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第4章:カートル孤児院

第52話:奴隷商人と闇オークション

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孤児院の消灯時刻、イルはエレナに抱っこされて部屋に戻って来た。
薬師テレーズの診断で、もう薬の成分は完全に抜けたから大丈夫らしいが…
「あの、エレナさん、もう歩けるから抱っこしなくても…」
「駄目よ。昼間あんなにグッタリしてたんだから」
…エレナが過保護になっている。

部屋の中ではパジャマに着替えたレンがベッドに寝転がって絵本を見ていた。
「よお眠り姫」
「だ、誰が姫だよ!」
「そうよね~イル君は王子様よね」
ニヤッと笑うレンにイルが言い返すと、エレナに愛情たっぷりの頬ずりされた。
そしてベッドに寝かされて、ほっぺチューのおまけもついた。
「また明日ね。可愛い王子様」
「…お…おやすみなさい」
ニッコリ微笑んでエレナが部屋を出て行った後、イルはドッと疲れを感じた。

「知ってる? お前これのせいで男子全員に唇奪われかけたんだぜ」
レンは見ていた絵本をイルに差し出した。
「へ?! いや待って、何で男子が?!」
「まあ見てみな」
言われて読んでみた絵本は、地球でもお馴染みの眠り姫系だったが…
「え? 毒で眠らされて、呪いで男に変えられた? 何このラノベみたいなネタ」
…美貌に嫉妬した魔女が毒で仮死状態にしたが、眠る姿が美しすぎたのでイラッとして男に変えてしまったという展開だった。
「お前女顔だから、『実は女の子に違いない』とか言われてさ」
必死で笑いをこらえつつレンが言う。
「キスで呪いを解こう! とか言って男子全員駆け寄ったんだよ」
「マジか…」
爆睡している間に危うく腐の女子が喜びそうな事になりかけたらしい。
「テレーズさんが阻止したけどな。肺の中に睡眠薬が残ってるからダメ!って」
「ありがとうテレーズさん…!」
テレーズに感謝したイルであった。


時間は少し戻り、イルがまだ眠り続けていた頃。

大きな檻に帆布をかけた荷馬車が森の中を進む。
深い森の中、馬車はその奥地へと進んでゆく。
檻の中には、睡眠薬で意識を奪われた人々が9人。
その積み込みを手伝った男たち3人は同行せずにその場に残った。
そのうち2人は夜闇にまぎれて帰って行く。
「スラムのアジトはもう使えねえな」
「孤児を攫ったくらいじゃ警備兵は動かねぇだろ」
そんな会話をしつつ森を抜けた。

1人残った男は洞窟の中へ戻り、次の【納品】まで待機する。
「?!」
自分の居住スペースに使っている横穴の入口、そこまで来たところで男は突然倒れる。
男の後頭部を直撃した小石が、その近くに転がった。
「悪ィな、ちょっと来てもらうぞ」
背後から出て来たのはレン。
彼は左手を倒れた男に向ける。
異空間牢アプリ起動、男はその場から消えた。
(次はあの馬車の2人組だな…)
レンは追跡登録した馬車の奴隷商人と御者らしき2人組、捕らえられた9人の動向をアプリで脳内レーダーに映し出す。
人々はまだ移動中だ。

レンが異空間牢に収容した男を、すぐに瀬田が調査した。
「こいつも面識無しか」
調べ終えると、瀬田は洞窟の元の位置に男を転送する。
洞窟の男の記憶にも大魔道士フォンセらしき人物は無い。
(向かう先は闇市場か、個人への売却か…)
瀬田は追跡中の奴隷商人が目的地に着くのを待った。

荷馬車はやがて森の奥の開けた場所、木を切り倒して作った空き地へ着いた。
そこに建てられた大きなテントの前で停車する。
「本日の納品は9人、搬入手伝いを呼んでくれ」
テントの入口に立つ見張りの2人組に、奴隷商人が伝える。
「承知した。しばし待て」
見張りの1人が手伝いを呼びに行き、しばらくして体格のいいのが5人出て来た。
搬入係たちは眠らされた人々を担いで運び始める。
9人全て運び込まれると、御者を待機させて奴隷商人がテントの中へ入って行った。

テント内では闇オークションが行われていた。
搬入された9人は眠らされたままステージに並べられている。
来客は最初に間近で見たり触れたりしてみた後、気に入れば競売に参加していた。

(フォンセはいないようだな…)
瀬田はレンがライブ配信するオークションの様子を見つめている。
レンは魔道具のアプリ・隠密ステルスを使い、人々に認識されない状態でテント内に侵入、オークションの様子や来客の顔を撮影&送信していた。
来客の中に瀬田が知っている人間は1人もいない。
瀬田が探す大魔道士もそこにはいなかった。

9人はそれぞれ売却され、隷属紋を付与して新たな主人に引き渡された。
しかしその隷属紋は、隠密ステルスを使って気付かれずに近付いたレンが接触、隷属効果無効アプリを使用、全ての効果が封じられている。
レンはそれぞれの行き先へ運ばれてゆく人々を追跡し、主人となった者の正体を暴いてゆく。

(…どいつもこいつもカートルの貴族か。まだ腐敗が多いなこの国は…)
レンが送信してくる画像を見て、瀬田は思う。
闇オークションで買われた奴隷の行き先は、いずれも貴族の邸宅だった。
探す相手はその中にいない。
『よし、今日はここらで戻ってくれ』
『了解』
瀬田との脳波通信で短い会話をした後、レンは転移アプリで孤児院の自分の部屋に戻った。
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