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第二章 新たな決意の下で
意識しないふり?
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調子のいい時ほど注意すべし。そして人は誰しもミスをする。これは特に医療従事者が常に心に抱いておくべき事なのだが、いかんせん忙しい時ほど頭から抜け落ちやすいことでもある。
茜はパソコンに向かって本日何度目か分からないため息をついた。今入力しているのは処方箋ではない。ワタヌキファーマシー本社に提出する報告書である。
今日の薬局はとにかく混んでいた。待合室の椅子が足りなくなり、立って待っている患者が壁際に列を成すほどの混雑ぶりである。そんな中、茜が最も苦手とする患者が来局した。田中元紀六十八歳、とにかくせっかちで待つことができず、少しでも苛立つとスタッフを怒鳴りつける患者である。
(うぅぅぅ、見てるうぅぅぅぅーーー!)
壁際から飛んでくる鋭い視線に思わず萎縮してしまった。これだけの混雑なら、簡単な薬でも30分はかかる。しかしいつも10分を過ぎたあたりからウロウロし始め、まだか、遅い、いつまでやってるんだ、まともに働ける奴はいないのか、と大声でぼやき始めるのだ。あまりに酷い時は長沼が応対して諌めるが、今日はその余裕も無さそうだ。そして、薬局は警察沙汰にでもならない限り患者を拒否することができない。
とにかく早く薬を渡して帰って欲しい!その一心で必死に入力をしていた矢先。
「おい!何時間待たすんだよ!!!」
突然別の患者に怒鳴りつけられた。
「お待たせして申し訳ございません、確認して参りますのでお名前よろしいでしょうか?」
「は!?渋川だよ!!1時間以上は待たされてるぞ!!」
「ただ今確認いたします!」
慌てて調剤室に駆け込み確認をとる。
「すみません、渋川さんって方の薬できてますか?」
「あー、コレだね。本人不在でよけてあった。」
すでに準備の終わっている薬を持って長沼が投薬台へ向かう。無事に薬を渡して終了、と思ったのだが、処方箋入力をする茜のもとにわざわざ戻ってきた渋川が文句を言い始めた。
「おい、ねーちゃん、お前わざと俺を順番から外したろ。タバコ吸いに行ってただけで不在とか抜かしやがって。」
「申し訳ございません、外出される時とお戻りの時に一言お声がけ頂けるとこちらも気づくことができるのですが……。」
「あぁ!?俺が悪いって言ってんのか!?お前人と話す時はパソコンカチャカチャいじってんじゃねぇよ、ふざけてんのか!?」
もはやただのいちゃもんである。わざわざ薬をもらってから文句を言いに事務席まで来たということは、若い女を怒鳴りたいという歪んだ癖の持ち主なのだろう。こういった患者は一定数いたりする。つまり薬局あるあるである。
だからといって怒鳴られるのは精神的にキツいものがあるし、何よりこれでは他の患者の処方箋入力が進まない。
「渋川様、私がこちらの責任者ですのでお話し伺いますが。」
見かねた長沼がクレーマーを引き受けてくれた。これでやっと落ち着いて処方箋入力ができる……と思っていたのだが、動揺というのは思った以上の悪影響を及ぼす。そんなこんなのドタバタの中で、同姓の男性患者同士の保険証を取り違えてしまった。
普段ならば患者の生年月日まできっちり確認して保険証を返却するのだが、焦りから早口になり患者側の確認もおざなりになってしまったようだ。
結局、片方の患者からの電話でそれが発覚し、それぞれの自宅まで保険証を回収しに行ったり届けに行ったりしたことで人手を割き散々なことになってしまったのだった。
「濱谷さん、報告書書けましたか?」
「はい、書き終わりました。ご確認お願いします。」
印刷された報告書にハンコを打って長沼に渡す。怒られるか、はたまたいつものイヤミが爆発するか、と身構えたが、意外にも帰ってきたのは「お疲れ様でした」という優しい言葉だった。
「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。」
「今日は混んでましたし、クレーマーのこともありましたからね。次回から取り違えのないよう徹底してください。」
「わかりました、ありがとうございます。お先に失礼します。」
意外だ、まさかイヤミを言われるどころかフォローしてもらえるとは。今日ばかりは長沼に感謝しつつ、茜はトークアプリを開いた。
『突然すみません、嫌なお客さんに当たって接客が嫌になることってありますか?』
『お疲れ様。なんかあったの?嫌な客に当たることあるよ。』
『今日はだいぶ色々ありまして。立ち直る方法を考え中です。』
『俺明日休みだから今駅前で飲んでるんだけど、良かったら来ない?』
▼梶川と飲む
▼今回は断る
普段だったらそうホイホイと飲みには行かないが、今日ばかりは気分転換がしたい。そう思った瞬間、「飲む」の選択肢が光った。急いで家に戻り、着替えて化粧を直す。ここで二人きりで飲みに行くことの意味を深く考えるほど茜は元気ではなかった。とにかく発散したい、誰かと話したい。
財布、スマホ、鍵なんかをお出かけ用のバッグに入れ、靴箱を開けて普段履きしないお気に入りのパンプスを出す。給料を貯めて買ったスペシャルなやつだ。そうして茜は夜の街に一歩踏み出したのだった。
茜はパソコンに向かって本日何度目か分からないため息をついた。今入力しているのは処方箋ではない。ワタヌキファーマシー本社に提出する報告書である。
今日の薬局はとにかく混んでいた。待合室の椅子が足りなくなり、立って待っている患者が壁際に列を成すほどの混雑ぶりである。そんな中、茜が最も苦手とする患者が来局した。田中元紀六十八歳、とにかくせっかちで待つことができず、少しでも苛立つとスタッフを怒鳴りつける患者である。
(うぅぅぅ、見てるうぅぅぅぅーーー!)
