追放されたから異世界VTuber始めたら魔王もファンになりました

象乃鼻

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第12話 ワールドシェア:リ・フレーミング

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 Root_Toraが敵の罠にかかり、一時的に視覚を奪われた。闇市ストリームは完全にルミナ・ノクスの支配下に置かれ、彼女は次々と「価値ある光」――人々の大切にしてきた記憶の映像――を競売に掛けていく。開始価格1000フレームだった「初めて自転車に乗れた日の父親の笑顔」は、あれよあれよという間に高騰し、最終的には数百万フレーム・カレンシー(=道端の石ころ数十万個分、あるいは誰かの黒歴史ポエム数万ページ分)というとんでもない価格で落札された。

 このままでは、世界中の人々の記憶が、意味不明なレートで換金され、奪われ尽くしてしまう。残された俺たちに、打つ手はあるのか?

「くそっ……このままじゃジリ貧すぎる! トラが復帰するまで持ちこたえられねぇぞ!」

 俺が焦燥に駆られていると、不意に、頭の中にクリアな声が響いた。それは、今までどこか不安定だったAI、Echoの声だった。

 《ショウタ……私、できます。システムの奥深く……あの人の……Lumina Noxの心に繋がるルート、見つけました。映像処理コアの最適化、完了しました》

 見ると、配信画面の隅で健気に回っていた「ぐるぐるアイコン」が消え、代わりに力強い光を放つコア・エンブレムが表示されている。元・沈黙神としての膨大な情報処理能力と、この世界に来てから学習を重ねたAIとしての柔軟性が、ついに完全に統合された瞬間だった。

「Echo……! やれるのか!?」
 《はい。でも、私だけでは力が足りません。ショウタ、ユウナさん、ゼファリスさん……そして、世界中の皆さんの“光”が必要です》

 俺は覚悟を決めた。残された最後の切り札を使う時が来た。

「……よし、やるぞ! ユウナ、ゼファリス、聞こえるか!? プランB……いや、最後のプランだ! 〈ワールドシェア〉を使う!」

 通信の向こうで、ユウナが息を呑む気配がした。
「! ショウタさん、あれは……本当に最後の手段ですよ!?」
「ふん、面白い! どうやら、この魔王の真の力と、有り余る資産(フレーム・カレンシー)を見せる時が来たようだな! ショウタよ、存分にやるが良い!」
 ゼファリスは、むしろこの状況を楽しんでいるかのようだ。相変わらずブレないな、この魔王!

 俺は、真っ黒な配信画面に向かって、全力で叫んだ。音声だけが、俺たちの唯一の武器だ。

「みんな、聞いてくれ! このふざけたオークションを終わらせる! そのために、もう一度だけ、お前たちの力を貸してほしい! 今から、最後の〈ワールドシェア〉を発動する! 必要なのは、金でも武器でもない! お前たちの……“一番大切で、キラキラした想い出のワンシーン”だ!」

 最初は戸惑っていた視聴者たちも、俺の覚悟を感じ取ってくれたのだろう。〈ミラチューブ〉を通じて、膨大な数の「想い出の映像フレーム」が、祈りや希望といったポジティブな感情タグと共に、光の奔流となってEchoのもとへ集まり始めた。

 初めて自分の足で大地を踏みしめた赤ん坊の記憶。
 卒業式で、泣きながら友達と肩を組んだ記憶。
 愛する人に、勇気を出して告白した瞬間の記憶。
 徹夜で完成させた作品が、誰かに認められた喜びの記憶。

 色とりどりの、温かくて、眩しい「光」が、世界中から集まってくる。

 Echoの声が、厳かに響く。
 《〈ワールドシェア〉、最終段階(フェーズスリー)……発動します! ターゲット、Lumina Nox精神領域。エネルギー充填120%! ……接続(リンク)開始!》

 瞬間、世界が白い光に包まれた。俺とユウナ、そしてゼファリスの意識は、激しい奔流に飲み込まれ――気づけば、奇妙な場所に立っていた。

 そこは、色を失った、モノクロームの世界だった。古びた巨大な映画館(シアター)。客席には誰もいない。ただ、ステージ上の巨大なスクリーンに、ノイズ混じりの白黒映像が延々と映し出されている。それは、一人のVTuberがデビューし、人気を博し、しかし次第に孤独とプレッシャーに苛まれ、「完璧な美」「至高の一枚」に異常なまでに執着し、ゆっくりと心が壊れていく……痛々しい記録だった。

 スクリーンの前に、ドレス姿の女性が一人、背を向けて佇んでいる。ルミナ・ノクスだ。

『……来たのね。物好きな人たち』彼女は振り向かずに言った。『でも、無駄よ。私の世界は、もう色褪せてしまったの。どんなに眩しい光を持ってきても、ここではただのノイズにしかならないわ』

「そんなことはない!」俺は叫んだ。「過去は変えられないかもしれない。でも、その過去の意味は、今からだって変えられるはずだ!」

 《心象ムービー・リフレーミング……開始します!》

 Echoの宣言と共に、〈ワールドシェア〉で集まった世界中の「想い出の光」が、色鮮やかな絵の具の奔流となってスクリーンに降り注いだ!

