22 / 128
建国編
第13.5話 名もなき少女
しおりを挟む
人払いを済ませた私は、地下牢の一画に腰を下ろす。目の前の障壁の中には、先ほどまで私や御剣の命を狙ったあの無名と呼ばれた暗殺者がいる。
よく見れば、本当に小さな子供だった。歳は、身体からして小夜よりも下ぐらいだろうか。そんな子供が、身体を多く露出する服の上に、黒い外套を羽織っている。
特徴的なのは、この子の顔の左側に刻まれた呪詛痕。琥珀色の瞳は、呪詛痕を介して増大した呪力によって赤く輝いていたのだろう。
「ねぇお姉さん、私をどうするつもりなの」
そんな子どもが、虚な表情でそう言う。私は彼女の目をまっすぐ見つめて、話を始めた。
「あなた、名前はあるの?」
「名前なんかない」
「生まれたところは?」
「知らない」
そんな問答を続けていると、無名は再び小刀を抜き結界を斬り付けはじめた。しかし、呪術の恩恵を受けていない武器でいくら攻撃したところで、斎ノ巫女である千代が作り出した結界は破られない。
話したところで、この子の精神にびっしりと絡みついた暗殺者としての蔦を取り除くことは出来ない。
それでも、私は救いたかった。まだ小さな子どもを、人を殺すことでしか生きる価値を見出せない閉ざされた世界から。
その気持ちに呼応するかの様に、私の口が自然と言葉を発していた。それは、私が唯一、呪術として会得した、触れた人の心の中を見ることが出来るものであった。
「心を透くは真の愛、清き温情の元、汝の思う真理を顕し給え。秘符、心層透視」
呪術を発現すると、私の頭に流れ込んでくるのは無数の情景。
「お母さん、お母さん…」
"これは、この子?"
目の前に広がるのは、ただの闇。少しの光もなく、ただ暗闇の中に私はいた。
「暗いよ、怖いよ、出して、ここから出して、お母さん…」
弱々しく、怯えた声でそう言うも、光が見えるどころか返事すら返ってこない。どうやら、物心ついた頃には、すでにこの暗闇の中に閉じ込められたらしい。
理由は恐らく、左目の周りに現れた呪詛痕のせいだろう。御剣の様に、手の甲に現れるのではなく、嫌でも人の目につく眼の周りであったことが、親を畏怖させたのだろう。
暗闇の中、何も食べることなく、空腹を堪え、眠りにつく。それが二回ぐらい続くと、遂に気が狂い始め、暗闇の中で出口を探すために壁という壁に手を叩きつける。
何度も、何度も。
それは、とてつもなく壮絶なものだった。親の勝手で暗闇に閉じ込められた子どもが、手から血が噴き出そうが、骨が軋み折れようが、ただひたすら壁を叩いているのだ。
そして、遂に壁の一部が壊れ、外から光が差し込む。穴から何とかして脱出した無名は、狂ったまま、自らを暗闇へと閉じ込めた母親を、笑いながら殴り殺していた。
「あはっ、あはははは!」
母親を殴り殺した後は、その場に座り込み壊れた笑みを浮かべる。月灯が差し込む部屋に出来た血の海に、たったひとり。
「はは、は…」
そして、そのまま涙を流す。心を満たしているのは、憎しみ、悲しみ、そして喜びが複雑に混じり合ったものであった。
故に、心が崩壊していったのだ。
「ふぅ…」
呪力の使いすぎによって乱れた呼吸を元に戻し、前を見据える。
この子の心の奥底に眠る深層心理に触れて分かったこと。
それは、この子が暗殺者となり、無差別殺人を繰り返す様になったのには、壮絶な過去を経験していたということだ。ならば、私に出来ることはもう理解している。
彼女を闇の中から救い出すための、光になること。
「あなた、寂しかったのね」
「え…?」
「私も、昔は一人で寂しかったの。でも、今は御剣や千代、みんなと出会って、寂しくなくなった」
私は結界に手を触れ、結界越しに無名の頭に手を触れる。
「まだ間に合う。こっちに戻って来なさい。あなたの寂しかった心。誰かを殺すことよりも、とても楽しい事をして満たしてあげる」
「…」
「私はあなたを産んでないから、お母さんにはなれない。だけど、あなたのお姉さんにはなれる。あなたさえ良ければ、私は今からあなたのお姉さんになってあげる」
「お姉…さん?」
「ここで暗殺者として死ぬか、私たちと一緒に新しい世界を見るか、選びなさい。新しい世界には、自由があるわ」
「自由…」
手が、結界に添えられていた。
私はその手に合わせる様に結界に添える。すると、剣で破壊できなかった千代の結界が、ゆっくりと消滅する。
「お姉さん!」
私に抱きついてくる。その手は、剣の代わりに私の服の裾を握っていた。その表情は、先ほどまでの取り憑かれたようなものとは違い、純粋な子どもの表情になっていた。
「家族になったなら、あなたの名前を決めないとね。そうね…琥珀なんてどうかしら⁇」
「琥珀⁇」
「あなたの目の色を見て思いついたの。琥珀には繁栄、簡単に言うとみんなを元気にする力があるの」
「それがいい‼︎」
どうやら、気に入ってくれたようだった。私は、花のような笑顔を見せる琥珀の頭を、ゆっくりと撫でてやる。
「へへ、くすぐったい」
少し恥ずかしそうにする琥珀の身体を、優しく抱きしめてあげた。
琥珀はとても暖かかった。
