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序章
召喚を失敗してしまいました
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「我の声に応えよ」
長い長い呪文の後、私は心の中で手を合せ願った。
どうかどうか、おばあちゃんに会えますように……と。
「やったっ! 成功したっ!」
魔法陣から眩い白い光の柱が幾重にもそびえたつ。
あまりに光が強すぎて、思わず眼を閉じる。
瞼の向こうの光が少しづつ和らいでくる。
それを感じて、私はゆっくりと眼を開いた。
まだ白い光は存在していたけど、その光の中に黒い影が現れる。
眼を擦ってもう一度見る。
黒い影は、明らかに人のそれだ。
「おばあちゃーーーーんっ! 会いたかったよーーーーっ!」
持ってた分厚い魔法書を床に落とし、私はおばあちゃんに駆け寄る。
ぎゅうと黒い人影を抱きしめる。
「あんた、誰?」
聞き慣れない野太い声に、びっくりしてしまう。
顔を上げると、私を見下ろす碧の瞳と眼が合った。
「……おばあちゃん?」
「アタシがおばあちゃんに見えるって言うの。失礼な子ね」
「えっ……なんで? おばあちゃんを呼び出したはずなのに……」
「なんでかなんて知らないわよ。こっちが説明してほしいわ」
「あ……だって……私は、おばあちゃんに会いたくて……」
そうだ。私は先日亡くなってしまったおばあちゃんを召喚術で呼び出したかった。
本に書いてある通りに呪文を唱えて、会いたい人のことを思い浮かべたはずなのに。
意を決して苦手な魔法を使った。
その結果がこれ。
「いつまで抱きついてんの。アタシ、お子様に興味ないんだけどー」
言われて、自分のしていた行為に気づかされる。
「キャーーーッ!」
慌てて、私はその人から離れる。
「ホント失礼な子ね。悲鳴を上げたいのはこっちよ」
野太い……けれど、男らしい良い声だとは思う。
話し方がちょっと変だけど。
改めて彼を見ると服装も変わっていた。
まるで旅芸人のような派手な花模様の服に色取り取りの腰紐を何本も巻いている。
けれど、彼はそんな派手な服にも負けないくらいの美貌を持っていた。
絹糸のような黄金色の髪は腰くらいまで伸びていて、動くたびにさらりと揺れてきらりと光る。
長い手足も、細身ではあるけれど均整のとれた体躯も、神様に愛されて造られたかのよう。
顏に至っては、完璧な配置だった。
きっと彼に見つめられたら、どんな女の子も恋に落ちてしまうんじゃないかな。
女の人みたいに紅をさしてなければの話だけど。
「ちょっと、ボケーッとしてないで説明しなさいよ」
むにっとほっぺたを抓られた。
「いひゃいーっ」
すぐに離してくれたけど、ほっぺたがジンジンしてる。
「あんたは誰で、ここはどこなの?」
「私は、ショコラっていいます。亡くなったおばあちゃんを召喚しようとしたんですが……」
失敗したんだ。
それはわかる。
けど、鋭い視線を向けてくる彼には言いにくい。
あまり男の人と話したことがない上に、こんな美形を前に心臓が悲鳴を上げてる。
スーハーと深呼吸してから、口を開くと、
「あんたの失敗で召喚されたって言うんでしょ」
先に言われてしまった。
こうなると、私に残された言葉はもう一つしかない。
「ごめんなさい」
私は深く深く頭を下げた。
頭を下げるのは得意だ。
いつも母に頭を下げていたから――
「ごめんなさい」
もう一度謝ってみる。
けど、彼が何も言わないから頭を上げれない。
待つこと数分。
沈黙がこんなにも怖いことだなんて。
何も言ってくれないから、私はそろそろと頭を上げた。
「って、いないっ!」
