実話おもらし「コスプレしていて電車内で漏らした私」

吉野のりこ

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第6話 おもらしのり子

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 おしっこを漏らしてニーハイを足首まで濡らして、靴の中まで浸水させた私はそれでも、おもらしが周囲にバレていないつもりで、これは汗なの、と言い訳していた。
 けれど、そばにいた男女の社員さんにはバレバレだったし、私の背後で座っている人たちにも丸わかりだった。
 私は漏らすときにハンカチで股間の前を押さえて脚をクロスさせて立っていたし、
 右手で吊革をもっていたから、その分だけスカートがあがって、お尻の方は見せパンが見えていたはず。
 コスプレ衣装は、たいてい着崩れしやすいから、買ったそのままでは使えなくて改造することが多い。
 私が着ていたミニスカートもウエストがゆるすぎて、そのままでは垂れ下がってしまうから吊りスカートに改造して上着の内部で肩から吊っている。
 だから私の身長で電車の吊革を持つと肩もあがって、その分だけスカートもあがる。
 そうなると股間の前をハンカチで隠さないと見せパンが見えたように、お尻も3センチぐらい見えることになる。
 その見えてる3センチのところから、ピチャピチャシューシュー、おしっこが流れ落ちていたら、誰だって私がおもらししていることに気づく。
 でも、このとき、まだ私自身はバレていないつもりだった。
 まさに滑稽そのもの。
 それほどまでして、おもらしを私が嫌がるのには理由があった。
 
 おもらしのり子
 
 中学のとき、そう呼ばれて侮辱される日々を味わった。
 漏らしてないのに!!!
 のり子っていう今どきのキラキラした名前じゃない名前も気に入っていたのに!!
 なにより漏らしてないのに、おもらしのり子は許せない!!!!
 
 そんなアダ名をつけられたキッカケは実にバカみたいだった。
 中学一年の6月
 お昼休みの食事中に、うっかり私は麦茶を零してしまった。
 お茶はスカートの前に盛大に拡がって、おもらしみたいに濡れた。
 スカートの生地がグレー系のチェック柄だったから、すごくシミも目立って慌てて拭く私のことを男子たちが、
 おもらし!
 おもらし!
 おもらしのり子!
 と幼稚園児みたいにバカ騒ぎして、からかった。
 違う、お茶だから、と説明したのに聴く耳持たずにバカ騒ぎして、
 翌日になっても、
 翌週になっても、
 からかいは続いた。
 私が真剣に、
 あのときはお茶を零しただけで、おもらしなんかしてないから、そんな名前で呼ばないで、と言っても。
 はい、はい、そういうことにしておいてやるよ、おもらしのり子。
 と言い続けて、
 二学期になっても、
 二年生になっても、
 からかわれた。
 友達からは、のりちゃんが可愛いから男子たちはイジってくるんだよ、と慰められたけれど、あの頃の屈辱感を思い出すと、今でも息苦しくなる。こうやって小説を書いてる今でさえ、ピーンと指の奥に針金が入ってるみたいに変な感覚がして、それが指から腕、肺にまで変な感覚がする。虫酸が走る、って表現ともちょっと違う、嫌な感じの針金が身体の中にある感じ。
 そうして二年生になって、ある日、私は爆発した。
 文化活動で私をしたってくれた後輩ができて、いつも私をリコ先輩リコ先輩って呼んでくれて、悪くない関係だったのに、
 
 どうして、私をリコって呼ぶの?
 え? リコって名前じゃないんですか?
 違うよ、のり子だよ。まあ、リコでもいいけど、どうしてか気になって。
 だって、オモラシのリコって呼ばれてるから、そうだと思って。
 
 もう記憶は曖昧だけど、そんな会話の直後、私は生まれて初めて他人に暴力をふるった。
 私は最低だ。
 からかってくる男子には刃向かえないくせに、後輩に手を挙げた。
 当然、その子の保護者が出てきて。
 先生に怒られて。
 私は泣きながら説明して。
 やっと、おもらしのり子ってアダ名が禁止されて。
 
 次に男子たちが選んだのは、
 リコ
 クスクス笑いながら、リコって呼んだ。
 本当に陰湿な人たちだった。
 なのに、
 なのに、
 三年生の秋になって私をからかっていた男子たちのうち4人もが、私に告白してきた。
 言い方は似たようなもの。
 お前のこと好きだから付き合ってくれ。
「………」
 言われたとき、最初は新手のからかいだと感じた。
 でも、相手が本気だと私が感じたとき、
 
 ふ
 
 ざ
 
 け
 
 る
 
 な。
 
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな×百万回
 
 頭がグルグルした。
 
 でも、言えなかった。
 私は曖昧に、人間関係を悪くしないように、返答した。
 何を言ったか覚えていないくらい、どうでもいい返事。
 今はちょっと受験勉強だから、とか。
 付き合うとかまだわからないから、とか。
 そんな風に、逆恨みされないような返事しかできなかった。
 順恨みしてるのに。
 
 受験勉強というのが唯一の本心ではあったかもしれない。
 一生懸命に勉強していた。
 いい高校に入って、からかっていた人たちとは違う高校に入ってやる、そう思って勉強して、勉強して。
 偏差値が65を超えるトップクラスの高校に入った。
 私の中学で合格したのは私だけ。そもそも受験したのも私だけ。
 合格して迎えた中学の卒業式、晴れやかな気持ちだった。
 だから、式後の打ち上げに誘われたとき、言ってしまった。
「行かない。もうバカの相手はしたくないから」
「………そのバカに私も入ってるの?」
 問わなきゃいいのに、入ってないつもりだったのに、一番仲の良かった友達にまで私は
「さあ、どうかな」
 と嫌な匂いのする答え方をした。このとき、つくり笑顔だったのは、はっきり覚えてる。きっと最低に嫌な笑顔だったと思う。
 その友達とも、それきり。
 だって、その子も私をかばってくれる日もあったけど、おもらしのり子の話で笑ってる日もあったから。
 
 そうやって入ったトップ高で、あっという間に、というか最初の実力試験から私は最底辺になった。
 たぶん合格できたのが奇跡。
 もしくは私の脳は高校合格がゴールだと認識してしまったか。
 どっちにしても、中学で学年トップ層だった子が、高校で学年最底辺層に転落。
 よくある話を私は体験して、
 よくあることに勉強で勝てないから外見で勝負して、
 制服のない私服の高校だったから、短いスカートで露出して、
 男子は優しかったけど、女子たちからは浮いて、
 不登校
 気がつけば中退。
 気がつけばレイヤー
 
 そんな私だったから、本当におもらしをするなんて絶対に嫌で嫌で、
 電車から飛び降りたいぐらいだったけれど、
 もう動けずに、ただ我慢して、つくり笑いするだけだった。
 
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