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総撃編
第42話 罪と友
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瑞穂がたった10人で大和の国都たる帝京にやって来たのには、現在の皇国を取り巻く情勢が大きく影響している。
現在、斎国をその手中に収めたとはいえ、皇国は宇都見国と戦の真っ最中である。そんな中、国の首長たる瑞穂が、他国に大々的な行啓を行うのは難しい。
少人数で、出来るだけ目立つ事なく帝京へと向かう。帝京へ瑞穂達が来ることは、帝京の民には知られておらず、帝宮の一部の人間のみに限られている。
それほど、現在の皇国を取り巻く環境が複雑になっているのだ。瑞穂の身に何かあっては遅い。周囲を警戒すると同時に、不審な者に目を光らせていた。
一行を乗せた御車は、帝京に出入りする大勢の人の波に紛れながら、街道を進んでいく。幸い、行商人や運送屋が多く行き来することから、目立つことはなかった。
「ふぁ、人がいっぱいです」
「やっぱり、帝京はいつ来てもおっきいし、賑やかやわぁ…」
帝京を囲む城壁は見上げるほど高く、ひと区画ではなく全てに豪華な装飾が施されている。
「ん、あれは…」
御車が列の中を進んでいると、御剣は門の前に兵士を引き連れた外套姿の女が立っているのを見つけた。普通なら、ただの女士官が兵を引き連れているだけと見て気に留めないが、御剣はその女の横に控えていた背の低い少女に見覚えがあったのだ。
「あれは、もしや…」
御車がその一団の近くに近づくと、待っていたかのように女と少女が御車へと近づいてくる。
「御足労感謝するぞ。…って、そなた、御剣ではないか?」
「君は確か、カヤか?」
少女は何時ぞやに、御剣と日々斗が皇都の拉麺屋で出会い、皇都の案内をした少女カヤであった。
状況から見て、御剣はこの場にいる兵士たちは彼女が率いていると見る。であれば、必然的に彼女がここ大和において重要な人物になるということを、彼は同時に理解していた。
「久しいの。日々斗もおるではないか」
「御剣、この子確か皇都の拉麺屋で…」
二人がカヤと話していると、御車の中から瑞穂が降りてくると、カヤは瑞穂に歓迎の言葉を述べた。
◇
帝京に到着した私たちは、大和の次期皇帝である皇女カヤの出迎えを受けた。彼女の率いる兵士の一団に続いて、私の乗る御車は城門を抜けて帝京の市中へと入っていく。
「凄いわね。さすがは朝廷の都って感じ」
見渡す限り広がるのは、背の高い建物と行き交う大勢の人々。皇都の活気の上をいく様な盛り上がりであった。
立ち並ぶ露店からは食欲をそそる匂いが漂い、台に並べられているのは料理を始め、武器、装飾品、衣料品と幅広く、大通りを進んでいる最中は色々な場所に目移りしてしまう。
「小夜、朝廷の歴史には詳しかったりする?」
「はいです。簡単に解説すると、帝京の歴史は大和朝廷設立まで遡るです。元々、ここは複数の大きな村が集まる肥沃な大地でした。そこを、大和朝廷の初代帝である卑弥呼が村をまとめ上げ、一つの国として作り変えたのです」
「でも、それだけでここまで大きな都になるものなのでしょうか…」
「帝京の周辺には、カツラ、ヤマトの二つの大きな川が流れてるです。その中州に位置する帝京は、良質な泥と栄養が豊富な土壌に恵まれているので、粘土を固め焼いた陶磁器の生産、効率化された農耕による農業が盛んに行われているです」
小夜は帝京を、泥と米の都と称した。
しかし、私が何よりも驚いたのは、足元。地面、道が舗装されているのだ。皇都の道は未だに土を整地したものになっている。土は費用の掛からない反面、風が吹けば砂埃が立つ。
