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第3章:異世界地方派遣

第47話:寄り添う心

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プルミエ王都の夕方市。
午後に採れた野菜や果物を売る露店が並ぶその場所は、今日も威勢のいい声が響いている。
テルマの森と村の見回りを終えた帰り、奏真は露店を見に来ていた。
「美味しい木の実はいかが? 栄養満点! 勇者様御用達だよ!」
声に振り返れば、宝石みたいに艷やかな色とりどりの木の実が並ぶ露店がある。
「ははは、まーたお前広告塔になってんのか」
店の前に見慣れた少年を見つけ、奏真は声をかけた。
「あれ? ソーマも買い物?」
最早リピーターになっている星琉が、紙袋を手に振り返る。
彼がよく買い物に行く店では、勇者が常連客だと言って宣伝にする事が多かった。
「ちょっと差し入れしてやりたい奴がいてな。なぁセイル、お前の弟とか妹ってどんな食べ物を喜ぶ?」
大家族育ちの星琉に奏真は聞いてみる。
「そうだなぁ、チビたちは菓子なら何でも好きだし、肉はみんな喜ぶけど、1人だけ肉食わない子がいるから木の実や果物をあげてるよ」
言いながら、星琉は露店に並ぶ木の実のうち、赤いツヤツヤした実を指差した。
「今買うなら、これがオススメだよ」
「はいこれ試食ね」
露店のおばちゃんがカットした物を差し出す。
苺のような三角錐形の実は、シャリシャリした梨のような食感と、リンゴに似た味がした。
「赤い木の実には体力の回復効果があるから、もしもお見舞いにするならそれがいいと思うよ」
買い物慣れした星琉がアドバイスする。
「保存容器に入れおけば新鮮なままで少しずつ食べられるから、食の細い人にあげるならそれも付けるといいね」
と言う話が聞こえたのか、他の客が早速保存容器を注文している。
「セイルお前、さり気なくセールス係みたいになってるぞ」
ツッコミを入れつつ、奏真も赤い実と保存容器を購入した。



「ソーマさんが連れて来た子、食欲が無いようで殆ど何も食べないんですよ」
異空間牢の収容者に食事を運ぶ騎士が言う。
捕虜となった者にはよくある事だが、元々痩せている子供なので体力が続くか心配との事だった。

露店で買い物を終えた奏真は、そのまま異空間牢へ直行する。
その空間への転移は瀬田の接続アクセス許可済みで、いつでも入る事が出来た。
「バレル、弟の様子はどうだ? メシ食わないって聞いたけど」
兄弟が収容されている部屋の前まで行くと、奏真は兄のバレルに声をかけた。
一応は牢なので通路側は鉄格子になっており、中の様子が見えるようになっている。
「まだ戸惑っているみたいです。体調は悪くないようですが、スープを少し口にする程度であまり食べないんです」
バレルはシンプルな造りの机と椅子を使ってノートに何か書いていたが、声に気付いて振り向くと答えた。
弟のラムルはといえば、部屋の隅で膝を抱えて座っている。
「入るぞ」
声をかけて、奏真は室内へ転移した。
そして暗い表情で俯いている少年の隣に座ると、その頭を撫でて話しかけてみた。
「大丈夫か? 腹痛いのか?」
問いかけに、ラムルは黙って首を横に振る。
奏真は持ってきた紙袋の中、ガラス瓶のような保存容器から赤い実を取り出した。
「じゃあ、これ食えるか?」
「………え?」
赤い実を差し出され、少年はキョトンとした。
「お前、メシ食わないって聞いたぞ」
「…ごめんなさい…」
「あ、いや責めてるわけじゃない」
心配して声をかけたつもりが怯えられてしまい、奏真は慌てて表情を和らげた。
「怖がらせてスマン、もしも身体に問題無ければ、これ食ってくれないか?」
そっと手渡される木の実を、ラムルは不思議そうに見つめる。
そしてようやく奏真に目を向けた。
「食べても、いいんですか…?」
「いいぞ」
奏真が答えると、しばし木の実を見つめた後、ラムルはそれを口に運んだ。
シャリッと音がして、甘くて少し酸味のある果汁が口の中に広がる。
同時に、木の実が持つ回復効果で、身体に心地良い暖かさが感じられた。
「バレルも食うか?」
奏真が立ち上がり、バレルにも木の実を手渡す。
「レンムの実ですね。小さい頃に父が採って来てくれたのを食べた事があります」
懐かしそうにバレルは言った。
その父の記憶は、物心つく前に攫われたラムルには無い。
木の実の味は父の記憶を蘇らせる事は無いが、兄以外で頭を撫でてくれた青年の記憶として刻まれた。
「なあラムル」
奏真が再び隣に腰を下ろして話しかける。
「まだこれから何をするとか決めなくていいから、とりあえずこれ食って元気でいてくれないか?」
言うと、奏真は紙袋から木の実が入った保存容器を出して、ラムルに渡した。
少年は渡されたそれを見つめ、しばし考えている様子。
やがて、呟くように小さな声で問う。
「………それは………誰かが望んで下さる事でしょうか?」
「ん?」
奏真は一瞬キョトンとする。
が、少年が求める答えを理解した。
「…そうだな。俺が望む」
少年の頭を撫でて、奏真は普段は見せない穏やかな眼差しを向けて言う。
「お前が生きて、いつか楽しいと感じてくれる事。それが俺の望み…いや、願いだ」
誰かに必要とされたい、存在を認めてほしい。
それは、かつての奏真の思いと同じ。
ラムルは、その心に寄り添ってくれる者を求めていた。
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