花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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詠嘆編

第93話 常世、千年桜

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 御剣が夢幻の狭間へと消えてから2日後、瑞穂、千代、藤香の3人は、ある場所へと向かっていた。かつて、葦原村から西に少し離れた川の辺りに栄えていた草薙村、その跡地。

 瑞穂たちが草薙村を訪ねることになったきっかけは、禊ノ間に現れたカミコの一言だった。

 夢幻の狭間へと向かう儀式に必要な千年桜、元々常世に咲く桜の一種であり、かつてカミコが瑞穂の住んでいた屋敷の中庭に植えられている桜のことであった。

「千年桜は傷が付くと枯れ果ててしまう」

 カミコが言っていた言葉を振り返ると、瑞穂は嫌な予感がしていた。それでも、僅かな希望を抱きながら葦原村の生家である屋敷へと向かった。

 しかし、現実は非情であった。

 瑞穂が住んでいた屋敷の中庭にあった立派な桜は、すでに何者かによって枝が折られてしまったせいか枯れ果てていた。

 おそらく、瑛春かその手の内のものが枝を折り、先日の儀式にその枝を用いたのだろう。予想は出来ていた、しかし、一抹の不安と同時に希望を持っていた瑞穂にとって、この事実は残酷だった。


 ◇


 現世に残る唯一の千年桜が失われた。

 失意の最中、屋敷に滞在する瑞穂の元にシラヌイがやってきた。何でも、とある人物が瑞穂たちに会いたいと言っているとのことだ。

 その相手についてシラヌイは「会ってみれば分かる」とだけ言い、実際に会うまでその人物について語ろうとしなかったため、瑞穂たちはこれから会う相手のことを何も知らない状態だった。

 シラヌイは道中、その人物について一つだけ、瑞穂の求める千年桜の在処を知っている者だと告げている。

 本来であれば、少しでも早く御剣の後を追いたい一同であったが、夢幻の狭間へと向かうために必要な千年桜を失ってしまった現状、藁にもすがる気持ちでシラヌイに同行した。

「ここが、そうかしら…」

 山を越え、森の奥深くへとやってきた瑞穂たちは、草木に侵食され、人の気配を一切感じることのない廃村へと到着した。長い間放置されているせいか、目で見て分かるくらいに荒廃している。

 その廃村の片隅にある岩に、人の姿をしたシラヌイが腰を下ろして待っていた。タタリとの戦の後、暫く瑞穂の元を離れていたシラヌイとは、実に一月ぶりの再会だった。

「待っておったぞ大御神殿。では、早速じゃが妾と共に参られよ。御身を待つ者がおるところへ案内しよう」

 シラヌイに続き、3人は廃村の中を歩いていく。草木が生い茂り、家屋は何とかその形を保っているも、今にも崩れそうなほど傷んでいた。

「かなり、大きな村だったのですね…」
「此処は、かつて草薙村と呼ばれた大きな村じゃった。しかし、村人がいなくなってから百年ほど経ち、ここもこの様に廃れてしまった」
「昔、お祖母様から少しだけ聞いたことがあるけど…」
「知っての通り、禍ツ大和大戦の所為じゃ。この地には、古くから土地神として慕われた大神と、大戦の引き金となった禍ツ神が祀られておった。しかし、大御神を敵とみなした上に戦にも敗れた二柱は、村人たちからの信仰を失った。そして、土地神がいなくなったから、草薙村から村人たちは離れてしまったのじゃ」

 草木を掻き分けて進むと、先ほどの村の中とは打って変わり、草木が刈られ、何本もの御柱が立つ場所へと出る。



 その御柱が囲むのは、一切傷んでおらず、明風神社よりも大きい神社。明らかに誰かが手入れしいている様子が見受けられた。

「当時の面影が残っているのは、この草薙神社くらいじゃな」

 草薙神社の本殿、祭壇の前へとやってくる。

「クサナギや」

 シラヌイが呟くようにそう言うと、何処からともなく稲妻が走り、瑞穂達の前へと落ちる。稲妻が消えると、黒髪の女性が瑞穂たちの前に現れた。



「草薙の大神、草薙比命姫、参上いたしました」
「び、びっくりした…」
「シラヌイ様、此方の方々は…」
「此方の御方は当代の大御神様、そして当代の斎ノ巫女殿と従者の左近衛大将殿じゃ」
「ッ⁉︎」

 シラヌイの紹介を聞いたクサナギは、瑞穂の前で膝をつき、慌てて頭を下げる。

「私は何というかことを!貴女様が大御神様とは知らず、皆様にとんだ御無礼を!ど、どうか、お赦しください!」
「大丈夫よ、ちょっと驚いただけだから」
「お赦しいただけるのですか…」
「えぇ、だから頭を上げて」
「で、では…」

