?大丈夫ですか?」
「へ?あーよしみさん。かっこいいですねぇ。よしみさんいつのまに2人にふえたんですかぁ?」
あ。ダメだこりゃ。完全に酔ってる。それも泥酔だ。
「松永さん、立てる?」
「えー?たってますよー」
全然立てる気配もなければ、歩ける気配もない。
これは困った。松永さんの家も知らないし、男をどっかに連れ込むわけにもいかないし。
仕方なく俺の家に連れ帰ることにした。
「松永さん、靴脱いで!あと、ジャケット脱いで!」
タクシーでの移動中もずっと俺の顔や身体を褒め称えていた松永さんも、部屋へ連れ帰るころには、力尽きたのか半分眠っていて返事も返ってこなくなっていた。ベッドに寝かせるとネクタイを外してシャツのボタンもいくつか外してやる。スラックスのベルトを抜いたら、松永さんが自分でスラックスまで脱ぎ始めた。
こんなの、据え膳だろ。
今まで男に欲情したことはないが、なぜか松永さんの泥酔した姿は随分とそそった。
どうして男にこんな感情を抱くのか、松永さんがそうさせるのかわからなかったが、目の前に横たわる彼に触れたいと思ってしまった。
俺は松永さんのシャツの前をはだけてそっと手を這わせた。
「んんっ」
顔がこちらへ向いて、薄目を開けて俺を見据えると、笑顔を見せた。
松永さんに見つめられて俺はびくりと固まって手を離したが、笑顔が見えた瞬間、何かに操られるように松永さんに覆いかぶさった。
だめだ。今なら止まれる。止まれ。止まれ。
俺の理性を総動員したはずが、尚も向けられる笑顔に吸い込まれるように松永さんの唇を奪った。
薄く、しかしやわらかい唇から滑るものがちろりと顔を出すと、その隙間へ欲望を滑り込ませた。
絡ませたそれは酔っているせいか動きはしなかったが、嫌がっている感じはない。何より熱くて艶めかしかった。
「ん。はっ」
水音が響くほど口内を蹂躙すると息が苦しくなったのか松永さんから色っぽい声が漏れた。
どうしたことか、いつになく興奮している。
女としたのは数か月前だと思うが、これほどまで興奮したことはなかった。男を抱こうとしている非日常感に高揚しているんだろうか。
拒絶される気配のない口づけに気を良くして体を撫でた。
脇腹から胸に首、肩。シャツも全部取り払って撫で上げれば、くすぐったそうにゆるりと腰を揺らした。その姿も色っぽくて情欲を誘う。
もっと深く口づけをすれば、鼻から漏れる甘い息を感じて、手を下半身に滑らせた。細い腰、滑らかな肌、やわらかい双丘。
手に馴染むきめ細かい肌を堪能しながら、少し汗ばんだ内側に手を滑らせると、芯を持ったそれにたどり着いた。
俺は思わず心の中でガッツポーズをした。
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