花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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決戦編

第70話 生き残りを賭けて

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 高野の地では、それぞれが己が信念に基づき戦いを繰り広げていた。ある者は祖国を守るため、ある者は平和をもたらさんとするため、そしてある者は野望を叶えるために。

 俺と千浪の戦いは苛烈を極めていた。反撃の隙を与えることない打ち込みを繰り出すが、その全ての打ち込みを千浪は二対の剣で弾き返す。

 渾身の一撃が防がれ、一度間合いを取る。これまでの打ち込みで少々息が上がっていた。

「はぁ、はぁ……」

 過去に刃を交えた泰縁のことを思い出す。その泰縁の弟子である千浪は、明らかに師を上回る実力を有していた。

「流石は、師を倒した男だ。今まで戦っていた誰よりも強い」
「そう言ってもらえるのは光栄だな」
「お前を倒せば、俺は師を越えられる」
「ッ!?」

 千浪はそう言うと、剣を左右に交差させて構える。その構えから動きの早い攻撃が来ると予想し、俺は刀を中段に構えて腰を落とす。

 飛び出してきた千浪は、左右に交差していた剣を勢いよく振り抜き、詰め寄ってくる。左右から同時に迫り来る剣は一本の刀では防げない。

 そこで俺は、片方の攻撃を避けつつ、もう片方の剣を刀で弾き返す。目線の先ぎりぎりに振り抜かれる刀身に、肝を冷やした。

 すかさず後方に回転して回避するが、千浪はその隙を見逃さずに追撃を仕掛けてくる。その攻撃を、体勢を立て直しつつ防ぐ。

「くっ!?」

 回避の途中、側に落ちていた刀を手に取り、千浪へと投げつける。千浪は俺の投げつけた刀を難なく払い退けたが、おかげで隙が生じて立ち直れる。

「面白くなってきた。勝負はこれからだぞ」
「望むところ」


 ◇


 瑞穂率いる皇国一行と、皇女であるカヤと七星将のシオンによる思いがけない援軍を得た大和軍高野コチョウ隊は、指揮官であるコチョウが自ら先陣を切って戦うことで士気を盛り返していた。

 コチョウは迫り来る迦国兵を倒しつつ、戦場の把握に努める。高野は北東から南東にかけて山が連なっており、その中腹に砦が位置する。

 砦から南西方向に迦国軍が布陣し、その迦国軍を南から瑞穂やカヤ達が攻撃している。

 相手の戦意を奪うためには、この状況を利用するほかない。しかし、戦力差では圧倒的不利な立ち位置にある状態で、この戦況に大きな変化をもたらす手段が思いつかずにいた。

"このまま戦い続けたとして、武皇ウルイを初めあの戦力を打ち破ることは難しい。なら…"

「総員に装備を整える様に指示を出しなさい。歩兵は動ける者を中心に、騎兵は馬に乗せ、呪術兵と弓兵は歩兵の後方に配置するのよ」
「コチョウ様、それは…」
「反撃に出るわよ。攻めは苦手だけど、このままではせっかくの救援が無駄になる。目標は敵本陣、ウルイよ」

 コチョウは馬に乗り、砦の門へと向かう。そこには、すでに動ける者の大半が集まり、コチョウの到着を今か今かと待っていた。

「コチョウ様、5百ほどですが、すぐに動ける者を集めました」
「分かったわ。これから私たちは敵本陣に向けて攻撃を敢行する。出撃よ!」

 コチョウを先頭に、大和軍が砦から飛び出し一気に山を駆け降りる。守備に徹すると思われていた大和軍が攻勢に転じたことで、砦を攻めていた迦国軍は混乱に陥った。

「光術、蝶の舞」

 光によって創り出された幻想的な蝶の群れが現れ、コチョウの刀から迦国兵に向けて飛来する。光の蝶は敵の迦国兵に纏わりつくと、その勢いで迦国兵を倒していく。

 しかし、度重なる防衛戦によって疲労困憊となっていた大和兵たちは、突撃の敢行中に次々と命を落としていく。

"兵の消耗が早い…本陣まで辿り着けるかしら…"

「コチョウ様!危ないっ!」

 コチョウの隣を走っていた副官が、馬ごと体当たりをしてコチョウを矢の軌道から弾き出す。すると、突如飛来した矢が副官の頭部を貫く。

「ちっ、外した」

 コチョウに矢を射ったのは、弓取の兇蓮だった。彼は自らの射った矢に呪術を施し、常人を上回る速度を生み出していた。

 しかし、優秀な副官が身代わりになったことで、不意打ちが封じられた。兇蓮は馬に跨ると、部下に指示を出す。

「奴を前に出して勢いを止めろ。勢いが止まり次第、包囲殲滅する」
「承知しました。あれを出せ!」

 兇蓮の陣から運び出されたのは、常人よりも一回り大きな巨漢の男。その体は見る限り痛々しいほどの傷だらけで、そして術式が至る所に張り巡らされている。

"ゴウマ…仮にも七星将の名を冠する者が、何とも情けないわね"