「琥珀、これからずっと私の妹よ。ずっと…」
よく見れば、本当に小さな子供だった。歳は、身体からして小夜よりも下ぐらいだろうか。そんな子供が、身体を多く露出する服の上に、黒い外套を羽織っている。
特徴的なのは、この子の顔の左側に刻まれた呪詛痕。琥珀色の瞳は、呪詛痕を介して増大した呪力によって赤く輝いていたのだろう。
「ねぇお姉さん、私をどうするつもりなの」
そんな子どもが、虚な表情でそう言う。私は彼女の目をまっすぐ見つめて、話を始めた。
「あなた、名前はあるの?」
「名前なんかない」
「生まれたところは?」
「知らない」
そんな問答を続けていると、無名は再び小刀を抜き結界を斬り付けはじめた。しかし、呪術の恩恵を受けていない武器でいくら攻撃したところで、斎ノ巫女である千代が作り出した結界は破られない。
話したところで、この子の精神にびっしりと絡みついた暗殺者としての蔦を取り除くことは出来ない。
それでも、私は救いたかった。まだ小さな子どもを、人を殺すことでしか生きる価値を見出せない閉ざされた世界から。
その気持ちに呼応するかの様に、私の口が自然と言葉を発していた。それは、私が唯一、呪術として会得した、触れた人の心の中を見ることが出来るものであった。
「心を透くは真の愛、清き温情の元、汝の思う真理を顕し給え。秘符、心層透視」
呪術を発現すると、私の頭に流れ込んでくるのは無数の情景。
「お母さん、お母さん…」
"これは、この子?"
目の前に広がるのは、ただの闇。少しの光もなく、ただ暗闇の中に私はいた。
「暗いよ、怖いよ、出して、ここから出して、お母さん…」
弱々しく、怯えた声でそう言うも、光が見えるどころか返事すら返ってこない。どうやら、物心ついた頃には、すでにこの暗闇の中に閉じ込められたらしい。
理由は恐らく、左目の周りに現れた呪詛痕のせいだろう。御剣の様に、手の甲に現れるのではなく、嫌でも人の目につく眼の周りであったことが、親を畏怖させたのだろう。
暗闇の中、何も食べることなく、空腹を堪え、眠りにつく。それが二回ぐらい続くと、遂に気が狂い始め、暗闇の中で出口を探すために壁という壁に手を叩きつける。
何度も、何度も。
それは、とてつもなく壮絶なものだった。親の勝手で暗闇に閉じ込められた子どもが、手から血が噴き出そうが、骨が軋み折れようが、ただひたすら壁を叩いているのだ。
そして、遂に壁の一部が壊れ、外から光が差し込む。穴から何とかして脱出した無名は、狂ったまま、自らを暗闇へと閉じ込めた母親を、笑いながら殴り殺していた。
「あはっ、あはははは!」
母親を殴り殺した後は、その場に座り込み壊れた笑みを浮かべる。月灯が差し込む部屋に出来た血の海に、たったひとり。
「はは、は…」
そして、そのまま涙を流す。心を満たしているのは、憎しみ、悲しみ、そして喜びが複雑に混じり合ったものであった。
故に、心が崩壊していったのだ。
「ふぅ…」
呪力の使いすぎによって乱れた呼吸を元に戻し、前を見据える。
この子の心の奥底に眠る深層心理に触れて分かったこと。
それは、この子が暗殺者となり、無差別殺人を繰り返す様になったのには、壮絶な過去を経験していたということだ。ならば、私に出来ることはもう理解している。
彼女を闇の中から救い出すための、光になること。
「あなた、寂しかったのね」
「え…?」
「私も、昔は一人で寂しかったの。でも、今は御剣や千代、みんなと出会って、寂しくなくなった」
私は結界に手を触れ、結界越しに無名の頭に手を触れる。
「まだ間に合う。こっちに戻って来なさい。あなたの寂しかった心。誰かを殺すことよりも、とても楽しい事をして満たしてあげる」
「…」
「私はあなたを産んでないから、お母さんにはなれない。だけど、あなたのお姉さんにはなれる。あなたさえ良ければ、私は今からあなたのお姉さんになってあげる」
「お姉…さん?」
「ここで暗殺者として死ぬか、私たちと一緒に新しい世界を見るか、選びなさい。新しい世界には、自由があるわ」
「自由…」
手が、結界に添えられていた。
私はその手に合わせる様に結界に添える。すると、剣で破壊できなかった千代の結界が、ゆっくりと消滅する。
「お姉さん!」
私に抱きついてくる。その手は、剣の代わりに私の服の裾を握っていた。その表情は、先ほどまでの取り憑かれたようなものとは違い、純粋な子どもの表情になっていた。
「家族になったなら、あなたの名前を決めないとね。そうね…琥珀なんてどうかしら⁇」
「琥珀⁇」
「あなたの目の色を見て思いついたの。琥珀には繁栄、簡単に言うとみんなを元気にする力があるの」
「それがいい‼︎」
どうやら、気に入ってくれたようだった。私は、花のような笑顔を見せる琥珀の頭を、ゆっくりと撫でてやる。
「へへ、くすぐったい」
少し恥ずかしそうにする琥珀の身体を、優しく抱きしめてあげた。
琥珀はとても暖かかった。
「琥珀、これからずっと私の妹よ。ずっと…」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる