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序 編
第0話 胎動
しおりを挟む豊葦原瑞穂皇国が誕生したのは、今から十八年前のこと。この国の歴史を語るには、私たちがまだ子供だった頃まで遡らねばならない。
◇
私は、葦原村の村長の家に生まれた。母の名は明日香。父のことはよく知らない。私を授かった後、亡くなったと聞いている。祖母の名は墨染。葦原村の今代村長を務めている。
生まれてからずっと、人と関わることを避けてきた。理由は簡単だ。自分の中に眠る強大な力が暴走し、誰かを傷つけるかもしれないから。
この力が何なのか、母も祖母も何も教えてくれなかった。姉たちに尋ねても、曖昧な返事ばかり。最初は何度も聞いたけれど、同じ答えしか返ってこなかったから、それ以上は聞かないことにした。
外に出ることを禁じられたわけではない。でも、いつ暴走するか分からない力への恐怖が、私の足を屋敷に縛りつけた。
可憐姉様や睦美姉様が訪れては、外の話をしてくれる。興味がなかったわけではない。でも、どうしても踏み出せなかった。
けれどある日、私はふと思い立ち、屋敷を抜け出した。
村の近くを流れる川のほとり。
人影のないその場所は、静寂に包まれ、水の流れる音と小鳥のさえずりだけが響いている。澄み切った川の水は、泳ぐ魚の姿がはっきりと見えるほど透き通っていた。
「んしょ……」
私は川辺に座り、手に持った小石を水面へと投げる。ぽちゃん、と小さな音を立て、驚いた魚が岩陰へと逃げていった。
つまらない。
屋敷にいれば、美味しいご飯がある。
姉様たちが話し相手にも遊び相手にもなってくれる。
何不自由ない暮らし。
でも、それが息苦しかった。私が知っている人間は、母と祖母、姉様たちだけ。私は、お母様の子として祝福を受けて生まれた。
けれど、六歳の時、中庭で瀕死の小鳥を助けようとした私は、無意識のうちに呪術を使ってしまった。
それが、相手を傷つける力だとも知らずに。
パチン。
弾けた音。
次の瞬間、小鳥は跡形もなく砕け散っていた。頬に飛び散った赤い雫が、じわりと肌に染み込んでいく。
私の指先から、ぽたぽたと血が垂れた。
恐怖と罪悪感で、手が震える。
もし、これが人間だったら。
私は、その日を境に屋敷へ閉じこもった。母は、「無意識なら仕方がない」と慰めてくれた。でも、私は自分を許せなかった。
◇
雲一つない青空を見上げながら、大きく欠伸をする。そのまま草の上に寝転ぶと、空に浮かぶ雲がゆっくりと流れていくのが見えた。
「なぁ」
突然の声に、私は驚いて顔を向ける。そこに立っていたのは、私と同じくらいの年の男の子。
まず目に入ったのは、腰に帯びた刀。彼の体格に合わせたのか、小ぶりな脇差だった。
着ている服は村人と変わらないけれど、その身体には、痣や傷が無数に刻まれていた。
思わず目を逸らしそうになった。
けれど、彼の目は優しかった。澄んだ瞳が、まっすぐに私を見ている。
「傷が……手当てしないと」
「いや、構わない」
「駄目だから。今、痛いところは?」
私は彼の許可を得ることなく、そっとその腕に触れた。
一瞬、脳裏を過ぎる五年前の記憶。
でも、不思議と怖くなかった。
願いが通じたのか、傷は元通りに戻っていく。
「これで良い……」
「ありがとう。礼を言わせてくれ」
「いいの。……こんな所で何してるの?」
「お前こそ?」
私は彼に、これまでのことを話した。彼は隣に座り、静かに私の話を聞いてくれた。
「御剣」
「え?」
「俺の名前。見ての通り、ただの武人だ。君は?」
「私……?」
一瞬戸惑いながらも、私は答えた。
「瑞穂よ」
「瑞穂か。よろしくな」
彼は私を恐れない。それだけで、不思議と心が軽くなる。
「ねぇ、御剣。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「どうして、初めて会った私にそんなに話しかけてくれるの?」
御剣は迷いなく答えた。
「理由なんてない。ただ、お前と友達になりたいだけだ」
友達。
「俺は村の外から来た。だから、同い年くらいの友達はいない。似たもの同士、仲良くしないか?」
差し出された彼の右手。そこには、黒い紋章が刻まれていた。
「……それ、呪詛痕?」
彼の表情が、一瞬強張る。そして、そっと腕を背中へ隠した。
「呪い……そう言われてる」
私は、彼の手をそっと握り締めた。
「なら、私と友達になりましょう」
「え……?」
「でもその代わり、ひとつお願いがあるの」
私は立ち上がり、彼をまっすぐ見つめる。
「私は、必ず村長になる。そして、戦にまみれたこの世界を変える。争いに怯えず、誰もが穏やかに生きられる国を作る——だから、御剣。あなたの力を貸してほしい」
御剣は驚いたように目を見開いた。
次の瞬間、彼は膝をつき、刀を鞘ごと抜いて捧げる。刃と鍔が軽くぶつかり、かすかな音を響かせた。
「なら、俺は瑞穂の剣となり、鞘となる」
それは、武人が誓いを立てる仕草。私と御剣は、この日をもって主従となった。
「この命果てるまで、仕えよう」
「嬉しいけど、まずは友達からね。よろしく、御剣」
「ああ。よろしく、瑞穂」
こうして、私の初めての友達ができた。
そして、それが、私の運命を大きく変えたのだった。
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