「ヴガァァァ!!」
「奴の相手は私が務める。他の者は、本陣に向けて突き進みなさい!」

 強力な呪術によって操られたゴウマが、呪力を纏った手甲で地面を殴りつける。強烈な殴打によって地面が砕け、呪力が地面の割れ目から炎の様に吹き出してコチョウへと迫る。

"避けれるか!?"

 自らの跨ると馬の手綱を引き、左側へと避ける。何とか直撃は免れたものの、扇状に放たれた衝撃波によって馬が倒れてしまう。

 宙に投げ出されたコチョウは、体を捻り辛くも着地する。

 その攻撃にコチョウは少し戸惑いを見せる。先程の攻撃は、普段のゴウマの攻撃であれば避けられたはずだった。しかし、敵に操られている今のゴウマは、格段に能力が向上していた。

「がぁっ!!」

 目が赤く光り、自らの意思を封じられたゴウマは、視界に捉えたコチョウを叩き潰さんと攻撃を繰り出す。対するコチョウも、攻撃の隙をついて刀による斬撃を加えるが、彼の纏う強固な鎧が中々攻撃を通さない。

「ッ!?」
「ったく、ジッとしてやがれって」

 ゴウマとの決闘の最中、突如兇蓮が放った矢が迫る。コチョウはそれを紙一重で躱した。少しでも判断が遅れていれば、コチョウの左眼は串刺しになっていた。

 そこでコチョウは、ある呪術を使う。それが、光術『蝶の鎌鼬』。この術は、呪力によって創り出された無数の蝶の群れが、念じた相手に向けて飛来し、なおかつ一匹一匹が鋭利な刃物と化して相手を切り裂く。

 コチョウの呪術を受けたゴウマと兇蓮は、その無数の蝶に体を切りつけられる。ゴウマは鎧を纏っていない生身の体に無数の傷を受ける。

「ぐあっ、畜生が!」

 しかし、兇蓮もその攻撃を黙って受けているわけではない。蝶の群れを防ぎつつ、コチョウに向けて2本の矢を立て続けに射る。

 一本はコチョウの刀によって叩き落とされるが、もう一本は運悪くコチョウの左肩へと命中してしまう。

「かっ、くはぁっ!?」
「七星将もこのザマか、覚悟しやがれ」

 兇蓮がコチョウに向けて矢を放った瞬間だった。突然飛来した矢が兇蓮に命中し、左胸を突き刺す。そして、寸でのところで放たれた矢は、膝を突くコチョウの胸に命中する前に、氷の壁によって阻まれる。

「ぢ、ぢぐじょう…どこから」
「まさか、カヤ様、シオン?」

 コチョウが矢の飛んできた方角を向くと、そこには弓を構えるカヤと、彼女の元へ駆け寄るシオンの姿があった。

「コチョウ、無事?」
「何とかね…それよりも」

 駆け寄ったシオンとコチョウは、兇蓮とゴウマの方へと向き直る。兇蓮は左胸に矢を受けて倒れたが、ゴウマはその場で半狂乱になっていた。

「恐らく、術者が消えた事で制御が効きづらくなったんでしょう…あのままではっ!?」
「ゴウマぁ!!」

 半狂乱になり暴れ狂う彼の名を叫んだのは、大和の皇女たるカヤであった。お淑やかで可憐な普段の彼女からは想像できないほど、怒りに満ちた感情をぶつけていた。

「大和の七星将であるはずのお前が、間違っても味方に刃を向けるとは何事かっ!」
「うがっ、がぁぁ!!」
「カヤ様っ!」
「よい!」

 一喝に動揺し、さらに狂乱状態に陥りいつ襲いかかってもおかしくない状態に、シオンとコチョウは慌て飛び出そうとするが、カヤはそれを止め、なおもゴウマに一喝する。

「妾の声を聞いて正気に戻らないのであれば、貴様の忠義など偽りじゃ!」
「ワレハッ、カッ!?」
「なっ!?」

 突然、ゴウマの胸に矢が突き刺さった。その矢には術符が取り付けられ、ゴウマの胸は矢が刺さった場所から術式が広がり始めた。

「貴様っ、まだ生きていたのか!?」
「く、くく…か」

 ゴウマに矢を放った兇蓮は、不気味な笑みを浮かべて血を吐き、再びその場に倒れる。

「ガァァァァ!!」

 矢を射られたゴウマが叫び声を上げると、放出した呪力によって周囲に強力な衝撃波が生まれる。

 ゴウマの体が膨張し、まるで獅子が如く獣のような体つきへと変貌する。

「な、何という呪力!?」

"奴が私を狙わなかったのは、ゴウマを暴走させるためかっ!"

