18 / 128
傾国編
第10.5話 師弟
しおりを挟む
皇宮 可憐の部屋
深夜、御剣は酒と杯を手に可憐の部屋を訪れた。
「姉さん、入るぞ」
扉を叩くが、返事が返ってこない。御剣は扉の窪みに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
しかし、中には誰もいなかった。
「どうした御剣?」
「うおっ!」
御剣が振り返ると、いつの間にか背後に浴衣姿の可憐が立っていた。その手に手拭いと桶を持っており、髪がまだ湿っていることから入浴後だということが分かる。
「私に何か用か?」
「まぁ、久しぶりに姉さんと一献しようかと。明日には西へ戻るだろうから…」
そう言って御剣が酒と杯を見せると、可憐は少し嬉しそうな表情を見せる。
「良いぞ。髪を乾かすから少し待ってくれ」
可憐はそう言って、団子にしていた髪を解き始める。灯籠に照らし出された艶のある黒髪が、大人の女性の魅力を一層引き立てている。
しばらく髪を乾かしたあと、再びその髪を頭の上で纏めて結った。
頃合いを見計らい、御剣は可憐に杯を手渡す。
酒を注ぐ音が、静寂の中に小さく鳴り渡る。
「乾杯」
御剣は今宵のために残しておいた葦原の地酒を可憐に振る舞った。
その計らいに、可憐自身も気がつく。
「懐かしい味だ。久しぶりに飲んだ気がするよ」
「では、姉さん。もう一杯は…」
「ああ、そうだな」
「「墨染様と、葦原の同胞に」」
二杯目は、今は亡き墨染、そして戦って命を散らした葦原の同胞に向けて酒を飲む。
「お前も、瑞穂たちも皆、大きくなったな。皆、それぞれの道を進んでいる…」
「俺は、大したことない。主である瑞穂を、何度も危険な目に合わせてしまっている」
「人生とは、上手く行くばかりじゃない。失敗するときも、理不尽に感じる時もある。私だって、自分の力不足を呪ったこともある」
そう言って、可憐は二杯目も軽々と飲み干してしまう。
「私が言いたいのは、失敗を恐れないことだ」
「失敗を?」
「そうだ。誰でも初めてやることが成功するなんて滅多にない。だからこそ、いま沢山失敗しておけ。そうすれば、いつか重い決断を迫られた時、その経験が役に立つ」
御剣はその言葉を聞きこれまでの自分を振り返った。
初めて人を斬った時の躊躇、大切な人を守れなかった時のこと、初めて戦場に立ち萎縮したこと。
それらは全て、いずれ訪れる出来事に対する準備だということ。
「天の定めは覆すことはできない。しかし、人は時に奇跡を起こす。悔やむ暇があれば動け、苦しむ暇があるなら走れ。私が言えるのはそれくらいだ」
すると、可憐は杯を置き、自らの膝を叩く。
「来い」
「ね、姉さん。一体…」
「いいから、黙ってここに寝てみろ」
言われるがままに、御剣は仰向けで可憐の膝を枕にして寝転ぶ。
可憐は御剣の額を優しく撫でる。
「どうだ、懐かしいだろう。昔はこうやってお前たちを良く寝かしつけたものだ」
「もう、そんな歳じゃないが…」
「私から見れば、まだまだ子どもだ。本当なら、四六時中見ていなければ心配なんだぞ」
「手のかかる子どもだ…」
「お前のことだぞ、愚弟」
普段は笑顔を見せることが少ない可憐が、曇りのない笑顔を見せる。
何度か額を撫でていると、御剣はいつの間にか寝息を立てていた。
「全く、あの頃と全く変わってないな。私の膝なら、すぐに寝付く」
可憐は、心地よい顔で眠る御剣の顔を、亡き弟の顔と重ねてしまう。
「柚樹…」
唯一の肉親であった可憐の弟は、15になる前に川で溺れて死んでしまった。
何の力も持たなかった可憐は、溺れる弟を助けることができず、自らも流されてしまう。そして、自分だけが生き残ったのだ。
今でも、可憐はその日のことを鮮明に覚えている。
その日の出来事以来、可憐はただひたすら努力を積みかねて力をつけた。そして、自分のような境遇の者を生み出さないように、御剣たちに剣術を教え、その意味を解いてきた。
その成果が、着実に実ってきていると感じていた。
「頑張れよ、御剣。必ず、皆を守るんだ」
翌朝、御剣は自室で目を覚ました時には、すでに可憐は西に向けて皇都を発っていた。
深夜、御剣は酒と杯を手に可憐の部屋を訪れた。
「姉さん、入るぞ」
扉を叩くが、返事が返ってこない。御剣は扉の窪みに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
しかし、中には誰もいなかった。
「どうした御剣?」
「うおっ!」
御剣が振り返ると、いつの間にか背後に浴衣姿の可憐が立っていた。その手に手拭いと桶を持っており、髪がまだ湿っていることから入浴後だということが分かる。
「私に何か用か?」
「まぁ、久しぶりに姉さんと一献しようかと。明日には西へ戻るだろうから…」
そう言って御剣が酒と杯を見せると、可憐は少し嬉しそうな表情を見せる。
「良いぞ。髪を乾かすから少し待ってくれ」
可憐はそう言って、団子にしていた髪を解き始める。灯籠に照らし出された艶のある黒髪が、大人の女性の魅力を一層引き立てている。
しばらく髪を乾かしたあと、再びその髪を頭の上で纏めて結った。
頃合いを見計らい、御剣は可憐に杯を手渡す。
酒を注ぐ音が、静寂の中に小さく鳴り渡る。
「乾杯」
御剣は今宵のために残しておいた葦原の地酒を可憐に振る舞った。
その計らいに、可憐自身も気がつく。
「懐かしい味だ。久しぶりに飲んだ気がするよ」
「では、姉さん。もう一杯は…」
「ああ、そうだな」
「「墨染様と、葦原の同胞に」」
二杯目は、今は亡き墨染、そして戦って命を散らした葦原の同胞に向けて酒を飲む。
「お前も、瑞穂たちも皆、大きくなったな。皆、それぞれの道を進んでいる…」
「俺は、大したことない。主である瑞穂を、何度も危険な目に合わせてしまっている」
