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夏休み
途中参加
しおりを挟むふわりと白い髪をなびかせ、白い少女がダンスを踊るような軽やかな足取りである部屋に向かっていた。
そのチユキが目的の場所であろう部屋前の扉で立ち止まると、ニヤリと妖しい笑いを浮かべ呟く。
「なーんか、随分面白そうな事になってるじゃない?」
扉を開けると何の面白味のない部屋に一つ、異常なまでに目立つ空間の亀裂が、不自然な程にそこにあった。
チユキの後ろから遅れてヘレナやイリーナがやって来た。
「疑。これは一体何事ですか?」
「判断材料が少ないですが、ここが旦那様のお部屋という事を視野に入れれば、アヤト様が何かをしている、もしくは何かが起きていると推測できるでしょう」
「問。アヤトの身に何かが、ですか?」
「・・・ただのメイドの・・・いえ、武人の勘とでも思ってくださいませ」
「いいえ、多分貴女の言ってる事はあるってるわ。この部屋にアヤトの残留魔力が残ってる。かなり薄くなってきてるけど、この魔力の残り方・・・彼はきっと今暴走しているでしょうね、グフフフフ」
「それって・・・どういう意味だ?」
中に入ったチユキたちの後ろの扉から顔を覗かせるメア。
その表情は信じられないものでも見ているかのように焦燥に駆られていた。
「あら、みんなと一緒にいてって言ったのに・・・まぁいいわ。言葉通りよ。この部屋に充満してる異常な魔力の残留から、彼はきっと自我を失くして暴走しているわ。・・・その中でね」
そう言って空間の亀裂を指差す。
いつもアヤトやノワールが使用していた裂け目が、その時だけは不気味に見える。
「暴走って・・・なんとかなるのか?」
「さぁ?行って確かめてみる?クフフ♪」
「そりゃあーー」
「告。メアはやめておいた方がいいと忠告します」
ヘレナがメアの言葉を遮り、いつもより険しい顔でメアを見る。
「なんでだ!?」
「解。アヤトの実力を少しでも知ってるメアなら理解していると思っていましたが?その彼の力が制御できずにいるというのは、とても危険な状況なのです」
「でも・・・でも・・・」
子供のように目に涙を溜め、何としてでも付いて行こうと言い訳を探すメア。
そのメアの手をチユキが握る。
「いいじゃない。どんな危険があってもあの子に会いたいんでしょ?」
「あ・・・うん・・・」
単純な理由だとバレたメアは顔を赤くして俯いた。
それに納得したヘレナは「あぁ・・・」と呟く。
「肯。会いたいのであれば仕方ありませんね」
「えぇ、そうね。・・・でも姿が人のままだとは限らないから、心の準備だけはしておいてね」
「姿が人じゃないってどういう・・・?」
「そうね・・・もしかしたらドロドロって溶けかけたゾンビみたいになってたりしてね♪」
嬉しそうにクフフと笑い、裂け目の中に入るチユキ。
続いてヘレナとイリーナが入って行く。
「告。チユキの言葉を真に受けなくていいです。確かに姿は変わるかもしれませんが、魔力の暴走で体が腐る事などないですから」
「ですが、「それがどんな姿であろうと気を確かに」という事を言いたかったのでしょう。・・・あの方なりの励まし方かと」
「ハハッ、イリーナさんは前向きだなー・・・」
そう呟きながら亀裂に入る事を躊躇したメアだが、一呼吸して覚悟を決めると確かな足取りで入って行った。
ーーーー
数秒の暗闇。果てに導くような光が見え、周囲の暗闇が晴れる。
その先に見た光景はーー
「グロォォォォォォォ!!!」
「・・・なんだよ・・・コレ・・・!?」
体の至る所を金色の鎖で拘束され、剣の形をした光に貫かれている竜に似た巨大なナニカが、ひたすらにもがき暴れ周囲を破壊していた。
周囲には囲むようにココアたちが空中に、地面にはノワールとシトが、そして竜が二体と頭部が三つある巨大な犬がいる。
その全員が拘束されているナニカへ敵意を向けていた。
その光景にメアが直感で気付く。
「アレが・・・アヤト?」
「みたいね。もう自我のカケラもない、ただの魔物ね」
その言葉にカッとなったメアはチユキの肩を掴んで揺らす。
「どうにかする方法はないのかよ!?まさかあのままとか言うんじゃないだろうな!?」
「あるわ。そしてきっと今、息子たちがソレを実行しようとしてるわ」
そう言って白と黒の竜を指を差す。
「・・・というわけで、私もあの中に混ざるわ。貴女はヘレナとイリーナに任せるから♪」
チユキは嬉しそうに笑いながら砂煙だけを残し、その場から姿を消した。
同時にアヤトだったものの首元までが一瞬で凍り付き、獣のような咆哮が響く。
(おいおい・・・死なねえだろうな、アレ・・・?)