そうなると、露店で売られる飲食物に砂が舞い、衛生的にもよろしくはない。皇都では風が吹けば、飲食物を扱う露店は営業中止を余儀なくされているのだ。
「経済に都市基盤、見習うべきところばかりね…ホルス?」
「勉強になります、勉強になります、勉強になります」
私の隣で、ホルスが必死に画板に何かを書き込んでいた。その様子を見て、ユーリが笑いを溢す。
「ふふっ。この子、興味のあることに熱中するといつもこうなのです。しばらくこのままでしょうね」
“姉弟だなぁ…”
ユーリが子どもに夢中になるように、ホルスもこうした事に夢中になるのだろう。やはり、二人とも血の繋がった姉弟だ。
「そろそろ着くみたいだぞ」
御剣の声に応じて進行方向を見ると、信じられないものが現れる。
城、いや。城と称するにはあまりにも大きい。ここに着いた時、遠くから見たそれは、最初は山かと思っていた。
しかし、ここまで近づくと、それはいくつもの建物であり、それらが並び立つことで山のように城を形成していた。
「あれは聖廟です。あの中心に、帝の座す帝宮がございます」
「そうなのね、あれが聖廟…」
聖廟の周囲は一際精錬された兵士たちにより守護され、物々しい雰囲気が漂っていた。
同時に、煌びやかな服装をした官司たちもおり、その様子はまさしく帝の鎮座する場所に相応しかった。
私たちが門を潜ると、大勢の兵士、そして、官司や女官たちが待ち構えていた。皆整然と列をなし、聖廟までの道を中央に作っている。
「では、皇国皇、そしてその臣下よ。帝が待っておる。参られよ」
「凛、ホルス、小夜はここで待ってて。ミィアンはどうする?」
「うちは遠慮しとく。うちが出てしまうと、琉球の顔にもなってしまうし」
ミィアンたちを残し、私たちはカヤに続いてその中央の道を歩いていく。私が前を歩くと、左右に立っていた者が順に膝をついて首を垂れる。
やがて、階段を上り聖廟の中へと入ると、一際大きな空間へと出る。
「謁見の間、ここで帝が来賓に目通りを行います」
シオンと名乗ったカヤの側付きが、一礼をして私たちから離れ、謁見の間の両側に控える者たちの列に戻っていく。
その者たちは、他の者たちとは明らかに雰囲気が異なっていた。
「ユーリ、あの者たちは何者?」
「あれは、七星将と呼ばれる者たちです。七星将は、帝が絶対的な信頼を置く七人の将たちのことでございます」
という事は、カヤの側付きであるシオンも七星将の一人という事になる。
「………」
さまざまな視線が私に注がれる中、中でもとてつもなく鋭い眼光で私を見る男がいた。
「ちょ、すごい顔で睨まれてるんだけど。ユーリ、あれも七星将なの?」
私は男から目を逸らしつつ、小声でユーリに男の素性を問うた。
「あれは豪傑のゴウマ。七星将の一人で最強の呼び声が高い武将です。噂では、背に呪詛痕を持っていると言われています。ただ、その性格は少々癖があると…」
「だからって、初対面の私をあんなに睨む?」
「あの御仁に何かされましたか?」
「してない。してないはず…」
理由も分からず睨まれながら、私は用意された椅子へと腰を下ろす。私の両隣に千代とユーリ、その後ろに御剣と藤香が立って控える。
私たちをここまで導いたカヤは、対面に置かれた椅子へと座る。
「ここまでのご足労、誠に感謝致す。余はこの大和を統べる帝である」
「初めまして大和の帝。私の名は瑞穂之命、豊葦原瑞穂皇国の皇。貴殿にお会いできたことを喜び申し上げます」
対面に座ったのは、髭を蓄えた老男。その物腰柔らかな表情と風体では、一見すればどこにでもいそうな雰囲気は拭えない。
しかし、油断はできない。
目の前の人物はこれほどまでの国を創り上げ、そして今日まで維持し続けているのだ。彼に付き従う七星将を含め、臣下や民の表情を見れば分かる。
