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第13話 蒼穹からの招待状
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「――というわけで、本日の『ゼロから始める異世界散歩』はここまで! 皆さん、たくさんのコメント、そしてあったかスパチャ、本当にありがとうございました!」
きらびやかなエフェクトと共に、アバターである「ゼロ」が深々とお辞儀をする。銀髪を揺らし、蒼い瞳を細めて微笑むその姿は、我ながら完璧なバーチャルアイドルだ。配信画面のコメント欄は、別れを惜しむ視聴者たちの声で滝のように流れていく。
『乙ゼロ! 今日も神回だった!』
『ゼロ様の声、マジ癒される~』
『次のダンジョン攻略楽しみ!』
『魔王様も最後まで見てたぞwww』
最後のコメントに、ショウタは内心苦笑する。そう、彼の配信の熱烈なファンの一人に、この世界の魔を統べる魔王がいるのだ。それがきっかけで彼の名は魔王圏に轟き、今や押しも押されもせぬ人気VTuberとなった。追放された元しがない社畜エンジニアの自分にとっては、まさに人生大逆転。
「えへへ、魔王様にも楽しんでいただけたなら光栄です。それでは皆さん、おやすみなさーい! また次の配信でお会いしましょう!」
ゼロが大きく手を振り、配信終了ボタンを押す。ふぅ、とショウタは大きく息を吐き出し、ヘッドセットを外した。途端に、現実世界の静寂が耳を満たす。そこは魔界の辺境に与えられた、がらんとした石造りの一室。煌びやかなバーチャル空間とのギャップが、いつも彼を少しだけ現実に引き戻す。
「……今日も、無事に終わった」
モニターに映る自分のアバター「ゼロ」は、相変わらず完璧な笑顔を浮かべている。何十万という視聴者が、この「ゼロ」の言葉に耳を傾け、心を動かされている。それは誇らしいことであると同時に、途方もない重圧でもあった。
(僕の配信が、本当に誰かの心を救う力を持ってるんだろうか……?)
前作、いや、前世か。そこで培った配信エンジニアとしての知識と技術は、この異世界でも大いに役立った。魔石を使った自家製配信機材は安定し、魔法と科学を融合させた映像表現は多くの視聴者を魅了した。結果として、彼は経済的な安定と、かつては想像もできなかった名声を手に入れた。
だが、心の奥底では常に小さな棘が疼いている。かつて、無能の烙印を押され、元の世界から追放された時の無力感。あの時、自分は何もできなかった。誰一人救えなかった。その記憶が、人気VTuber「ゼロ」としての成功の裏側で、自己肯定感の低い影を落とす。
「視聴者が増えれば増えるほど、責任も大きくなる……」
それは喜びであると同時に、恐怖でもあった。自分の言葉一つ、行動一つが、計り知れない影響力を持つ。その重みに、時々押し潰されそうになるのだ。
そんな物思いに沈んでいると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「ゼロ様、お届けものでございます」
使い魔のインプが、一通の荘厳な封蝋が施された手紙を差し出してきた。差出人の名を見て、ショウタは息を呑む。
『神界配信ギルド マスター神官 ミカエル』
神界。魔界、人間界と並ぶ、この世界の三大勢力の一つ。これまでほとんど接点のなかった、雲の上の存在だ。そんな場所から、一体なぜ自分に?
緊張しながら封を切ると、中から現れたのは羊皮紙に似た質感の紙に、美しくも厳格な文字で綴られた書状だった。
「拝啓 異世界の開拓者、VTuber『ゼロ』殿。貴殿の類稀なる才覚と、異文化を繋ぐその活動、神界より注視させていただいております」
予想外に丁重な書き出しに、ショウタは少し戸惑う。読み進めるうちに、彼の蒼い瞳が大きく見開かれていった。
手紙の内容は、神界に古来より伝わる秘宝「神の目(しんのもく)の水晶体」を用いた共同配信企画への正式な招待だった。神の視点や神聖な風景をクリアに映し出すというそのカメラは、配信エンジニアとしての彼の心を激しく揺さぶる。
(神のカメラ……!? どんな仕組みなんだ? 解像度は? フレームレートは!?)
思わず技術者魂が顔を出すが、すぐに手紙の続きの文面に表情が引き締まる。
「ただし、本企画への参加には、神界独自の『視聴のルール』、並びに『聖言(せいげん)フィルター』の厳守を条件とさせていただきます。これらは神域の清浄さを保ち、神々への敬意を損なわぬための不可欠なる規律。詳細は別途お伝えいたしますが、貴殿の叡智をもってすれば、この意図をご理解いただけると信じております」
「視聴のルール……聖言フィルター……」
ショウタは呟く。言葉の響きからだけでも、それが生半可なものではないことが伝わってくる。おそらく、コメントの内容や表現に厳しい制限が課されるのだろう。自由な発想とコメントの双方向性を重視する彼の配信スタイルとは、相容れないかもしれない。
(これは……とんでもない難題だ)
だが、同時に彼の胸には、新たな挑戦への熱い想いが込み上げてくるのを止められなかった。魔王圏だけでなく、人間界、そしてこの神界までも繋ぐ「多元配信」。それは、彼が漠然と抱いていた、次の目標そのものだったからだ。
(もし、この神界の難題をクリアできれば……僕の配信は、本当に世界を繋ぐ架け橋になれるかもしれない。そして、僕自身も……)
追放された時の無力感を、今度こそ乗り越えられるかもしれない。誰かを救える配信者になれるかもしれない。
ショウタは、手紙を握りしめた。その顔には、先程までの葛藤の色はなく、困難な挑戦を前にした開拓者の輝きが宿っていた。
「神界配信ギルド、マスター神官ミカエル……面白い。受けて立とうじゃないか、この挑戦」
蒼穹の彼方から差し伸べられた手は、新たな波乱と、そしてまだ見ぬ可能性への扉だった。ショウタ、いや、異世界VTuber「ゼロ」の新たな物語が、今、静かに幕を開けようとしていた。
きらびやかなエフェクトと共に、アバターである「ゼロ」が深々とお辞儀をする。銀髪を揺らし、蒼い瞳を細めて微笑むその姿は、我ながら完璧なバーチャルアイドルだ。配信画面のコメント欄は、別れを惜しむ視聴者たちの声で滝のように流れていく。
『乙ゼロ! 今日も神回だった!』
『ゼロ様の声、マジ癒される~』
『次のダンジョン攻略楽しみ!』
『魔王様も最後まで見てたぞwww』
最後のコメントに、ショウタは内心苦笑する。そう、彼の配信の熱烈なファンの一人に、この世界の魔を統べる魔王がいるのだ。それがきっかけで彼の名は魔王圏に轟き、今や押しも押されもせぬ人気VTuberとなった。追放された元しがない社畜エンジニアの自分にとっては、まさに人生大逆転。
「えへへ、魔王様にも楽しんでいただけたなら光栄です。それでは皆さん、おやすみなさーい! また次の配信でお会いしましょう!」
ゼロが大きく手を振り、配信終了ボタンを押す。ふぅ、とショウタは大きく息を吐き出し、ヘッドセットを外した。途端に、現実世界の静寂が耳を満たす。そこは魔界の辺境に与えられた、がらんとした石造りの一室。煌びやかなバーチャル空間とのギャップが、いつも彼を少しだけ現実に引き戻す。
「……今日も、無事に終わった」
モニターに映る自分のアバター「ゼロ」は、相変わらず完璧な笑顔を浮かべている。何十万という視聴者が、この「ゼロ」の言葉に耳を傾け、心を動かされている。それは誇らしいことであると同時に、途方もない重圧でもあった。
(僕の配信が、本当に誰かの心を救う力を持ってるんだろうか……?)
