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傾国編
第4話 血の代償
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「な、なんだって!? もう一度言ってみろ!」
「で、ですから。武器で脅した際、抵抗された為部下が誤って刺してしまい…」
「なんて事をしてくれたんだ、このど畜生が! ただ無傷で連れ去ってくるだけと言っただろうが!」
「申し訳ありません!」
砦で報告を聞いた俺は憤慨した。無傷で連れ去り人質にしてくるどころか。あろうことか、兵士の一人が墨染を刺したのだ。
すると、外が何やら騒がしくなる。兵士の一人が慌てて執務室へと入ってきた。
「ほ、報告します! 葦原村の者達が武器を手にこの砦に攻めてきました!」
「なっ!?」
「は、反乱です!」
執務室の窓枠から外を見た瞬間、背筋が凍る。自分の生まれ育った村の全員の、その憎悪に染まった強面を松明が照らし出している。
こんなはずではなかった。なかったんだ。
俺はただ墨染を人質に、助けに来た御剣の野郎を罠に嵌めて殺そうとした。それが、一つの躓きからこちらが狩られる側になっている。
「畜生、こうならヤケだ!全員まとめてぶっ殺してやる‼︎」
◇
事前に掴んでいる情報から、沙河がこの砦にいることは分かっていた。別動隊がすでに南北にある入り口は塞いでいる。私たちは残す東側の正門から突入し、彼を捕まえ、その口から事の真相を聞き出す。
隣に立つ御剣と、突撃前に最後の言葉を交わす。下手をすれば、御剣とも話すのも最後になる。人は、簡単に死ぬ。私だって、いつ何処から矢で射られ、剣に斬られて死ぬか分からない。
だから最後の最後に一言、とそう思い口を開こうとすると、それより先に御剣が話しかけてきた。
「瑞穂、本当にこれで良かったのか?」
「………。後戻りはできないわ。御剣、これでもしも私の身に何かあったら」
「心配するな。誰も、お前には指一本触れさせまい。後ろを見てみろ」
私の後ろには、武器と松明を手に今か今かと命令を待つ村人達がいた。手にする武器も、剣から槍、鍬や鉈といった農具まで様々だ。
武器がばらばらでも、ここにいる全員の心は一つに纏まっていた。
「準備はいいぜ、村長」
村人を代表して、信濃さん斧を手にそう言う。私は前を向き、手にしていた鉄扇を掲げると、大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「砦を、落とすぞ!」
「全員突撃だぁ‼︎」
「「「うぉおおお!」」」
全員が一斉に駆け出す。私もそれに続き、馬で前へと進む。向かう先は、東にある砦の正門。
「き、来たぞ‼︎」
「隊列を組んで押し止めろ‼︎」
「う、うわっ⁉︎」
御剣と信濃さんが先陣を切り、堀で囲まれた砦の東門の橋を駆ける。橋を陣取っていた十人程の兵士たちは防御の陣を敷くが、二人は数の差をものともせずなぎ倒していく。砦は瞬く間に喧騒に包まれ、橋で味方が戦っているにも係わらず、東門が閉じ始めた。
それは想定済み、高さのある壁に囲まれた砦なら、立て篭もるためにすぐに門を閉める。しかし、この砦の門には致命的な欠陥がある。
「門を破れ!」
屈強な男達が丸太を門に打ち付け、門を破ろうとする。門は砦の内側に観音開きになっており、丸太を叩きつけると内側のかんぬきがみしみしと音を立てる。
本来は、外敵からの侵入を防ぐため、外側に向けて観音開きとなる。門としての利便性を意識したのか、戦さを知らない者が作ったからか、どちらにせよ、運はこちらに向いている。
「させるか‼︎」
門の上や櫓から、弓兵たちが丸太を持つ村人たちに狙いをつける。しかし、いざ弓を射ようとしたその瞬間、何処からともなく矢が立て続けに飛来し、門上の弓兵たちを片付ける。
"流石の腕前ね"
弓を射ったのは、私たちと同い年の日々斗率いる防人衆の別働隊。砦を見下ろせる高台に陣取らせ、弓兵を牽制する役割を与えた。
「弓は沈黙した!この隙に門を破れ!」
「うらぁ!」
大きな物音と共に門が開き、反対側で抑えていた兵士たちが吹き飛ばされる。倒れた兵士たちを踏み越え、村人全員が中へと殺到した。
「いけぇ!」
「葦原の底力を見せてやれ!」
たちまち、砦の中は混戦状態に陥った。敵味方が入り乱れ、誰が何処にいるかも分からない。
「オラオラ退きやがれ!」
信濃さんが斧を振り回し、向かってきた兵士たちを瞬く間に撃破する。鍛え上げられた屈強な肉体から放たれる攻撃を止めることはできない。私たちの想定外の力に、砦の兵士たちが浮き足立っている。
「つ、強えこいつら」
「戦嫌いの百姓じゃなかったのか!」
そうだ。私たちは争いごとなんて嫌いだ。殺し合いなんて、それよりも誰かを傷つけるなんて真っ平ごめんだ。
でも、それは誰かを守るために、誰かのために戦うことは違う。それすらも嫌うことは、誇りと使命感、そして責任を放棄することだ。
「御剣!」
私はすぐそばにいた御剣を呼ぶ。
