花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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傾国編

第10.5話 師弟

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皇宮 可憐の部屋


 深夜、御剣は酒と杯を手に可憐の部屋を訪れた。

「姉さん、入るぞ」

 扉を叩くが、返事が返ってこない。御剣は扉の窪みに手をかけ、ゆっくりと扉を開く。
 しかし、中には誰もいなかった。

「どうした御剣?」
「うおっ!」

 御剣が振り返ると、いつの間にか背後に浴衣姿の可憐が立っていた。その手に手拭いと桶を持っており、髪がまだ湿っていることから入浴後だということが分かる。

「私に何か用か?」
「まぁ、久しぶりに姉さんと一献しようかと。明日には西へ戻るだろうから…」

 そう言って御剣が酒と杯を見せると、可憐は少し嬉しそうな表情を見せる。

「良いぞ。髪を乾かすから少し待ってくれ」

 可憐はそう言って、団子にしていた髪を解き始める。灯籠に照らし出された艶のある黒髪が、大人の女性の魅力を一層引き立てている。
 しばらく髪を乾かしたあと、再びその髪を頭の上で纏めて結った。
 頃合いを見計らい、御剣は可憐に杯を手渡す。
 酒を注ぐ音が、静寂の中に小さく鳴り渡る。

「乾杯」

 御剣は今宵のために残しておいた葦原の地酒を可憐に振る舞った。
 その計らいに、可憐自身も気がつく。

「懐かしい味だ。久しぶりに飲んだ気がするよ」
「では、姉さん。もう一杯は…」
「ああ、そうだな」
「「墨染様と、葦原の同胞に」」

 二杯目は、今は亡き墨染、そして戦って命を散らした葦原の同胞に向けて酒を飲む。

「お前も、瑞穂たちも皆、大きくなったな。皆、それぞれの道を進んでいる…」
「俺は、大したことない。主である瑞穂を、何度も危険な目に合わせてしまっている」
「人生とは、上手く行くばかりじゃない。失敗するときも、理不尽に感じる時もある。私だって、自分の力不足を呪ったこともある」

 そう言って、可憐は二杯目も軽々と飲み干してしまう。

「私が言いたいのは、失敗を恐れないことだ」
「失敗を?」
「そうだ。誰でも初めてやることが成功するなんて滅多にない。だからこそ、いま沢山失敗しておけ。そうすれば、いつか重い決断を迫られた時、その経験が役に立つ」

 御剣はその言葉を聞きこれまでの自分を振り返った。
 初めて人を斬った時の躊躇、大切な人を守れなかった時のこと、初めて戦場に立ち萎縮したこと。
 それらは全て、いずれ訪れる出来事に対する準備だということ。

「天の定めは覆すことはできない。しかし、人は時に奇跡を起こす。悔やむ暇があれば動け、苦しむ暇があるなら走れ。私が言えるのはそれくらいだ」

 すると、可憐は杯を置き、自らの膝を叩く。

「来い」
「ね、姉さん。一体…」
「いいから、黙ってここに寝てみろ」

 言われるがままに、御剣は仰向けで可憐の膝を枕にして寝転ぶ。
 可憐は御剣の額を優しく撫でる。

「どうだ、懐かしいだろう。昔はこうやってお前たちを良く寝かしつけたものだ」
「もう、そんな歳じゃないが…」
「私から見れば、まだまだ子どもだ。本当なら、四六時中見ていなければ心配なんだぞ」
「手のかかる子どもだ…」
「お前のことだぞ、愚弟」

 普段は笑顔を見せることが少ない可憐が、曇りのない笑顔を見せる。
 何度か額を撫でていると、御剣はいつの間にか寝息を立てていた。

「全く、あの頃と全く変わってないな。私の膝なら、すぐに寝付く」

 可憐は、心地よい顔で眠る御剣の顔を、亡き弟の顔と重ねてしまう。

「柚樹…」

 唯一の肉親であった可憐の弟は、15になる前に川で溺れて死んでしまった。
 何の力も持たなかった可憐は、溺れる弟を助けることができず、自らも流されてしまう。そして、自分だけが生き残ったのだ。

 今でも、可憐はその日のことを鮮明に覚えている。

 その日の出来事以来、可憐はただひたすら努力を積みかねて力をつけた。そして、自分のような境遇の者を生み出さないように、御剣たちに剣術を教え、その意味を解いてきた。

 その成果が、着実に実ってきていると感じていた。

「頑張れよ、御剣。必ず、皆を守るんだ」

 翌朝、御剣は自室で目を覚ました時には、すでに可憐は西に向けて皇都を発っていた。
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