 恐る恐る立ち上がったクサナギは、乱れた装束を整えて再び瑞穂に頭を下げる。

 彼女の名は草薙比命姫くさなぎのひみひめ、今は廃村となっている草薙村の土着神であり、草薙神社に祀られている祭神の一柱である。

 彼女はかつて、大和大神派として大御神派と対立、陣営が敗退したことにより、信仰と祭神としての資格を失い、今はカミコから元祭神としてこの草薙神社の管理を任されている。

「シラヌイ、さっきクサナギは信仰を失って消えたと言っていなかった?」
「かつての大御神殿が、この草薙の神社の管理を任せていたのじゃ。であるから、神性は弱いが存在している訳じゃ。さて、クサナギよ」

 シラヌイはクサナギへと歩み寄る。クサナギは叱責されると感じたのか、小さく震えている。

「妾がここに大御神様方をお連れした理由、其方に分かるかの」
「わ、私めの無礼を戒めに来られたのでは…」
「それはもうよい。主に夢幻の狭間について今代の大御神殿に教示して貰いたいのじゃ」
「夢幻の狭間、についてで御座いましょうか…」
「左様じゃ」

 シラヌイに代わって瑞穂が説明する。

「クサナギ、私たちは今、どうしても夢幻の狭間へと向かわなくてはならない。でも、それに必要な千年桜が失われてしまったの」
「お屋敷の千年桜がなくなったのですか?」
「えぇ、敵に先を越されてしまった」
「左様でございましたか…。千年桜は元々常世の代物、私に一つ心当たりが御座います。こちらへ、私の後に続いてこの鳥居の中へとお入りください」

 クサナギはそう言って、神社の鳥居へと近づく。すると、鳥居の中心に歪みが生じ、空間に裂け目が入る。

 それは人が簡単に出入りできる大きさにまでに広がった。

「皆様を常世へご案内いたします」


 ◇


 常世 中有の道



 クサナギに導かれ、常世への門を潜った一同。辿り着いた際は黄泉の国の片隅、雄大な自然の中の丘に建てられた鳥居の前に、瑞穂たちは立っていた。

「ここが、常世…」
「はい。常世、又は黄泉の国と云います。そして、ここはその中心より少し離れた場所に位置する中有の道にございます」
「中有の道?」
「根の国に落ちた魂は、黄泉の門を潜り常世へと向かいます。黄泉の門の先にある黄泉比良坂で魂の選定を担っておられるキクリ様の選定を受け、亡者の魂は冥途へと続くこの中有の道を通ることになります」
「瑞穂様、私たち、本当に別の世にいるのですか…」
「えぇ。周りの空気が違うってのもあるけど、信じられないくらい綺麗な光景ね。さてと、もっと景色を見ていたいけど、案内してくれるかしら、クサナギ」
「仰せのままに。こちらでございます」

 クサナギの案内で、一同は鳥居から離れ、丘の上を歩く。子を宿している瑞穂に配慮し、千代と藤香が側から離れずに付き添う。

「本当に、不思議なところね。それに、何故か落ち着ける…」
「妾たち大神にとって、常世は故郷じゃ。御身が気を楽にするのも何ら不思議ではない」
「大神様の故郷…」
「どうしたの、千代」

 シラヌイの話を聞いていた千代の表情が変わる。

「い、いえ。あの時、お母様は常世で見守っていると言っておりましたので。もしかして、お父様もいるのかな…なんて」
「父親?」
「は、はい。そもそも、お父様がどの様な方か知りませんが…」
「郭殿のことか?」
「郭殿?」
「主の父君のことじゃ。名は郭と言う」
「わ、私の父上をご存知でございますか、シラヌイ様⁇」
「主の父君は夢幻の狭間の案内役を務めておる。向こうへ行けば、会えるかもや知れぬな」
「私の、お父様…」
「何にせよ、まずは夢幻の狭間に行かないとね…」
「藤香の言う通りね」
「着きました。こちらに御座います」