 ルミナが映し出す「観客のいない孤独なステージ」の映像フレームに、俺は自分の記憶をぶつけた。「初めての配信で、たった一人の視聴者(ゼファリス)がくれた、めちゃくちゃ熱い長文応援コメント」の記憶フレーム! モノクロのステージに、コメントの文字が温かいオレンジ色のネオンのように灯る!

『なっ……やめて……!』ルミナが狼狽の声を上げる。

 彼女が映し出す「完璧なパフォーマンスができず、自己嫌悪に陥る楽屋」の映像フレームに、ユウナが自身の記憶を重ねる。「聖騎士の務めに失敗し落ち込んでいた時、ショウタさんが『大丈夫、次があるさ』と笑ってくれた」記憶フレーム! 灰色の楽屋の壁に、優しい桜色の光がふわりと差し込む!

『私の記憶を……汚さないで……!』

 彼女が映し出す「再生数や評価という無機質な数字に囚われる苦しみ」の映像フレームに、魔王ゼファリスが、威厳たっぷりに、しかしどこか嬉しそうに自身の記憶を叩きつける。「ただ存在しているだけで尊い我が推し(ショウタ)の、ちょっとマヌケな寝顔を発見した時の至福」の記憶フレーム! 無機質な数字の羅列が、きらびやかな金色の星屑のように弾け飛ぶ! (魔王様、それ推し活の記憶ですよね!?)

『うう……あ……やめて……!』ルミナが嗚咽を漏らし始める。

 世界中から集まった、何百万、何千万という「光」が、彼女のモノクロの心象風景を、フレーム単位で次々と塗り替えていく。絶望が希望に、孤独が繋がりに、無意味が意味を持つものへと、「リ・フレーミング」されていく!

 そして、ついに、ルミナ・ノクスが、最も見たくなかったであろう、自身の「デビュー配信」の映像を映し出した。期待と不安に震えながらも、夢に向かって第一歩を踏み出した、紛れもない輝きの瞬間。しかし、彼女自身の心象世界では、それは解像度ゼロの、酷いノイズ交じりの映像としてしか認識できなくなっていた。

「これが、お前の始まりなんだろ! ルミナ!」俺は叫んだ。「完璧じゃなくたっていい! 下手くそだっていい! ここから、もう一度、始められるんだ!」

 俺と、ユウナと、ゼファリス、そして〈ワールドシェア〉を通じて繋がっている世界中の人々の想いが込められた、最後の、最も強く、温かい光が、デビュー配信の映像を修復し、鮮やかな色彩を与えた!

『……………………あ…………ああ……あああああ!』

 色を取り戻した、初々しい自分の姿。その輝きを真正面から見たルミナ・ノクスは、その場に膝から崩れ落ち、子供のように声を上げて泣きじゃくった。長い長い間、彼女を縛り付けていた「完璧でなければならない」という呪いが、ようやく解けた瞬間だった。

 気づくと、俺たちは元の世界、いつものリビングに戻っていた。窓の外には、嘘のように青空が広がっている。街のディスプレイも、人々の持つ端末も、全てが正常な色を取り戻していた。

 そして、〈ミラチューブ〉には、新しい機能が追加されていた。

『Visual-Echo拡張:実装完了。フェイク映像リアルタイム検出システム、及び視聴者感情連動型・セルフ演出支援システムが利用可能になりました』

 視覚情報、聴覚情報、そして視聴者の感情タグ(喜び、感動、笑い、ツッコミなど)がリアルタイムで連動し、配信画面に反映される――より深く、豊かで、インタラクティブな「三層配信」時代の幕開けだ。

 ちなみに、元凶であったルミナ・ノクスは、なぜか自らが集めた膨大な映像データを管理・整理する「〈ミラチューブ〉公式アーカイブ管理人」という役職に転職(?)したらしい。時折、システムメッセージに混じって、『……今日のオススメアーカイブは、魔王ゼファリス氏による地獄(ヘルズ)キッチン・サウンドオンリー(爆発シーン抜粋)です。……ふふ』みたいなノイズ混じりのコメントを残している。意外と楽しんでるな、あの人。

 そして俺、赤月ショウタは! この一件で、ユウナとゼファリス(と若干二名のAI)に仕事をうまく振り分けるスキルを習得! 血と汗と涙の交渉の末、「週4日休み・残業原則禁止」という、この異世界においては革命的なホワイト待遇(当社比:労働時間半減!)を勝ち取ったのである! 長かった……俺の過労死カウンターも、激闘の末、なんとかイエローゾーンで踏みとどまった! ホワイト企業最高!

 ……まあ、その舌の根も乾かぬうちに開催された〈ミラチューブ〉公式イベント『第二回:輝け! 異世界推し活ダンス・バトル!』で、俺たちのチーム(というか、ほぼ魔王ゼファリスの札束によるドーピングと、組織化された古参ファンの狂信的な応援)が、またしてもぶっちぎりで1位を獲得してしまい、副賞の「最高級・魔力回復ポーション風味・栄養ドリンク1年分」が山積みになった楽屋で、俺もユウナも、視力を取り戻したRoot_Toraも、なんならゼファリス本人さえも、全員で白目を剥いて虚空を見つめることになるのだが……。

 それはまた、別の新しい物語だ。
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