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プロローグ又は共通ルート
学園へ
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「おはようございます、メアリお嬢様!」
「ええ、おはよう」
メイドが一斉に挨拶する中を、フワフワと揺れる裾を手でさばきながら進む。同じく横でフワフワと揺れるリズがくるりと回り、私にしか聞こえない声で言った。
「上手くいったね!」
(はい、そうですね、リズ)
私は念話で応えた。リズが楽しそうに笑う。リズを「消した」後、私たちはメアリと名乗り、リズの生まれ育った町を出て、途中宿に泊まったり美味しいものを食べたりしながら、ひたすら南へ南へと歩いてきた。ちなみにお金を稼いだ手段は内緒だ。大丈夫、法には触れていない。
目的地は南の端にある、辺境のエインズワース子爵家。リズが道中いろいろな人のうわさ話を聞いて回った結果、そこは羽振りがいいのに子どもがおらず、悩んでいるらしいと分かったからだった。
実は、リズはあの魔術書をすべて使えるわけではないらしい。適性、とやらが絡んでくるようで、リズが使えるのは死霊術と記憶操作のみなのだそうだ。ごめんね、私にもっと才能が有ればと眉を下げるリズに、いや独学で禁術二つ使えるなんて凄いことですよ、よくわからないけど、と励ましたのは記憶に新しい。
ともかく、この二つ__特に記憶操作は非常に役に立った。私たちは子爵領についてすぐ、隠居していた子爵の父親のところへ向かった。そして娘がもう一人浮気相手との間にいたが、家の恥を恐れて口外無用とした__という記憶を捏造した。子爵の父親がなかなかの女好きであったのが幸いし、子爵は父親の言うことをすんなりと信じた。
「して、その娘はどこにいるんだ?」
子爵が言う。
「それがなあ、どうもどこかの馬の骨に引っ掛かって子供を産み、本人はもう亡くなったらしいのだよ」
子爵の父親が言う。
「それは……かわいそうなことだな」
子爵が言う。
「それでその子供のほうが最近見つかったらしくてな。お前、子ができなくて悩んでおっただろう。その子供を“遠い親戚筋の子供”として引き取ってはどうだね」
子爵の父親が言う。
「ふむ……その子供の名は?」
子爵が言う。
「確か……メアリだ。金の髪と桃色の目をした、今年十六の女子らしい」
子爵の父親はそう言った。
そして全ては良い方向に向かった。
「メアリよ」
「なんでしょうか、お父様」
私は首をほんのわずかに傾け、微笑みを浮かべる。それにお父様が見惚れるのが分かる。無理もない。この家に来てから、私たちの美貌はこれ以上ないほど磨かれた。石鹸一つ、水一掛け、それすらも有り余るほどの贅が尽くされている。
「……お前ももう、この家に来て半年。ある程度基礎的なマナーは学んだだろう。いい機会だ、学園に行ってみなさい」
「学園、ですか?」
学園。それはこの国における貴族の子女全員が通う学術施設だ。たった一つしかないその施設は、学校や研究所としての意味のほかに、小さな社交場、そして人質を捕らえる鳥かごとしての意味を併せ持つ。この制度のおかげで、この国の貴族は王への反乱を起こさない。学園のある王都は、その名の通り王のお膝元であるからだ。
可愛い我が子を危険にさらすのは避けたいならば、子が学園にいる間は手を出さない。子が在籍していない場合は重税を取られ、反乱を起こす気力を削がれる。子爵がぽっと出の庶子を養子にしたのも重税逃れのためだ。そうやってこの国は存続している。
……という説明を家庭教師から聞いた。なるほど、私が学園に行かねば目的が果たせないのか。
「分かりましたお父様。エインズワースの名に恥じない、立派な学園生活を送って見せましょう」
「それでこそだわが娘よ」
私は頷く。そして踵を返そうとしたが、子爵の何か言いたげな顔を見て取りやめる。私が内心いぶかしげにしていると、子爵はゆっくりと口を開いた。
「……生まれで差別されることも、もしかするとあるやも知れぬ。しかし、しかしだ。もし父上の仰ることが嘘で、私たちに血縁関係がなかったとしても。私や妻がお前を実の娘のように愛しておることは、未来永劫変わらぬ。それを決して忘れるなよ」
私は胸がいっぱいになった。この関係は、一から十まで嘘だ。メアリは存在しないし、子爵とこの肉体に血縁は一切ない。私たちは、詐欺師だ。それでも。それでもと、「お父様」は言ってくださった。
「必ず。必ずや、忘れないと誓います。たとえこの命朽ち果てようとも」
私は胸に手を当て、お父様に宣誓する。横のリズも、泣き出しそうになっているのが見えた。
「ああ。……無事に生きろ。そして楽しめ」
「はい!!!」