「帝よ。まずは身一つでここに参った事を許していただきたい。なにぶん、我が国は現在、宇都見国と戦の真っ最中でありまして。ご挨拶の品を持って大々的に来る事は叶わぬもので」
「何を申される。急な申し出を快く受け入れてくれただけでも、感謝の意を贈らせてもらいたい」
儀礼を終えた私は、帝に連れられてある部屋へとやってくる。
皇国側は私とユーリ、そして千代の三人。
対する大和側は帝にカヤ、そして初めて見る若い官司であった。
他の者は、控え室で待たせている。
謁見の間に置かれた物とはまた違った雰囲気の調度品が置かれ、まさに客人をもてなすことだけを考えられた造りをしていた。
帝は一度咳払いをした後、卓の対面に置かれた椅子に座り口を開く。
「改めて、余がこの大和の今代の帝、ミノウと申す」
「ま、真名をっ。あっ、し、失礼いたしました」
ユーリが驚くのも無理はない。今代の帝はその真名どころか、素性すらもほとんど明らかになっていないのだ。
常識的に見れば、こうした機会に互いの名を明かす。しかし、これまで他国の、それもおそらく神居古潭に対してすら明らかにしなかった真名を口にしたのだ。
私ですら動揺しかけていたが、ここは腹の探り合い。この程度で動揺していては話にならない。
「して、帝ミノウ殿。此度は如何なる御用件でありましょうか。失礼ながら、我が国は戦の最中であります」
「重々承知じゃよ。多少の無礼を働いてでも、余は其方に会いたかったのだ」
「そのお気持ち、快くお受けします。分かりました。では、本題へと入りましょう」
私は、ユーリに預けていた親書を受け取り、その内容をもう一度確認する。
そこに書かれていた【是非考識友好】、すなわち朝廷は皇国との友好関係を望んでおり、今回はその友好関係の確立に向けての話だ。
帝は冕冠を取り、卓の上に置く。
「其方の皇国と、余の大和には、切っても切ることのできない関係がある。カヤ、あれを」
「はい、お父上」
カヤは立ち上がると、官司からある巻物を受け取る。
「それは一体?」
「これは、大和初代皇帝である卑弥呼殿が書かれた、大和の歴史のある一部分が記された書だ」
カヤはそれを卓の上に広げる。
◇
私がこの書に全ての真実を書くことは、つまり一つの歴史を記すこと。読むものは心して読み、これに一切の流布を行わぬことをここに誓われたい。
大和はこの地に最初に國として創り出された。幸にも、私がその最初の帝となり、國を一つに纏めていた。
ここより東の地、伊勢野に在りし葦原の神社。ここに座りし彼の大御神。
私は愚かなことに、自らを現人神と称し、私を祀り上げる大神と共に大御神へ抗った。
今思えば、それが私の考えを変えたのかもしれない。
これからやってくるであろう戦乱の世を招いたのは、誰でもない、私である。
大御神と争いを繰り広げた世には、人の信仰は失われ、人の信仰によって現界していた大神たちは、その姿を現世より消した。
人は大神によって生かされ、大神も人によって生かされていたのだ。
大神が消えたことにより、人の心は荒み、その心が荒神を生み、悪神が妖を生み出した。
心は荒むと、争いを生む。
私が背負うべき罪は多々ある。たとえ私の一族がこの汚名を着ることになろうとも、その罪は償わなくてはならない。
たとえ、この身が滅びようと。その意思は一族に受け継がれ、やがて罪を償える刻が来るであろう。
私はそう信じたい。
◇
「初代皇帝、卑弥呼の罪とは一体?」
「初代皇帝は大神を率い、大御神にその座を譲るべく行動を起こし、結果敗北した。そして、大神たちによる熾烈な争いと、大和の敗北がもたらしたもの。それは人の大神に対する信仰心の褪せりと、大神という存在が失せることによる、終わることのない戦乱の世」