「私も戦う」
「承知、側にいる。俺から離れるな」
剣の腕はからっきしだけど、私とて武人だ。己の大切なものを壊されて、黙ってはいられない。
今こそ鍛錬の成果を見せてやる。
「はぁああ!」
呪術の加護を受けた刀を振るう。
御剣には及ばないが、ちょっと訓練しただけの兵士相手なら何とかなる。
刀を薙ぎ払い、得物を落とした兵士を斬り伏せる。鮮血が舞い、断末魔の声が上がる。
返り血を浴びると同時に、何かが心の底から湧き上がる。混じり合うのは高揚感と罪悪感。
これが、人を斬る感覚…
戸惑いつつも次々と襲い掛かってくる兵士たちを斬っていく。目指すは、事の発端となった沙河の首ひとつだ。
「弓兵隊、構え!」
兵舎の隅から敵の弓兵隊が弓を構えて狙いをつける。
まずい、乱戦の最中で遮蔽物がない。高台の日々斗たちも、今矢を放てば味方に当たると分かっていて動けない。
どうすれば。
「放て!」
「させません!」
私たちの前に一人の巫女が現れた。
千代だ。
千代が呪文を唱えると、私たちに降り注ぐはずだった矢が、見えない壁に阻まれて落ちていく。
「千代、あなた!」
「瑞穂様、私とて戦えます!」
村に残っていたはずの千代は、息を切らしていた。後方からここまで走ってきたのだろう。
「助かったわ。だけど、無理はしないで」
「はい!」
千代は呪術を使い、兵士たちを瞬く間に倒していく。
「がはっ⁉︎」
「昌⁉︎」
「くそっ、こいつらどんどん湧き出てきやがる‼︎」
戦況は勢いに任せたこちらが優勢だ。しかし、練度に勝る敵も態勢を整えつつあり、こちらも少ないとは言えない被害が出ている。
決定的な戦果が必要だった。
「御剣、このままじゃ埒が開かないわ。沙河を目指して突撃する。ついてきなさい」
「御意!」
私たちは現状を千代や信濃さん達に任せ、敵兵の集団を一点突破して、砦の中へと侵入した。
「沙河!どこにいる!」
兵士を倒しつつ、一つ一つ部屋を探す。あいつの事だ。こうなれば自分は一番安全なところにいるはず。
「見つけた!」
「くそ! ここまで来やがるとは!」
砦の一番奥の部屋、執務室と思われる場所に沙河がいた。護衛の兵士が六人、まずはこいつらを倒さなくては。
「観念しろ。もう逃げ場はないぞ」
「うるせぇ! 俺に舐めた口を聞くな! やれ!」
護衛の兵士達が一斉に向かってくる。御剣が私を自分の前に立ち、向かってきた兵士たちを瞬く間に斬り伏せる。
「ちぃ! 使い物にならねぇ奴らだ!」
「さて、残ったのはもうあなた一人よ。観念して投降しなさい」
私は投降を促すが、沙河は不敵に笑いだした。
「ははは! 投降? ふざけるな、まだ終わってねぇんだよ」
「なにがよ!」
「瑞穂!」
突然、御剣が私を床に押し付ける。その瞬間、風を切り裂く音と共に何かが頭の上を通り過ぎる。
「刀!?」
壁に突き刺さったのは、先程頭上を通り過ぎた刀だった。
そして聞こえるのは、男の声。
「仕留められませんでしたか」
「けっ、おせぇぞ」
現れたのは甲冑に身を包み、大きな太刀を持った武将だった。
「はは、侍大将のお出ましだ! 観念するのはそっちの方だぜ!」
「侍大将、と言うことはあなたが噂の仁ね」
「名をご存知とは光栄です」
仁、緋ノ国の侍大将。侍大将とは全軍を纏め上げる役職であり、文武両道、様々な知識にも深い。
いわば、名実ともにこの国の最強とも言っていい。何故、こんな辺鄙な村近くまで来ているのかは分からないが、強敵であることは間違いない。
「後は任せたぜ!」
「ま、待ちなさい!」
逃げようとする沙河を追おうとするが、私の前に仁が立ち塞がる。
「行かせられません」
「そこを退きなさい!」
私は刀を振るうが、それはあっけなく太刀によって防がれる。防がれて体勢を崩したところを狙われ、頭上に太刀が振り下ろされる。
甲高い金属音と火花が頭上で弾ける。横から飛び込んでくれた御剣が、刀で太刀を防いでくれた。
「中々です。では、少しではありますが、私がお相手しましょう」
二人は間合いを取り、互いに武器を構える。邪魔にならないところから二人を見るが、どちらも隙がない。
互いに隙を伺いながら、すり足でジリジリと間合いを詰めている。
「うぉお!」
先に動いたのは御剣だ。
抜刀し、正面から仁に斬り掛かった。
「正面からとは」
仁は太刀を構え、横から斬りつけてきた御剣の刀を受け止める。交差した刀同士からは火花が散る。御剣の素早い斬撃を、長い太刀をまるで刀の如く扱い弾いていく。
その戦いの様を間近で見て、この仁という武人が侍大将であるのも納得できた。
その後も打ち合いが続く。
しかし、御剣の刃は届かず、時間だけが無常に過ぎていく。
「どうやら、頃合いのようです」
間合いを取っていた仁が太刀を仕舞った。
「何故納めた」
「ここはもうすぐ陥落します。目標の離脱も出来たようですから、私はこれで失礼します」
「待て、逃げるのか」
「私は軍を纏めなければなりませんので」
「待ちなさい」
外に出ようとする仁を私は呼び止めた。
「質問に答えなさい」
「何でしょう」