そして私たちは旅立った。今度は馬車に揺られ北へ北へ。目的地は王都。
これよりメアリ・エインズワースの、世界救済が始まった。
「ええ、おはよう」
メイドが一斉に挨拶する中を、フワフワと揺れる裾を手でさばきながら進む。同じく横でフワフワと揺れるリズがくるりと回り、私にしか聞こえない声で言った。
「上手くいったね!」
(はい、そうですね、リズ)
私は念話で応えた。リズが楽しそうに笑う。リズを「消した」後、私たちはメアリと名乗り、リズの生まれ育った町を出て、途中宿に泊まったり美味しいものを食べたりしながら、ひたすら南へ南へと歩いてきた。ちなみにお金を稼いだ手段は内緒だ。大丈夫、法には触れていない。
目的地は南の端にある、辺境のエインズワース子爵家。リズが道中いろいろな人のうわさ話を聞いて回った結果、そこは羽振りがいいのに子どもがおらず、悩んでいるらしいと分かったからだった。
実は、リズはあの魔術書をすべて使えるわけではないらしい。適性、とやらが絡んでくるようで、リズが使えるのは死霊術と記憶操作のみなのだそうだ。ごめんね、私にもっと才能が有ればと眉を下げるリズに、いや独学で禁術二つ使えるなんて凄いことですよ、よくわからないけど、と励ましたのは記憶に新しい。
ともかく、この二つ__特に記憶操作は非常に役に立った。私たちは子爵領についてすぐ、隠居していた子爵の父親のところへ向かった。そして娘がもう一人浮気相手との間にいたが、家の恥を恐れて口外無用とした__という記憶を捏造した。子爵の父親がなかなかの女好きであったのが幸いし、子爵は父親の言うことをすんなりと信じた。
「して、その娘はどこにいるんだ?」
子爵が言う。
「それがなあ、どうもどこかの馬の骨に引っ掛かって子供を産み、本人はもう亡くなったらしいのだよ」
子爵の父親が言う。
「それは……かわいそうなことだな」
子爵が言う。
「それでその子供のほうが最近見つかったらしくてな。お前、子ができなくて悩んでおっただろう。その子供を“遠い親戚筋の子供”として引き取ってはどうだね」
子爵の父親が言う。
「ふむ……その子供の名は?」
子爵が言う。
「確か……メアリだ。金の髪と桃色の目をした、今年十六の女子らしい」
子爵の父親はそう言った。
そして全ては良い方向に向かった。
「メアリよ」
「なんでしょうか、お父様」
私は首をほんのわずかに傾け、微笑みを浮かべる。それにお父様が見惚れるのが分かる。無理もない。この家に来てから、私たちの美貌はこれ以上ないほど磨かれた。石鹸一つ、水一掛け、それすらも有り余るほどの贅が尽くされている。
「……お前ももう、この家に来て半年。ある程度基礎的なマナーは学んだだろう。いい機会だ、学園に行ってみなさい」
「学園、ですか?」
学園。それはこの国における貴族の子女全員が通う学術施設だ。たった一つしかないその施設は、学校や研究所としての意味のほかに、小さな社交場、そして人質を捕らえる鳥かごとしての意味を併せ持つ。この制度のおかげで、この国の貴族は王への反乱を起こさない。学園のある王都は、その名の通り王のお膝元であるからだ。
可愛い我が子を危険にさらすのは避けたいならば、子が学園にいる間は手を出さない。子が在籍していない場合は重税を取られ、反乱を起こす気力を削がれる。子爵がぽっと出の庶子を養子にしたのも重税逃れのためだ。そうやってこの国は存続している。
……という説明を家庭教師から聞いた。なるほど、私が学園に行かねば目的が果たせないのか。
「分かりましたお父様。エインズワースの名に恥じない、立派な学園生活を送って見せましょう」
「それでこそだわが娘よ」
私は頷く。そして踵を返そうとしたが、子爵の何か言いたげな顔を見て取りやめる。私が内心いぶかしげにしていると、子爵はゆっくりと口を開いた。
「……生まれで差別されることも、もしかするとあるやも知れぬ。しかし、しかしだ。もし父上の仰ることが嘘で、私たちに血縁関係がなかったとしても。私や妻がお前を実の娘のように愛しておることは、未来永劫変わらぬ。それを決して忘れるなよ」
私は胸がいっぱいになった。この関係は、一から十まで嘘だ。メアリは存在しないし、子爵とこの肉体に血縁は一切ない。私たちは、詐欺師だ。それでも。それでもと、「お父様」は言ってくださった。
「必ず。必ずや、忘れないと誓います。たとえこの命朽ち果てようとも」
私は胸に手を当て、お父様に宣誓する。横のリズも、泣き出しそうになっているのが見えた。
「ああ。……無事に生きろ。そして楽しめ」
「はい!!!」
そして私たちは旅立った。今度は馬車に揺られ北へ北へ。目的地は王都。
これよりメアリ・エインズワースの、世界救済が始まった。
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