「大御神の名の下、平和と安寧を謳歌していた神州に戦乱の渦を巻き起こした張本人。それが我が祖先たる初代皇帝であるのだ」
確かに、禍ツ大和大戦によってこの神州に歪みが現れたことは知っている。しかし、それが全て大和の卑弥呼が引き起こしたものだという事実は知らなかった。
そう、歴史上では禍ツ大和大戦を引き起こしたのは卑弥呼自身ではなく、卑弥呼を現人神として祀り上げたのは、禍ツ神の筆頭である禍褄棚綺大神といわれている。
「しかし、なぜ初代皇帝は己の手によるものと記す。戦を主導したのが禍褄棚綺大神であるのなら、書にもそう記すのが人の本性だ」
「なぜ、戦の主導が卑弥呼と称されているか、それはこの最後に記されている」
◇
全ては彼奴の掌の上であった。
戦嫌いであり、権力に興味のなかった私を繰り出したのは、私に取り憑きし一匹の妖。
その妖、名をタタリと言い、元初の妖であると同時に、ある一柱の大神であった。
私は、心を彼奴に乗っ取られ、まさに私自らが戦を引き起こしたように仕立て上げられたのだ。
他の者はそれを知らない。
皮肉にも、その事実を存じているのは大御神だけ。
しかし、その大御神もこの現世から姿を消した。
私は、歴史に敗軍の将として記され、この大戦を引き起こした張本人とされた。
例え、大御神が私の心に棲みついていた元凶を斬り伏せ、その全てがタタリによるものであったとしても、それを証明できる者はおらぬ。
例えその心が他の者に乗り移られていたとしても、民を煽動したのはこの我が身。罪を背負う身として、その歴史に記されるであろう。
◇
つまり、この書に書いていることが真実であるとするなら、卑弥呼は自らの精神がタタリに乗っ取られていたということになる。
結果、大御神によってタタリは滅され、心を乗っ取っていた者は排除された。
しかし、その事実を知るのは当の本人である卑弥呼と、それを滅した大御神しか知らず、それを証明する手段がなかったという。
歴史は大御神を正義者に、卑弥呼を悪者として記した。
「余は、先代より代々ある言を受け継いできた。"何れ、大御神は再び現世に現る"と。余はそれが今この時であると確信しておる…」
帝は立ち上がると、深々と私に頭を下げてきた。
「間違いない。其方、否、貴女こそ最も敬愛すべき存在、大御神ではなかろうか」
「………」
「それは、一体どういう…」
この状況を理解し、冷静でいるのは私と帝、そしてカヤの3人だけであった。
「余は、先代より受け継ぎし宿命を果たすべく、貴女に願い賜りたい。初代皇帝が犯した大罪を今、貴女の力になることで晴らしたい所存、如何であろうか?」
「あ、あの瑞穂様。これは一体どういうことでしょうか…」
ユーリたちが状況を理解できていないのも仕方がない。これは、時代を跨いで大御神の生まれ変わりである私と、卑弥呼の直系たるミノウ、そしてミノウの娘であるカヤにしか分からないことであるからだ。
「帝ミノウ、貴殿に提案があるわ」
「如何なることで?」
「貴殿の先代が犯したという罪は、私には分からない。正直なところ、身に覚えのない罪の謝罪をされたところで、私と貴殿との間に大きな溝を作ってしまうことになるわ…」
私は大御神の生まれ変わりではあるが、彼らのいう大御神ではない。
私は私だ。たとえ生まれ変わった存在であったとしても、それは似て非なるもの。
「今更過去の過ちを悔いたところで、刻を遡るなど不可能。必要なのは新たな世を築く力。だからそこ、これから共に歩みを進める友として、貴殿と絆を深めたいわ」
「友として、であられるか…」
帝はその言葉を聞くと、どこか懐かしげな表情となる。
「其方は、否、貴方様はこのミノウと、友として分かち合ってくれると言うのか…」
「えぇ、そうよ」
私の言葉に、帝ミノウは静かに感謝の言葉を述べた。
現在、斎国をその手中に収めたとはいえ、皇国は宇都見国と戦の真っ最中である。そんな中、国の首長たる瑞穂が、他国に大々的な行啓を行うのは難しい。
少人数で、出来るだけ目立つ事なく帝京へと向かう。帝京へ瑞穂達が来ることは、帝京の民には知られておらず、帝宮の一部の人間のみに限られている。
それほど、現在の皇国を取り巻く環境が複雑になっているのだ。瑞穂の身に何かあっては遅い。周囲を警戒すると同時に、不審な者に目を光らせていた。
一行を乗せた御車は、帝京に出入りする大勢の人の波に紛れながら、街道を進んでいく。幸い、行商人や運送屋が多く行き来することから、目立つことはなかった。
「ふぁ、人がいっぱいです」
「やっぱり、帝京はいつ来てもおっきいし、賑やかやわぁ…」
帝京を囲む城壁は見上げるほど高く、ひと区画ではなく全てに豪華な装飾が施されている。
「ん、あれは…」
御車が列の中を進んでいると、御剣は門の前に兵士を引き連れた外套姿の女が立っているのを見つけた。普通なら、ただの女士官が兵を引き連れているだけと見て気に留めないが、御剣はその女の横に控えていた背の低い少女に見覚えがあったのだ。
「あれは、もしや…」
御車がその一団の近くに近づくと、待っていたかのように女と少女が御車へと近づいてくる。
「御足労感謝するぞ。…って、そなた、御剣ではないか?」
「君は確か、カヤか?」
少女は何時ぞやに、御剣と日々斗が皇都の拉麺屋で出会い、皇都の案内をした少女カヤであった。
状況から見て、御剣はこの場にいる兵士たちは彼女が率いていると見る。であれば、必然的に彼女がここ大和において重要な人物になるということを、彼は同時に理解していた。
「久しいの。日々斗もおるではないか」
「御剣、この子確か皇都の拉麺屋で…」
二人がカヤと話していると、御車の中から瑞穂が降りてくると、カヤは瑞穂に歓迎の言葉を述べた。
◇
帝京に到着した私たちは、大和の次期皇帝である皇女カヤの出迎えを受けた。彼女の率いる兵士の一団に続いて、私の乗る御車は城門を抜けて帝京の市中へと入っていく。
「凄いわね。さすがは朝廷の都って感じ」
見渡す限り広がるのは、背の高い建物と行き交う大勢の人々。皇都の活気の上をいく様な盛り上がりであった。
立ち並ぶ露店からは食欲をそそる匂いが漂い、台に並べられているのは料理を始め、武器、装飾品、衣料品と幅広く、大通りを進んでいる最中は色々な場所に目移りしてしまう。
「小夜、朝廷の歴史には詳しかったりする?」
「はいです。簡単に解説すると、帝京の歴史は大和朝廷設立まで遡るです。元々、ここは複数の大きな村が集まる肥沃な大地でした。そこを、大和朝廷の初代帝である卑弥呼が村をまとめ上げ、一つの国として作り変えたのです」
「でも、それだけでここまで大きな都になるものなのでしょうか…」
「帝京の周辺には、カツラ、ヤマトの二つの大きな川が流れてるです。その中州に位置する帝京は、良質な泥と栄養が豊富な土壌に恵まれているので、粘土を固め焼いた陶磁器の生産、効率化された農耕による農業が盛んに行われているです」
小夜は帝京を、泥と米の都と称した。
しかし、私が何よりも驚いたのは、足元。地面、道が舗装されているのだ。皇都の道は未だに土を整地したものになっている。土は費用の掛からない反面、風が吹けば砂埃が立つ。
そうなると、露店で売られる飲食物に砂が舞い、衛生的にもよろしくはない。皇都では風が吹けば、飲食物を扱う露店は営業中止を余儀なくされているのだ。
「経済に都市基盤、見習うべきところばかりね…ホルス?」
