rose of silver

春野いちご

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 追い出されてしまった。
 一生、ギルバート様のお側にと思っていたのに……
 何がいけなかったんだろう。
 僕を見るとお母様のことを思い出すから?
 それとも、サイラス様と親しそうにしたから?
 もう、何がなんだかわからない。


 ギルバート様のお屋敷を出た僕は、当てどなく歩いていた。
 故郷に帰れば、受け入れてくれる家族はいる。
 けれど、こんな中途半端な気持ちじゃ戻ることはできない。
 それに、故郷に帰るお金もない。今までのお給金をください……とも言いにくくて、挨拶もせずに出てきてしまった。
 これからどうしたらいいんだろう。
 迷った挙句、僕が辿り着いたのは……




「…くしゅんっ」
 毛布に包まって、僕は温かいミルクを飲んでいた。
 ミルクは司祭の従僕だという人が持ってきてくれた。
 ほんのり甘くて、身体の中から温まっていく感じだ。
 でも、冷え切った心は温めてくれない。

「風邪でもひいたか?」

 髪を撫でながら、長い法衣を纏った司祭が声を掛けてきた。
「あっ、オーガストさん、お仕事は終わりましたか」
 いつの間に部屋に入ってきたのか、全然気づかなかった。
 司祭ともなれば、気配すら消せるんだろうか。
「ああ、まあな。それより、濡れたままでは風邪をひく」
 オーガストさんは椅子に掛けてあった布で、僕の髪を優しく拭いた。
 気持ちいい拭き方にうっとりとなる。
「ほら、これくらいきちんと拭かないと駄目だろう」
 布を椅子に掛け直してから、オーガストさんはベッドに腰かけた。
「……ありがとうございます」
 僕は軽くお辞儀をした。
「それにしても、驚いたぞ。教会の前でお前が行き倒れていたのには」
 驚いたと言うわりに、オーガストさんは楽しそうに笑った。
 朝まで見つけてもらえなかったら、死んでいたはず。
 笑いごとじゃないと思うのに……



*****


 教会の前まで来た。
 方向もあやふやなまま、あっちへフラフラこっちへフラフラと、漸く高い建物を見つけたんだ。
 周りに何もなかったから、見つけるのは早かった。
 でも、歩けど歩けど、近づかない。
 正に悪夢のような道程だった。
 途中で雨に降られてしまって、教会に着いたらボロボロだった。

「オーガストさんなら……」

 そう思って、ここまで来た。
 でも、迷惑だったらどうしよう。
 それに、あのディランさんはオーガストさんの友達だと言っていた。
 僕がここにいたら、オーガストさんにも迷惑が掛からないだろうか。
 何度か門を叩こうとして、やめる。
 裏口に回って覗いてみたり、中の様子を見ようと高い塀をよじ登って落っこちたりして、僕はまた正門に戻ってきた。
 扉を叩こうとして、またやめる。
 そんなことを繰り返しているうちに、ふと目の前が真っ暗になった。


 眼が覚めて、最初に映ったのは部屋の灯りだった。
 次いで、ひょいと視界に現れたのはオーガストさんだった。
「あ……オーガス…ト…さ…」
 上手く言葉が出てこない。
 そんな僕をオーガストさんが笑う。
「気がついたか」
 なんだか温かいものが身体を包んでいる。
 視界を落とすと、自分の裸が見えた。
 ゆらゆら揺れて見えるのは、お湯に浸かっているからだ。
 温かなものの正体がわかって、ほっとする。
 身体を沈めると、気持ちよかった。
「少しは温まったか」
 問われて、僕は頷く。
「じっとしていろ。俺が洗ってやる」
 言われて、僕は我に返る。
 伸びてきた手を慌てて止めて、僕は声を上げた。
「自分で洗えますっ」
「遠慮することはない」
「しますよっ。僕は子供じゃないんですから、困ります」
「男同士で困ることもないだろう。それとも……アレクはそういう趣味でもあるのか」
 ドキッとした。
 けど、オーガストさんが可笑しそうに笑っているのを見て、揶揄われたのだと気づく。
「着替えを用意している。風呂から上がったら、そのまま部屋で待っていろ。俺は仕事を片付けてくる」
 僕がなにか言う前に、オーガストさんはそう言い残して浴室を出て行った。

 やっぱり、ここに来て正解だった。
 子供の頃にも、彼はよく僕を揶揄ったりしたけど、いつでも味方でいてくれた。
 ほんの少しだけ甘えることにして、僕はじんわりと温まった身体をゆるりと動かして、汚れも疲れも落とした。
 


*****


「まあ、無事でよかった。お前の葬儀を挙げるのは辛いからな」
 そんなことを言って、オーガストさんは笑う。
「あの……僕、ここにいてもいいですか」
「俺のベッドでいいなら、置いてやる」
 ここも追い出されたらと考えないでもなかった。
 よかった。
 やっぱり教会は困った人を救ってくれるんだ。
 ほっと胸を撫でおろしていると、スッとオーガストさんが近づいてきて、耳元にドキッとするようなことを吹き込んできた。
「夜の相手がいなくて困っていたところだ。アレクの性技に期待している」
「オッ、オーガストさんっ」
 思わず立ち上がって、顔を真っ赤にする。
 けど、オーガストさんは可笑しそうに笑っていた。
「お前みたいな子供、相手にしないさ」
 はぁ~本当に、此の人は僕を揶揄うのがそんなに楽しいのかな。
「冗談はさておき、お前、ディランのせいで追い出されたんじゃないだろうな」
 真面目な顔で、オーガストさんが訊いてきた。
 僕は違うと首を振る。
「本当か? あいつのせいなら、責任を取らせてやるぞ」
 キラリとその細く鋭い眼が光った。
 あの騎士様はかなり体格もよくて強そうだったけど、オーガストさんには敵わないんじゃないかと思うくらい、凄みのある顔だった。
「いいです。ディランさんのせいだけじゃないんです。よくわからないんです。ギルバート様のこと。言うことがバラバラだし、何を考えているのか全然わからない」
 少しむくれるように口にした。
 ギルバート様には言えないけど……
「言うことがバラバラ……か。それは自分でも考えがまとまっていないってことじゃないのか。ギルバート様をそんなに悩ませるなんて、アレクもやるじゃないか」
 オーガストさんが楽しそうに笑った。
「そんなんじゃないです。ギルバート様は、僕のことなんかで悩んだりしません」
 言ってて、悲しくなる。
「なあ、アレク、ギルバート様と何があった?」
 問われて、僕は口ごもる。
 ギルバート様とのこと、話せるはずもない。
「言いたくなければ構わないが……もし、お前を傷つけたのなら、復讐してやるよ。あいつの弱みなら幾つか手にしている」
 司祭ともあろう人が言うべきことじゃない。
 でも、弱みが何かは気になる。
「気になるか?」
 顔に出てしまったのか、オーガストさんが身を乗り出してきた。
「それは……その…」
 僕は小さく頭を振った。
 それは駄目だ。
 人の弱みなんて、知っていいものじゃない。
「相変わらずいい子ちゃんなんだな。なら、一つだけ」
「オーガストさんっ」
 慌てて止めるも、オーガストさんは続けた。
「あいつの母親の墓が、この裏手にある」

 なんだ、そういう話か。
 それなら僕も知っている。
 サイラス様の浮気を苦に自殺されたってこと。
 幼いギルバート様を残して……さぞお辛かっただろう。

「俺も調べてわかったことだが、墓の中は空だ」
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