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第ニ章 騎士見習いアントニー
居眠り
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「あのさ、メアリさん」
「うん? どうしたの?」
授業開始直前、隣から声が掛かり、私は首を傾げながら振り向いた。
隣に座っているのは例のごとくアントニーだ。自由席なので毎回横に座る必要はないのだが、まあ特に席を変える理由もないので私たちは大体同じ席順で座っている。
「ああ、悪いんだが、もし俺が授業中寝てたら起こしてほしくてな。頼めるか?」
「もちろんいいけど……珍しいね。やっぱり、訓練ハードだから? 保健室行ったほうが」
「いや、それは大丈夫だ。俺がやりたくてやっていることだし、厳しいことにむしろ感謝しなくては。ただ、居眠りは騎士としてどうかと思うから」
アントニーはそう言って微笑んだが、やはり薄ら顔色が悪いように思える。大丈夫か。私は心配になった。しかし、彼にもプライドや、譲れないものがあるだろうから、ここはいったん引き下がっておいた方がいいだろう。
「そう? ……無理しないでね」
ただ少しだけ釘を刺して、私は再び前を向いた。授業が始まる。
「起きて……あ、起きた。おはよう」
「ああ、うん……」
今日隣を起こすのはこれで五回目。アントニーは自分でも起きようという意思はしっかり持っているらしく、起こすと暫く背筋を伸ばしているのだが、だんだんと赤毛が揺れてきて、そして一度下を向くともう顔を上げなくなる。そうなると私がトントンと肩を叩くか何かして彼を目覚めさせるのだ。
しかしながら、と私は隣がふらふらと目線を黒板に合わせたのを見ながら考えた。顔を上げたときの彼の体調がどんどん悪化しているように思える。
もう起こさない方がいいのではないかと三度目くらいで私は思ったし、幾人かの先生にも寝かせてやれと言われたのだが、そのたびに彼が拒否するのである。曰く、これくらいで学業に支障をきたしてはいけない、先生に失礼だし、何より自分が自分を許せない、と。
真面目だなあ。頭の片隅で思いながら、私はノートにペンを滑らせる。私ならとうに諦めて寝ている。……あ、ほらまた頭が傾いだ。本当に大丈夫だろうか。
「今日は本当にすまなかった、メアリさん……埋め合わせは今度、必ず」
「そんな、むしろ私の方が今までずっと助けられてきたんだからいいのに」
授業終わり、アントニーが綺麗に頭を下げた。今日何度も見たつむじがまたさらされている。
「でも、今日はもう訓練せずに寝たほうがいいと思うよ。体作りも大事だと思う」
「そういうわけには……もう本番も一週間後に迫ってきているし、何より今日は騎士団に戻ることになっているんだ」
「騎士団?」
「うん? ああ。正確に言うと宿舎だな。うちは貴族だけどほとんど邸宅には戻らないんだ。引退した爺さんと母さんだけが住んでいて、父上と兄上は宿舎の方で寝泊まりしているから、俺もそちらに行かなければいけない」
ええっと、と私は眉を寄せた。つまり、これから本職の騎士であるご家族とさらに訓練するのか? こんなに体調が悪そうなのに?
「いや、やめたほうがいいよ……! だってそれ、また明日には学園まで戻らなくちゃいけないんでしょう? 余計体力使っちゃうよ」
「貴重な時間だ。俺以外の生徒はこんな特権受けられないのだし、むしろ俺はこの家に生まれたことを感謝すべきなのだから、俺には義務がある」
「でも……!」
私がなおも言いつのろうとしたとき、アントニーがすっと目を眇めた。
「……悪いんだが、邪魔しないでもらえるか。これは俺にとってとても……とても、重要なことなんだ。君には分からないだろうが」
冷たい声だった。私が思わずびくりと怯えたのが伝わったのだろうか、アントニーははっと息をのみ、我に返った。
「あ、いや、すまない。その、疲労で少し気が立っていて……学友にする態度ではなかった。すまない、ただ、これは本当に俺には大事で……ああ、くそ、本当に言いたいことがまとまらない、つまり……」
苛立ったようにアントニーは口元を覆った。かつてないほど動揺している彼に、私は申し訳なくなった。
「ううん、私の方こそごめんね。私、何も知らないのに……」
「いや……あ」
その時、鐘がなった。十六時の鐘だ。アントニーは顔を上げ、本当にすまない、ともう一度謝った後、箒に飛び乗り見えなくなった。
「ううん……本当に大丈夫かな……」