 名あり妖、鵺。

 妖に変貌したゴウマは、自我を失い、手当たり次第に攻撃を始める。鵺が咆哮すると、天から稲妻が降り注ぎ、口を開けば火炎の渦が噴き出される。

「カヤ様っ!?」
「くっ!?」

 鵺が放った火炎がカヤを包み込む前に、千代を背に乗せたシラヌイが飛び出し、カヤを火炎から救い出す。

「千代殿!シラヌイ殿!」
「氷符、霧氷!」

 千代は駆けるシラヌイの背から、鵺の顔に向けて呪術を放つ。氷の結晶が層となって鵺に纏わりつくが、鵺は氷を破り、シラヌイの後を追う。

「間一髪であった、感謝する!」
「間に合ってよかった!ですが、状況は最悪です!足止めにもなりませんでしたっ」
「炎と雷、どちらも使いこなす妖じゃからのぅ」
「千代殿、何か策は思いつかぬか?」
「一つだけ、勝てる可能性がある策があります」

 鵺が放った稲妻が、シラヌイ達を捉えようと空から降り注ぐ。いつの間にか天候が荒れ、雨が降り始めていた。

「地面に描いた術式で妖を封じます。そのためには、あの妖の注意を引いて頂かなければ…」
「ならば、余がその役を担おう」

 カヤはシラヌイの背から飛び降り、側にいた主人を失ったた馬へと跨がる。そして、千代とシラヌイが進む方向から外れて駆ける。

「大和の皇女も、肝が座っておるな」
「光栄じゃ」
「シラヌイ様、術式を組みます。五芒星の形に沿って走ってください」
「任されよ」

 千代が術式を組む中、カヤは囮として鵺の注意を引く。馬上から放った矢は狂いなく鵺の眼球を狙うが、寸での所で払い退けられる。

「ならば、これならどうじゃっ!」

 カヤは術符を取り付けた矢を、後方の天に向けて放つ。すると、術式によって創り出された無数の光の矢が、頭上から鵺に降り注ぐ。

 無数の矢を受けた鵺は、さすがに怯みを見せる。順調に囮役を務めていたカヤであったが、彼女の乗る馬が息を上げ始める。

"ま、まずい…馬が"

 馬の目は充血し、血管が浮き上がり呼吸が荒くなっている。対してカヤを追う鵺は一切の疲れを見せていない。

 そして、カヤが再び矢を放とうとした時だった。疲労困憊の馬が脚を挫いてしまい、前のめりに倒れ込んでしまう。

 矢を放つために後方を向いていたカヤは、その変化に気付くのが遅れ、投げ出されるように落馬してしまう。

「かっはっ!」

 勢いよく放り出され、地面を転がり続け、ようやく止まる。泥まみれになり、打ち付けられた時の痛みに耐えながら、カヤは立ち上がる。

"くっ、まだかっ!?"

「カヤ様!!」

 シオンとコチョウが彼女の元へと駆け寄り、鵺に攻撃を加える。コチョウの創り出した光の蝶は、鵺の顔に触れると爆発を起こした。

「千代殿、今じゃ!」
「結界符、星光封印」

 地上に描かれた五芒星の術式によって、鵺の全身は光の壁の中に閉じ込められる。しかし、強大な鵺の力は凄まじく、これほど強力な封印の術式を破壊しようと、暴れ始める。

「な、何て強い力っ!」
「千代殿!」
「いけません…このままでは、け、結界が破られてしまいます!」
「何とかならぬのか!」

 すると突然、鵺の全身を軽々覆うほどの光の蝶が現れ、鵺を覆う結界の外から纏わりつく。それは、コチョウが残る全ての呪力を使い果たして生み出した、蝶の群れであった。

 さらに、シオンが氷の壁を周囲に創り出し、三重の結界としてより強固なものとなった。

「秘符、無縁邂逅‼︎」

 そして、結界から強烈な光が放たれると、そこには元の姿を取り戻したゴウマが倒れていた。

「呪力を封じ込めたので、何とか元に戻りました…」
「よ、よかった…」
「こ、コチョウ」
「だ、大丈夫、気絶しているだけでございます。あれほど強力な呪力を使えば…」

