追放されたから異世界VTuber始めたら魔王もファンになりました

象乃鼻

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第14話 神域の洗礼とエンコード地獄!

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 神界からの招待状を手に、ショウタ――もとい異世界VTuber「ゼロ」は、新たな挑戦への決意を固めた。…のだが、問題は山積みだった。まず、どうやって神界へ行くのか。

「インプ君、神界ってやっぱり、こう…雲の上にあって、ペガサスとかじゃないと行けない感じ?」
「ゼロ様、それは少々古風なイメージかと。現在は神界も魔界も、主要都市間は転移魔法陣ネットワークで繋がっておりますぞ。申請と多額の利用料が必要ですが」
「利用料! やっぱり世知辛い!」

 使い魔のインプは、慣れた様子で神界行きの転移魔法陣利用申請書を取り出した。書類には細かな文字がびっしりと並び、ショウタはエンジニア時代に散々苦しめられた申請作業の悪夢を思い出して遠い目をする。しかも、渡航理由の欄には「神界の秘宝『神の目』を用いた共同配信企画への参加のため(マスター神官ミカエル様より招聘)」と正直に書かざるを得ず、受付の魔界役人からは三度見され、挙句の果てに「最近のVTuberは神をも手玉に取るのか…世も末じゃのう」と胡乱な目で見られる始末だった。違う、そうじゃない。

 出発前夜、最後の魔王圏向け配信を終えると、コメント欄には魔王様からの激励(?)が金色に輝いていた。

『ゼロよ、ついに神界へ進出か! よかろう、その力で神々とやらをも魅了し、我が名を神域に轟かせて参れ! 余の見る目は正しかったと証明するのだぞ! …それと、神界限定グッズが出たら最優先で余に献上せよ』
「期待の方向性が若干アレですけど、ありがとうございます魔王様! 神界限定グッズは…善処します!」

 数々の(主に精神的な)ハードルを越え、ショウタはついに神界の土(雲?)を踏んだ。目の前に広がるのは、まさに天空都市。白亜の建造物が陽光を反射して輝き、天使のような翼を持つ神族たちが優雅に空を舞っている。BGMにはハープの音色が聞こえてきそうだ。あまりの荘厳さに、ショウタは口をあんぐりと開けるしかなかった。

「こ、これが神界…! レイトレーシングかけまくったCGみたいだ…いや、本物か! 空気までキラキラしてる気がするぞ!?」
「ゼロ様、お口が。あと、あまりキョロキョロなさいますと、不審者として拘束されますゆえ」
 インプの冷静なツッコミで我に返る。

 神界配信ギルドの本部は、ひときわ高くそびえる神殿の一角にあった。案内された謁見の間で待っていると、奥の扉が静かに開き、一人の人物が姿を現した。

 その瞬間、ショウタは息を呑んだ。

 長く輝く金糸の髪、蒼穹を閉じ込めたかのような瞳、寸分の狂いもなく磨き上げられた純白の祭服をまとい、背には光輪のようなものがうっすらと見える。性別を超越したような、神々しいまでの美貌。彼こそが、神界配信ギルドのマスター神官、ミカエルだった。

「よくぞ参られた、異世界の開拓者『ゼロ』殿。私がミカエルです。貴殿の来訪を、神界一同、心より歓迎いたします」

 その声は、まるで最高級の楽器が奏でる音色のように澄み渡っていた。ショウタは緊張のあまり、カチコチに固まってしまう。

「は、はひっ! わ、わたくしが、ゼロことショウタであります! この度は、このような機会をいただき、誠に光栄であります! 全力で期待に応えられるよう、粉骨砕身、全身全霊で…!」
 あまりの緊張に、敬語も自己紹介もぐちゃぐちゃだ。ミカエルはそんなショウタを、興味深そうにじっと見つめている。その射るような視線に、ショウタはさらに縮こまる。

(やばい、絶対「こんな奴に何ができるんだ」とか思われてる…! 冷厳な目で値踏みされてる…!)

 しかし、ミカエルの口から出たのは、予想外の言葉だった。

「ふむ…貴殿が『ぜろ』。なるほど、噂に違わぬ『おーら』を放っておられる。特に、その頭部に装着された『へっどせっと』なる装飾品は、実に斬新な『でざいん』ですね。神界の美的感覚にも通じるものがあるやもしれません」
「へっどせっと…は、いえ、これはその、音を聞いたり話したりするための…」
「ほう、『とーく』を補助する神器の一種ですか。素晴らしい。して、貴殿の配信でよく見られる『すぱちゃ』なる行為は、信者からの『おふせ』のようなものと解釈してよろしいか?」
「え、ええ、まあ、そんな感じ…と言えなくもない…です…かね…?」

 ミカエルは、どこかズレていた。いや、真面目なのだ。真面目にVTuber文化を理解しようとしているのだが、その知識ソースが若干古いのか、あるいは神界的なフィルターを通しているのか、微妙に、しかし確実に本質から逸れている。そのギャップが、ショウタの緊張を少しだけ解きほぐした。

「では早速ですが、『神の目』の試用を行いましょう。こちらへ」
 ミカエルに案内されたのは、神殿の最奥にある祭壇の間だった。そこには、巨大な水晶玉のような物体が厳かに鎮座していた。これが「神の目」――!

