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10 王太子の本性

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王太子アレクサンダー・モスカータは金髪碧眼の美丈夫だ。歳はロズリーの二つ上で、既に公務の一部を担っていると聞いている。

第二皇子ヘンリーと第三皇子レオニダスはいずれも側妃アンリ・マティス・モスカータの実子であるため、現王妃シャトルーズ・モスカータの血を引く唯一の後継者であった。

「体感ではあまり分からないかもしれないが、このエリアは他のところよりも少し温度が高めに設定されているんだ。蘭の生育に合わせてね。ほら、この胡蝶蘭ファレノプシスなんて見事だろう?」
「はい、大変華やかで美しゅうございますね。」
「ロズリー嬢はこのように華やかな花が好みかい?」
「いえ、私はあちらに咲いている群雀蘭オンシジウムのような可憐な花に惹かれます。」
「へぇ、そうなのか。オンシジウムも品種によっては随分華やかになると言うが、そうか、令嬢は皆大振りの花を好むわけではないのだね。」

気分よくエスコートをしてくれているようだが、ロズリーは内心イライラしつつあった。というのも、この皇子、言葉の端々にとにかく女性の影が見え隠れする。そして、肝心な知識はない癖に女性に好まれそう知識だけやたらと蓄えているのだ。

試しに、ほんの少し経済の話を振ってみたのだが、見事に女性に人気のカフェやスイーツの話にすり替えられてしまった。だいぶ先が思いやられるタイプの男である。

「さて、ロズリー嬢。あちらで母たちを待たせている上、私はこの後所用があってね。」
「そうでしたか、お忙しいところお時間を頂き……。」
「いや、そうではなくて。」

ロズリーの言葉を遮って、皇子はにっこりと笑った。何だかものすごく嫌な予感がする。

「もう単刀直入に腹を割って話したい。君は私と婚約する気があるかい?というか、それを望んでいるかい?」
「はい!?」
「恐らく私たちは、産まれた時点で内々に婚約者として考えられていたと思うんだ。で、聖女となった今最早君が王家に入ることは必定。とすると、母上は私の婚約者として何が何でも君を据えようとするだろう。」
「あ、えぇ、まぁ、それはもちろん理解しております……もしや殿下、心に決めた女性がおられるのですか?」

ロズリーはハッとした。のばらの世界のアレクサンダーがロズリーを娶って悪王となったのには、もしかしたら理由があったのかもしれない。愛しい女性から無理やり引き離され、ロズリーをあてがわれたのだとしたら……。

「いや、そういうわけではない。」
「あ、違うのですね。」
「正確にはただ一人と決めた女性は居ない。」
「……と言いますと?」

アレクサンダーは悩ましげにうつむいて、軽く溜息を吐いた。彼を好いている令嬢は多い。彼女たちが見たら、そんな憂いを帯びた横顔にさぞ熱狂したであろう。しかし、ロズリーは違った。どうにもこの男の仕草、芝居ががっていて胡散臭い。

「私も君もまだまだ若い。世間を知るのはこれからだ。だというのに婚約なんて枷に縛られて羽ばたくことすらできないなんて、勿体無いとは思わないか?」
「……殿下、失礼を承知で申し上げますが。もしやこうおっしゃりたいのですか?ご自身はまだ年若く、自由な恋愛を楽しみたいから婚約はまだ望んでいない、と。」
「見事!そうなのだよ!君と婚約しても、結婚までは色々と目をつぶってくれるならばそれでも良いのだけれど、それだと君に悪い噂が立つかもしれないだろう?君自身も恋愛を愉しめないだろうし。それならば、然るべき時まで内定くらいにしておいたらいいのではないかと思ってね!!」