仁は立ち止まり、こちらを振り返った。
「なぜ、あなたほどの人物がヤズラの下にいるの?」
その言葉を聞き、仁は少しだけ間を置いて答えた。
「私はこの国の侍大将です。侍大将は皇様の配下、部下として主の命令に従っているだけの事です。では、私もおひとつ、いえ、おふたつ聞かせて下さい。おふたりの名を」
「私は瑞穂、葦原村の村長。彼は私の従者よ」
「俺は御剣、瑞穂に忠誠を誓う従者だ」
「ではその名、覚えておきましょう」
仁はそう言い、何処かへと消えていった。
私は刀を鞘に仕舞う御剣のもとへと駆け寄った。
「御剣、大丈夫?」
「何ともない。奴は」
「奴って、仁のこと?」
「あぁ、奴は凄まじく強い…」
「うん、見てたけど…」
「手も足も出なかったんだ。俺が…」
御剣の手が刀の柄を強く握りしめていることに気付いた。彼の事だ、力が及ばなかった事が悔しかったのだろう。
沙河を取り逃したとはいえ、中央の軍兵を相手にした私たちの初陣は勝利した。
しかし、外に出れば顔を知る村人が何人か蓑に敷かれている。その側で、共に戦っていた者達が涙を流している。
渉、宗一、肇、宗、そして昌。
みんな、家族がいて、奥さんがいて、子供がいる。私は息のない彼らの元に膝をつき、あの歌を歌った。
散りゆく者への鎮魂歌を。
◇
私が秘密の地下通路から砦を脱出すると、彼がいた。傭兵でありながら、私の部下であるリュウだ。地下通路の繋がる先は、砦から川を挟んだ森の中で、リュウにはこの場所の確保を命じていた。
「彼は?」
「沙河のやつは逃げた。それより、もう良かったのか?」
「えぇ、ここはもう保ちませんので。後方の砦へと撤退しましょう」
「大将の実力なら、奴らくらい退けられたろ?」
「彼の救出のみしか命じられていませんので」
「…なるほどな。それよりあの男、戦ってみてどうだった?」
「あの男、村長と共にいた武人の青年のことでしょうか?」
「あぁ、あの村の中じゃ一番の実力の持ち主とみた。素直な感想を聞きたい」
「どうでしょう。あのまま戦っていれば、私が勝っていたのではないでしょうか。まぁ、あのままであれば。では行きましょう、聖上がお待ちです」
「含みのある言い方だな…って、ちょ、おい待てよ。置いてくなって」
◇
戦が終わり、戦に出ていた村人達が村へと帰還する。出迎えてくれたのは戦に旦那や子供を送り出した妻や家族だった。みんな、帰りを祝福し、抱き合ったりしている。
その一方で、戦死した村人の棺に泣いて縋り付く者達もいる。私は彼らの元に歩み寄り、一人ひとり声を掛けた。
「む、村長様…」
彼女は、佳那は死んだ防人、渉の奥さんだった。
「村長様、この人は、この人は、ちゃんと務めを果たしましたか?」
「はい。渉は先頭に立ち、仲間を守るために身を挺して敵を食い止めました。突破口を開けたのも、渉の戦いあってこそでした」
「そうですか。夫も、村長にそう言ってもらえてさぞ喜んでいるでしょう。ありがとうございます…」
最後の一人、昌の亡骸の前で膝をつき、その頭を撫でる、昌の親父さんがいた。
「瑞穂ちゃん、俺は別のところで戦ってたから、こいつの最期を見ていない。倅は、立派だったか」
「はい。昌は最後の最後まで、仲間のために必死で戦っていました。その命果てるまで、一度も後ろに退いておりません」
「そうか、ありがとよ」
小さな声で、浄土で会おう、そう聞こえた。
村の長としての務め、それがどんなものなのか私にはまだ理解していない。それでも、私の意思で彼らは死んだ。長の一声で人は簡単に死ぬ、これは上に立つ者の責任だ。
私ですら、この手で初めて斬った敵の顔を忘れていない。まだ、手が震えている。
「御剣」
「どうした?」
「少し、少しでいい、ひとりにさせて」
「分かった。あとは任せろ」
私は屋敷に戻り、自室の枕に顔を埋めた。
怖かった。人が死ぬ、それも自分が殺した。
私は、みんなに謝った。誰に対してと言うわけではない。ただ虚無に対して、謝罪の言葉をずっとつぶやいた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…と。
気がつくと、枕が涙で濡れていた。
◇
部屋に戻った瑞穂が心配だったが、今は一人にさせた方がいいだろう。従者として、不在である主の代わりに俺は俺で務めを果たさなくてはならない。
負傷者の治療は千代をはじめとした女子衆に任せる。俺たちは次の戦に備え、戦える人員の確認、武器と防具の整備を行い、信濃の親父さんたちと共に作戦を練っていた。
「逃亡した沙河は、四つある残りの砦の何処かにいるのは間違いないだろう。奴とて、失態を犯した身で皇のお膝元に戻るのは恐れ多いはずだ」
「しかし、御剣よ。俺たちが砦の一つを落としたとなれば、国は兵を挙げてここに攻め込んでくるはずだ。相手が本気を出せば、たかが村一つの反乱なんてすぐに鎮圧される」
「不可解なのが、あの侍大将の動向だ。奴の実力であれば、俺たちの蜂起ぐらい、自らの手で潰していたはずだ。なのに、偶然あの場にいた奴は、それをしなかった」
