追放されたから異世界VTuber始めたら魔王もファンになりました

象乃鼻

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第15話 爆発ときどき聖言、エンジニアは眠れない!

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 神界での初日は、ショウタにとって散々な結果に終わった。「神の目」との絶望的な非互換性、そして鉄壁の「聖言フィルター」。その夜、与えられた客室(無駄に豪華で落ち着かない)で、ショウタはベッドに突っ伏して呻いていた。

「だああああっ! 無理ゲーだろこれ! 神聖エネルギーと魔力エネルギーがケンカするとか、そんな基礎的なところから躓くなんて! しかもコメント、『www』どころか天使の名前までNGって、もう何喋ってもアウトじゃん!」
 傍らでは、使い魔のインプが冷静にお茶(神界産、飲むと心が洗われるらしいがショウタには効果なし)を淹れている。
「ゼロ様、あまり大声を出されますと、また壁から『神の囁き(物理)』が聞こえてまいりますぞ。昨夜はそれで一睡もできなかったではありませぬか」
「あれ、ただの隣室の神官さんの寝息だって信じてるから僕は!」

 コンコン、と控えめなノックの音。ショウタが慌てて飛び起きると、ドアの隙間からミカエルの涼やかな声がした。
「『ぜろ』殿、朝の祈りの時間ですが…もしかして、まだ『りぶーと』中でしたか?」
「りぶーと!? い、いえ! 起きてます! バッチリ覚醒しておりますとも!」
 慌ててドアを開けると、そこには寸分の乱れもないミカエルが、どこか心配そうな(しかし表情は一切変わらない)面持ちで立っていた。どうやら昨夜の阿鼻叫喚は、しっかり聞かれていたらしい。顔から火が出る思いだ。

 気を取り直し、ショウタは再び「神の目」が鎮座する祭壇の間へ向かった。こうなればヤケクソだ。いや、エンジニア魂が燃えているのだ、と自分に言い聞かせる。

「いいか、インプ君! エンジニアってのはな、無いなら作る、合わないなら合わせる! それが信条なんだ!」
「はあ、左様でございますか。ちなみに昨夜、ゼロ様のうわ言で『前世の上司の無茶振り』という単語が頻出しておりましたが」
「それは聞かなかったことにしてくれ!」

 ショウタは、持参した魔界の素材や道具を床いっぱいに広げた。怪しげな色の鉱石、うごめく植物の蔓、謎の液体が入ったフラスコ。それらを前に、腕を組んで唸る。
「要は、神聖エネルギーと魔力エネルギーが直接触れなきゃいいんだろ?間に何か『あだぷた』的なものを挟んで、エネルギーを『ちゅうわ』もしくは『へんかん』できれば…!」

 最初に試したのは、「魔力吸収苔」を「神の目」の台座に貼り付け、その上からエンコーダーを接続する方法だ。苔が魔力を吸い、神聖エネルギーとの衝突を和らげる…はずだった。

「接続、オン!」
 ポフッ。
 小さな、気の抜けた音がしたかと思うと、魔力吸収苔がみるみるうちに真っ白に変色し、カピカピに干からびてしまった。
「苔がああああ! 即身仏みたいになっちゃった! 神聖エネルギー、どんだけ浄化力高いんだよ!」

 次に試したのは、「反発魔鉱石」をエンコーダーに組み込み、神聖エネルギーを弾きつつ、データだけを抽出するというアクロバティックな試み。
「これならどうだ! いけっ!」
 ブウウウウン…!
 エンコーダーが怪しく振動し始め、祭壇の間の空間が微妙に歪む。壁にかけられた神聖なタペストリーが、なぜかタコの絵に一瞬変化した。
「空間がバグった!? しかもなんでタコ!?」
 ミカエルがすっと近づき、タコの絵(既に戻っている)があった場所を指さす。
「…このタペストリーには、太古の海を司る神の逸話が織り込まれています。あるいは、『神の目』が貴殿の魔力と共鳴し、その深層にある『こんてんつ』を一時的に可視化したのかもしれませんね」
「コンテンツってそういう意味じゃなーい!」
 神学的な超解釈、ありがとうございます!