長文を一気にまくし立てられたからか、はたまたその内容の稚拙さ故か、ロズリーは眩暈を感じた。この国の王太子、つまり、後継者が、コレ。。。

未来の破滅が見えたような気がする。

「殿下のお話はよく分かりました。ちなみに、そこまでして私を殿下の婚約者とする理由は何でしょうか。」
「え?だって、君は産まれた時点で恐らく私の伴侶で、王妃になるべく育てられただろう?」
「……それを覆して真実の愛を追求したい、なんてお気持ちになることは?」
「さぁ、それは分からないけれど、君はサーナリアン公爵令嬢で、しかも聖女だろう?それを超えて王妃になるような令嬢は居ないと思うなぁ。」
「結婚に愛は必要でしょうか?」
「そりゃあるに超したことはないだろうね。あ、私は君を愛することができるよ!君は聖女で、そしてとても美しい。今私と関係を持つにはあまりに勿体無いくらい美しい!だから、あと数年だけ待ってくれないかな!」

星が出そうなウインクを飛ばされ、ロズリーはげんなりした。もう嫌だ。こいつと話をしているだけで頭がおかしくなりそうだ。

そもそも王太子たるものがなぜこんなに脳内お花畑なのだろう。しかも女遊び特化型。

先程王妃たちの前で見せた姿は非常に王太子然としていてスマートかつ紳士的だったということは、必要なところでだけ徹底して猫を被っているのだろう。そう言った方向に、かなり頭が切れるようだ。もっと別の使い方をすればよいものを、勿体無い。

「お話はよく分かりました。ちなみに、今のお話を王妃殿下の元へ持ち帰った場合、私を如何様にするおつもりですか?」
「おっと、困ったことを言い出したね。まぁ先程までの様子を見るに、母上もアンリ様もかなり君を気に入ったようだから、恐らく一度は耳を傾けるだろう。で、私の元に呼び出しが来るだろうから、そうしたら君の誤解だと言うだろうね。私はお互いを知ってから婚約をしたいと伝えたが、今すぐにでも婚約をと考えていたロズリー嬢が言葉の意味を誤って捉えてしまった、と。」
「なるほど。そうなってしまったら仕方ないから婚約を進め、お戯れは水面下で、といった具合でしょうか。」
「そうだね。うまくやる自信はあるよ!君を傷つけることもしないと約束しよう!」

婚約者候補に向かって女遊びしたいから待ってくれなんて言っている輩が、どの口で「傷つけない」なんて言えるのか。ロズリーはこれからの仕事がいかに困難であるかを痛感し、こめかみを押さえた。その仕草の意味を完全に誤解したアレクサンダーが心配そうな顔を「作って」のぞき込んでくる。

「急な話で驚かせてしまったね。君の家はあまり社交界も好まないようだったから、こういった話には慣れていないだろうに、そこまで気が回らなかったよ。」
「いえ、大丈夫です、お気遣いありがとうございます。殿下、今しがた互いの事を知ってから婚約したい、とおっしゃいましたか?」
「え?あぁ、まぁそれは母に言うとしたら、という話だが……。」
「私も公爵家に産まれた以上、家の為に結婚するものと覚悟を決めておりました。ですが、もし添い遂げるお相手のことを知り、それを望んで嫁ぐことが出来るならば、それ以上の喜びはございません。」
「あぁ、まぁ、それは、そうかもね。」
「殿下、私に少し考えがございまして。先程の話を秘め事とする代わりに、少しばかりゲームにお付き合いいただけませんでしょうか?」

ロズリーは、周りの蘭が霞むほど眩しい笑顔でにっこりと微笑んだ。

「半年間で、人の心を掌握した者が勝利です。敗者は勝者の望みを叶える、至ってシンプルなゲームにございます。」
「ほう、それは面白そうだが。どうやってその人の心とやらを測る?しかも半年?長すぎないか?」

顔に「?」と書いてあるアレクサンダーを適当に言いくるめ、退室させる。本人は王妃にバレていないと思っているが、恐らく彼の脳内お花畑具合には頭を悩ませているに違いない。
本当にアレクサンダーがロズリーの伴侶としてふさわしいのかを見極めるため、そしてこの国の未来の主を矯正し、この国を終わらせないため、ロズリーは王妃との直談判をすべく東屋を目指した。

半年間でその根性、叩き直して差し上げますわ!!!


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