私にはどうしても、無理をしているように見えるんだけど。私は一人呟いたが、もう時間だ。特別授業に向かうべく、私も箒にまたがり地面を蹴った。
「うん? どうしたの?」
授業開始直前、隣から声が掛かり、私は首を傾げながら振り向いた。
隣に座っているのは例のごとくアントニーだ。自由席なので毎回横に座る必要はないのだが、まあ特に席を変える理由もないので私たちは大体同じ席順で座っている。
「ああ、悪いんだが、もし俺が授業中寝てたら起こしてほしくてな。頼めるか?」
「もちろんいいけど……珍しいね。やっぱり、訓練ハードだから? 保健室行ったほうが」
「いや、それは大丈夫だ。俺がやりたくてやっていることだし、厳しいことにむしろ感謝しなくては。ただ、居眠りは騎士としてどうかと思うから」
アントニーはそう言って微笑んだが、やはり薄ら顔色が悪いように思える。大丈夫か。私は心配になった。しかし、彼にもプライドや、譲れないものがあるだろうから、ここはいったん引き下がっておいた方がいいだろう。
「そう? ……無理しないでね」
ただ少しだけ釘を刺して、私は再び前を向いた。授業が始まる。
「起きて……あ、起きた。おはよう」
「ああ、うん……」
今日隣を起こすのはこれで五回目。アントニーは自分でも起きようという意思はしっかり持っているらしく、起こすと暫く背筋を伸ばしているのだが、だんだんと赤毛が揺れてきて、そして一度下を向くともう顔を上げなくなる。そうなると私がトントンと肩を叩くか何かして彼を目覚めさせるのだ。
しかしながら、と私は隣がふらふらと目線を黒板に合わせたのを見ながら考えた。顔を上げたときの彼の体調がどんどん悪化しているように思える。
もう起こさない方がいいのではないかと三度目くらいで私は思ったし、幾人かの先生にも寝かせてやれと言われたのだが、そのたびに彼が拒否するのである。曰く、これくらいで学業に支障をきたしてはいけない、先生に失礼だし、何より自分が自分を許せない、と。
真面目だなあ。頭の片隅で思いながら、私はノートにペンを滑らせる。私ならとうに諦めて寝ている。……あ、ほらまた頭が傾いだ。本当に大丈夫だろうか。
「今日は本当にすまなかった、メアリさん……埋め合わせは今度、必ず」
「そんな、むしろ私の方が今までずっと助けられてきたんだからいいのに」
授業終わり、アントニーが綺麗に頭を下げた。今日何度も見たつむじがまたさらされている。
「でも、今日はもう訓練せずに寝たほうがいいと思うよ。体作りも大事だと思う」
「そういうわけには……もう本番も一週間後に迫ってきているし、何より今日は騎士団に戻ることになっているんだ」
「騎士団?」
「うん? ああ。正確に言うと宿舎だな。うちは貴族だけどほとんど邸宅には戻らないんだ。引退した爺さんと母さんだけが住んでいて、父上と兄上は宿舎の方で寝泊まりしているから、俺もそちらに行かなければいけない」
ええっと、と私は眉を寄せた。つまり、これから本職の騎士であるご家族とさらに訓練するのか? こんなに体調が悪そうなのに?
「いや、やめたほうがいいよ……! だってそれ、また明日には学園まで戻らなくちゃいけないんでしょう? 余計体力使っちゃうよ」
「貴重な時間だ。俺以外の生徒はこんな特権受けられないのだし、むしろ俺はこの家に生まれたことを感謝すべきなのだから、俺には義務がある」
「でも……!」
私がなおも言いつのろうとしたとき、アントニーがすっと目を眇めた。
「……悪いんだが、邪魔しないでもらえるか。これは俺にとってとても……とても、重要なことなんだ。君には分からないだろうが」
冷たい声だった。私が思わずびくりと怯えたのが伝わったのだろうか、アントニーははっと息をのみ、我に返った。
「あ、いや、すまない。その、疲労で少し気が立っていて……学友にする態度ではなかった。すまない、ただ、これは本当に俺には大事で……ああ、くそ、本当に言いたいことがまとまらない、つまり……」
苛立ったようにアントニーは口元を覆った。かつてないほど動揺している彼に、私は申し訳なくなった。
「ううん、私の方こそごめんね。私、何も知らないのに……」
「いや……あ」
その時、鐘がなった。十六時の鐘だ。アントニーは顔を上げ、本当にすまない、ともう一度謝った後、箒に飛び乗り見えなくなった。
「ううん……本当に大丈夫かな……」
私にはどうしても、無理をしているように見えるんだけど。私は一人呟いたが、もう時間だ。特別授業に向かうべく、私も箒にまたがり地面を蹴った。
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