【本編完結】株式会社SETA異世界派遣部~ゲーム大会で優勝したら異世界に招待された~

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勇者エリシオ編

第7話:魔王の記憶

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 今から986年前、魔王は自らの意志で永い眠りに就いた。
 これまで繰り返した転生の中で、初めての事だった。

「おやすみ、と言っておこう。死ぬわけではないからな」
 そう言うと、透明な蓋が閉じてゆく。
 身体の力が抜けてゆき、意識がゆるやかに落ち始める。

 遠い記憶が蘇る。
 聖王国トワが建国された頃の出来事。
 魔法がまだ少なかった時代の記憶。

 魔王は剣によって勇者と戦い、刺し違えてその時の生を終えた。
 互いの身体を貫いた魔剣と聖剣は、使い手が力尽きると同時に消失する。
(また転生か、面倒な…)
 これまでの転生の記憶を持つ魔王にとって、死はその程度のものだ。
 けれど、身体が冷えて動かなくなってゆく中、聞こえた音が何故か心に響く。

 それは、命ある者が刻む音。
 心臓が拍動する音。
 何故それが今聞こえるのか?
 不思議に思った魔王は、もう目を開ける事も出来ない肉体から星辰体アストラルとなって抜け出す。
 俯瞰したその視界に入ったのは、目を閉じて仰向けに倒れた金髪の青年と、その上に被さるように倒れている自分の肉体だった。
(そうか、あの音は奴の心臓の音か)
 青年の胸に頭を乗せているので聞こえたらしい。

 青年は先ほど自分と刺し違えた勇者だ。
 辛うじて心臓は動いているが、大量の出血で地面を紅く染め、意識は既に無く瀕死の状態に見える。
 その上に被さっていた魔王の身体は、勇者の仲間が眷属たちを全滅させると存在エネルギー供給が断たれ、黒い粒子と化して消えた。
 星辰体アストラルも薄れ始める中、魔王は勇者に駆け寄る人々を眺める。
 よく似た美しい顔立ちの乙女が、白い衣服が紅く染まるのも構わず青年を抱き起す。
 既に大半の血が流れ出てしまった青年の身体は完全に力を失っており、グッタリとして動かなかった。
 聖騎士たちがその周囲に集まり回復魔法を使っているようだが、致命傷を癒すには至らない。
 魔王の記憶はその辺りで途切れていた。


 災厄の主とも呼ばれる魔王は、古代神ルシエルから神の力を与えられた者、膨大なエネルギーを消費する代わりに絶大な攻撃力を持つ。
 その力で創造神アーシアが創った生命体を滅ぼし、今は失われた神ルシエルが遺した知的生命体を繁栄させる目的で生まれてくる。

 初代勇者は神の子とも呼ばれ、創造神アーシアの手で作られた者、魔王を倒す為に生まれてきた。
 その顔立ちは柔和な雰囲気の美しさを持ち、争いとは無縁のように見える。
 けれど戦い始めると、一切の感情が消えて全力で攻撃してきた。
 普通の人間とは違い、出力制限リミッターの無い攻撃は魂をもエネルギーに変える。
 魔王と戦う役目を与えられた存在は、攻撃を躊躇うような事は一切しなかった。
 そして魔王は斃され、勇者も力を使い切って命を終えた。

 その後、1000年周期で転生する魔王は何度か勇者と戦った。
 いずれも異世界から召喚された異なる魂で、神に作られた金髪の勇者とは違う。
 勇者の双子、神に作られた聖女は寿命が尽きると転生して存在し続ける。
 しかし、初代勇者は一向に転生してこなかった。
 魔王への攻撃に魂の力も注いだ故に、転生する力を失ったのだろうか。


 永い時が過ぎ、何度目かの転生を間近に卵の中で眠っていた魔王は、強烈な光の力を浴びて目覚めさせられた。
 眷属が注いでくれたエネルギーの大半が消え去り、覚醒前の身体を護る卵も砕け散る。
 何の力も無い、身体を動かす事も意識を保つ事も出来ない状態で生まれてきた。
 いつもなら多くの眷属がいて力に満ちているが、今回はそれが全く無い。
(転生失敗だな。まあいい、倒されてまた転生するとしよう)
 最初はそう考えた。
 虚弱な魔王などすぐに勇者が倒すだろうと思っていた。
 しかし想定外な方向へ流れが進む。

「大丈夫? 怪我はないか?」
 問いかけてくる金色の髪の青年。
 あろうことか、魔王は川で溺れて勇者に助けられた。
 更に予想外な事に、聖女の浄化で瀕死となった魔王を、その勇者は庇っていた。

 虚弱な魔王の身体は、魔力を与えてもらってどうにか生きられる状態。
 底無しと言われる魔力を持つ勇者は、魔王を抱き締めて魔力を注いだ。
 本来殺し合う相手が生きる力を与えてくれる事に、魔王は困惑する。

(あの音は聞こえるだろうか…?)
 初めて添い寝した時、魔王はふと思う。
 かつて刺し違えて斃れた時と同じく、その身体の上へ覆い被さるようにうつ伏せてみる。
 …といっても子供の身体ゆえ、覆い被さるというよりは上に寝そべるような体勢だが。
 子守慣れした勇者は、赤子を慈しむかのように頭や背中を撫でてくる。
 温かい体温を感じ、胸に当てた耳に鼓動が聞こえた。

 ずっと昔に聞いた鼓動は途切れ途切れの弱々しいものだったが、しっかりとした音が聞こえる。
(…命の音か…。こんなにも心安らぐものだとはな…)
 魔王の心に、何か温かい感情が芽生えた。

「もしも転生して眷属がいっぱい出来たら、その時代の勇者と戦うの?」
「生まれ変わってもまた戦うのか?か。 あの頃ならYESと答えたであろうが、今はNOだ」
 勇者の問いに、魔王はそう答えた。
 フッと笑むと、は前世で刺し違えた相手の胸にまた耳を寄せる。
 命ある者の証、心臓の鼓動が聞こえた。
「もう疲れたから転生はせぬ。封印されてノンビリ過ごしてやろう」
 そう告げた魔王は勇者の腕に身体を預け、その温もりを心地よく感じながら眠る。


 封印されたその日、魔王は自らの目覚めに【鍵】をかけた。
 唇を重ねた後、勇者が呆然とする様子が面白かった。
 そして、目覚めにはこれと同じ行為が必要だと告げる。
 魔王を目覚めさせられるのは、【鍵】が何か知る勇者、またはそれに連なる者のみとなった。
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