「人生とは、上手く行くばかりじゃない。失敗するときも、理不尽に感じる時もある。私だって、自分の力不足を呪ったこともある」
そう言って、可憐は二杯目も軽々と飲み干してしまう。
「私が言いたいのは、失敗を恐れないことだ」
「失敗を?」
「そうだ。誰でも初めてやることが成功するなんて滅多にない。だからこそ、いま沢山失敗しておけ。そうすれば、いつか重い決断を迫られた時、その経験が役に立つ」
御剣はその言葉を聞きこれまでの自分を振り返った。
初めて人を斬った時の躊躇、大切な人を守れなかった時のこと、初めて戦場に立ち萎縮したこと。
それらは全て、いずれ訪れる出来事に対する準備だということ。
「天の定めは覆すことはできない。しかし、人は時に奇跡を起こす。悔やむ暇があれば動け、苦しむ暇があるなら走れ。私が言えるのはそれくらいだ」
すると、可憐は杯を置き、自らの膝を叩く。
「来い」
「ね、姉さん。一体…」
「いいから、黙ってここに寝てみろ」
言われるがままに、御剣は仰向けで可憐の膝を枕にして寝転ぶ。
可憐は御剣の額を優しく撫でる。
「どうだ、懐かしいだろう。昔はこうやってお前たちを良く寝かしつけたものだ」
「もう、そんな歳じゃないが…」
「私から見れば、まだまだ子どもだ。本当なら、四六時中見ていなければ心配なんだぞ」
「手のかかる子どもだ…」
「お前のことだぞ、愚弟」
普段は笑顔を見せることが少ない可憐が、曇りのない笑顔を見せる。
何度か額を撫でていると、御剣はいつの間にか寝息を立てていた。
「全く、あの頃と全く変わってないな。私の膝なら、すぐに寝付く」
可憐は、心地よい顔で眠る御剣の顔を、亡き弟の顔と重ねてしまう。
「柚樹…」
唯一の肉親であった可憐の弟は、15になる前に川で溺れて死んでしまった。
何の力も持たなかった可憐は、溺れる弟を助けることができず、自らも流されてしまう。そして、自分だけが生き残ったのだ。
今でも、可憐はその日のことを鮮明に覚えている。
その日の出来事以来、可憐はただひたすら努力を積みかねて力をつけた。そして、自分のような境遇の者を生み出さないように、御剣たちに剣術を教え、その意味を解いてきた。
その成果が、着実に実ってきていると感じていた。
「頑張れよ、御剣。必ず、皆を守るんだ」
翌朝、御剣は自室で目を覚ました時には、すでに可憐は西に向けて皇都を発っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ
鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。
それが約50年前。
聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。
英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。
俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。
でも…英雄は5人もいらないな。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる
若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ!
数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。
跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。
両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。
――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう!
エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。
彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。
――結婚の約束、しただろう?
昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。
(わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?)
記憶がない。記憶にない。
姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない!
都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。
若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。
後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。
(そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?)
ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。
エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。
だから。
この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し?
弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに?
ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる