花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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総撃編

第53話 因縁の戦い

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 皇国と宇都見国の戦いは、すでに容赦なく強い日差しが照りつける昼過ぎになっていた。

 瑞穂は、この戦いを初日で終わらせるつもりでいた。圧倒的な戦力差である以上、橋頭堡を確保している宇都見国に時間をかけたところで、勝ち目がないと踏んでいたからである。

 つまり、日が沈むまでに敵将咲耶波を討ち取らなければ、皇国は敗北する。瑞穂だけでなく、誰もがその事を理解して戦いに挑んでいた。

「ば、化け物め…」

 飛龍の首には、藤香の刀が突き刺さり血が流れ落ちていた。周囲から矢の一斉攻撃を受けた藤香は、その背に幾つかの矢が命中したが、急所が外れたおかげで致命傷に至らなかった。

 すでに飛龍は、藤香の呪術の毒によって全身が黒ずみ、四肢は腐り果てていた。必殺の奇襲攻撃は功を奏さず、毒による苦しみを与えられながら息絶える。

「隊長!や、矢が!?」
「わ、私の事はいい、それよりも時間をかけ過ぎた。すぐに敵本陣に向かう。他の敵は?」
「は、隊長が敵将を討ち取ると、尻尾を舞いて撤退していきました。しかし、我らが来ることを知っていてこの場に配置されていたとしたら…」
「おそらく、向こうの想定内のことね。御剣たちに遅れをとるわけにもいかない、急ごう」

 藤香は煤木村を見下ろす。飛龍を討ち取ったときには、孤立させられていた本陣は罠からの脱出に成功し、助攻であるミィアンたちの部隊を後ろから援護するように前進していた。

「良かった。死なないでね、瑞穂」

 藤香は瑞穂に祈ると、敵本陣に向けて再び移動を開始した。


 ◇


 一方、罠から脱出された上に側近の将を失った咲耶波は、明らかに不機嫌な顔つきになっていた。

 それもそのはずだ。今回の戦において最も彼女が期待を寄せていたのは、国麻呂の張り巡らせた罠だった。それを簡単に突破されたのだから、彼女が怒りを覚えるのも無理はない。

 その足元には、藤香に飛龍を討ち取られ、戦意を喪失して撤退してきた兵士たちの骸が折り重なるように倒れていた。

「飛龍の役立たずめ、あれほど可愛がってやったのに敵将1人も倒せないとは。ちっ、これだから人間は」
「さ、咲耶波様!両翼から本陣に敵が迫っておりまッ!?」

 咲耶波に報告した兵士は、報告を終えるまでにその首が宙を舞う。咲耶波の大鎌によって刎ね飛ばされたのだ。

「そんなことくらい分かっているわ!」
「ひっ、ひぃ!?」
「両翼から敵が来ているなら、対処に向かいなさい。大体、あなたたちは本陣にいるだけで何の役にも立っていないでしょう。敵と刺し違えてでも止めなさい」

 兵士たちの中には、この命令に反抗心を抱いている者もいた。しかし、それを面に出せないほど恐怖心が全身を支配しているため、誰も反抗する事はなかった。

 本陣にいた兵士たちは両翼からの侵攻部隊の阻止に向かおうとした。

 しかし、宇国兵士たちが防衛に向かうよりも前に、左翼から防御陣を突破した御剣たちが、咲耶波の本陣へと到着したのだった。

「藤香たちより早く着いたか」
「こ、皇国軍!?」

 御剣は荒れた息を整えながら、椅子に腰掛ける咲耶波を睨みつける。

「見つけたぞ、咲耶波」
「あら、予定より随分と早かったのね、御剣くん。それにしても、随分とボロボロじゃないの」

 御剣をはじめ、剣翔隊の兵士たちは満身創痍だった。道中に幾度となく張り巡らされた防御陣を全力で抜いてきたため、疲労は限界に達し、部隊の兵士たちは当初の半数ほどにまで数が減っていた。

「貴様の首、貰い受けるぞ」
「怖いこと言うわねぇ。ねぇ、御剣くん。改めて、私の従者になるつもりはないかしら。もし私の元に来るのなら、最高の待遇を約束するわよ?」
「無論、丁重にお断りさせてもらう。俺は、皇国皇瑞穂之命の従者だ。貴様の飼い犬になど成り下がるつもりなど、毛頭もない」

 その答えを聞いた咲耶波は、心底残念そうな表情を見せる。

「そう、それは残念ね。あなたほどの良い男を殺すのは勿体無いけれど、ここであなたには死んでもらうわ」

 咲耶波が右手を上げると、本陣にいた宇国兵たちが御剣たちの前に立ち塞がる。すでに疲労が見える皇国兵に、それでも御剣は命令した。

「俺が咲耶波を仕留める。お前たちは全力で俺の背を守ってくれ」
「お任せください、御剣隊長」
「どうぞ、行ってきてください。ご武運を」
「あぁ、剣翔隊全軍」

 業火を引き抜き、咲耶波に剣先を向けた。

「突撃だ!!」

 御剣を先頭に、剣翔隊全員が突撃を繰り出す。本陣を防衛する宇国兵たちが御剣たちに向かって弓を射る。

「放てぇ!!」

 矢の雨が降り注ぐ中、御剣は構わずに突き進む。

「くっ!?」

 騎乗していた馬が矢を受けて倒れるが、御剣は馬から飛び降りて空中から宇国兵に斬りかかる。宇国兵たちは集団で御剣へと襲いかかるが、人間離れした御剣の攻撃に成す術なく倒れていく。

「咲耶波ぁあ!!」

 防御陣を抜けた御剣は咲耶波に向かって一直線に斬りかかる。しかし、咲耶波は御剣の攻撃を避けようとせず、その様子を余裕の表情で眺めていた。

「なっ!?」
「其方が、御剣か」

 振り下ろされた刀は、突如として咲耶波の前に現れた男の腕によって受け止められる。その腕は人間のものではなく、まるで蜘蛛の脚の様に変態したものだった。

「貴様っ!!」
「よもや、我の恨みを晴らす願いがようやく叶うとは。大御神の前に、まずは其方から殺してやろう」

 そして、その腕は受け止めていた御剣の刀を取り込むかの様に、腕を変態させていく。御剣はこれに驚くが、業火に呪力を込め炎を纏わせ、何とか刀を取り込まれずに済んだ。

「熱い、熱いぞ」
「貴様、一体何者だ!」
「我のことを忘れたとは言わせぬぞ。我の名は国麻呂、神器である其方に斬られ、大御神に力を奪われ闇に満ちた洞窟に封印された妖、土蜘蛛よ」
「妖だと!?」
「あぁ、そうだ」

 すると、国麻呂の身体が徐々に人の形を崩しはじめ、遂には巨大な蜘蛛の姿へと変わってしまった。

 突如として現れた巨大な妖に、その場にいた両軍の兵士たちは狼狽る。

「其方ヲ誰カ見分ケガツカナイ位二細切レニシ、絶望二打チヒシガレル大御神モ葬ッテヤル。ソシテ、皇国人ヲ皆殺シニシテヤル」

 土蜘蛛は8つの眼で御剣を見る。しかし、御剣は平常心を保ったまま、土蜘蛛に向けて刀を構えた。

「生憎、貴様の恨み節に付き合う義理もないし、俺は恨まれる心当たりが数えきれない位多くてな。貴様が俺や大御神に何をされたのか、俺は知らんが。ただ、俺たちの邪魔をするというのなら、貴様を完全に消し去り二度と歯向かえない様にしてやる」
「ヤッテミルトイイ、行クゾ、神器御剣」

 長く巨大な土蜘蛛の脚が御剣を襲う。御剣は先ほどまで自分が立っていた地面を砕くほどの強烈な攻撃を、跳躍で避ける。

“なんて出鱈目な力だ…”

 すると、土蜘蛛は胴体の先端を持ち上げ、太く強靭な無数の糸を吐き出した。


 ◇


「我は、負けたのか…」

 大神と人、そして妖による大戦の中、とある戦場で1人の男が兵士たちによって縄で捕縛され、地面に押さえつけられていた。

「そうよ。あなたは負けたの。大御神である私との戦いに」
「欲望に溺れ、人の心を捨て、汚れた身になる代償に得た力を持ってしても、其方には敵わなかったというのか」
「残念だけど、あなたは人を殺しすぎた。その罪は償ってもらうわ」

 戦いに敗れた妖は、大御神に付き従う大神の手によって封印される。

「こんな結末になるなんて、残念だわ国麻呂…」


 ◇


 ミィアンの部隊と合流した私たちは、破竹の勢いで本陣を目指して駆け上がる。途中に幾度か敵の防御陣に遭遇するも、シラヌイや千代の呪術によって突破する。

「全員止まるな!敵本陣まで一気に駆け上がるぞ!リュウ、ローズ!後ろの敵を任せる!」

 中腹まできたところで、私はリュウとローズにこの場所の防衛を命令する。すでに主戦場である煤木村で戦うミィアン、中腹を上る私たち、そしてそれを阻もうとする宇国兵によって乱戦状態になっていた。

 すでに、少し上の敵本陣では動きがある様に感じた。どうやら、両翼の山から本陣を目指していた御剣か藤香のどちらかの隊が本陣へ到達したのだろう。

 こちらの戦力は、すでに6割ほどに減っている。この突撃で本陣へ到達し、咲耶波の首を取らなければ皇国の敗北は避けられない。

 何よりも自らを犠牲にして道を切り開いてくれた兵士たちに申し訳が立たない。

 部下たちもそれを理解しているのか、死に物狂いで敵と戦っている。

「み、瑞穂様!あれを!」

 千代の指差した方を見た私は、敵本陣に突如として現れた巨大な蜘蛛を見て驚愕した。

「あれは一体!?」
「恐ろしいほど強力な呪力を感じます!おそらく、妖の類だと!」
「すぐに救援に向かうわ」
「瑞穂殿、奴が蜘蛛共の親玉の土蜘蛛じゃ」

 巨大な蜘蛛のことをシラヌイはそう言った。

「奴は大戦のとき、大神の一柱、シノに封印された名ありの妖じゃ。御剣1人では厳しい相手じゃぞ」

 私は馬に鞭を打ち、全速力で山を駆け上がる。

 そして遂に、目的地である宇都見国の本陣へと辿り着いた。

 そこでは、皇国宇国両軍の兵士たちがぶつかり合い、御剣が単身で巨大な土蜘蛛に立ち向かっていた。

「くっ!?」

 御剣に向けて打ち出された糸が、掠めた御剣の体を切り裂く。すでに袴がボロボロになり、血を流しながらも戦い続けていた。

「あら、遅いご到着ね。瑞穂之命」
「あなたは、咲耶波!」
「それに、あの白い犬っころも一緒とは、驚いたわ」
「その口調、やはり貴様か玉藻前」
「シラヌイ、あなた咲耶波を知っているの?」
「知っているも何も、奴は人の姿をしておるが、その正体は九つの尾を持つ名あり妖、九尾の狐。真名は玉藻前じゃ」

 衝撃の事実であった。一国の王の妃が妖であると言うのだから。

「玉藻前か、随分と懐かしい名前ね。それにしても瑞穂之命、あなたの従者は優秀だわ。あの土蜘蛛相手に1人で立ち向かうなんて。まぁ、勝てる見込みはないでしょうけどね」
「咲耶波。あなたには言いたいことが山ほどあるわ。そして、晴らさないといけない恨みもある」

 目の前にいるのは、私の大切な故郷、そして大切な人を奪った張本人だ。

 それが例え自分の行いが招いた結果であっても、私はもう戻れないところまで来ている。

 必ず私の手で倒さなければならない。

「千代、シラヌイ、あなたたちは御剣の援護を」
「瑞穂様、まさかお一人であの者と戦うおつもりですか?」
「無謀じゃ。やつは最後の最後までカミコ殿を追い詰め、倒しきることのできなかった妖じゃぞ。妾も助太刀するぞ」
「2人とも、これは命令よ。あいつは、私の手で倒さなければならない」
「…承知じゃ。じゃが、無茶だけはせぬようにな」
「分かりました。武運をお祈りします」

 千代とシラヌイが御剣の援護に向かったあと、私は刀を構えて咲耶波に相対する。すると、咲耶波はそばに立て掛けていた大鎌を手に取ると、立ち上がって私の方へと近づいてきた。

