相手に望む3つの条件

清杉悠樹

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26 寺井の外面と内面 その4 

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 一体どれだけ私は忍耐力を試されてるのでしょうか。

***

 会社を出て歩きだしたところで同僚に誘われ、夕食を食べた後、なんとなく駅近くの本屋に寄った。特に欲しい本も見当たらなかったことから、そろそろ帰ろうかと考えていた時に桃子さんからメールを貰った。同期メンバー数人と食事に言っていた筈の彼女が駅にいてこれから帰るところだと知った。
 自分も帰ろうとしていた所だ。回り道になろうとも彼女を自宅まで送ろうと思い、連絡を入れて直ぐに彼女の元へ向かった。
 何処にいるのかまで正確な場所は聞いていなかった。駅の入り口近くには姿が見えなかったから、そのまま普段利用している筈の改札口へと足を向けた。
 予想通り改札口近くの壁際に彼女の姿を発見した。が、何故かすぐ傍には長谷川の姿もあった。
 顔を赤くし照れている様子の長谷川と、それをじっと見続けている桃子さんを見て、反射的に走り出した。
「桃子さんっ!」
 周りに大勢の人が行き交う中、人の視線が集まろうが構っていられなかった。嫌な感じがしたからだ。
 まだ長谷川は桃子さんに何も言ってはいないようだが、女の一人歩きが危ないからとか言って、桃子さんの自宅まで送ろうとしているのかもしれない。
 どうにも天然過ぎる彼女は異性に対する危機感が薄いと思う。家まで送ってくれてありがとうと言って、お茶でも飲んでいく?と平然と中へ招きそうで怖い。一応釘は刺した筈だが、覚えてくれているだろうか。
 そんなことを考えながら、真剣に走った。

「なんで寺井課長補佐がここに?それに今、桃子さんって・・・」
 桃子さんを背中で庇うようにして長谷川と対峙した。いきなり現れた自分の姿に長谷川は驚いたようだ。
「プライベートで桃子さんとは名前を呼び合うような仲なんですよ。近くの本屋にいたので、桃子さんから連絡を貰い迎えに来たんです。後は私が送りますからご心配なく」
 お前には渡せないと、牽制をしてしまった。誤解を招くよう多少の嘘も交えて。プライベートで私は桃子さんと呼んでいるが、彼女からは寺井さんとしか呼ばれていない。今は、まだ。いずれは剛と呼んで貰う予定だが。
 どちらにしても桃子さんを家まで送っていくは自分だ。長谷川にその役目をさせるつもりなど一切ない。
「さ、行きましょうか。桃子さん」
 長谷川は目を白黒させている。自分と桃子さんを付き合っている風に勘違いをさせたが、こいつはわざわざ周りに言い触らす性格でもないから、口止めをせずにこのまま去ったとしても問題は無い。
 隠す様にしていた桃子さんの背中に手を当て改札口を目指した。
 ただわざと誤解を招くような言い方をした自分の事を桃子さんが怒っていないか少し心配だった。桃子さんが少し風邪っぽいと白石さんが長谷川に嘘をついていた事に怒っていたのは、つい数日前の事だ。
 後で電車の中で謝ろうと思っていると、袖を引かれた。
「寺井さん、ちょっとだけ待ってくれませんか?」
 少し上目使いでの、桃子さんからのお願い。
 余りにもその様子が可愛すぎて、ここが駅構内でなければ抱きしめるところだった。自制心を総動員させ、なんとか踏みとどまった。
 その僅かな時間。
「あのね、長谷川君。私の為に禁煙してくれてありがとう。でも私、寺井さ―――剛さんと付き合っているから」
 ―――剛さんと付き合っているから。
 頭の中で何度もリピートしている間に、長谷川の姿もどこにも見えなくなっていたことにも気づかないまま、自分の世界へと没頭していた。
 こんなセリフを聞いて、そのまま彼女をアパートに送るだけなんて、出来る訳がない。
「剛と呼んで貰えるなんて思っても見なかったです。もう一度、いえ、今度から桃子さんも私の事を剛と名前で呼んでもらえませんか?」
 と名前呼びをお願いし、さらに、
「一度呼べたのですから。是非。それと・・・桃子さんを自宅まで送ろうと思っていたのですが、迷っています。桃子さん、良かったらこれから私の家へ来ませんか?」
 と恋人がいたことがないと言う桃子さんに、いくつもの手順をすっ飛ばし、自宅へ誘ってしまっていた。
 自分は今、何を言った?
 付き合っていると言ってくれた事に対して浮かれ過ぎた。長谷川を帰らすための方便という可能性だってあったのに。それを都合のいい方へと解釈し、あまつさえ、自宅に誘うなんて。
 やばいと内心だらだらと汗を流していた。
 まだデートさえ一度しかしていない仲だと言うのに。これが決定打となって嫌われたらどうすればいいんだろうか。

「私の家まで・・・送って、欲しい、です」
 暫くして俯いたまま桃子さんの声が聞こえた。
「・・・そうですか。そうですよね、すみません。がっつき過ぎました」
 当然だ。家に来てお茶を飲むだけで済まないことは、流石に分かっただろう。幾らなんでも時期が早すぎた。
 何をやってるんだ。30にもなって。
 10代の時でもやらない焦りすぎの誘い方をして、自己嫌悪に陥った。
「着替えを、取って、きたいので」
 所が耳を疑うような続きが聞こえたきがした。空耳か?いや、確かに着替えを取って来たい。そう聞こえた。
 恥ずかしいのか変わらず俯いたままだったが、髪の隙間から頬と耳が赤くなっているのが見えた。
「分かりました」
 どれだけ勇気を振り絞って答えてくれたのだろう。これ以上失言しない為に、黙ったまま繋いでいる手に少しだけ力を込めた。

***

 予定では自宅に桃子さんを招くつもりだった。が、現在、どうなっているかというと、彼女の部屋までタクシーでやってきたのはいいが、1DKのシングルベッドにすやすやと眠ってしまっている桃子さんを傍で見下ろしたまま、呆然と立ち尽くしている。

 桃子さんはタクシーに乗り込んで直ぐに眠ってしまったことが災いし、第一の目的地に着いた時には完全に熟睡をしていた。それでも何度も名前を呼んで、肩を支えながら部屋にたどり着いた。
 眠そうだとは思っていたが、まさか部屋にたどり着いたとたんストリップ紛いの姿をみせられるとは思わなかった。
 自分の着ている服の匂いを嗅いで嫌そうな顔をしていたから恐らく煙草の匂いでも付いていたのだろう。魅惑的な下着姿になったかと思うと、そのままベッドに潜り込んだと思ったら、あっという間に寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・はぁ」
 思わず深い溜息が零れた。
「このまま待たせてあるタクシーで帰るのが一番なのでしょうが」
 無理ですね。帰りたくありません。
 あの目に焼き付いた姿がちらついてどうにも体が熱くて堪らない。
「隙を見せるのは駄目ですと言ったはずですよ?」
 眠そうな無防備な顔もそうですが、男が部屋に居るのに下着姿を見せるなんて襲ってくださいと宣言しているようなものです。
 こめかみに軽くキスをしたが、起きる様子はない。
「煽った責任は、取ってくださいね?」

 待たせていたタクシーに帰って貰い、戸締りの確認をした。
 ベッド以外にあるのは、小さなコタツだけ。スーツの上着を脱ぎ、明かりを薄暗くし、添い寝をさせて貰った。シングルに二人は思ったより狭かった。
 きっと一晩中寝る事なんて出来ないだろう。
 軽く抱き寄せた柔らかな肌の感触が、余計に体に熱を籠らせた。

 全ては明日、目が覚めてから。

 そう思いながら目を閉じた。
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