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建国編
第26.5話 もう一度、あの味を
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迦ノ国との戦が終わり、皇国に落ち着きが戻ってきた頃。俺はある日の夜、お忍びで皇都の一画にある暖簾のない甘味屋を訪れた。
「今晩は、珠那さん」
店の扉を潜ると、客の居なくなった店の厨房で、明日の分の甘味を作っている珠那さんがいた。
すらりとした体躯、美しい栗色の艶やかな髪。朝顔模様の着物で着飾る珠那さんは、そのおっとりとした雰囲気も相まって、10人に聞けば全員が美人と答えるほど、美しい人だった。
珠那さんは俺を見つけると、にっこりと微笑んだ。
「あらあら、御剣くん。今日はもう閉店ですよ」
「すみません。ですが、どうしても口にしたいものがあって」
「どうしても、ですか?」
「はい。昔よく作ってくれた大福を。ですが、閉店との事ですし日を改めて…」
「別に構いませんよ。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、珠那さんは店前に『閉店』の札を置き、扉の鍵を閉めた。
「そこのお座敷が空いてますので、よかったら座ってくださいね」
「ありがとうございます」
俺は言われた通り、厨房の見える位置にある座敷へと腰を下ろす。そこから厨房を覗くと、奥で珠那さんが大福を作り始めていた。
どうやら、俺のわがままを聞いてくれたらしい。完成するまでの間、店の内装を眺めることにした。
"あれは…"
ちょうど店の東側に位置する壁に、花の開いた桜の枝が飾られていた。そういえば、珠那さんの姿は桜花祭にはなかった。
少しして、器に載せられた大福を持った珠那さんが、俺のすぐ横へと腰を下ろす。珠那さんが器を卓に置いたのを見計らい、口を開く。
「珠那さん、あの桜の枝は…」
すると、珠那さんは少し悲しい表情を見せた。
「本当でしたら、私も桜花祭に参加したかったのですが、体調を崩してしまい叶いせんでした。だから、こうして気持ちだけでも大御神様や人々の魂に伝えようと」
「そうだったんですね。大福、いただいても構いませんか?」
「えぇ、どうぞ」
器に載せられていた大福を手に取り、口に運ぶ。餅の皮は噛むと柔らかく、中のあずきが口に広がる。一口食べた後、温かいお茶を飲む。
"どうして…"
目尻に湿った感覚があった。
何故か、大福を食べると涙が出ていた。俺は、珠那さんに分からないように涙を手の甲で拭い、話をする。
「やっぱり、珠那さんの大福は美味しいですね。昔も、こうやってよく作ってくれた大福を食べたのを思い出します」
「あの頃から、御剣くんも瑞穂ちゃんも、みんな甘いもの大好きでしたね。それと御剣くん、ひとつ大切なことを言い忘れていました」
「何ですか?」
「おかえりなさい。よく無事で戻ってきました」
そう言った珠那さんは、俺の頭を胸に引き寄せた。珠那さんの温かい腕に包み込まれた俺は、一瞬焦りはするがそのまま身を委ねることにした。
珠那さんの身体から甘い香りがする。
さっきまで必死で隠していた涙が、川の様に流れる。心の中に詰まっていた感情が、塞き止める物がなくなって一気に流れ出てきた。
「御剣くんも、瑞穂ちゃんも、千代ちゃんも、みんなが無事に戦から帰ってくるのを、ずっと祈っていました」
そう言われ、心の底からこみ上げてくるものがあった。
「人を、たくさん斬りました」
「はい」
「緋ノ国を打ち倒すときとは、全く違いました。いや、本当は同じだったのかも知れません。一緒のはずなのに。迦ノ国との戦で斬った人の顔が忘れられません」
「はい」
「俺の斬った敵将には、故郷にまだ小さな子がいたそうです」
「はい」
「歩兵の中には、負傷した仲間を守ろうとした奴もいました」
「はい」
「大切な主を守るため、誰かの大切な人の命を奪う。そんな矛盾が当たり前になってきて…」
「御剣くん」
「何でしょうか…」
「御剣くんやみんなが、どれだけ苦しい戦いをしてきたのか、戦っていない私たちには分かりませんし、分かってはいけないと思います」
すると、珠那さんは抱きしめたまま俺の頭を撫でてくれた。それはまるで、小さい頃に今は亡き母親にされた事を思い出すものだった。
とても優しく、そして温かかった。
「でも、御剣くんたちが戦うことで、私たちは今日もこうやって平和に生きることができます。だから、大切な人を奪ったのではないです。大切な人を救っているということだと思います」
「その通りですね…」
葦原村で姉の様に慕っていた珠那さん。
従者として瑞穂に仕える中、俺は何処にも発散することのできなかったこの気持ちを、珠那さんに受け止めてもらった。
珠那さんの前で弱音を吐くことも、涙を流すことも恥ずかしくはなかった。涙を流すのは、父親が亡くなったと聞いた時以来だった。
そう言えば、あの時もこうやって優しく抱きしめてくれた。あの後に食べさせてくれた大福が忘れられず、今日もここに来たのだ。
瑞穂たちへの土産を手渡された俺は、店から出る時に頭を下げる。
「ありがとうございます、珠那さん」
「いいえ、また来てくださいね。待っていますから」