 緊張が身体を支配する。

「まさか、私があなたの相手をすることになるとはね。土蜘蛛にとどめを譲る約束をしているから、私はあなたを殺さないわ」

 そして、大鎌を構える。

「そうね、半殺しくらいにしておいてあげる」


 ◇


「御剣様!」
「千代!?それにシラヌイ、小夜も!」

 土蜘蛛と戦いを繰り広げていた御剣の元に、千代と小夜を乗せたシラヌイが駆け寄る。

「瑞穂は!?」
「瑞穂様は敵将咲耶波と戦うとのことで、私たちは御剣様の援護に!」
「俺は大丈夫だ!それよりも瑞穂を!」
「喚クナ、耳障リダ」

 土蜘蛛は御剣たちに攻撃を繰り出すが、糸は千代の呪術によって防がれ、シラヌイの爪が土蜘蛛の脚を斬り裂く。

「じゃから、さっさと此奴を仕留めて瑞穂殿の援護に向かうのじゃ」
「私が敵の動きを抑えます、その隙にお二方は攻撃を」
「…承知した」
「小夜、しっかり掴まっておるのじゃぞ」
「はいなのです!」
「行きます!」

 千代が術式を宙に描くと、振り上げていた土蜘蛛の2本の脚に地面から伸びた蔦が絡まる。

 その隙をついて、御剣とシラヌイが土蜘蛛が体を支える残り4本の脚を1本ずつ攻撃する。しかし、土蜘蛛の脚は強固で、刀や爪の攻撃では落とすことが出来ない。

「くそっ、これじゃあ動きを封じることも出来んぞ!」
「攻撃を続けるのじゃ御剣、いずれ限界が来る!」

 攻撃を続ける中、シラヌイの背中に掴まっていた小夜は、土蜘蛛をじっと観察しある事に気がついた。土蜘蛛が攻撃を受ける際に、8つある自分の眼に攻撃が加えられないように立ち回っていることに。

「シラヌイ様、弱点を見つけたです」
「なんじゃと?」
「恐らく、弱点は8つある眼。あれほど発達した眼であれば、感覚がほとんど集中しているはずなのです!」

 それを聞いたシラヌイはふっと鼻を鳴らした。

「小夜、お主の言葉を信用するぞ」

 シラヌイは土蜘蛛の脚を踏み台にして飛び上がると、赤黒く光る土蜘蛛の眼を目掛けて鉤爪を振り下ろした。

 土蜘蛛が庇おうとする前にシラヌイの鋭利な鉤爪に引っ掻かれた眼は、傷口から赤い血の代わりに白く濁った液体が噴出する。

「我ノ、我ノ眼ヲォオ!」
「御剣、奴の弱点は眼じゃ!眼を狙え!」

 その言葉を聞いた御剣は、同じく土蜘蛛の脚を踏み台にして宙を舞い、眼を集中的に攻撃する。対する土蜘蛛はそれを防がんと脚を動かして牽制する。土蜘蛛の巨体によって周囲の木々がなぎ倒されてしまう。

「これでも食らいなさい」

 そう言って宙を舞い、死角から土蜘蛛の眼を突き刺したのは、遅れて本陣へと到着した藤香だった。藤香の呪術によって毒が土蜘蛛の眼に注ぎ込まれる。

「其方ラ人間ハ、又我ヲ虐ゲルノカ!」
「虐げる?それは違うな」

 最後に残った一つの眼を前に、御剣は刀を振りかぶる。

「俺たちは守るべきものを守るために、戦っているんだ」

 そう言った御剣は、その答えを聞く前に容赦なく刀を振り下ろす。

「その相手が、貴様だっただけだ」


 ◇


 我は、元々は大御神様に仕える神職の1人だった。幼い頃に両親を亡くし、孤独と失意に支配された毎日を送っていた。

 そんな我に希望の光を見せてくれたのが、大御神様だった。

「人は生まれや育ちは違えど、人として平等に幸せを掴む権利があります。国麻呂、あなたは私の教えを説き、同じ境遇の者を救いなさい」

 大御神という神格の絶対的立場にいながら、人の姿をし、人と同じように生活を送る大御神様。

 その言葉は、これまで聞いてきた言葉の中で一番重く、そして大御神様に仕える神職になる決断をさせてくれた。

 しかし、簡単なものではなかった。

 元々、呪術の才能もなければ人徳もない。極貧の生活の中で形成された卑しい性格は中々直るものではなかった。

 それでも、真面目に人生を送ってきた私は、ふとした心の緩みにつけ込まれ、欲望に溺れ、妖となることを受け入れてしまった。

 違う、我の求めていたのはこんな自分ではない。

 我はただ、大御神様に認めて欲しかっただけなのだ。
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