慌てて部屋の中をぐるりと見回すと、椅子に座ってる彼を発見した。
「なに、やってるんですかーっ」
ぱたぱたと駆け寄ると、彼がくるりと振り向いた。
「あんた、これすっごく美味しいわ。いくらでもいけちゃう」
彼が食べていたのは、私が作った野苺のパイだった。
おばあちゃん譲りのお菓子の腕を褒められて、私は嬉しくなってしまう。
「ありがとうございます。それ、私が作ったんですよ。あ、クルミのクッキーもあるので良かったら食べますか」
「食べる食べるーっクルミは美容にもいいのよ」
「美容…って?」
首を傾げると、彼は呆れたように肩をすくめた。
それから、私のことを上から下まで値踏みするように見た。
「ダメッ、あんたダメよ。身体の線の出ないゆったりしたドレスも、だっさい髪型もまるでイケてないわ。いくら子供だからって、お洒落しなさすぎ」
グサッ、グサッと彼の言葉が見えないナイフとなって胸に刺さる。
私だって年頃の女の子だ。
こんなに綺麗な男の人からの、否定的な言葉を受け止めきれない。
「でも、今から私の言う通りにすれば、少しは見られるようになると思うけど」
パアッと目の前が明るくなる。
「よろしくお願いします」
彼の気が変わらないうちにと、私はぺこりと頭を下げた。
「おっどろいたーっ」
彼にクルミのクッキーと紅茶を差し出しながら、私が自分の歳を言うと、そんな言葉を投げかけられた。
「幼く見えますか?」
「18歳でその胸はないわ。今からなにやっても無駄よ」
「胸っ!」
真っ赤になって胸を押さえる。
どうしてペッタンコだって知ってるの?
ふんわりしたドレスで誤魔化してるのに。
「あんた、アタシに抱きついてきたでしょ。まっ平らな胸してたから、12,3歳ってところかと思ったわよ」
「あっ、あわわわっ」
魚みたいに口をパクパクさせてしまう。
羞恥心でどうにかなりそう。
「まあ、胸は諦めなさい。その分、違う方法で綺麗にしてあげるから」
「違う方法ですか」
すっと伸びてきた手が私の頬を撫でる。
男の人にそんなことされたことがなくて、ドキッとしてしまう。
「なに、びびってるのよ。肌質を見ただけよ。あんたはアタシの好みじゃないから安心しなさい」
「私、男の人に慣れてなくて」
「でしょうね。見ればわかるわ」
やっぱり見てわかるのか。
男慣れしてるって思われるよりはいいと思うけど、この歳にもなって浮いた話の一つもないのは女の子としてどうかな。
まあ、こんな森の中でおばあちゃんと二人で暮らしてたんだからしょうがないよね。
でもね、私はずっとここでおばあちゃんと二人で暮らしていたかったんだよ。
おばあちゃんのことを思い出すと、悲しくなってきてスンッと鼻をすする。
「やだ、アタシ、いじめてないわよ」
「あ、違うんです。おばあちゃんのことを思い出して」
「召喚しようとしたおばあちゃんのこと」
コクンと頷く。
「あのね、アタシの世界にも召喚術はあったわ。でも、死者を呼び出すなんてことは禁忌だった。それにあんたのおばあちゃんがそんなこと望むとでも? あんたの欲を満たすためでしょ」
「だって、おばあちゃんに会いたかったんだもん」
「気持ちはわかるけど、死者はダメよ。この世の理を崩すことになる」
言われなくても知ってる。
彼の世界だけじゃなくて、私の世界でもやっちゃいけないこと。
でも、私はなにもできなくて……おばあちゃんがいなきゃ何もできなくて……。
寂しくて……会いたくて……。
「あんたのおばあちゃんにしてあげられるのは、あんたが幸せになることでしょ。ちゃんと考えなさい。とりあえず、アタシを召喚したんだから、幸せな結婚ができるように綺麗におなりなさい」
バチンとウインクされて、なぜかトクンと鼓動が鳴った。
騒ぐ胸を落ち着かせようと、私はなんでもいいからと口を開く。
