Locust

ごったに

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 島の交番に通報し、子供たちの救助と本土への送還を要請した。
 助け出せはしたが、俺たちにはその先の面倒を見てやることはできない。
 培養槽から解き放たれた子供たちはもちろん、コウモリ人間の襲撃から生き残った子供たちもだ。
 心身の傷も薬物中毒もケアできないし、単純に大勢を本土へ運ぶのも無理だ。
 療養所には、子供用の病人服があったので子供たちにひとまずそれを着せた。
 できたのは、それだけ。
 俺も俺で、ドクターの着替えと思しきものを拝借した。
 サイズに無理はあったが、そこは強引に着た。
 警官と出くわす前に、俺たちは密かに療養所を後にした。
 事情聴取なんか付き合ってられるか。
 せっかく、生きて直斗を救い出せたんだからな。
 泣き疲れてか、眠りだした直斗を背負い、シケイダ君とともに森を下りた。
 浜には、見覚えのあるクルーザーがあった。
 絶対に先に逃げていると思った運転手が、待っていてくれたのだ。
 感謝を伝えると「仕事ですから」とだけ返って来た。並みの胆力でできることじゃねぇ。
「これからどうするんですか?」
 出航したタイミングで、シケイダ君が訊ねてきた。
「こいつがあれば、どうやらドクターの送り込んでくるヒトキメラと戦えるらしいからな」
 ベルトを顔の高さまで持ち上げ、軽く振った。
「今すぐ海に放り込みたいのは山々だが、直斗が人質状態じゃ、そうもいくまい」
「もし、ドクター側のヒトキメラに負けたら……」
「はっはっはっはっは! 馬鹿言え」
 シケイダ君の杞憂を笑い飛ばす。
「覚えておけ」
 一度言葉を切り、深呼吸を一つした。
「父親ってのは、そんなヤワじゃない。シケイダ君にも、子供ができればわかるよ」
「いやぁ、かっこいいっす」
「かっこいい、か」
「はい。マジでヒーローじゃないですか」
「でも、俺は君の仲間を手に掛けてしまった」
 あの死闘の最中は、ヒトキメラになった興奮もあってかスパイダー、いや中野を生かすことなど考えられなかった。
 何か一つでも違っていれば、俺が殺されていただろう。
 でも俺がもっと強ければ、彼を落ち着かせて、話し合いで解決できたのではないか。
 ドクターの野望に、同じヒトキメラとして、ともに立ち向かってくれたのではないか。
「それは、残念ですよ。けれど」
 何かを堪えているような笑みを向け、シケイダ君は言った。
「中野君は俺を襲おうとして、日月さんは俺を助けてくれた」
「しかし」
「その日月さんが、殺すしかないと判断したなら。俺には何も言えません」
「すまない。俺の不徳の致すところだ」
「そんな! 頭上げてくださいよ!」
 頭を下げるも、シケイダ君は謝罪を受け入れてくれなかった。
「俺は警察に出頭するわけにはいかない。ドクターの魔手から直斗を、それ以外の善良な人々を守らなければならない。それが俺のすべきことだからだ」
「わかってますよ」
「わかってない。つまり君は、自分の仲間を殺した人間を見逃し、野放しにするということだぞ。遺族にも謝罪できない、いや、しない、法の裁きからも逃げる。そんな人殺しを、だぞ」
「だったら俺も同罪ですよ。変態どもを撃ち殺してるじゃないですか」
「すまない。君にまで罪を背負わせてしまって」
「俺、顔出ししてる動画投稿者ですからね。生き残りの子供の気まぐれな悪意で、すぐにでもお縄になる身ですよ」
 脱出の際、研究室のデータは破壊してきた。
 だが、子供の記憶を封印したり密告を避けたりする術はない。それは、殺すということだからだ。
「さすがに、寛容な有料プラットフォームでも、あそこでの映像を動画として投稿すればBANを食らうでしょうし。そうでなくても、視聴者から通報される。動画投稿者としては、骨折り損です」
「それは、オフラインイベントだったか? そこで公開すればいいんじゃないか?」
「だから通報されるんですよ」
「銃や殺人のシーンをカットして、うまく編集すればいいだろ。君も最初は自分で編集してたんだろう?」
 しまった、と思う。
 言外に、中野がもういないことを強調してしまった。
 俺が何を考えているか、察したのだろう。
 小さく首を左右に振ってから、シケイダ君はつぶやいた。
「そうですねぇ。ちょっと様子を見て、身の振り方を考えますよ」
 船上から見える角髪みずら島は、もうずいぶんと小さく、遠くなっていた。
 本土に帰れば、俺たちの非現実的な新しい日常が始まる。
 恐れもある。不安もある。
 けれど、俺は優愛の分まで直斗を守り、生きていく。
「動画がダメなら、小説という体で発表するのはどうだ」
「小説?」
 動画を通して見たときに、シケイダ君が言っていたのを思い出したのだ。
 運営に動画を削除されないようにするためだろうが「俺の想像力なら作家になれるなぁ」とヤケクソ気味に話していたことを。
 だったら、本当に作家になってしまってもいいのではないか?
「君たち動画投稿者は、どういうわけか本を出すだろう」
「俺も出してますよ、陰謀をまとめた本」
 もう出しとるんかい。
「じゃあ、ほとぼりが冷めるのを待って、あるいはこの件が報道されなければすぐでもいい。あくまで小説という体で出せば、わかる人はわかってくれるんじゃないか?」
「このご時世に、児童に性的ないたずらを働く権力者を描写しろと」
「そういう漫画は出てるだろ」
「あのですねぇ、俺はロリコン漫画の作者じゃないんですよ。たとえば、日月さんが好きな芸能人が、そういうの出版したらどう思います? そういうところ、タレントに近いんですって俺ら」
「俺の好きだった芸能人なら、あの島でバニーちゃんの格好させた少年に猥褻行為を働いていたぜ。もちろん、鉈でぶちのめしてきたが」
「もういいです……しばらく、あの島でのことは忘れて暮らさせてください」
「あぁ……すまん」
 シケイダ君がげんなりして手すりに顔を突っ伏したので、話を切り上げることにした。
 俺たちは、これからも生きていくのだ。
 誰かに嗅ぎまわされても、ヒトキメラの襲撃があっても。
 だから、今が休むときとシケイダ君が思うならば、存分に休むのが正しい。
「ぱぱ……」
 ズボンの裾を引っ張られ、振り向く。
 船室の隅で寝ていたはずの直斗がいた。
「どうした」
 どうにも顔色が悪い。
 背筋が冷える。
 まさか、あの培養液の中にいたせいで直斗の身体に異変が!?
「気持ち悪い……もう出、おろろろろっ!!」
「うわぁ!! 直斗!? 海に吐きなさい! 海にぃ!」
 慌てて直斗を抱え、船から身を乗り出させる。
 そんな俺たち親子にうろたえるシケイダ君と、苦笑いする運転手。
 はああああ、返す前に掃除しないと。
 直斗の突然の嘔吐に、肝を冷やしはした。
 でも、俺が取り戻したかった日常が、少し帰って来たような気がした。



  了
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