乙女ゲーム的日常生活の苦難

冬木光

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第一章 賽は投げられた

変化していく日常

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「なんか、改まって話すとなると緊張するね。」
「そ、そうですね、あ、向かい失礼します!」

茜は既にいっぱいいっぱいになりそうな事を隠してにこやかに話すように意識を集中することにした。
だって、正直期待がなかったといえば嘘になる。あの日、真鍋に偶然会い梶川を紹介された時から、意識の外のどこかを彼が占めていた。それは決して大きいものでなく、どこか現実味を帯びていないような、フワフワした夢心地のような意識であるものの、確かに茜の中に存在する「想い」なのだと思う。恋なんてものには程遠い、ほんの微かな期待混じりの淡いもの。それだけのはずだと言い聞かせはするが、いざ二人で話すとなるとどうにも鼓動が鳴り止まないのだった。


「やっぱりそのスカート正解だったよ、凄い綺麗。」
「スタイルが良く見えるような気がします。ちょっと自信がつくっていうか。」
「自信持っていいでしょ、ホントに綺麗なんだから。」

この短時間で「綺麗」なんてパワーワードを二回もナチュラルに言えるあたり、流石アパレル店員である。褒め方が嫌味でなく、くすぐったいような気持ちが湧き上がった。

「梶川さんも今日の服素敵ですね。先日のスーツも格好良かったです。」
「ありがとう。濱谷さん的には私服とスーツどっちがいいと思う?」
「えー……っと、個人的にはスーツを着た男性が素敵だと思います。けど、飲み会では私服の方がお話ししやすいかなぁ。」
「そっか、じゃあ今度はスーツの時にデートしよ。」

ニコニコとそう言ってくるのはただの軽口なのか、それとも口説き文句というやつなのか。正直経験値があまりない茜には判断のしようが無くて、ただただ困ったように微笑んだ。梶川は饒舌で、最初の緊張が嘘のように話が弾む。つい時間も忘れて話してしまい、お酒もどんどん進んでいたところに真鍋がやってきた。

「やっほー、お二人さん、なにしっぽりやってんのよー?」
「もう、せっかく良い雰囲気なのに邪魔しないでくださいよ。」
「ちょっと、それは軽すぎるんじゃないのー?どうせならもう少し真心持って口説きなさいよ、真剣味に欠けるわ。」

至って真剣だし紳士だけどなー、という梶川の声がどこか遠くに聞こえる気がする。それにしても相変わらず真鍋さん美人だな~、もう世界が回るくらい……なんて考えている茜の目の前にグラスが差し出された。

「濱谷ちゃん?酔ってんでしょ。飲み過ぎよ。ほら、水、すぐ飲む!」
「ふぇ?酔ってないでふよぉ。ふふっ、真鍋さんびじんーーー。」
「充分酔ってるわよ、ほら、飲んで!」

渡された水を一気に飲んで、ちょっと一息つく。確かに酔っているようだ。やっと自覚が湧いてきた。ちょっと休んだ方が良さそうなので、一度席を立つ。手洗いでアルコールをできるだけ体外に出さなくては。心配する真鍋に大丈夫と断りを入れて、ふらつく足を誤魔化しながら手洗いに辿り着いた。変な話だが、目をつぶって集中して用を足すとアルコールが抜けていく気がする。まぁ気がするだけなのだが。ついでに濡れた手でそっと両頬を包み顔を冷やす。火照った頬にヒヤリとした感触が心地よい。気を抜くと眠ってしまいそうなので、大きく深呼吸してから席に戻りがてら常温の水を頼んだ。

氷無しの水を受け取ってから次に座る席を探す。真鍋と梶川は先程と同じ席でそのまま話していたが、そこに戻るべきか否か迷うと、すぐにまたアレが出た。

▼梶川遊人の隣に座る
▼工藤亜香里の隣に座る

突然の意外な名前に驚いて思わず亜香里を探す。今は意外にも桜乃と二人で話していた。そのまま吸い寄せられるように二人のところまで行き、選択肢も二つ目がキラリと光り消えていった。いつもと若干光り方が違う気がしたのは、まだ酒が回っているからだろうか。

「あの……お邪魔しても大丈夫ですか?」
「あ、濱谷さん!よかったらここどうぞ。みません、私少し外してもいいでしょうか?」
「どっちも大丈夫よ、さくちゃんまた後でね。えっと、茜ちゃん?で良かった?」
「!はい!濱谷茜です!あ、あの、亜香里さんとお呼びしても良いですか?」

好きに呼んで、とふわりと微笑む亜香里は真鍋ほど酒に強くないようで、チェイサーを酒のようにちびちび飲んでいる。ただ水を飲んでいるだけのはずだが、その姿さえも蠱惑的だ。

「あの、名前、覚えてくださってたんですか?」
「職業柄、人の顔と名前覚えるのが得意なのよ。」
「秘書さんでしたよね!すごく憧れます!特別な勉強なさったりしたんですか?」
「大した職業じゃないのよ。けどまぁ秘書検定っていうのはあって……。」

そこからは別世界の話が広がっていった。秘書の仕事内容、秘書検定では一般常識に加えて状況を整理する力や機転の利かせ方なんかを問われること、実務で困ったことなどなど……。茜も対人業務でそれなりに人を見たり機転を利かせて応対するように心がけていたつもりだったが、また別の視点を得たような感覚だった。そして、あまりに勉強になるので正座をして真剣に話に聞き入っていたら……お開きの頃には足が痺れて立てなくなり、結果亜香里に爆笑されてしまった。結局タクシーを拾うまで梶川の肩を借りることになったのだが、正直こんな形で触れたくなかったなぁという何とも残念な感想を残して、怒涛の飲み会は幕を閉じたのだった。

【好感度】
梶川遊人 30%
他 10%

【知性がアップしました】

眠りに落ちる前に出たダイアログに気づかないまま。
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