「勉強になります、勉強になります、勉強になります」
私の隣で、ホルスが必死に画板に何かを書き込んでいた。その様子を見て、ユーリが笑いを溢す。
「ふふっ。この子、興味のあることに熱中するといつもこうなのです。しばらくこのままでしょうね」
“姉弟だなぁ…”
ユーリが子どもに夢中になるように、ホルスもこうした事に夢中になるのだろう。やはり、二人とも血の繋がった姉弟だ。
「そろそろ着くみたいだぞ」
御剣の声に応じて進行方向を見ると、信じられないものが現れる。
城、いや。城と称するにはあまりにも大きい。ここに着いた時、遠くから見たそれは、最初は山かと思っていた。
しかし、ここまで近づくと、それはいくつもの建物であり、それらが並び立つことで山のように城を形成していた。
「あれは聖廟です。あの中心に、帝の座す帝宮がございます」
「そうなのね、あれが聖廟…」
聖廟の周囲は一際精錬された兵士たちにより守護され、物々しい雰囲気が漂っていた。
同時に、煌びやかな服装をした官司たちもおり、その様子はまさしく帝の鎮座する場所に相応しかった。
私たちが門を潜ると、大勢の兵士、そして、官司や女官たちが待ち構えていた。皆整然と列をなし、聖廟までの道を中央に作っている。
「では、皇国皇、そしてその臣下よ。帝が待っておる。参られよ」
「凛、ホルス、小夜はここで待ってて。ミィアンはどうする?」
「うちは遠慮しとく。うちが出てしまうと、琉球の顔にもなってしまうし」
ミィアンたちを残し、私たちはカヤに続いてその中央の道を歩いていく。私が前を歩くと、左右に立っていた者が順に膝をついて首を垂れる。
やがて、階段を上り聖廟の中へと入ると、一際大きな空間へと出る。
「謁見の間、ここで帝が来賓に目通りを行います」
シオンと名乗ったカヤの側付きが、一礼をして私たちから離れ、謁見の間の両側に控える者たちの列に戻っていく。
その者たちは、他の者たちとは明らかに雰囲気が異なっていた。
「ユーリ、あの者たちは何者?」
「あれは、七星将と呼ばれる者たちです。七星将は、帝が絶対的な信頼を置く七人の将たちのことでございます」
という事は、カヤの側付きであるシオンも七星将の一人という事になる。
「………」
さまざまな視線が私に注がれる中、中でもとてつもなく鋭い眼光で私を見る男がいた。
「ちょ、すごい顔で睨まれてるんだけど。ユーリ、あれも七星将なの?」
私は男から目を逸らしつつ、小声でユーリに男の素性を問うた。
「あれは豪傑のゴウマ。七星将の一人で最強の呼び声が高い武将です。噂では、背に呪詛痕を持っていると言われています。ただ、その性格は少々癖があると…」
「だからって、初対面の私をあんなに睨む?」
「あの御仁に何かされましたか?」
「してない。してないはず…」
理由も分からず睨まれながら、私は用意された椅子へと腰を下ろす。私の両隣に千代とユーリ、その後ろに御剣と藤香が立って控える。
私たちをここまで導いたカヤは、対面に置かれた椅子へと座る。
「ここまでのご足労、誠に感謝致す。余はこの大和を統べる帝である」
「初めまして大和の帝。私の名は瑞穂之命、豊葦原瑞穂皇国の皇。貴殿にお会いできたことを喜び申し上げます」
対面に座ったのは、髭を蓄えた老男。その物腰柔らかな表情と風体では、一見すればどこにでもいそうな雰囲気は拭えない。
しかし、油断はできない。
目の前の人物はこれほどまでの国を創り上げ、そして今日まで維持し続けているのだ。彼に付き従う七星将を含め、臣下や民の表情を見れば分かる。
「帝よ。まずは身一つでここに参った事を許していただきたい。なにぶん、我が国は現在、宇都見国と戦の真っ最中でありまして。ご挨拶の品を持って大々的に来る事は叶わぬもので」