前作、いや、前世か。そこで培った配信エンジニアとしての知識と技術は、この異世界でも大いに役立った。魔石を使った自家製配信機材は安定し、魔法と科学を融合させた映像表現は多くの視聴者を魅了した。結果として、彼は経済的な安定と、かつては想像もできなかった名声を手に入れた。
だが、心の奥底では常に小さな棘が疼いている。かつて、無能の烙印を押され、元の世界から追放された時の無力感。あの時、自分は何もできなかった。誰一人救えなかった。その記憶が、人気VTuber「ゼロ」としての成功の裏側で、自己肯定感の低い影を落とす。
「視聴者が増えれば増えるほど、責任も大きくなる……」
それは喜びであると同時に、恐怖でもあった。自分の言葉一つ、行動一つが、計り知れない影響力を持つ。その重みに、時々押し潰されそうになるのだ。
そんな物思いに沈んでいると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「ゼロ様、お届けものでございます」
使い魔のインプが、一通の荘厳な封蝋が施された手紙を差し出してきた。差出人の名を見て、ショウタは息を呑む。
『神界配信ギルド マスター神官 ミカエル』
神界。魔界、人間界と並ぶ、この世界の三大勢力の一つ。これまでほとんど接点のなかった、雲の上の存在だ。そんな場所から、一体なぜ自分に?
緊張しながら封を切ると、中から現れたのは羊皮紙に似た質感の紙に、美しくも厳格な文字で綴られた書状だった。
「拝啓 異世界の開拓者、VTuber『ゼロ』殿。貴殿の類稀なる才覚と、異文化を繋ぐその活動、神界より注視させていただいております」
予想外に丁重な書き出しに、ショウタは少し戸惑う。読み進めるうちに、彼の蒼い瞳が大きく見開かれていった。
手紙の内容は、神界に古来より伝わる秘宝「神の目(しんのもく)の水晶体」を用いた共同配信企画への正式な招待だった。神の視点や神聖な風景をクリアに映し出すというそのカメラは、配信エンジニアとしての彼の心を激しく揺さぶる。
(神のカメラ……!? どんな仕組みなんだ? 解像度は? フレームレートは!?)
思わず技術者魂が顔を出すが、すぐに手紙の続きの文面に表情が引き締まる。
「ただし、本企画への参加には、神界独自の『視聴のルール』、並びに『聖言(せいげん)フィルター』の厳守を条件とさせていただきます。これらは神域の清浄さを保ち、神々への敬意を損なわぬための不可欠なる規律。詳細は別途お伝えいたしますが、貴殿の叡智をもってすれば、この意図をご理解いただけると信じております」
「視聴のルール……聖言フィルター……」
ショウタは呟く。言葉の響きからだけでも、それが生半可なものではないことが伝わってくる。おそらく、コメントの内容や表現に厳しい制限が課されるのだろう。自由な発想とコメントの双方向性を重視する彼の配信スタイルとは、相容れないかもしれない。
(これは……とんでもない難題だ)
だが、同時に彼の胸には、新たな挑戦への熱い想いが込み上げてくるのを止められなかった。魔王圏だけでなく、人間界、そしてこの神界までも繋ぐ「多元配信」。それは、彼が漠然と抱いていた、次の目標そのものだったからだ。
(もし、この神界の難題をクリアできれば……僕の配信は、本当に世界を繋ぐ架け橋になれるかもしれない。そして、僕自身も……)
追放された時の無力感を、今度こそ乗り越えられるかもしれない。誰かを救える配信者になれるかもしれない。
ショウタは、手紙を握りしめた。その顔には、先程までの葛藤の色はなく、困難な挑戦を前にした開拓者の輝きが宿っていた。
「神界配信ギルド、マスター神官ミカエル……面白い。受けて立とうじゃないか、この挑戦」
蒼穹の彼方から差し伸べられた手は、新たな波乱と、そしてまだ見ぬ可能性への扉だった。ショウタ、いや、異世界VTuber「ゼロ」の新たな物語が、今、静かに幕を開けようとしていた。
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