壁際から飛んでくる鋭い視線に思わず萎縮してしまった。これだけの混雑なら、簡単な薬でも30分はかかる。しかしいつも10分を過ぎたあたりからウロウロし始め、まだか、遅い、いつまでやってるんだ、まともに働ける奴はいないのか、と大声でぼやき始めるのだ。あまりに酷い時は長沼が応対して諌めるが、今日はその余裕も無さそうだ。そして、薬局は警察沙汰にでもならない限り患者を拒否することができない。
とにかく早く薬を渡して帰って欲しい!その一心で必死に入力をしていた矢先。
「おい!何時間待たすんだよ!!!」
突然別の患者に怒鳴りつけられた。
「お待たせして申し訳ございません、確認して参りますのでお名前よろしいでしょうか?」
「は!?渋川だよ!!1時間以上は待たされてるぞ!!」
「ただ今確認いたします!」
慌てて調剤室に駆け込み確認をとる。
「すみません、渋川さんって方の薬できてますか?」
「あー、コレだね。本人不在でよけてあった。」
すでに準備の終わっている薬を持って長沼が投薬台へ向かう。無事に薬を渡して終了、と思ったのだが、処方箋入力をする茜のもとにわざわざ戻ってきた渋川が文句を言い始めた。
「おい、ねーちゃん、お前わざと俺を順番から外したろ。タバコ吸いに行ってただけで不在とか抜かしやがって。」
「申し訳ございません、外出される時とお戻りの時に一言お声がけ頂けるとこちらも気づくことができるのですが……。」
「あぁ!?俺が悪いって言ってんのか!?お前人と話す時はパソコンカチャカチャいじってんじゃねぇよ、ふざけてんのか!?」
もはやただのいちゃもんである。わざわざ薬をもらってから文句を言いに事務席まで来たということは、若い女を怒鳴りたいという歪んだ癖の持ち主なのだろう。こういった患者は一定数いたりする。つまり薬局あるあるである。
だからといって怒鳴られるのは精神的にキツいものがあるし、何よりこれでは他の患者の処方箋入力が進まない。
「渋川様、私がこちらの責任者ですのでお話し伺いますが。」
見かねた長沼がクレーマーを引き受けてくれた。これでやっと落ち着いて処方箋入力ができる……と思っていたのだが、動揺というのは思った以上の悪影響を及ぼす。そんなこんなのドタバタの中で、同姓の男性患者同士の保険証を取り違えてしまった。
普段ならば患者の生年月日まできっちり確認して保険証を返却するのだが、焦りから早口になり患者側の確認もおざなりになってしまったようだ。
結局、片方の患者からの電話でそれが発覚し、それぞれの自宅まで保険証を回収しに行ったり届けに行ったりしたことで人手を割き散々なことになってしまったのだった。
「濱谷さん、報告書書けましたか?」
「はい、書き終わりました。ご確認お願いします。」
印刷された報告書にハンコを打って長沼に渡す。怒られるか、はたまたいつものイヤミが爆発するか、と身構えたが、意外にも帰ってきたのは「お疲れ様でした」という優しい言葉だった。
「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。」
「今日は混んでましたし、クレーマーのこともありましたからね。次回から取り違えのないよう徹底してください。」
「わかりました、ありがとうございます。お先に失礼します。」
意外だ、まさかイヤミを言われるどころかフォローしてもらえるとは。今日ばかりは長沼に感謝しつつ、茜はトークアプリを開いた。
『突然すみません、嫌なお客さんに当たって接客が嫌になることってありますか?』
『お疲れ様。なんかあったの?嫌な客に当たることあるよ。』
『今日はだいぶ色々ありまして。立ち直る方法を考え中です。』
『俺明日休みだから今駅前で飲んでるんだけど、良かったら来ない?』
▼梶川と飲む
▼今回は断る
普段だったらそうホイホイと飲みには行かないが、今日ばかりは気分転換がしたい。そう思った瞬間、「飲む」の選択肢が光った。急いで家に戻り、着替えて化粧を直す。ここで二人きりで飲みに行くことの意味を深く考えるほど茜は元気ではなかった。とにかく発散したい、誰かと話したい。
財布、スマホ、鍵なんかをお出かけ用のバッグに入れ、靴箱を開けて普段履きしないお気に入りのパンプスを出す。給料を貯めて買ったスペシャルなやつだ。そうして茜は夜の街に一歩踏み出したのだった。
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