よこはま物語 弐、ヒメたちのエピソード

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ヒメと明彦5、美姫編

第39話 美姫の引っ越し1

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 午前中の講義が終わり、いったんマンションに戻った。大学受験の時のノートを探した。あった。美姫に聞いた彼女の自宅の電話番号にかけた。

「もしもし、わたくし、小森雅子と申しますが」美姫のママと思われる女性が電話に出た。
「あ!小森さんですね。美姫と良子ちゃんに聞いております」
「それはそれは。では、わたくし、お宅にお邪魔してもよろしいでしょうか?美姫ちゃんの勉強について、お話したいことがございまして・・・」
「ええ、ええ、いらして下さい。お待ちしております」
「では、今、大学の近くの私の部屋からですから、1時間半あとくらいにお伺いいたします。では」ガチャ。

 美姫と良子は私のことをどう説明したんだろうか?ま、いいや。さって、お土産を買わないと。赤坂に行って、トップスのチーズケーキとチョコレートケーキを買った。石川町の駅からは、タクシーで行く。ケーキが悪くなるし、あの坂を登りたくない!

 チャイムを鳴らす。ドアが開いた。あれ?平日なのに、美姫のパパも在宅してる。そうか。今朝の早朝のことだから、娘の起こした事件で会社を休んだんだな。お気の毒だ。これは、パパ、ママ、美姫、良子、睡眠不足だろうな。

 パパが私の顔を見て、頭から爪先までまた見て目を見開いている。ママもその表情を見て、あらためて私を見た。ちょっと驚いている。あら?私、娘さんに似てるのね。ドッペルゲンガーかしら?そんなもの見たら死んじゃうよ。トップスのチーズケーキとチョコレートケーキの袋を差し出す。これ、なま物のケーキなんですと、ママに渡した。まあ、申し訳ない。ありがとうございます。

 玄関左手の応接間に通された。美姫と良子が座っていた。良子が美姫を挟んで反対側のソファーを指す。ボディーガード二人だね。

 パパが部屋に入ってくる。ママもお茶とお菓子のお盆を持ってきた。

「小森さん、このたびは、ウチの娘がお騒がせしております」
「いえいえ、私は何も」
「あのぉ~・・・」
「まず、自己紹介いたします。わたくしは宮部くんと同じ大学の理学部化学科に通っている大学3年生です。宮部くんとは学年が1年違います。彼とは同じ美術部です。お付き合いしてます。美姫ちゃんは、偶然に、彼の大学の合格発表の日に宮部くんと一緒にいた美姫ちゃんとすれ違って、手袋を私が拾って渡した時に見かけたんですよ。おかしな縁です。美姫ちゃんのことは、宮部くん、良子ちゃんから話を聞いています。昨年から今年にかけて、それから昨日の話も。個人の家庭のプライバシーに関わる話です。申し訳ありません。宮部くんも良子ちゃんも悩んでいて、それで無理に聞き出してしまいました。すみません」

「そうですか。娘の話を・・・」とパパ・
「わたくし、高校まで京都生まれの京都育ちなんです。和紙問屋の娘です。親戚が伏見の酒蔵でして」と関係ない話にパパとママはキョトンとする。「そこの娘が私の従姉妹になります。彼女が美姫ちゃんと同じとはいいませんが、似たような状況になりまして、少々ノイローゼ気味で、今、入院しているんです。美姫ちゃんの話を聞きまして、彼女のことを思い出しました」言葉を切った。
「ノイローゼ・・・」ママが心配そうに美姫ちゃんを見る。

「そうです。やはり、大学受験というのは、いろいろな意味でストレスを感じるものなんです。ですから、心が折れてしまう子もいるんです。それで、私もお手伝いできることがあると思いまして、こちらにお邪魔した次第です」