「あぁ、それもそうだな。何にせよ、早急に必要なのが頭数だな」
「人数の差は戦略で埋められるわ」
「瑞穂」
「村長」
「遅くなってごめんなさい。これからの事について説明するわ」
部屋から戻ってきた瑞穂は、卓の真ん中に周辺の状況が描かれた地図を広げる。地図には中央の各要所や部隊の配置まで記されている。恐らく、ここに来るまでに瑞穂が記したものだろう。
「なら先に言っておくが、根本的な兵力不足は、正直言って補えないぞ。相手は国だ、兵ならいくらでも準備できる。対してこちらは高々一つの村の蜂起だ」
「頭数が揃うまでの間、拠点の移動と村の砦化を進めるわ。準備が出来次第、いくつか考えた作戦を実行に移すつもり」
「聞こうか」
「村の位置はここ。ここは周囲を山々に囲まれ、外から侵入するには深い森を抜けなければならない。唯一整備されているのが西の街道。砦を本拠地として、万が一の時は村を最後の砦にする」
「確かに、あの砦を拠点とすれば、最悪は村に撤退できる」
「あとは、それが出来る猶予についてだけど…」
瑞穂は砦から中央の国都まで指でなぞる。
「敗退の報を早馬が届け、中央が十分な兵を率いてくるなら、最低でも五日はかかる。兵力が大きければ大きいほど、それを補うための兵站は誇大化する。向こうにとっては、うちの村の反乱の芽は、広がるまでに摘み取っておきたいはず。そうしなければ、反乱の兆しは他の村へと広がる。とすれば、何よりもまずは兵を率いて元凶であるここに攻めてくるのは確実といえる」
俺は周辺の村々への助力を提案する。瑞穂もそう考えていたらしいが、懸念事項を口にする。
「それは勿論のことだけど、現状、どの村も勝ち目のない戦に加担するのは渋るはずだわ。最低でもあと一回、いや、あと二回は戦に勝たないと。とりあえず、他村への助力はすぐに出す。それと、食料や物資の備蓄は?」
「村全てが満腹食えば保って一月、一食で我慢すれば節約すれば三月ってとこだな」
「分かったわ。でも、無理をして節約する必要はないから、意識だけはしておいて。さて、戦は守りが基本だけど…」
「まだ何か気になるのか⁇」
「えぇ、今回、敵の最強格である侍大将の仁が砦にいた。彼らが少数でも精鋭を率いてこちらを攻撃すれば、五日の猶予はあてにならない」
「なるべく敵の目を逸らさないとな」
「そうね。なるべく敵の注意を逸らしたいのだけど…いや、待って。今思いついた。残りの砦はあと四つだった?」
「その通りだ。城を中心に東西南北、等間隔に置かれている」
「ここからそれぞれの砦まで、早馬で何日かかる?」
「東なら一日、北と南なら二日、西なら三日かな」
村の馬を世話するマキがそう言う。
「この中で、かくれんぼとか騎乗が上手い人いる?」
「それなら俺たちがうってつけだ」
手を挙げたのは村の中で昔は餓鬼大将を張っていた陸斗、その友人の燈弥、丸の三人だ。
「三人は馬を使い、それぞれの砦に火を放ってほしいの。特に、西の砦はこことは正反対だから、その結果次第で敵の注意が分散されるわ」
「任せろ」
「あとは…」
瑞穂は国に配置されている軍団の位置を確認する。
「出来れば、こことここの軍団を戦わせたいわ。この二つの軍団、軍団長が犬猿の仲だったわよね」
「なるほど、互いに潰し合いをさせるってわけか」
「噂は時に人を死に追い詰める程強力よ。どちらにも噂を流してほしい、『皇が病気で倒れ、向こうが後釜を狙って城に戻ろうとしている』ってね」
「それなら、俺の得意分野だ」
そう言って部屋に入ってきたのは、右京と小夜だった。
「右京さんよ、俺らはあんたを呼んだ覚えはないぜ」
「構わないわ。私が呼んだから」
「まぁ、そうなるわな。俺は立場的に言うと敵だものな」
中央と対立している最中に、中央の役人が陣中に来れば、こうなるのは分かりきった事だった。それでも彼らを呼んだのは、理由があってのことだ。
「ほぅ、自分から言うとは」
「良い根性してるじゃねぇか」
血気盛んな村人達が右京を取り囲む。小夜は怖がって右京の後ろへと隠れた。
「やめなさい。砦の情報も、沙河の居場所も教えてくれたのは、彼なのよ」
「で、ですが村長」
瑞穂は立ち上がり、右京の前に立ちまっすぐ目を見る。右京は一切の動揺も見せず、真っ直ぐ瑞穂を見据えていた。
「ここに呼んだ理由、貴方なら分かるわよね」
「うむ」
「私はこの前初めて貴方に会ったけど、貴方は中央の役人である立場でありながら、義に厚い。貴方の意思が何処へ向いているのか、私に情報を来れた時に理解したわ。だから、この役目を貴方に与えたい。ただ」
瑞穂は鉄扇を右京に向ける。
「先の情報提供、そして今回の偽情報の吹聴、これだけの事をすれば、貴方はもう緋ノ国の役人としての立場は保障されない。それを分かっているわね」
「あぁ、某も小夜も覚悟は決めている。この身も小夜も、墨染様に救われた身。立場は異なれど、その意思は其方らと変わらない事を伝えたい」
「分かったわ。あなたを信じましょう」
瑞穂の言葉に、後ろに隠れていた小夜が安堵の表情を浮かべる。