そう言って店先から笑顔で手を振ってくれる。まるで、花の様に温かいその笑顔に、自然と表情が緩んでしまった。
「では、また」
「今晩は、珠那さん」
店の扉を潜ると、客の居なくなった店の厨房で、明日の分の甘味を作っている珠那さんがいた。
すらりとした体躯、美しい栗色の艶やかな髪。朝顔模様の着物で着飾る珠那さんは、そのおっとりとした雰囲気も相まって、10人に聞けば全員が美人と答えるほど、美しい人だった。
珠那さんは俺を見つけると、にっこりと微笑んだ。
「あらあら、御剣くん。今日はもう閉店ですよ」
「すみません。ですが、どうしても口にしたいものがあって」
「どうしても、ですか?」
「はい。昔よく作ってくれた大福を。ですが、閉店との事ですし日を改めて…」
「別に構いませんよ。ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、珠那さんは店前に『閉店』の札を置き、扉の鍵を閉めた。
「そこのお座敷が空いてますので、よかったら座ってくださいね」
「ありがとうございます」
俺は言われた通り、厨房の見える位置にある座敷へと腰を下ろす。そこから厨房を覗くと、奥で珠那さんが大福を作り始めていた。
どうやら、俺のわがままを聞いてくれたらしい。完成するまでの間、店の内装を眺めることにした。
"あれは…"
ちょうど店の東側に位置する壁に、花の開いた桜の枝が飾られていた。そういえば、珠那さんの姿は桜花祭にはなかった。
少しして、器に載せられた大福を持った珠那さんが、俺のすぐ横へと腰を下ろす。珠那さんが器を卓に置いたのを見計らい、口を開く。
「珠那さん、あの桜の枝は…」
すると、珠那さんは少し悲しい表情を見せた。
「本当でしたら、私も桜花祭に参加したかったのですが、体調を崩してしまい叶いせんでした。だから、こうして気持ちだけでも大御神様や人々の魂に伝えようと」
「そうだったんですね。大福、いただいても構いませんか?」
「えぇ、どうぞ」
器に載せられていた大福を手に取り、口に運ぶ。餅の皮は噛むと柔らかく、中のあずきが口に広がる。一口食べた後、温かいお茶を飲む。
"どうして…"
目尻に湿った感覚があった。
何故か、大福を食べると涙が出ていた。俺は、珠那さんに分からないように涙を手の甲で拭い、話をする。
「やっぱり、珠那さんの大福は美味しいですね。昔も、こうやってよく作ってくれた大福を食べたのを思い出します」
「あの頃から、御剣くんも瑞穂ちゃんも、みんな甘いもの大好きでしたね。それと御剣くん、ひとつ大切なことを言い忘れていました」
「何ですか?」
「おかえりなさい。よく無事で戻ってきました」
そう言った珠那さんは、俺の頭を胸に引き寄せた。珠那さんの温かい腕に包み込まれた俺は、一瞬焦りはするがそのまま身を委ねることにした。
珠那さんの身体から甘い香りがする。
さっきまで必死で隠していた涙が、川の様に流れる。心の中に詰まっていた感情が、塞き止める物がなくなって一気に流れ出てきた。
「御剣くんも、瑞穂ちゃんも、千代ちゃんも、みんなが無事に戦から帰ってくるのを、ずっと祈っていました」
そう言われ、心の底からこみ上げてくるものがあった。
「人を、たくさん斬りました」
「はい」
「緋ノ国を打ち倒すときとは、全く違いました。いや、本当は同じだったのかも知れません。一緒のはずなのに。迦ノ国との戦で斬った人の顔が忘れられません」
「はい」
「俺の斬った敵将には、故郷にまだ小さな子がいたそうです」
「はい」
「歩兵の中には、負傷した仲間を守ろうとした奴もいました」
「はい」
「大切な主を守るため、誰かの大切な人の命を奪う。そんな矛盾が当たり前になってきて…」
「御剣くん」
「何でしょうか…」
「御剣くんやみんなが、どれだけ苦しい戦いをしてきたのか、戦っていない私たちには分かりませんし、分かってはいけないと思います」
すると、珠那さんは抱きしめたまま俺の頭を撫でてくれた。それはまるで、小さい頃に今は亡き母親にされた事を思い出すものだった。
とても優しく、そして温かかった。
「でも、御剣くんたちが戦うことで、私たちは今日もこうやって平和に生きることができます。だから、大切な人を奪ったのではないです。大切な人を救っているということだと思います」
「その通りですね…」
葦原村で姉の様に慕っていた珠那さん。
従者として瑞穂に仕える中、俺は何処にも発散することのできなかったこの気持ちを、珠那さんに受け止めてもらった。
珠那さんの前で弱音を吐くことも、涙を流すことも恥ずかしくはなかった。涙を流すのは、父親が亡くなったと聞いた時以来だった。
そう言えば、あの時もこうやって優しく抱きしめてくれた。あの後に食べさせてくれた大福が忘れられず、今日もここに来たのだ。
瑞穂たちへの土産を手渡された俺は、店から出る時に頭を下げる。
「ありがとうございます、珠那さん」
「いいえ、また来てくださいね。待っていますから」
そう言って店先から笑顔で手を振ってくれる。まるで、花の様に温かいその笑顔に、自然と表情が緩んでしまった。
「では、また」
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