括りはスイーツ男子-猫が繋ぐ縁-

清杉悠樹

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18話

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 18

「お姉ちゃん、聞いてーっっ!」
 菜々は夕方に本当に巧にアパートまで車で送ってもらうと、帰って来て直ぐに電話をかけた相手は、実の姉である彩華だった。
 どうしても今日あった出来事を聞いて貰いたかったのだ。
『菜々!?さっき浩介さんから聞いたんだけど、セクハラした男が店に来たって聞いたんだけど大丈夫だったの?』
 もちろん彩華は浩介からは怪我もしなかったことは聞いているが、やっぱり心配で本人に聞かないことには気が済まなかった。前のバイトをセクハラで辞めさせられたと聞いているその張本人が来たと聞けば当然だ。

「だいじょーぶっ!皆が助けてくれたからっ。それよりもお姉ちゃん、聞いて聞いてっ、景山さんとデートしちゃったぁー!!きゃー、もうどうしよーっっ。すっごい嬉しいんだけどっ。バイトの送り迎えも毎日してくれるって言うしっ!やばい、私、幸せすぎて倒れそう~!」
『え?セクハラの話の為に電話してきたんじゃないのー!?』
(ええー!?電話してきたのってセクハラ男の事じゃなくて、景山さんの事を聞いてほしくて電話してきたってことなのー?)
 てっきり妹から泣きごとの電話だと思っていたのに、思わぬ恋バナが始まってしまい、ルームシェアをし始めたばかりのリビングのソファの上で、彩華はがくりと体の力が抜け落ちた。
(何も無かったのなら、それはそれで良い事なんだけど。なんでデートの話になっちゃうかなー、凄く心配したのにー)
 もちろん怪我も泣き言も無いのなら安心したけれども、なんだか肩すかしをくらったような気分になった。

「でねっ、でねっ、数学の課題終わったご褒美にってカフェ連れて行ってもらったんだけど、そこで凄い事があったのっ!」
『凄い事って?』
「そう!実はそのお店、お兄ちゃんと一緒に何日か前に行ったことがあるお店なんだけどね―――」
 そのお店で素敵な事が有ったのだった。

 クレマチスでセクハラ男の辻が帰った後は、巧から「今日はもう勉強どころじゃなくなったでしょう?」と言われて、菜々はつい正直に「あんな顔見た後じゃ、とてもじゃないですけどやる気起きないです。でも、美味しい物を自棄食いして、いっぱい寝て起きれば明日になればやる気が元通りになるから大丈夫!」と堂々と答えた菜々の返事に巧だけではなく、周りに居た浩介や、秋庭、さらには初対面である朝倉にまで笑われた。
 菜々は自分が言ったセリフで皆に笑われたけれども、普段滅多に見る事が出来ない稀有な巧の笑顔に見惚れてしまい、そんな事は全く気にならなかった。
 怜悧な見た目と、普段は表情が少なめな彼からは想像がつかない、子供みたいに無邪気に笑う姿を見て、菜々の恋心は加速した。

(うわっ、口開けて笑ってるっ。ええーっ、巧さんてこんな笑い方もする人なんだっ。年上の人に可愛いって言ったら変かな?あっ、待って、もっといっぱい見たいのにっ!)
 笑いが治まってしまっても巧の顔をずっと見続けていた菜々は、今度は逆に巧から怪訝そうにされてしまった。
 何でもないととっさに誤魔化したものの、心の中に宝石が1つ増えた気分になった。
 巧からは特に不審がられずに済んだようだった。
「それなら、美味しい物を沢山食べてもらって、明日からまた頑張ってもらうことにしましょうか。じゃあ、行きますよ」
 巧に行きますよと言われても、菜々としては、何が?って思った。
「今日はもう課題しなくていいから。送るついでに美味しい物でも奢るよ。分かった?」
 もちろん断る理由なんてある筈も無く、力いっぱい答えてしまった。
「はいっ!」
(付き合ってなんてないけれどっ!送るついでと言われただけなんだけどっ、でもこれって私的には初デートーっっっ!)
 よっしゃーっっ!と菜々は内心でガッツポーズを決めた。
 セクハラ男が来た嫌な事なんてけし飛ぶ威力の幸せが舞い込んで来て、逆に辻さん有り難う!と思ったことは誰にも内緒にしたのだった。

 巧が運転するハイブリッドの国産車に乗せられ連れて来られたのは、夏休みが始まって直ぐにお兄ちゃんとスイーツを食べに来た最近女の子の間で人気が高い話題のカフェの店だった。
「えっ、ここ?」
 一度来た事があると正直に言うべきか店の前で迷っていると、巧が店のドアを開けて菜々が入るのを待っている。
「そう。どうぞ?」
 菜々がおずおずとドアを通り過ぎるとようやく巧はドアから手を離した。こんな女の子扱いは慣れていないので、菜々は背中がむずむずして感じた。
 店内は4時を過ぎていたのと、平日と言う事も有って前回に来た時とは違ってかなり空いていた。
 菜々は巧の背に付いていくと、座った場所はお兄ちゃんと来た時と全く同じテーブル席だった。
 2人が席へ座ると傍へ店員がやって来て、メニュー表を渡された。
 その店員は菜々とあまり年が変わらない女性で、巧にメニューを渡す時に見たその美貌に頬を微かに赤く染め、とろんとした表情をしているのを見てしまった菜々の心は面白くなかった。
 店員は後ろ髪を引かれつつゆっくりと時間を掛けて離れて行った。巧はそんな店員の様子は全く目に入らないらしく、メニューを菜々に見やすいようにテーブルへ置くとどれを食べたいか聞いてきた。その何気ない手の仕草をみただけで、菜々はきゅーんとしてしまい、すでに店員の事など頭から綺麗に消えていた。
「食べたい物を好きなだけ言ってくれていいから。今日のお詫びも兼ねてるからね」
「お詫び?」
「セクハラ男を店に入れてしまって、菜々さんに嫌な思いをさせてしまった事。ほんとなら店に入れること自体避けたかった事だからね」
「そんな事・・・だってあれは仕方なかったと思います。巧さんも浩介兄さんも皆助けてくれたし。そんなお詫びなんて」
 してくれなくてもとは思ったけれど、巧本人は納得してないようだった。
「んー、でも今回はたまたま運が良かっただけで、これで済んだけれど、朝倉さんが居なかったらと思うとぞっとするよ。次はこんなことさせないから」
「で、どれにする?」
 ここのスイーツは見た目も可愛いのだが、ついている商品の名前も可愛くてどれにしようか迷うのだ。
 前に食べに来たこと有るって言いにくい。前回食べたスイーツ以外を頼もうかと考えていると、巧はメニューの写真を指で差した。
「俺は、これにしようかな」
 差した先の商品名は『ほっぺちゃんふわとろぷりん』だった。
 そのプリンは白い皿の上に乗せられ、上にチョコでつぶらな目とくちばしが描かれていて、ほっぺはピンクの食紅で色付けされている。サイドには天使の羽をイメージした卵白で作られたメレンゲお菓子が添えられていて、全体がひよこをイメージしてあってとても可愛らしい一品だ。
 クレマチスでも巧は菜々が作ったスイーツは好んで食べてくれるからスイーツ好きなのはもちろん知っている。
 ただ、巧の綺麗と言えるレベルの見た目からは、予想を裏切るその可愛いスイーツの選択にギャップが有りすぎた。
「この間食べた時に美味しかったから」
 と更に吃驚する発言が続いた。
「えっ、前にこれ食べた事が有るんですか!」
 前に食べに来たと言う事は、この店には誰かと一緒に来たのだろう。その誰と来たのかというのを聞きたかったけれど、多分女の人だろうと予想ができて、ショックを受けた菜々は聞く事が怖くて出来なかった。
「そう、その時にここに座っていたのは、君とお兄さん。で、隣の席に座っていたのが俺。その時俺が食べていたのがこの『ほっぺちゃんふわとろぷりん』、『にこりんどーなつ』」
 悪戯が成功したのが嬉しいような、ちょっと意地悪い笑みで巧はこちらを見ていた。
「ほへ?」
 私とお兄ちゃんが一緒にここへ来た事を知ってる?しかも、隣の席に巧さんが居たってどーゆーコト?
 頭の中はパニックだ。
「あれ?髪留め落したの覚えてない?拾ったの、俺だよ」
 巧はテーブルに両肘を付き手を組んだ。その上に顎を乗せると、今度はにっこりと笑った。
 思わず、その笑顔にきゅんとし―――だ、駄目っ!今はそれどころじゃないっ。ぶるぶると顔を振って気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。
「そっ、そそそ、それは覚えてるけどっ、ほんとに拾ってくれたの巧さん?別人じゃなくて?」
 だってあの時の人と目の前の巧さんとの顔が一致しない。髪留めを拾ってくれた人はもっと、こうもさっとしたというか、ぱっとしない人っていうか、印象が薄い感じの人だった。
 今私の前にいる巧さんは、きっと誰が見ても忘れなれない程の美男子だ。
「ちょっと変装してたからね。前髪をこうして前面に下げて、眼鏡を変えて、猫背にすると出来あがり」
 ほらねと巧は俯き加減で背中を丸くする。すると印象が全く違って見えて来るから不思議だ。
「納得した?」
「・・・しました」

 ほんとに、巧さんだったんだ・・・。それって運命感じちゃうんですけどっ!

 その後は同じスイーツを食べて楽しんだり、お兄ちゃんのスイーツ好きについて語ったりした。
 忘れる事の出来ない運命の出会いが有った事を知って、菜々にとても大切な宝石がまた1つ増えた。

『分かったから。もう、分かったから』
 まだまだ巧への想いを話続ける菜々に、いい加減ストップをかけた。延々と聞かされて最後の辺りは内容は殆どスルー状態だった。
『菜々が巧さんの事をどれだけ好きなのかは分かったから!でも、それだけ進展したのならいっそ菜々から告白してみれば?案外上手くいくかもよ?』
 菜々には内緒だが、巧の方も菜々の事を想ってくれているらしい。浩介経由で聞いた事だし、例え身内だとしても勝手に部外者がそれを伝える事はマナー違反だと我慢してる日々だったりする。
 けれど菜々から言うのは問題なしとけしかけて見た。
「えー、だって今バイト始めたばっかりなのに、いざ告白して振られちゃったら続けてバイトしにくいじゃん。だからいいの。きっと告白しても本気にされなさそうだし、年が違い過ぎて妹位にしか思われてなさそうだもん。そうなったらマジにへこみしそうだから、私は今のままでいいの」
『菜々・・・』
 巧の事を本気で好きになってる妹の事は、姉とは言え部外者の私がとやかく言う事は憚られ、今はその方がいいのかも知れないと思って、それ以上は止めておいた。
「あっ、そうだ。今日そのセクハラ男が来た時にね、私の事を助けてくれた人が要るんだけど、お姉ちゃんはその人の事を浩介兄さんから聞いた?」
 しんみりと話していたかと思うと、すぐにまた復活をして明るく菜々は喋り出した。
 くよくよと悩まない所は長所だと思うけれど、その速さに付いていけずもたもたとする彩華だった。
『えっ、誰の事?聞いてないけど』
「弁護士さんでね、浩介兄さんと同じ位背の高い人でね、くろちゃんにべた惚れした男の人!」
『くろちゃんにべた惚れ?』
「そ!」

 後日、仕事を終えて帰って来た彩華と膝の上にまったりしていたくろに会った朝倉は、くろを懸命に眺めていただけなのだが、彩華を眺めている風に見えた浩介は嫉妬に駆られてひと騒動という事件が有ったのは、些細な事だった。
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