 こうして、カヤ達は妖と化したゴウマを元に戻すことができ、高野で窮地に陥っていたコチョウら大和軍を救った。


 ◇


 ウルイと刃を交えていた私は、少し離れた戦場で、カヤ達が敵に勝利したことに安堵した。あとは、こちらと御剣の戦い次第。

「不思議じゃ、なぜ主らはここまで強い。緋ノ国時代、時の皇を打ち破った。そして、儂の国からの侵攻を防ぎ、宇都見国を滅した。何故じゃ、主らが強い理由が知りたい」

 私はウルイの言葉を聞き、「絆の深さ」だと答えた。

「私たち皇国は、国に住まう民全てが家族と同義。信じ合うことで生まれし絆が、人を強くする。そう思っているわ」
「左様か。じゃが絆とは、諸刃の剣じゃ。絆が深ければ深いほど、裏切られた時の傷跡は深くなる。そうではないか?」
「そう考える事自体に、裏切られる心当たりがあるんじゃなくて?生憎、私たちの絆の深さは貴方の考えるそれを遥かに上回るほど強いわ」
「ふむ、それが主らの強さの秘訣と言うわけか…」

 ウルイは神滅刀の剣先を、私へと向ける。

「じゃが、儂はもっと強い」
「ッ!?」

 そう言ったウルイは体全身に力を込める。嫌な予感がした私は素早く斬りかかるが、ウルイは神滅刀の呪力によって肥大化した腕を振り下ろし、地面を文字通り叩き割った。しかも、驚くべきことに、ウルイが叩き割った地面には、黒く禍々しい根が張り巡らされ、私の避けた場所に、私を突き刺さんと伸びてくる。

「逃げてばかりでは儂を倒せんぞ!」

 相手の攻撃は私が受けると致命傷になる。回復するとはいえ、あの生死の境を彷徨う体験はもう二度と御免だった。

 さらに、ウルイは片手で神滅刀、もう片方で得物の薙刀を手にして襲いかかってくる。単純な力では互角だったが、何せ全く反撃を許す隙がない。

「きゃっ!?」

 両手の得物による攻撃を刀で弾くが、強烈な勢いに押し倒されてしまう。迫り来る刀と薙刀の刀身。

 その時、鈍い音と共に振り下ろされたウルイの得物が弾かれる。得物を弾いたのは、何とクナイだった。

「お姉さん!助けに来たよ!」
「琥珀!」

 琥珀は、素早さを生かして肉薄する。素早い小刀による攻撃に、ウルイは押されていく。

 そして、琥珀がウルイの眼球に小刀を突き刺そうとした時だった。今度は琥珀の小刀が呪力の壁によって防がれてしまう。

 それは、ウルイの持つ神滅刀が生み出したものだった。琥珀は何とか中へと差し込もうとするが、強力な呪力の壁はその刀身の接近を防ぐ。

「興冷めじゃ」

 ウルイは斬りかかってきた琥珀を弾き飛ばすと、瑞穂に背を向けてその場を立ち去ろうとする。

「皇国皇、儂は己が信念のためなら、なんでも利用する男じゃよ。例え、世を滅ぼさんとする所業であってもな」
「この期に及んで、何が言いたいの?」
「主は知らぬだろう。時の大和朝廷帝は死んだ」
「し、死んだ!?それは本当なの!?」

 この時私は、相手の話に思わず載せられてしまったことに気づく。

「証拠があるとでもいうの?」
「嘘か誠か、己が密偵に問うてみると良い。迦ノ国は、帝亡き後の新たな大和が暴走する前に、手中に治めるつもりだったのだ」
「何故。では、あなたはそれを知っていて、大和に攻めたとでも言うの?」
「如何にも、儂は大和の動乱を知って本格的に兵を上げた。じゃが、計画は崩れ去った。今宵より世界は変わるぞ。種の生き残りを賭けた大戦の開演じゃ」
「種の生き残りを賭けた大戦?」

 ウルイはその言葉だけを残し、立ち去る。それに呼応し、迦国兵たちも皇国勢との交戦をやめ、急いでウルイの跡を追って北上していく。

「一体、どういう事なの…」
「瑞穂っ!」

 私の元に、戦いを終えて御剣が戻ってきた。

「御剣、あなたが戦っていた相手は?」
「引き分けだ。ウルイが退くと言ってから、戦いをやめやがった。何があった?」
「大和の、帝が死んだと」
「帝…あの帝がかっ!?」
「奴らはこのまま北上するつもりよ。追うわ。く…何か、よからぬ事が起きている。寒気がするほど良からぬことが…」
「俺も奴との決着がついていない。奴らを追おう」

 そして、例え不確定な情報であったとしても、彼女に伝えなければならない。

「カヤ」
「どうした、瑞穂殿。敵が退いたようじゃが」
「今から話すことを、よく聞いてほしいの」

 彼女の父が死んだということを。

 
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