ハラハラとしながら見守るそんなメアの中で、ぐじゅりと何かが音を立てる。
ーーーー
「フン、貴様も来たのか」
チユキの姿を見てノワールがそう言って舌打ちする。
「来てほしくて開けっ放しにしてたんじゃないの?クフフ・・・」
「勘違いするな、「来てほしい」のではない。「居れば足しになる」だけだ」
「これがヘレナが言ってた「ツンデレ」ってかしら?」
「いや、君にデレてないからただのツンだね。ツンノワールとでも命名しようか」
するとチユキの足元に穴が開き、ストンと落ちる。
チユキが落ちた先はアヤトの顔の目の前で、突如現れたソレをアヤトは大きな口を開けて食べようとした。
「えっ、ちょーー」
ーーバクンッ!
とアヤトの口が素早く閉じた。
「ちょっと何やってるの君!?あの子援軍なんだよ!?」
「人の神経を逆撫でするような援軍はただの足手まといにしかならん。それにアヤト様の胃袋に収まる事ができるんだ、アイツも光栄だろう」
「無茶苦茶な理屈だね・・・」
「ホントよ、もう!」
いつの間にかチユキが片腕を失った状態でシトの後ろに現れた。
「あ、間に合ったんだ」
「片腕食べられちゃったけど。母親に随分と酷い仕打ちをするものね?」
「自業自得だ」
「むー・・・ふぅ、まぁいいわ」
チユキはそう言って残ってる方の手でパチンと指を鳴らす。
その音を合図にアヤトの頭部が凍る。
「食われた手を媒介に術式を発動させたか」
「外から凍らせても意味が無くても、中から凍らせれば結構持つんじゃないかしら?」
「そんな単純な話だったらいいんだけどね・・・」
パキリと。
大きな音を立ててアヤトを凍らせている体と頭の全ての氷にヒビが入り、瓦解し始めた。
「・・・早いわねー」
「チユキちゃん、氷の追加お願ーい!」
「はーい♪」
陽気でテンションの高い二人。
その様子を見て、溜息を吐いて逆に気分が下がり気味のノワール。
「貴様らの近くにいるだけで疲労を感じるというアヤト様の気苦労をこの場面で理解してしまうとは・・・」
「だっていくらシリアスな場面って言ったって、暗い気分でアヤト君を押さえるなんて無理じゃない?」
「無理よねー・・・あっ、もう割れそう。コレを何時間も続けるなら気分は大事よね。えい!」
可愛らしい掛け声で再びアヤトの体を厚い氷で覆う。
「・・・ところで一つ疑問があるんだが」
「ノワール君からなんて珍しいね。何?」
「私のスリーサイズならカイト君にしか教えないわよ?って言ってもまだ測ってないんだけど」
チユキの軽口をノワールは無視する。
「貴様らは「何」を連れて来た?」
「「何」って・・・「誰」じゃなくて?」
するとシトたちの後ろの茂みから、ガサリと音が鳴る。
現れたのは、俯いたメアだった。
「あー・・・そういう事。確かにアレは・・・「何」だろうね?」
アハハと誤魔化すように笑うシト。
ゆっくりと茂みから出て来て顔を上げたメアの目は薄く黄色く光り、黒いモヤが体から溢れ、その手には刀が握られていた。
「・・・キヒヒ♪」
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