「さて、準備が整い次第、全員で砦へ向かうわ」
本格的な戦への準備は、着々と進められた。
「で、ですから。武器で脅した際、抵抗された為部下が誤って刺してしまい…」
「なんて事をしてくれたんだ、このど畜生が! ただ無傷で連れ去ってくるだけと言っただろうが!」
「申し訳ありません!」
砦で報告を聞いた俺は憤慨した。無傷で連れ去り人質にしてくるどころか。あろうことか、兵士の一人が墨染を刺したのだ。
すると、外が何やら騒がしくなる。兵士の一人が慌てて執務室へと入ってきた。
「ほ、報告します! 葦原村の者達が武器を手にこの砦に攻めてきました!」
「なっ!?」
「は、反乱です!」
執務室の窓枠から外を見た瞬間、背筋が凍る。自分の生まれ育った村の全員の、その憎悪に染まった強面を松明が照らし出している。
こんなはずではなかった。なかったんだ。
俺はただ墨染を人質に、助けに来た御剣の野郎を罠に嵌めて殺そうとした。それが、一つの躓きからこちらが狩られる側になっている。
「畜生、こうならヤケだ!全員まとめてぶっ殺してやる‼︎」
◇
事前に掴んでいる情報から、沙河がこの砦にいることは分かっていた。別動隊がすでに南北にある入り口は塞いでいる。私たちは残す東側の正門から突入し、彼を捕まえ、その口から事の真相を聞き出す。
隣に立つ御剣と、突撃前に最後の言葉を交わす。下手をすれば、御剣とも話すのも最後になる。人は、簡単に死ぬ。私だって、いつ何処から矢で射られ、剣に斬られて死ぬか分からない。
だから最後の最後に一言、とそう思い口を開こうとすると、それより先に御剣が話しかけてきた。
「瑞穂、本当にこれで良かったのか?」
「………。後戻りはできないわ。御剣、これでもしも私の身に何かあったら」
「心配するな。誰も、お前には指一本触れさせまい。後ろを見てみろ」
私の後ろには、武器と松明を手に今か今かと命令を待つ村人達がいた。手にする武器も、剣から槍、鍬や鉈といった農具まで様々だ。
武器がばらばらでも、ここにいる全員の心は一つに纏まっていた。
「準備はいいぜ、村長」
村人を代表して、信濃さん斧を手にそう言う。私は前を向き、手にしていた鉄扇を掲げると、大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「砦を、落とすぞ!」
「全員突撃だぁ‼︎」
「「「うぉおおお!」」」
全員が一斉に駆け出す。私もそれに続き、馬で前へと進む。向かう先は、東にある砦の正門。
「き、来たぞ‼︎」
「隊列を組んで押し止めろ‼︎」
「う、うわっ⁉︎」
御剣と信濃さんが先陣を切り、堀で囲まれた砦の東門の橋を駆ける。橋を陣取っていた十人程の兵士たちは防御の陣を敷くが、二人は数の差をものともせずなぎ倒していく。砦は瞬く間に喧騒に包まれ、橋で味方が戦っているにも係わらず、東門が閉じ始めた。
それは想定済み、高さのある壁に囲まれた砦なら、立て篭もるためにすぐに門を閉める。しかし、この砦の門には致命的な欠陥がある。
「門を破れ!」
屈強な男達が丸太を門に打ち付け、門を破ろうとする。門は砦の内側に観音開きになっており、丸太を叩きつけると内側のかんぬきがみしみしと音を立てる。
本来は、外敵からの侵入を防ぐため、外側に向けて観音開きとなる。門としての利便性を意識したのか、戦さを知らない者が作ったからか、どちらにせよ、運はこちらに向いている。
「させるか‼︎」
門の上や櫓から、弓兵たちが丸太を持つ村人たちに狙いをつける。しかし、いざ弓を射ようとしたその瞬間、何処からともなく矢が立て続けに飛来し、門上の弓兵たちを片付ける。
"流石の腕前ね"
弓を射ったのは、私たちと同い年の日々斗率いる防人衆の別働隊。砦を見下ろせる高台に陣取らせ、弓兵を牽制する役割を与えた。
「弓は沈黙した!この隙に門を破れ!」
「うらぁ!」
大きな物音と共に門が開き、反対側で抑えていた兵士たちが吹き飛ばされる。倒れた兵士たちを踏み越え、村人全員が中へと殺到した。
「いけぇ!」
「葦原の底力を見せてやれ!」
たちまち、砦の中は混戦状態に陥った。敵味方が入り乱れ、誰が何処にいるかも分からない。
「オラオラ退きやがれ!」
信濃さんが斧を振り回し、向かってきた兵士たちを瞬く間に撃破する。鍛え上げられた屈強な肉体から放たれる攻撃を止めることはできない。私たちの想定外の力に、砦の兵士たちが浮き足立っている。
「つ、強えこいつら」
「戦嫌いの百姓じゃなかったのか!」
そうだ。私たちは争いごとなんて嫌いだ。殺し合いなんて、それよりも誰かを傷つけるなんて真っ平ごめんだ。
でも、それは誰かを守るために、誰かのために戦うことは違う。それすらも嫌うことは、誇りと使命感、そして責任を放棄することだ。
「御剣!」
私はすぐそばにいた御剣を呼ぶ。
「私も戦う」
「承知、側にいる。俺から離れるな」
剣の腕はからっきしだけど、私とて武人だ。己の大切なものを壊されて、黙ってはいられない。
今こそ鍛錬の成果を見せてやる。
「はぁああ!」
