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第7章:海の向こうのジパング

第90話:氷下の因果

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刀鍛冶の村・セキの里。
星琉がドロップして宗月に渡した六花魔石は、新たな宝剣に嵌め込まれていた。
完成した宝剣を天子に献上に行く宗月と一緒に、素材確保に貢献した者として星琉も行く事になる。
通常は馬で行くそうだが、今回は星琉の風魔法で飛翔しての移動だ。

「天子様は日本人の勇者様に会うのを、とても楽しみにしておられるそうですよ」
宗月の話を聞く裏側で、星琉は空也を思う。
ジパングの王は世襲制なので、現在の天子は空也を殺そうとした第一皇子・海斗の子孫なのだろう。
実の弟を手にかけてまで欲した王位は、それほどまで良いものだろうか?

500年前に第二皇子と共に消えた宝剣。
今回新たに作られた宝剣は、その失われた宝剣と同じ、氷の力を籠められる。
早朝の最も冷え込む時間、天子は新しい宝剣を手に、山頂の湖のほとりに来ていた。

「純白の清らかな神の獣よ、我が宝剣に宿り賜え」
今年継承したばかりの若い天子が、湖に向かって宝剣を掲げながら祈祷する。
湖面の氷は、空也を蘇生させた時よりも分厚い。



(純白の獣って、もしかして白夜の事かな?)
祈祷の言葉を聞きながら星琉は思う。
白夜は空也に仕えており、湖にはいない。

祈祷は本気で神獣を求めているわけではなく、形式だけのものらしい。
祈りを済ませると天子は踵を返して湖から離れ始める。
異変はその瞬間に起きた。

突然飛び出して来た者が、天子の胸を短刀で貫き、そのまま一緒に湖へ飛び込む。
分厚い氷が浮かぶ中に落下した2人は、そのまま沈んでゆく。
声を上げる余裕すら無く水中に没した天子から流れ出た鮮血が、氷や湖面を真紅に染めた。

何が起きたか理解出来ず呆然としていた人々が慌てて叫び出す。
しかし氷水に飛び込んでまで助けようとする者はおらず、みんなオロオロするだけだった。

(…しょうがないな…)
気配探知で襲撃者の存在に気付いていたが敢えて動く事はしなかった星琉、他の人が誰も対処出来ない様子にやむなく行動に出る。
湖に駆け寄り、片手を湖面に向け、魔法を発動させた。

水属性・氷系魔法:氷龍

水面が盛り上がりつつ凍結し、氷で出来た龍となる。
西洋のトカゲ型の竜ではなく、東洋の長い体つきの龍だ。
氷の龍はそれぞれの手に1人ずつ人間を掴んでいる。
星琉はそのうちの1人、襲撃者の方を異空間牢へ転送、瀬田に簡単に説明した。
『ジパングの王様が襲われました。送った人物が実行犯です』
現地に残しておくと尋問前に死にそうだったので、瀬田に対応してもらう事にする。
『OK、とりあえず応急処置と拘束はしておくよ』
瀬田からの返事を聞きつつもう1人の人物、胸に短刀が刺さったままの青年の治療にかかる。

空也と違って身体が凍るような事は無かったが、低体温で呼吸も脈も止まっている。
しかしまだ生命反応があるので治療可能範囲だ。
短刀を引き抜いて最上級回復魔法エクストラヒールを使用、すぐ傷は塞がった。
衣服や身体を乾かしつつ付近でうろたえている人に指示を出して毛布のようなものを持って来させる。
呼吸や脈が戻ったところで後は側近に任せて離れた。
毛布に包まれた青年はお付きの人々に運ばれて馬車に乗せられ、城へ帰って行った。

「セイルさんが居合わせたのは幸いでしたね」
小声で宗月が言ってくる。
「この国ってこういう事が多いんですか?」
星琉も小声になって問う。
「昔からです…」
宗月は溜息をついた。

瀬田に対応を託した襲撃者は、天子の血縁が送り込んだ者らしい。
意識が戻った天子に呼ばれてジパングの城へ行った星琉は褒美を断り、代わりに誰も恨まず復讐はしないでほしいと頼んだ。
報復を繰り返していたら、延々と血族で殺し合う事になる。

「現代の日本では、犯罪者は個人が殺したりせず、法に任せる事になっています」
星琉は言う。
「憎しみに対して死を与えるのではなく、何故そのような事をするのか、どうすればしなくなるか。調べて原因を取り除き、解決しようとするのが最善ではないかと思います」
星琉は自分なりの考えを述べてみた。

天子の祖先は1000年ほど前に血族間の争いで死にかけた者だったという。
家臣たちと共に異世界転移をした事で生き延びて子孫を残すに至る。
それならば、血族争いの因果を断ち切って、穏やかな御代を築いて下さいと願った。
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