花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

文字の大きさ
6 / 128
序 編

第0話 胎動

しおりを挟む

 


 豊葦原瑞穂皇国が誕生したのは、今から十八年前のこと。この国の歴史を語るには、私たちがまだ子供だった頃まで遡らねばならない。



 私は、葦原村の村長の家に生まれた。母の名は明日香。父のことはよく知らない。私を授かった後、亡くなったと聞いている。祖母の名は墨染。葦原村の今代村長を務めている。

 生まれてからずっと、人と関わることを避けてきた。理由は簡単だ。自分の中に眠る強大な力が暴走し、誰かを傷つけるかもしれないから。

 この力が何なのか、母も祖母も何も教えてくれなかった。姉たちに尋ねても、曖昧な返事ばかり。最初は何度も聞いたけれど、同じ答えしか返ってこなかったから、それ以上は聞かないことにした。

 外に出ることを禁じられたわけではない。でも、いつ暴走するか分からない力への恐怖が、私の足を屋敷に縛りつけた。

 可憐姉様や睦美姉様が訪れては、外の話をしてくれる。興味がなかったわけではない。でも、どうしても踏み出せなかった。

 けれどある日、私はふと思い立ち、屋敷を抜け出した。

 村の近くを流れる川のほとり。

 人影のないその場所は、静寂に包まれ、水の流れる音と小鳥のさえずりだけが響いている。澄み切った川の水は、泳ぐ魚の姿がはっきりと見えるほど透き通っていた。

「んしょ……」

 私は川辺に座り、手に持った小石を水面へと投げる。ぽちゃん、と小さな音を立て、驚いた魚が岩陰へと逃げていった。

 つまらない。

 屋敷にいれば、美味しいご飯がある。
姉様たちが話し相手にも遊び相手にもなってくれる。

 何不自由ない暮らし。

 でも、それが息苦しかった。私が知っている人間は、母と祖母、姉様たちだけ。私は、お母様の子として祝福を受けて生まれた。

 けれど、六歳の時、中庭で瀕死の小鳥を助けようとした私は、無意識のうちに呪術を使ってしまった。

 それが、相手を傷つける力だとも知らずに。

 パチン。

 弾けた音。

 次の瞬間、小鳥は跡形もなく砕け散っていた。頬に飛び散った赤い雫が、じわりと肌に染み込んでいく。

 私の指先から、ぽたぽたと血が垂れた。

 恐怖と罪悪感で、手が震える。

 もし、これが人間だったら。

 私は、その日を境に屋敷へ閉じこもった。母は、「無意識なら仕方がない」と慰めてくれた。でも、私は自分を許せなかった。



 雲一つない青空を見上げながら、大きく欠伸をする。そのまま草の上に寝転ぶと、空に浮かぶ雲がゆっくりと流れていくのが見えた。

「なぁ」

 突然の声に、私は驚いて顔を向ける。そこに立っていたのは、私と同じくらいの年の男の子。

 まず目に入ったのは、腰に帯びた刀。彼の体格に合わせたのか、小ぶりな脇差だった。

 着ている服は村人と変わらないけれど、その身体には、痣や傷が無数に刻まれていた。

 思わず目を逸らしそうになった。

 けれど、彼の目は優しかった。澄んだ瞳が、まっすぐに私を見ている。

「傷が……手当てしないと」
「いや、構わない」
「駄目だから。今、痛いところは?」

 私は彼の許可を得ることなく、そっとその腕に触れた。

 一瞬、脳裏を過ぎる五年前の記憶。

 でも、不思議と怖くなかった。

 願いが通じたのか、傷は元通りに戻っていく。

「これで良い……」
「ありがとう。礼を言わせてくれ」
「いいの。……こんな所で何してるの?」
「お前こそ?」

 私は彼に、これまでのことを話した。彼は隣に座り、静かに私の話を聞いてくれた。

「御剣」
「え?」
「俺の名前。見ての通り、ただの武人だ。君は?」
「私……?」

 一瞬戸惑いながらも、私は答えた。

「瑞穂よ」
「瑞穂か。よろしくな」

 彼は私を恐れない。それだけで、不思議と心が軽くなる。

「ねぇ、御剣。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「どうして、初めて会った私にそんなに話しかけてくれるの?」

 御剣は迷いなく答えた。

「理由なんてない。ただ、お前と友達になりたいだけだ」

 友達。

「俺は村の外から来た。だから、同い年くらいの友達はいない。似たもの同士、仲良くしないか?」

 差し出された彼の右手。そこには、黒い紋章が刻まれていた。

「……それ、呪詛痕?」

 彼の表情が、一瞬強張る。そして、そっと腕を背中へ隠した。

「呪い……そう言われてる」

 私は、彼の手をそっと握り締めた。

「なら、私と友達になりましょう」
「え……?」
「でもその代わり、ひとつお願いがあるの」

 私は立ち上がり、彼をまっすぐ見つめる。

「私は、必ず村長になる。そして、戦にまみれたこの世界を変える。争いに怯えず、誰もが穏やかに生きられる国を作る——だから、御剣。あなたの力を貸してほしい」

 御剣は驚いたように目を見開いた。

 次の瞬間、彼は膝をつき、刀を鞘ごと抜いて捧げる。刃と鍔が軽くぶつかり、かすかな音を響かせた。

「なら、俺は瑞穂の剣となり、鞘となる」

 それは、武人が誓いを立てる仕草。私と御剣は、この日をもって主従となった。

「この命果てるまで、仕えよう」
「嬉しいけど、まずは友達からね。よろしく、御剣」
「ああ。よろしく、瑞穂」

 こうして、私の初めての友達ができた。
そして、それが、私の運命を大きく変えたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

処理中です...