恋の列車まいります

櫻井まじめ

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伊納と三浦

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『一番線、電車がまいります。ご注意ください。』

僕の名前は三浦学(みうらまなぶ)。この駅に配属されて三ヶ月の新人駅員だ。
まだ簡単な書類業務や見回りが多いけれど、毎日大好きな電車が見られるこの仕事は天職だと思っている。

「お疲れす。」

そしてもうひとつ。この駅に来て良かったと思えることがある。先輩の伊納涼介(いのうりょうすけ)さん。この人に毎日会えるのも、僕の密かな楽しみのひとつだった。

「伊納さん。お疲れ様です。」

「お疲れ、三浦くん。」

短く切られた黒髪にオーダーメイドのように彼にぴったりな駅員の制服。着せられているだけの僕とは大違いだ。

そんな事を考えてぼうっとしていたら、駅長に叱られた。ああ、早く伊納さんみたいにかっこいい駅員になりたいな。



数日後、伊納さんとシフトが被った日の事だった。利用者から、多目的トイレの非常用ランプが回っているとの報告があった。

「三浦くん、確認してきてくれるかな。」

駅長からの指示でトイレに向かうと、状況を確認する為にドアを数回ノックして声をかける。返事はない。もしかしたら中で倒れているのだろうかとドキドキしながらまた声をかける。すると、わずかに声が聞こえた。

「すみません……体調が悪くて……」

これは大変だと鍵を外から開けると、初老の男性が倒れているではないか。

「だ、大丈夫ですか? 直ぐに救急車を呼びます!」

「いや、少し休めば良くなりますから、中に入って身体を支えてもらえませんか?」

「わかりました!」

足を踏み入れ男性の方へと走り寄る。すると、しおらしく倒れていた男性が急に動きだし、僕の腕を強く引いた。急な事に反応することもできずそのままに床に組伏せられて口づけられる。一瞬の事だった。

「な、何を……」

「今日は当たりだったな。かわいいねえ、お兄ちゃん。」

僕の質問に答える事なく、男性は僕の服を脱がせだす。ネクタイが緩められシャツのボタンがひとつまたひとつと外されていく。だんだんと事態を理解するも、怖くてろくに抵抗することもできない。いつの間にか後ろ手に拘束され、配管に繋がれていた。

「い、いや……いやだ……!」

「ほら、あんまり騒ぐと人が来ちゃうよ? お互い困るだろ? おとなしくしてたらヨくしてあげるからさあ。」

「や、ああ……」

トイレのドアは半自動で閉じている。特別人通りのある駅でもないし、声を出さなければ気づかれることはないだろう。

何でこんな事に。

(助けて……伊納さん!)

そう念じた瞬間、スライド式のドアが静かに開いた。

そこにいたのは、会いたかった人だった。

「い、伊納さん…………」

夕日による逆光でよく見えないが、彼は怒っているように見えた。そして圧し殺した声で何か呟くとこちらに歩み寄り、男性の頬を殴った。

「おかしいと思ったんだ。ランプが回っているのを確認しに行くといつもあんたがいた。他の駅にも行って、心配した鴨が入って来るのを待ってたんだろう?最低だな。あんた。」

男性は彼の怒気に圧されたのか、情けない声をあげながら走り去って行った。しばらく彼は男性が去った方向を睨んでいたが、はっとしたように彼の目が僕に向く。


「大丈夫か三浦! 何された……どこまで……」

「だ、大丈夫です。まだ、何も……」

縄をほどこうとするも、手では切れないらしく伊納さんは小さく舌打ちする。抱き合うような体勢にドキドキしていると「事務室からハサミ取ってくるから、待ってて。」と彼が出口に向かう。

「あ……」

彼が来るまでにまたあの人が戻ってきたらどうしよう……

そんな不安で、思わず彼を呼び止めていた。「あ、あの……!」

振り返った彼は、一瞬何か変な顔をした。それは気まずそうにも、迷惑そうにも見えた。目線が露出した場所に向いている気がして、急に恥ずかしくなって目をそらした。

と、彼がこちらに向き直り、息がかかるような距離まで近づいてくる。

「え…………」

「……見るな。」

被っていた帽子をずらして目線を塞がれる。これでは何も見えない。

「伊納さ……んむ。」

唇に、何か柔らかいものが当たる。開かれた視界の先で、伊納さんが真っ赤な顔をして立っていた。

「あ、え……」

「悪い。その……すぐ取ってくる。」

呆けている僕を置いて、彼は部屋を出ていった。

(今のって、キス……? なんで……)

もしかしたら。もしかしたら伊納さんも僕と同じ気持ちなんじゃないのか。
そんな淡い期待が胸のなかをふんわりと広がっていった。

「いや、まさか……だけど…………」






数分後。事務ハサミでようやく解放された僕は、さっきキスの意味が知りたくて。思わず解放された腕を伸ばしていた。

「あの…………」

小さく上着の袖を掴む。でも、それからどうしたらいいのかがわからなくて、ただ黙っている事しか出来なかった。

座ったままにゆっくり見上げると、彼はまたさっきと同じ変な顔をしていた。視線が絡みあい、今度は僕からキスした。

「……いいの?」

呟く彼の変な顔。きっと、やっぱりそうだ。僕を見ているその顔。僕に欲情している顔。

熱っぽく見つめあっているとまた唇が触れそうになる。何をするんだろう。どこまでするんだろう。少しの恐怖とそれ以上の期待。でも、この人になら奪われてもいい。そう思った。

すると。

「伊納くん三浦くん! 大丈夫? ずいぶんかかってるみたいだけど……」

駅長の声と扉が開く音で我にかえる。伊納さんも同じようでお互いにびくりとして離れた。

「ああ、三浦くん大丈夫? ひどい目にあったみたいだね。」

「あ、いえ! 大丈夫です。」

「縛られたんだって?傷付いてない?」

「「き、キスなんて! そんな……!!」」

反射的に二人で否定しすると、駅長は大きく首をかしげた。

「……まあ、いいや。詳しい話聞きたいから、二人とも事務所来て。」

そう言い残して駅長が去っていく。その後残された僕達。少しだけ気まずい沈黙が流れた。

「……あ、あのさ。」

口火を切ったのは伊納さんだった。

「仕事終わったら飯行かない? そこで、その……俺も話したい事がある。」

「は、はい……」

「…….じゃ、行こうか。事務所。」

ぽつぽつとした会話が終わり、彼が手を伸ばす。その手を取ると温かくて安心した。

『二番線、電車が動きます。ご注意ください。』

構内アナウンスを聞きながら、甘い恋の始まりの予感に胸が高鳴った。

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