 私はバックから部屋から持ってきたノート数冊を取り出して、テーブルに置いて広げた。我ながら、簡潔にカラーでまとめてある全国模試対策の問題集だ。「高校の頃から、中間試験、期末試験、大学の模試などで、わたくし、ヤマを張るのが得意でして、同級生に教えたら、みんな良い点数を取ってしまって、教師にああいうことはするなと怒られました。宮部くんや良子ちゃんと違って、私や美姫ちゃんは、彼らのような学習スタイルではダメなんです。学者にすぐなる、というわけではありません。大学入試は、受験技術、出そうな問題を想定して、それを解く技術を磨くだけです。この次の全国模試は9月でしょう?私も夏休みになります。美姫ちゃんの家庭教師をする時間はあります。2ヶ月位ありますが、その間に私が教えて、9月の模試で、美姫ちゃんの偏差値を59程度まで上げることは可能なんです」
「偏差値59?ママ、美姫の偏差値は?」とパパがママに聞く。
「去年は50スレスレを上下してました」
「・・・う~ん」
「国立一期校とはまだ申しませんが、東京六大学程度ならなんとかなります。それももちろん、9月の結果次第ですが」

「でも、小森さん、あなたは、宮部くんの・・・」
「ハイ、宮部くんは、いや、明彦は、私の彼氏です。美姫ちゃんは、明彦の彼女でした。その関係は存じ上げてます。でも、お父さん、お母さん、このまま環境を変えないで、また、美姫ちゃんを予備校だけに行かせて、話が解決するでしょうか?もしも、万が一、心が折れてしまったら・・・」
「いや、しかし、見ず知らずの小森さんにそんなことをお願いするわけには・・・」
「いいえ、見ず知らずじゃあありません。明彦が大事に小学校の頃から見守っていた美姫ちゃんです。わたくしに無関係じゃないでしょう?もちろん、無償です。環境を変えましょう。美姫ちゃんのストレスを減らしましょう。それで、偏差値を上げる。来年は無事に大学に合格できるようにする、私ならできます」

「小森さん、環境を変えると言われますが?」
「明彦のアパートは千駄ヶ谷ですよね?美姫ちゃんも何度も良子ちゃんと一緒に彼の部屋に外泊してますよね?でも、昨日のようなことがあったのですから、もう明彦のアパートに予備校の帰りによる、泊まるということはできませんよね?やはり、明彦も美姫ちゃんも気が引けますから。かといって、予備校に通わせるだけでは、秋までに偏差値を上げられません。ですから、明彦のアパートの代わりに、予備校に通いながら、わたくしの飯田橋のマンションで彼女に教えます。お許しいただければ、今日にでも、明彦のアパートから私物を持ち出して、私のマンションに引っ越します」
「・・・そういうわけには・・・」

「では、仲里さん、何か良い代案はありますか?申し訳ないですが、明彦が、良子ちゃんが美姫ちゃんに教えてダメだったでしょう?やり方や生活環境を変えた方がいいんですよ。スケジュールを考えますが、1週間の内、半分くらい、美姫ちゃんを預からせて下さい。このアイデア、美姫ちゃんも良子ちゃんも明彦も了承してくれてます。そうでしょ?美姫ちゃん、良子ちゃん?」と美姫と良子を見た。二人ともうんうん頷いた。
「私も雅子さんのアイデアが良いと思います。他にいい案は思いつきません。ここに帰ってから、美姫とも朝までよく話しましたが、気分を変えないと、美姫も泣くばかりですから・・・部屋に閉じこもってしまわないかと心配です!」と良子。ちゃんと深刻そうに言っている。

「わかりました。美姫、それでいいんだな?」ちょっとパパに脅しが利いたかしら?
「ハイ、みんな私が引き起こしたことです。みんなを巻き込んでしまいました。ゴメンナサイ、もうしません、反省します、ちゃんと予備校に行って、雅子さんに教えてもらって、受験勉強を再開します、来年、大学に入学できるように努力します。許してください」と半べそをかいた。演技かどうか、うまいものだ。

 ママは『今カノのマンションで、元カノが受験勉強する?』という構図をいささか胡散臭く感じているようだが、黙っている。娘にとって、パパは楽だ、ママは油断がならない。どの家庭でも同じね?