「おお…! なんという透明度! 内部のインクルージョンも皆無! まさに神の技術!」
 ショウタは目を輝かせ、技術者としての血が騒ぐのを抑えられない。早速、持参した魔界の素材で作った自慢の「魔力エンコードシステム」――黒曜石と魔銀を組み合わせた、見るからに禍々しい(しかし高性能な)箱――を取り出し、「神の目」に接続しようと試みる。

「では、失礼して…接続、オン!」
 ショウタがケーブル(魔獣の神経繊維製)を「神の目」の台座にある端子(神聖金属製)に差し込もうとした、その瞬間だった。

 バチチチチチィィィッッ!!!!!

「神の目」とショウタのエンコーダーの間で、青白い火花が激しくスパーク! 祭壇全体がガタガタと揺れ、部屋の照明が一瞬明滅する。

「ぎゃあああああ!? 感電したかと思った!?」
「むっ!?」
 ミカエルも驚いたように目を見開く。幸いショウタに怪我はなかったが、エンコーダーからはうっすらと焦げ臭い匂いが漂っていた。

「こ、これは…! まさか、神聖エネルギーと魔力エネルギーの直接的な衝突反応!? いわゆる、属性違いによるシステムダウン!?」
 ショウタは愕然とする。単純な技術的互換性の問題ではない。もっと根源的な、世界の法則レベルでの拒絶反応だ。

 ミカエルは冷静に状況を分析する。
「…どうやら、『神の目』が貴殿の『えんこーだー』に含まれる魔界のエネルギーを『ふじょうなもの』と認識し、接続を拒絶しているようです。これは想定以上の技術的障害ですね」
 その口調は淡々としていたが、その蒼い瞳の奥には「やはり一筋縄ではいかないか」という、ある種の期待にも似た光が宿っているように見えた。

「と、とりあえず、映像テストだけでも…! コメントの表示テストもさせてください!」
 ショウタは気を取り直し、予備の小型モニターと入力装置を接続。「聖言フィルター」の実力も見ておきたかった。試しに、いつもの配信で使うような、当たり障りのないコメントをいくつか打ち込んでみる。

『ゼロ様こんにちはー!』 → (表示OK)
『今日の配信も楽しみ!www』 → (表示NG:不敬な笑いは神域にふさわしくありません)
「えええ!? 『www』がダメなの!?」

『神々しいお姿、スパチャ応援します!』 → (表示NG:神域における金銭授受を想起させる表現は禁止です)
「スパチャもダメかーっ!」

『ゼロきゅん、マジ天使!』 → (表示NG:神聖なる天使の御名をやたらに使用することは推奨されません。また、『きゅん』という俗語は神の威光を損ねます)
「天使もダメで『きゅん』までNG!? 厳しすぎるだろ聖言フィルター!!」

 ショウタは頭を抱えた。これでは、いつものような軽快なコメントのやり取りは不可能に近い。真面目な感想文コンクールになってしまう。

 ミカエルは、腕を組みながら静かに告げる。
「『聖言フィルター』は、神託に基づき、神界の秩序と品位を維持するために設置されたものです。いかなる例外も認められません。貴殿には、このルールの中で、いかにして視聴者と『えんげーじめんと』を深めるか、その手腕が問われることになります」
「エンゲージメント…って、そんな高尚な話じゃなくて、単純にコミュニケーションが…!」

 技術的障害に、神域ならではの超絶厳しいコメントルール。ショウタの目の前には、エベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深い、絶望的なまでの壁が立ちはだかっていた。

(これ、本当にどうするんだ…?多元配信どころか、神界配信すらまともにできる気がしないんだけど!?)

 蒼穹の彼方からの招待状は、甘い夢ではなく、とんでもない試練の始まりを告げるゴングだったのかもしれない。ショウタは、神界の澄み切った空を見上げ、遠い目をするしかなかった。その頭上を、優雅な天使たちが「あらあら、下界の方は大変そうね」とでも言いたげに微笑みながら通り過ぎていくのが、やけに目に染みた。

 ――つづく?
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