 その後も、ショウタの試行錯誤は続いた。
「神聖水スプレー」をエンコーダーに吹き付ければショートし、「魔除けの黒水晶」でシールドを張れば「神の目」がうんともすんとも言わなくなる。挙句の果てには、二つのエネルギーを融合させようと謎の魔法陣を描き始めたショウタに、ミカエルが「それは古代の召喚術式の一部です。何か良からぬものを呼び出すおつもりか」と本気で警戒しだす始末。呼びません!

 その間にも、「聖言フィルター」との戦いは続いていた。
 なんとか神界の視聴者(主にミカエルとその部下の神官たち)とコミュニケーションを取ろうと、ショウタは涙ぐましい努力をする。

『皆様、本日の天気はいかがでしょうか?』→(表示OK。ただし、ミカエルから「神界の天候は常に神の御心のままに完璧です」と返答があり、会話が続かない)
『この映像、キレイですかー?✨』→(絵文字がNGらしく『この映像、キレイですかー?』と表示されるが、ミカエルから「『神の目』が映すものに美しくないものなど存在しません」と真顔で返される)
『ミカエル様、その服、センスいいですね!👍』→(表示NG:不敬な絵文字及び、神官の装束に対する個人的評価は神域にふさわしくありません)
「ぐぬぬ…! 全肯定botかと思えば、謎の地雷が多すぎる!」

 あまりの惨状に、ショウタは思わず天を仰ぐ。
(僕の配信スキル、ここでは全く役に立たないじゃないか…! これじゃ、ただの挙動不審な機材オタクだ…!)

 その頃、人間界では。
 とある人気VTuberギルドのチャットルームで、こんな会話が交わされていた。
『おい、聞いたか? 魔界のゼロって奴が、神界でなんかコソコソやってるらしいぜ』
『ああ、あの魔王に媚び売ってるやつだろ? 神まで利用するとは、いよいよ魔界も落ちたもんだな』
『神聖な神域を魔のVTuberなんぞに汚されてたまるかよ。ちょっと釘でも刺しとくか?』
 不穏な空気が、静かに、しかし確実に広がり始めていた。ショウタはまだ、その気配に気づいていない。

 夕刻。度重なる失敗と、ミカエルからの「進捗はいかがですか、『ぜろ』殿。神界の時間は有限です。あまり悠長には…」という無言のプレッシャーに、ショウタの心はバキバキに折れかけていた。

「だめだ…もう…何をやってもうまくいかない……やっぱり俺には、新しいものを作り出すなんて無理なんだ……追放された時みたいに、結局何もできないまま……」
 膝から崩れ落ちそうになったその時、ふと脳裏に、前世の記憶がよぎった。
 無茶な要求ばかりするクライアント、迫りくる納期、連日の徹夜。そんな地獄のようなプロジェクトで、いつも隣で飄々と、しかし的確に問題を解決していた一人の男の顔が。

(健太…あいつなら、こんな時どうするだろうな…。きっと僕みたいに力技で解決しようとしないで、もっとクレバーな、誰も思いつかないような方法でアプローチするはずだ…)

 そうだ、健太なら。あの、天才的な発想と技術力を持った、唯一無二の親友なら。
 ショウタの目に、ほんの少しだけ光が戻る。まだ、諦めるのは早い。

 そこへ、ミカエルが静かに近づいてきた。その手には、一枚の羊皮紙が握られている。
「『ぜろ』殿。残念ながら、貴殿に与えられた試用期間は、残り三日となりました。それまでに『神の目』を用いた実用的な配信の目途が立たぬ場合、この共同企画は白紙とさせていただきます」
 それは、最後通告にも等しい言葉だった。

 三日。あまりにも短い期間。しかし、ショウタの胸には、先程までとは違う、小さな、しかし確かな炎が灯っていた。
「……三日、ですか。分かりました」
 顔を上げたショウタの瞳には、覚悟の色が浮かんでいた。
「やってやりますよ、ミカエル様。必ず、この『神の目』と僕の技術で、神界の皆があっと驚くような配信を、実現させてみせますから!」
 それは、自信からか、あるいはヤケクソか。だが、その言葉に嘘はなかった。

 ミカエルは、そんなショウタをじっと見つめ、初めてその唇の端に、ほんのわずかな笑みを浮かべたように見えた。
「…期待していますよ、異世界の開拓者」

 エンジニア、ショウタの本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。眠れない夜が、あと三日続く。

 ――つづく!
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