「何を申される。急な申し出を快く受け入れてくれただけでも、感謝の意を贈らせてもらいたい」
儀礼を終えた私は、帝に連れられてある部屋へとやってくる。
皇国側は私とユーリ、そして千代の三人。
対する大和側は帝にカヤ、そして初めて見る若い官司であった。
他の者は、控え室で待たせている。
謁見の間に置かれた物とはまた違った雰囲気の調度品が置かれ、まさに客人をもてなすことだけを考えられた造りをしていた。
帝は一度咳払いをした後、卓の対面に置かれた椅子に座り口を開く。
「改めて、余がこの大和の今代の帝、ミノウと申す」
「ま、真名をっ。あっ、し、失礼いたしました」
ユーリが驚くのも無理はない。今代の帝はその真名どころか、素性すらもほとんど明らかになっていないのだ。
常識的に見れば、こうした機会に互いの名を明かす。しかし、これまで他国の、それもおそらく神居古潭に対してすら明らかにしなかった真名を口にしたのだ。
私ですら動揺しかけていたが、ここは腹の探り合い。この程度で動揺していては話にならない。
「して、帝ミノウ殿。此度は如何なる御用件でありましょうか。失礼ながら、我が国は戦の最中であります」
「重々承知じゃよ。多少の無礼を働いてでも、余は其方に会いたかったのだ」
「そのお気持ち、快くお受けします。分かりました。では、本題へと入りましょう」
私は、ユーリに預けていた親書を受け取り、その内容をもう一度確認する。
そこに書かれていた【是非考識友好】、すなわち朝廷は皇国との友好関係を望んでおり、今回はその友好関係の確立に向けての話だ。
帝は冕冠を取り、卓の上に置く。
「其方の皇国と、余の大和には、切っても切ることのできない関係がある。カヤ、あれを」
「はい、お父上」
カヤは立ち上がると、官司からある巻物を受け取る。
「それは一体?」
「これは、大和初代皇帝である卑弥呼殿が書かれた、大和の歴史のある一部分が記された書だ」
カヤはそれを卓の上に広げる。
◇
私がこの書に全ての真実を書くことは、つまり一つの歴史を記すこと。読むものは心して読み、これに一切の流布を行わぬことをここに誓われたい。
大和はこの地に最初に國として創り出された。幸にも、私がその最初の帝となり、國を一つに纏めていた。
ここより東の地、伊勢野に在りし葦原の神社。ここに座りし彼の大御神。
私は愚かなことに、自らを現人神と称し、私を祀り上げる大神と共に大御神へ抗った。
今思えば、それが私の考えを変えたのかもしれない。
これからやってくるであろう戦乱の世を招いたのは、誰でもない、私である。
大御神と争いを繰り広げた世には、人の信仰は失われ、人の信仰によって現界していた大神たちは、その姿を現世より消した。
人は大神によって生かされ、大神も人によって生かされていたのだ。
大神が消えたことにより、人の心は荒み、その心が荒神を生み、悪神が妖を生み出した。
心は荒むと、争いを生む。
私が背負うべき罪は多々ある。たとえ私の一族がこの汚名を着ることになろうとも、その罪は償わなくてはならない。
たとえ、この身が滅びようと。その意思は一族に受け継がれ、やがて罪を償える刻が来るであろう。
私はそう信じたい。
◇
「初代皇帝、卑弥呼の罪とは一体?」
「初代皇帝は大神を率い、大御神にその座を譲るべく行動を起こし、結果敗北した。そして、大神たちによる熾烈な争いと、大和の敗北がもたらしたもの。それは人の大神に対する信仰心の褪せりと、大神という存在が失せることによる、終わることのない戦乱の世」
「大御神の名の下、平和と安寧を謳歌していた神州に戦乱の渦を巻き起こした張本人。それが我が祖先たる初代皇帝であるのだ」