「あのっ、どうしてそんなに優しいんですか」
「優しい? アタシが? 別に優しくなんかないわよー。これはアタシの仕事だから」
「仕事?」
「そ、アタシはね」
彼が顔を近づけてきた。
端麗な顔にドキドキと鼓動が速くなる。
慣れてないから、慣れてないから……そんな呪文を心の中で唱える。
恋とかそんなんじゃないから。
彼はまるで秘密を囁くように言った。
「美の伝道師なの」
それから、彼はいたずらっぽく笑った。
その笑顔はとっても綺麗で……私の鼓動は速まる一方だった。
******
朝の光が差しこんできて、眩しさに私は眼を開けた。
いつもと違う部屋に寝惚けていた頭が、一気に覚醒していく。
がばっと起き上って、私は慌てて支度を始めた。
昨日、私は亡くなったおばあちゃんを召喚しようとして異世界の男の人を召喚してしまった。
彼は名前をエリュシオンといい、美の伝道師だなんて言っていた。
世界中の人に広く美しさを説いていくお仕事なんだそう。
異世界には変わったお仕事もあるものね。
彼は私のことも美しく……いえ、それなりに美しくしてくれるらしい。
期待はしてないけど、一人でこの家で暮らすのは寂しいと思っていたから、お喋りできる相手ができて嬉しい。
男の人と一つ屋根の下なんて、ふしだらかもしれないけど、彼は私には興味がないと言っていたし、女言葉だから女友達みたいにも思えなくはない。
たぶん……慣れたらドキドキもしなくなるはず。
支度を整えて、部屋を出る。
昨日ダサいと言われてしまったから、上でまとめるいつもの髪型はやめて三つ編みにしてみた。
鏡でチェックしてみたけど、いつもより可愛くなったと思う。
早くその姿を見せたくなってしまって、私は彼が寝ている部屋のドアをノックした。
しばらく待ってみたけど、彼は出てこない。
「エリュシオンさん、まだ寝てますか?」
声をかけてからドアを開く。
と、ベッドには彼は寝ていなかった。
部屋を見回してみても、どこにも彼の姿はなかった。
夢でも見てたんだろうか。
そう思ったけど、鼻をくすぐる良い香りは昨日彼からした香りと一致する。
私を置いて、出て行ったんだろうか?
召喚獣みたいに契約の儀を交わしたわけじゃない。
彼は自由にどこへでも行ける。
私なんかより、もっと美しくしがいがある女の人を見つけに行った……とか?
自虐的な考えを打ち消すように、私は首を振った。
彼は私のお菓子を美味しいと言ってくれた。
それに、私を諭してくれた言葉も、嘘はなかったと思う。
「探そう。なにかあったのかもしれない」
私は、そう口にして家を飛び出した。
勢いよく出たせいで、誰かにぶつかってしまった。
その反動で、私は派手に倒れてしまう。
それくらいぶつかった壁は大きかった。
「いたた」
見上げると、陽の光を背に立っていたのは騎士だった。
本来、王族を守る騎士がなんで私のところに来たんだろう。
ふと、先日、おばあちゃんの代わりに薬を届けたことを思い出す。
まさか、おばあちゃんに教わった通りに作った薬に不都合でもあったんだろうか。
いや、それ以外の理由なんか思いつかない。
「ごめんなさいっ」
私はすぐに頭を下げた。
「ショコラ・クレメンタイン様ですか」
騎士がなにか言ってる。
けど、私の頭の中では最悪な事態がうずまいて、話を聞くどころじゃない。
「ごめんなさいっ! どうか殺さないでっ!」
「ショコラ様?」
「聞き捨てならないわね。そこのダサイ女をダサダサなまま死なせるなんて、アタシが許さないわよ」
いきなり目の前の騎士がいなくなった。
なにが起きたの?
顔を上げると、なぜか剣を騎士の首元に突き付けているエリュシオンさんがいた。
「エリュシオンさんっ?!」
なに? どうして?