「小森さん、よろしくお願い致します。でも、無償というわけには・・・」とパパ。
「いや、お気遣いなく・・・いや、じゃあですね、こうしましょう。秋の模試で、偏差値が59以上になったら、中華街で食べ放題飲み放題で、みんなで宴会をするというのはどうでしょうか?その方がモチベーションが上がります。わたくし、フカヒレの姿煮と紹興酒が好物なんですよ」良子が人のアイデア取りやがって、という顔をしている。
「いえいえ、その程度なら、いかほどでも」
「アハハ、良子ちゃんと同じ大学なんて合格したら、どうなるんだろう?」あ!これは言いすぎた。
「雅子さん、恐ろしいことを言うのは止めて!六大学に進学できるだけで十分です」と美姫。まあね、あそこの大学は私でも自信はないわ。

 私は手帳にマンションの住所、電話番号、大学の在籍番号、実家の住所、電話番号を書いた。実家はやりすぎか?まあ、いいでしょ。手帳のページを破って、「これが私の連絡先です。美姫ちゃんがウチに泊まる時、必ず私が連絡します。毎日。勝手に、どこかに内緒で外泊しないように」とチクリ。美姫が私をちょっと睨む。「では、善は急げ。今日から早速」と私は美姫ちゃんに「さあ、飯田橋に行くわよ、美姫ちゃん」

 パパが、じゃあ、よろしくお願い致しますと頭を下げて部屋を出た。美姫と良子は荷造りに美姫の部屋に行った。ママが残った。

「小森さん、うまくまとめてくださってありがとうございます」と頭を下げた。
「いえいえ、そんな。人に教えるのは好きなんですよ。どうせ、夏休みは、図書館で専門の科目の勉強をしようと思っていましたから、問題ありません」
「雅子さん、明彦と私の娘もうまくまとめてくれたんでしょう?あんなことがあったのに?」この人、感づいてるわ。

「いえいえ」
「私だって、高校、大学の頃があったんですよ。男と女の間に何があるか、細かいことは知りませんが、想像はできます。私のバカ娘は何をしたんでしょうね?」
「ハッキリいいますが、明彦と良子ちゃんに対する裏切りです。明彦に対するはらいせの浮気です。でも、それは受験のストレス、見逃しましょう」
「雅子さん、昨日、良子ちゃんと張本さんだけここに来ましたが、あなたもその場にいたんでしょう?それで、みんなで作戦会議してたのね?もしかしたら、明彦くんも混ざって?」
「・・・」
「追求しませんよ。あのバカ娘にもいい薬になったでしょう」
「まずは、お母さん、全国模試で偏差値を上げることです。中華街でおいしい料理をご馳走になりますよ」
「おまかせします。お願いします。私の旦那の方は任せて。口出しさせませんから」

 良子と美姫が荷物を持って彼女の部屋から降りてきた。お~、冷や汗かいた。女は怖いよ。男を騙すのは楽だよ。パパとママに挨拶をして、失礼した。

 美姫に「あなたのママ、細かいことは知らないが、薄々、このウソの後ろにもっと大きなのがあるのを感づいてたわ」と言った。美姫が、やっぱり、と言う。彼女、少し、明るくなったかな?安心した。まず、良子の家に行く。石川町への通り道なのだ。丘の上では、石川町に近づくほど地価はあがるんだそうだ。

「いやあ、雅子、立て板に水、よくもまあ、喋ったね。でも、フカヒレ姿煮、私のアイデアを!」と良子。
「いいじゃない。H飯店とこれで二度、食べられるわよ」
「北京ダックにしない?フカヒレばっかりじゃあ、胸焼けしそう」
「偏差値、上げないと、北京ダックはお預けね。美姫ちゃん次第だわ」
「頑張ります」
「美姫ママに言われた。『私だって、高校、大学の頃があったんですよ。男と女の間に何があるか、細かいことは知りませんが、想像はできます』って」
「バレてるのかしら?」と美姫。
「あなたたち、明彦と美姫ちゃん、良子の関係なんて、漏らしてないわよね?」と良子に聞く。
「さすがに、そこまでは、美姫ママも想像できな・・・」と良子。
「わかんないわよ。まあ、死ぬまで秘密はとっておくことね」と二人に言った。
「雅子さん、あなたの親戚、伏見の酒蔵の娘さん、お気の毒に。ノイローゼで入院なんて、私もそうならないように頑張らないと!従姉妹の方も良くなるように祈ってるわ」
「美姫ちゃん、何の話?私に入院した伏見の酒蔵の従姉妹なんていないわよ」
「ハァ?」
「存在しない人間のことをお祈りしないようにね!」
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