 暫く進むと、小さな院にたどり着く。瑞穂たちはクサナギの後に続いて中へと入る。院の中は装飾のほとんどない、厳かな雰囲気を醸し出す内装をしている。

「さくら、さくら、かすみか雲か、匂いぞ出ずる、いざやいざや、見にゆかん…」

 回廊を歩いていると、何処からか穏やかで、そして優しい歌声が聴こえてくる。その声は、どこか哀しげながらも、優しさが伴っていた。

「この声は…」
「貴方以外に、ここに誰かいるの?」
「えぇ、大御神様に会っていただきたいのが、この声の主にございます」

 クサナギはそう言い、瑞穂たちを院の中庭へと案内する。

 そこには、極めて長い年月を掛けたのだろう。とても立派な桜の木が花弁を満開に広げていた。そして、桜の木の根元には、桜に向かって詩を口ずさむ着物姿の女がひとり。

「タナキ」
「タナキ?」
「タナキって…まさか」

 名を呼ばれた女は歌うのを止め、瑞穂達の方をゆっくりと振り返る。



「何やら、久しい声がしたと思えば、貴女だったのですね、クサナギ。元気にしていましたか?」
「あなたも息災で何よりです。大御神様、此方は禍褄棚綺大神、あなた様が常世の千年桜の管理を任された私の古き友人で御座います」
「大…御神…様?」
「タナキ、この御方は当代の大御神様です」
「それは、一体どういう…」

 クサナギはタナキに、事情を説明する。

「大御神様と気付かず、礼を欠いたことをお許しください」
「頭を上げて、私に礼などいらないから」

 事を理解したタナキは、慌てて地に額をつけて首を垂れるが、瑞穂はタナキに頭を上げるように言う。

「ですが…」

  禍褄棚綺大神まがつたなきおおかみ、かつての禍ツ大和大戦の元凶であり、瑞穂の生まれ変わる前の姿、すなわちカミコと争った大神であった。

 タナキは大御神との戦に敗れ、この地で幾千年の樹齢を誇る千年桜の管理をカミコから命じられていた。そんなタナキにとって、今代の大御神である瑞穂は絶対に逆らう事の出来ない存在ではあるが、瑞穂は自身には関係がないと告げた。

「貴方と私には何のいざこざもないから」
「しかし、貴方様は紛れもなく大御神様。私にとって、姿がどの様に変わられても大御神様なのです」
「ならば、大御神として貴方に命ずる。頭を上げなさい」
「ご、ご命令とあらば…」

 ゆっくりと頭を上げたタナキは、着物を整える。


 ◇


 禍ツ大和大戦の最中


「大御神様、私を滅してください…」

 私は、大御神様に敗れた。幾度となく奇策を張り巡らせ、大和大神の力を結集して総力戦を展開したが、最後の最後は純粋な力の差で勝敗が決した。

 大御神様を裏切り、信仰を失い、世を破滅間近まで追い込んだ元凶たる私は、自らの神性の消失をもって償いをしようと考えた。

「あなたには、永劫に常世の千年桜の管理を命じます。あなたを滅することはしません」
「そ、それならば、私は自らあなた様に首を捧げ、自害いたします‼︎」
「なりません。あなたたちの犯した咎は大神の神性の消失だけでは拭い切れるものではないのです。タナキ、あなただけではない。この大戦に加担した大神全てに、私が任を与えます」
「大御神様…」
「常世の千年桜は、常世の呪力の源とも言えます。その管理を命じた意味を理解しなさい」


 ◇


「夢幻の狭間にございますか…」
「えぇ、訳あって私たちは夢幻の狭間へ向かう必要がある。それには、千年桜の香を焚く必要があるの」
「承知いたしました…」

 タナキは千年桜へと近づくと、年月を経た末に折れて地面に落ちていた枝を一本手に取る。

「こちらに御座います。その、大御神様…」

 千年桜の枝を手渡してきたタナキが、何か言いたげな表情をする。

「どうしたの?」
「どうか、ご無事でお戻りください」

 私はタナキの手の上にそっと手を添えた。すると、タナキの表情が嬉しさに満ちた優しい顔つきになる。

「えぇ」
「クサナギ、香炉はあるかしら」
「お持ちいたします」

 刃物で千年桜の枝から削ぎ落とした粉を、クサナギが運んできた香炉に焚べる。千代が火符を使って火を起こし、火種を粉の上に落とす。

 粉は徐々に熱を持ち、桜の香りを纏った煙が漂う。私は左右に控えていた千代と藤香の顔を見る。

 二人とも、覚悟は決まっている様だった。

「千代、藤香。準備はいい?」
「はい」
「ええ」
「大御神殿、妾も共に行かせてはくれぬか」

 シラヌイはそう言って、私の元へと歩み寄る。しかし、私はシラヌイを手を出して制した。

「シラヌイ、あなたには私が不在の現世を任せたわ」
「………承知した。御身ら、無事に戻られることを祈っておるぞ」

 私の言葉の意味を、シラヌイは理解してくれた。私たちは、阿礼が紙に記した祝詞を読み上げる。

「「「御神座す夢幻の鳥居、隔てる世へ誘わん」」」

 周囲に、あの時と同じ様に光の鳥居が現れる。そして、私たちの視界は光に包まれる。
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