「おい、お前、一体何者だっ」
騎士は他にもいたらしく、剣を構えて近づいてくる。
一人、二人、三人と一斉に近づいてくる。
「エリュシオンさん、逃げてっ!」
私が悪いんだ。
薬作りの最後に、私はおばあちゃんを治せる薬が作れたらよかったのにって考えながら、魔法をかけた。
考え事しながら作った薬は失敗しても当然だったんだ。
呪文も間違えたのかもしれない。
完全に私のミスだ。
「逃げるわけないでしょ。だって、アタシは美の伝道師。美しくない振舞いは許せないの。それに、少し前まではこう呼ばれていたの。最強の勇者と」
「ふざけやがってっ!」
一度に襲ってきた騎士たちを、エリュシオンさんが華麗な剣さばきで倒していく。
地面に倒れていく騎士たちに、私は眼を疑った。
エリュシオンさんは騎士から奪った剣を放り投げて、私の方に近づいてくる。
すっと差し伸べられた手に、私はおずおずと手を重ねた。
物語の王子様みたいだ。
まあ、絵本の中の王子様は、口紅はしていなかったけれど――
「……あの…ありがとう。じゃなくて、エリュシオンさん、勇者なんですかっ!」
「今は美の伝道師よ。それより、こいつらが目覚めたら厄介よ。逃げた方がいいんじゃない?」
「逃げる……って」
「あんたを殺しに来たんでしょ。あんたがそう言ってたじゃない」
急に怖くなってブルブルと震える。
そんな私の頬を彼は軽く叩いた。
「しっかりしなさい。何をしたのか知らないけど、いきなり殺しに来るなんて尋常じゃないわ。一旦、身を隠した方がいいんじゃない」
「あ、あの……私、王宮に薬を……失敗した薬を届けちゃったみたいなんです」
恐々と口にすると、彼は大袈裟に頭を抱えた。
「あんた、召喚だけじゃなく薬まで失敗してたのね。まあ、魔力調整が上手くいかないだけでしょうけど」
魔力調整という言葉を問い正そうとしたけど、彼は話題を変えた。
「さっさと荷造りしなさい」
「えっ、あの……どうして?」
戸惑う私のほっぺたを彼がむにゅっと引っ張る。
「いひゃいーーっ」
「そんな大それたことしたなら、逃げるしかないでしょ。隣の国とか、とにかく国外に逃げましょ」
「逃げましょって……一緒に来てくれるんですか?」
そう訊いたら、今度は鼻をつままれた。
「あんたね、アタシはそんなに薄情じゃないわよ」
「……エリュシオンさん」
「異世界の勇者が一緒なのよ。怖いことなんかないから、安心しなさい」
私の気持ちを軽くしてくれようとしてるのか、彼の声はとても優しかった。
「それに、せっかくこの世界に召喚されてきたんだから、めいっぱい遊んでから帰ろうと思っていたのよ」
そう言って笑った彼は、とっても綺麗で……ドキドキしてしまう。
異世界の勇者で美の伝道師。
そんな彼と、私は想い出のつまった家を後にして旅立つことになった。
長い長い呪文の後、私は心の中で手を合せ願った。
どうかどうか、おばあちゃんに会えますように……と。
「やったっ! 成功したっ!」
魔法陣から眩い白い光の柱が幾重にもそびえたつ。
あまりに光が強すぎて、思わず眼を閉じる。
瞼の向こうの光が少しづつ和らいでくる。
それを感じて、私はゆっくりと眼を開いた。
まだ白い光は存在していたけど、その光の中に黒い影が現れる。
眼を擦ってもう一度見る。
黒い影は、明らかに人のそれだ。
「おばあちゃーーーーんっ! 会いたかったよーーーーっ!」
持ってた分厚い魔法書を床に落とし、私はおばあちゃんに駆け寄る。
ぎゅうと黒い人影を抱きしめる。
「あんた、誰?」
聞き慣れない野太い声に、びっくりしてしまう。
顔を上げると、私を見下ろす碧の瞳と眼が合った。
「……おばあちゃん?」
「アタシがおばあちゃんに見えるって言うの。失礼な子ね」
「えっ……なんで? おばあちゃんを呼び出したはずなのに……」
「なんでかなんて知らないわよ。こっちが説明してほしいわ」