呪術の加護を受けた刀を振るう。
御剣には及ばないが、ちょっと訓練しただけの兵士相手なら何とかなる。
刀を薙ぎ払い、得物を落とした兵士を斬り伏せる。鮮血が舞い、断末魔の声が上がる。
返り血を浴びると同時に、何かが心の底から湧き上がる。混じり合うのは高揚感と罪悪感。
これが、人を斬る感覚…
戸惑いつつも次々と襲い掛かってくる兵士たちを斬っていく。目指すは、事の発端となった沙河の首ひとつだ。
「弓兵隊、構え!」
兵舎の隅から敵の弓兵隊が弓を構えて狙いをつける。
まずい、乱戦の最中で遮蔽物がない。高台の日々斗たちも、今矢を放てば味方に当たると分かっていて動けない。
どうすれば。
「放て!」
「させません!」
私たちの前に一人の巫女が現れた。
千代だ。
千代が呪文を唱えると、私たちに降り注ぐはずだった矢が、見えない壁に阻まれて落ちていく。
「千代、あなた!」
「瑞穂様、私とて戦えます!」
村に残っていたはずの千代は、息を切らしていた。後方からここまで走ってきたのだろう。
「助かったわ。だけど、無理はしないで」
「はい!」
千代は呪術を使い、兵士たちを瞬く間に倒していく。
「がはっ⁉︎」
「昌⁉︎」
「くそっ、こいつらどんどん湧き出てきやがる‼︎」
戦況は勢いに任せたこちらが優勢だ。しかし、練度に勝る敵も態勢を整えつつあり、こちらも少ないとは言えない被害が出ている。
決定的な戦果が必要だった。
「御剣、このままじゃ埒が開かないわ。沙河を目指して突撃する。ついてきなさい」
「御意!」
私たちは現状を千代や信濃さん達に任せ、敵兵の集団を一点突破して、砦の中へと侵入した。
「沙河!どこにいる!」
兵士を倒しつつ、一つ一つ部屋を探す。あいつの事だ。こうなれば自分は一番安全なところにいるはず。
「見つけた!」
「くそ! ここまで来やがるとは!」
砦の一番奥の部屋、執務室と思われる場所に沙河がいた。護衛の兵士が六人、まずはこいつらを倒さなくては。
「観念しろ。もう逃げ場はないぞ」
「うるせぇ! 俺に舐めた口を聞くな! やれ!」
護衛の兵士達が一斉に向かってくる。御剣が私を自分の前に立ち、向かってきた兵士たちを瞬く間に斬り伏せる。
「ちぃ! 使い物にならねぇ奴らだ!」
「さて、残ったのはもうあなた一人よ。観念して投降しなさい」
私は投降を促すが、沙河は不敵に笑いだした。
「ははは! 投降? ふざけるな、まだ終わってねぇんだよ」
「なにがよ!」
「瑞穂!」
突然、御剣が私を床に押し付ける。その瞬間、風を切り裂く音と共に何かが頭の上を通り過ぎる。
「刀!?」
壁に突き刺さったのは、先程頭上を通り過ぎた刀だった。
そして聞こえるのは、男の声。
「仕留められませんでしたか」
「けっ、おせぇぞ」
現れたのは甲冑に身を包み、大きな太刀を持った武将だった。
「はは、侍大将のお出ましだ! 観念するのはそっちの方だぜ!」
「侍大将、と言うことはあなたが噂の仁ね」
「名をご存知とは光栄です」
仁、緋ノ国の侍大将。侍大将とは全軍を纏め上げる役職であり、文武両道、様々な知識にも深い。
いわば、名実ともにこの国の最強とも言っていい。何故、こんな辺鄙な村近くまで来ているのかは分からないが、強敵であることは間違いない。
「後は任せたぜ!」
「ま、待ちなさい!」
逃げようとする沙河を追おうとするが、私の前に仁が立ち塞がる。
「行かせられません」
「そこを退きなさい!」
私は刀を振るうが、それはあっけなく太刀によって防がれる。防がれて体勢を崩したところを狙われ、頭上に太刀が振り下ろされる。
甲高い金属音と火花が頭上で弾ける。横から飛び込んでくれた御剣が、刀で太刀を防いでくれた。
「中々です。では、少しではありますが、私がお相手しましょう」
二人は間合いを取り、互いに武器を構える。邪魔にならないところから二人を見るが、どちらも隙がない。
互いに隙を伺いながら、すり足でジリジリと間合いを詰めている。
「うぉお!」
先に動いたのは御剣だ。
抜刀し、正面から仁に斬り掛かった。
「正面からとは」
仁は太刀を構え、横から斬りつけてきた御剣の刀を受け止める。交差した刀同士からは火花が散る。御剣の素早い斬撃を、長い太刀をまるで刀の如く扱い弾いていく。
その戦いの様を間近で見て、この仁という武人が侍大将であるのも納得できた。
その後も打ち合いが続く。
しかし、御剣の刃は届かず、時間だけが無常に過ぎていく。
「どうやら、頃合いのようです」
間合いを取っていた仁が太刀を仕舞った。
「何故納めた」
「ここはもうすぐ陥落します。目標の離脱も出来たようですから、私はこれで失礼します」
「待て、逃げるのか」
「私は軍を纏めなければなりませんので」
「待ちなさい」
外に出ようとする仁を私は呼び止めた。
「質問に答えなさい」
「何でしょう」
仁は立ち止まり、こちらを振り返った。
「なぜ、あなたほどの人物がヤズラの下にいるの?」
その言葉を聞き、仁は少しだけ間を置いて答えた。