確かに、禍ツ大和大戦によってこの神州に歪みが現れたことは知っている。しかし、それが全て大和の卑弥呼が引き起こしたものだという事実は知らなかった。
そう、歴史上では禍ツ大和大戦を引き起こしたのは卑弥呼自身ではなく、卑弥呼を現人神として祀り上げたのは、禍ツ神の筆頭である禍褄棚綺大神といわれている。
「しかし、なぜ初代皇帝は己の手によるものと記す。戦を主導したのが禍褄棚綺大神であるのなら、書にもそう記すのが人の本性だ」
「なぜ、戦の主導が卑弥呼と称されているか、それはこの最後に記されている」
◇
全ては彼奴の掌の上であった。
戦嫌いであり、権力に興味のなかった私を繰り出したのは、私に取り憑きし一匹の妖。
その妖、名をタタリと言い、元初の妖であると同時に、ある一柱の大神であった。
私は、心を彼奴に乗っ取られ、まさに私自らが戦を引き起こしたように仕立て上げられたのだ。
他の者はそれを知らない。
皮肉にも、その事実を存じているのは大御神だけ。
しかし、その大御神もこの現世から姿を消した。
私は、歴史に敗軍の将として記され、この大戦を引き起こした張本人とされた。
例え、大御神が私の心に棲みついていた元凶を斬り伏せ、その全てがタタリによるものであったとしても、それを証明できる者はおらぬ。
例えその心が他の者に乗り移られていたとしても、民を煽動したのはこの我が身。罪を背負う身として、その歴史に記されるであろう。
◇
つまり、この書に書いていることが真実であるとするなら、卑弥呼は自らの精神がタタリに乗っ取られていたということになる。
結果、大御神によってタタリは滅され、心を乗っ取っていた者は排除された。
しかし、その事実を知るのは当の本人である卑弥呼と、それを滅した大御神しか知らず、それを証明する手段がなかったという。
歴史は大御神を正義者に、卑弥呼を悪者として記した。
「余は、先代より代々ある言を受け継いできた。"何れ、大御神は再び現世に現る"と。余はそれが今この時であると確信しておる…」
帝は立ち上がると、深々と私に頭を下げてきた。
「間違いない。其方、否、貴女こそ最も敬愛すべき存在、大御神ではなかろうか」
「………」
「それは、一体どういう…」
この状況を理解し、冷静でいるのは私と帝、そしてカヤの3人だけであった。
「余は、先代より受け継ぎし宿命を果たすべく、貴女に願い賜りたい。初代皇帝が犯した大罪を今、貴女の力になることで晴らしたい所存、如何であろうか?」
「あ、あの瑞穂様。これは一体どういうことでしょうか…」
ユーリたちが状況を理解できていないのも仕方がない。これは、時代を跨いで大御神の生まれ変わりである私と、卑弥呼の直系たるミノウ、そしてミノウの娘であるカヤにしか分からないことであるからだ。
「帝ミノウ、貴殿に提案があるわ」
「如何なることで?」
「貴殿の先代が犯したという罪は、私には分からない。正直なところ、身に覚えのない罪の謝罪をされたところで、私と貴殿との間に大きな溝を作ってしまうことになるわ…」
私は大御神の生まれ変わりではあるが、彼らのいう大御神ではない。
私は私だ。たとえ生まれ変わった存在であったとしても、それは似て非なるもの。
「今更過去の過ちを悔いたところで、刻を遡るなど不可能。必要なのは新たな世を築く力。だからそこ、これから共に歩みを進める友として、貴殿と絆を深めたいわ」
「友として、であられるか…」
帝はその言葉を聞くと、どこか懐かしげな表情となる。
「其方は、否、貴方様はこのミノウと、友として分かち合ってくれると言うのか…」
「えぇ、そうよ」
私の言葉に、帝ミノウは静かに感謝の言葉を述べた。
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