「私はこの国の侍大将です。侍大将は皇様の配下、部下として主の命令に従っているだけの事です。では、私もおひとつ、いえ、おふたつ聞かせて下さい。おふたりの名を」
「私は瑞穂、葦原村の村長。彼は私の従者よ」
「俺は御剣、瑞穂に忠誠を誓う従者だ」
「ではその名、覚えておきましょう」
仁はそう言い、何処かへと消えていった。
私は刀を鞘に仕舞う御剣のもとへと駆け寄った。
「御剣、大丈夫?」
「何ともない。奴は」
「奴って、仁のこと?」
「あぁ、奴は凄まじく強い…」
「うん、見てたけど…」
「手も足も出なかったんだ。俺が…」
御剣の手が刀の柄を強く握りしめていることに気付いた。彼の事だ、力が及ばなかった事が悔しかったのだろう。
沙河を取り逃したとはいえ、中央の軍兵を相手にした私たちの初陣は勝利した。
しかし、外に出れば顔を知る村人が何人か蓑に敷かれている。その側で、共に戦っていた者達が涙を流している。
渉、宗一、肇、宗、そして昌。
みんな、家族がいて、奥さんがいて、子供がいる。私は息のない彼らの元に膝をつき、あの歌を歌った。
散りゆく者への鎮魂歌を。
◇
私が秘密の地下通路から砦を脱出すると、彼がいた。傭兵でありながら、私の部下であるリュウだ。地下通路の繋がる先は、砦から川を挟んだ森の中で、リュウにはこの場所の確保を命じていた。
「彼は?」
「沙河のやつは逃げた。それより、もう良かったのか?」
「えぇ、ここはもう保ちませんので。後方の砦へと撤退しましょう」
「大将の実力なら、奴らくらい退けられたろ?」
「彼の救出のみしか命じられていませんので」
「…なるほどな。それよりあの男、戦ってみてどうだった?」
「あの男、村長と共にいた武人の青年のことでしょうか?」
「あぁ、あの村の中じゃ一番の実力の持ち主とみた。素直な感想を聞きたい」
「どうでしょう。あのまま戦っていれば、私が勝っていたのではないでしょうか。まぁ、あのままであれば。では行きましょう、聖上がお待ちです」
「含みのある言い方だな…って、ちょ、おい待てよ。置いてくなって」
◇
戦が終わり、戦に出ていた村人達が村へと帰還する。出迎えてくれたのは戦に旦那や子供を送り出した妻や家族だった。みんな、帰りを祝福し、抱き合ったりしている。
その一方で、戦死した村人の棺に泣いて縋り付く者達もいる。私は彼らの元に歩み寄り、一人ひとり声を掛けた。
「む、村長様…」
彼女は、佳那は死んだ防人、渉の奥さんだった。
「村長様、この人は、この人は、ちゃんと務めを果たしましたか?」
「はい。渉は先頭に立ち、仲間を守るために身を挺して敵を食い止めました。突破口を開けたのも、渉の戦いあってこそでした」
「そうですか。夫も、村長にそう言ってもらえてさぞ喜んでいるでしょう。ありがとうございます…」
最後の一人、昌の亡骸の前で膝をつき、その頭を撫でる、昌の親父さんがいた。
「瑞穂ちゃん、俺は別のところで戦ってたから、こいつの最期を見ていない。倅は、立派だったか」
「はい。昌は最後の最後まで、仲間のために必死で戦っていました。その命果てるまで、一度も後ろに退いておりません」
「そうか、ありがとよ」
小さな声で、浄土で会おう、そう聞こえた。
村の長としての務め、それがどんなものなのか私にはまだ理解していない。それでも、私の意思で彼らは死んだ。長の一声で人は簡単に死ぬ、これは上に立つ者の責任だ。
私ですら、この手で初めて斬った敵の顔を忘れていない。まだ、手が震えている。
「御剣」
「どうした?」
「少し、少しでいい、ひとりにさせて」
「分かった。あとは任せろ」
私は屋敷に戻り、自室の枕に顔を埋めた。
怖かった。人が死ぬ、それも自分が殺した。
私は、みんなに謝った。誰に対してと言うわけではない。ただ虚無に対して、謝罪の言葉をずっとつぶやいた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい…と。
気がつくと、枕が涙で濡れていた。
◇
部屋に戻った瑞穂が心配だったが、今は一人にさせた方がいいだろう。従者として、不在である主の代わりに俺は俺で務めを果たさなくてはならない。
負傷者の治療は千代をはじめとした女子衆に任せる。俺たちは次の戦に備え、戦える人員の確認、武器と防具の整備を行い、信濃の親父さんたちと共に作戦を練っていた。
「逃亡した沙河は、四つある残りの砦の何処かにいるのは間違いないだろう。奴とて、失態を犯した身で皇のお膝元に戻るのは恐れ多いはずだ」
「しかし、御剣よ。俺たちが砦の一つを落としたとなれば、国は兵を挙げてここに攻め込んでくるはずだ。相手が本気を出せば、たかが村一つの反乱なんてすぐに鎮圧される」
「不可解なのが、あの侍大将の動向だ。奴の実力であれば、俺たちの蜂起ぐらい、自らの手で潰していたはずだ。なのに、偶然あの場にいた奴は、それをしなかった」
「あぁ、それもそうだな。何にせよ、早急に必要なのが頭数だな」
「人数の差は戦略で埋められるわ」
「瑞穂」
「村長」
「遅くなってごめんなさい。これからの事について説明するわ」
部屋から戻ってきた瑞穂は、卓の真ん中に周辺の状況が描かれた地図を広げる。地図には中央の各要所や部隊の配置まで記されている。恐らく、ここに来るまでに瑞穂が記したものだろう。
「なら先に言っておくが、根本的な兵力不足は、正直言って補えないぞ。相手は国だ、兵ならいくらでも準備できる。対してこちらは高々一つの村の蜂起だ」
「頭数が揃うまでの間、拠点の移動と村の砦化を進めるわ。準備が出来次第、いくつか考えた作戦を実行に移すつもり」
「聞こうか」
「村の位置はここ。ここは周囲を山々に囲まれ、外から侵入するには深い森を抜けなければならない。唯一整備されているのが西の街道。砦を本拠地として、万が一の時は村を最後の砦にする」
「確かに、あの砦を拠点とすれば、最悪は村に撤退できる」
「あとは、それが出来る猶予についてだけど…」
瑞穂は砦から中央の国都まで指でなぞる。
「敗退の報を早馬が届け、中央が十分な兵を率いてくるなら、最低でも五日はかかる。兵力が大きければ大きいほど、それを補うための兵站は誇大化する。向こうにとっては、うちの村の反乱の芽は、広がるまでに摘み取っておきたいはず。そうしなければ、反乱の兆しは他の村へと広がる。とすれば、何よりもまずは兵を率いて元凶であるここに攻めてくるのは確実といえる」
俺は周辺の村々への助力を提案する。瑞穂もそう考えていたらしいが、懸念事項を口にする。
「それは勿論のことだけど、現状、どの村も勝ち目のない戦に加担するのは渋るはずだわ。最低でもあと一回、いや、あと二回は戦に勝たないと。とりあえず、他村への助力はすぐに出す。それと、食料や物資の備蓄は?」
「村全てが満腹食えば保って一月、一食で我慢すれば節約すれば三月ってとこだな」
「分かったわ。でも、無理をして節約する必要はないから、意識だけはしておいて。さて、戦は守りが基本だけど…」
「まだ何か気になるのか⁇」
「えぇ、今回、敵の最強格である侍大将の仁が砦にいた。彼らが少数でも精鋭を率いてこちらを攻撃すれば、五日の猶予はあてにならない」
「なるべく敵の目を逸らさないとな」
「そうね。なるべく敵の注意を逸らしたいのだけど…いや、待って。今思いついた。残りの砦はあと四つだった?」
「その通りだ。城を中心に東西南北、等間隔に置かれている」
「ここからそれぞれの砦まで、早馬で何日かかる?」
「東なら一日、北と南なら二日、西なら三日かな」
村の馬を世話するマキがそう言う。
「この中で、かくれんぼとか騎乗が上手い人いる?」
「それなら俺たちがうってつけだ」
手を挙げたのは村の中で昔は餓鬼大将を張っていた陸斗、その友人の燈弥、丸の三人だ。
「三人は馬を使い、それぞれの砦に火を放ってほしいの。特に、西の砦はこことは正反対だから、その結果次第で敵の注意が分散されるわ」
「任せろ」
「あとは…」
瑞穂は国に配置されている軍団の位置を確認する。
「出来れば、こことここの軍団を戦わせたいわ。この二つの軍団、軍団長が犬猿の仲だったわよね」
「なるほど、互いに潰し合いをさせるってわけか」
「噂は時に人を死に追い詰める程強力よ。どちらにも噂を流してほしい、『皇が病気で倒れ、向こうが後釜を狙って城に戻ろうとしている』ってね」
「それなら、俺の得意分野だ」
そう言って部屋に入ってきたのは、右京と小夜だった。
「右京さんよ、俺らはあんたを呼んだ覚えはないぜ」
「構わないわ。私が呼んだから」
「まぁ、そうなるわな。俺は立場的に言うと敵だものな」
中央と対立している最中に、中央の役人が陣中に来れば、こうなるのは分かりきった事だった。それでも彼らを呼んだのは、理由があってのことだ。
「ほぅ、自分から言うとは」
「良い根性してるじゃねぇか」
血気盛んな村人達が右京を取り囲む。小夜は怖がって右京の後ろへと隠れた。
「やめなさい。砦の情報も、沙河の居場所も教えてくれたのは、彼なのよ」
「で、ですが村長」
瑞穂は立ち上がり、右京の前に立ちまっすぐ目を見る。右京は一切の動揺も見せず、真っ直ぐ瑞穂を見据えていた。
「ここに呼んだ理由、貴方なら分かるわよね」
「うむ」
「私はこの前初めて貴方に会ったけど、貴方は中央の役人である立場でありながら、義に厚い。貴方の意思が何処へ向いているのか、私に情報を来れた時に理解したわ。だから、この役目を貴方に与えたい。ただ」
瑞穂は鉄扇を右京に向ける。
「先の情報提供、そして今回の偽情報の吹聴、これだけの事をすれば、貴方はもう緋ノ国の役人としての立場は保障されない。それを分かっているわね」
「あぁ、某も小夜も覚悟は決めている。この身も小夜も、墨染様に救われた身。立場は異なれど、その意思は其方らと変わらない事を伝えたい」
「分かったわ。あなたを信じましょう」
瑞穂の言葉に、後ろに隠れていた小夜が安堵の表情を浮かべる。
「さて、準備が整い次第、全員で砦へ向かうわ」
本格的な戦への準備は、着々と進められた。
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