「あ……だって……私は、おばあちゃんに会いたくて……」
そうだ。私は先日亡くなってしまったおばあちゃんを召喚術で呼び出したかった。
本に書いてある通りに呪文を唱えて、会いたい人のことを思い浮かべたはずなのに。
意を決して苦手な魔法を使った。
その結果がこれ。
「いつまで抱きついてんの。アタシ、お子様に興味ないんだけどー」
言われて、自分のしていた行為に気づかされる。
「キャーーーッ!」
慌てて、私はその人から離れる。
「ホント失礼な子ね。悲鳴を上げたいのはこっちよ」
野太い……けれど、男らしい良い声だとは思う。
話し方がちょっと変だけど。
改めて彼を見ると服装も変わっていた。
まるで旅芸人のような派手な花模様の服に色取り取りの腰紐を何本も巻いている。
けれど、彼はそんな派手な服にも負けないくらいの美貌を持っていた。
絹糸のような黄金色の髪は腰くらいまで伸びていて、動くたびにさらりと揺れてきらりと光る。
長い手足も、細身ではあるけれど均整のとれた体躯も、神様に愛されて造られたかのよう。
顏に至っては、完璧な配置だった。
きっと彼に見つめられたら、どんな女の子も恋に落ちてしまうんじゃないかな。
女の人みたいに紅をさしてなければの話だけど。
「ちょっと、ボケーッとしてないで説明しなさいよ」
むにっとほっぺたを抓られた。
「いひゃいーっ」
すぐに離してくれたけど、ほっぺたがジンジンしてる。
「あんたは誰で、ここはどこなの?」
「私は、ショコラっていいます。亡くなったおばあちゃんを召喚しようとしたんですが……」
失敗したんだ。
それはわかる。
けど、鋭い視線を向けてくる彼には言いにくい。
あまり男の人と話したことがない上に、こんな美形を前に心臓が悲鳴を上げてる。
スーハーと深呼吸してから、口を開くと、
「あんたの失敗で召喚されたって言うんでしょ」
先に言われてしまった。
こうなると、私に残された言葉はもう一つしかない。
「ごめんなさい」
私は深く深く頭を下げた。
頭を下げるのは得意だ。
いつも母に頭を下げていたから――
「ごめんなさい」
もう一度謝ってみる。
けど、彼が何も言わないから頭を上げれない。
待つこと数分。
沈黙がこんなにも怖いことだなんて。
何も言ってくれないから、私はそろそろと頭を上げた。
「って、いないっ!」
慌てて部屋の中をぐるりと見回すと、椅子に座ってる彼を発見した。
「なに、やってるんですかーっ」
ぱたぱたと駆け寄ると、彼がくるりと振り向いた。
「あんた、これすっごく美味しいわ。いくらでもいけちゃう」
彼が食べていたのは、私が作った野苺のパイだった。
おばあちゃん譲りのお菓子の腕を褒められて、私は嬉しくなってしまう。
「ありがとうございます。それ、私が作ったんですよ。あ、クルミのクッキーもあるので良かったら食べますか」
「食べる食べるーっクルミは美容にもいいのよ」
「美容…って?」
首を傾げると、彼は呆れたように肩をすくめた。
それから、私のことを上から下まで値踏みするように見た。
「ダメッ、あんたダメよ。身体の線の出ないゆったりしたドレスも、だっさい髪型もまるでイケてないわ。いくら子供だからって、お洒落しなさすぎ」
グサッ、グサッと彼の言葉が見えないナイフとなって胸に刺さる。
私だって年頃の女の子だ。
こんなに綺麗な男の人からの、否定的な言葉を受け止めきれない。
「でも、今から私の言う通りにすれば、少しは見られるようになると思うけど」
パアッと目の前が明るくなる。
「よろしくお願いします」
彼の気が変わらないうちにと、私はぺこりと頭を下げた。
「おっどろいたーっ」
彼にクルミのクッキーと紅茶を差し出しながら、私が自分の歳を言うと、そんな言葉を投げかけられた。
「幼く見えますか?」
「18歳でその胸はないわ。今からなにやっても無駄よ」
「胸っ!」
真っ赤になって胸を押さえる。
どうしてペッタンコだって知ってるの?
ふんわりしたドレスで誤魔化してるのに。
「あんた、アタシに抱きついてきたでしょ。まっ平らな胸してたから、12,3歳ってところかと思ったわよ」
「あっ、あわわわっ」
魚みたいに口をパクパクさせてしまう。
羞恥心でどうにかなりそう。
「まあ、胸は諦めなさい。その分、違う方法で綺麗にしてあげるから」
「違う方法ですか」
すっと伸びてきた手が私の頬を撫でる。
男の人にそんなことされたことがなくて、ドキッとしてしまう。
「なに、びびってるのよ。肌質を見ただけよ。あんたはアタシの好みじゃないから安心しなさい」
「私、男の人に慣れてなくて」
「でしょうね。見ればわかるわ」
やっぱり見てわかるのか。
男慣れしてるって思われるよりはいいと思うけど、この歳にもなって浮いた話の一つもないのは女の子としてどうかな。
まあ、こんな森の中でおばあちゃんと二人で暮らしてたんだからしょうがないよね。
でもね、私はずっとここでおばあちゃんと二人で暮らしていたかったんだよ。
おばあちゃんのことを思い出すと、悲しくなってきてスンッと鼻をすする。
「やだ、アタシ、いじめてないわよ」
「あ、違うんです。おばあちゃんのことを思い出して」
「召喚しようとしたおばあちゃんのこと」
コクンと頷く。
「あのね、アタシの世界にも召喚術はあったわ。でも、死者を呼び出すなんてことは禁忌だった。それにあんたのおばあちゃんがそんなこと望むとでも? あんたの欲を満たすためでしょ」
「だって、おばあちゃんに会いたかったんだもん」
「気持ちはわかるけど、死者はダメよ。この世の理を崩すことになる」
言われなくても知ってる。
彼の世界だけじゃなくて、私の世界でもやっちゃいけないこと。
でも、私はなにもできなくて……おばあちゃんがいなきゃ何もできなくて……。
寂しくて……会いたくて……。
「あんたのおばあちゃんにしてあげられるのは、あんたが幸せになることでしょ。ちゃんと考えなさい。とりあえず、アタシを召喚したんだから、幸せな結婚ができるように綺麗におなりなさい」
バチンとウインクされて、なぜかトクンと鼓動が鳴った。
騒ぐ胸を落ち着かせようと、私はなんでもいいからと口を開く。
「あのっ、どうしてそんなに優しいんですか」
「優しい? アタシが? 別に優しくなんかないわよー。これはアタシの仕事だから」
「仕事?」
「そ、アタシはね」
彼が顔を近づけてきた。
端麗な顔にドキドキと鼓動が速くなる。
慣れてないから、慣れてないから……そんな呪文を心の中で唱える。
恋とかそんなんじゃないから。
彼はまるで秘密を囁くように言った。
「美の伝道師なの」
それから、彼はいたずらっぽく笑った。
その笑顔はとっても綺麗で……私の鼓動は速まる一方だった。
******
朝の光が差しこんできて、眩しさに私は眼を開けた。
いつもと違う部屋に寝惚けていた頭が、一気に覚醒していく。
がばっと起き上って、私は慌てて支度を始めた。
昨日、私は亡くなったおばあちゃんを召喚しようとして異世界の男の人を召喚してしまった。
彼は名前をエリュシオンといい、美の伝道師だなんて言っていた。
世界中の人に広く美しさを説いていくお仕事なんだそう。
異世界には変わったお仕事もあるものね。
彼は私のことも美しく……いえ、それなりに美しくしてくれるらしい。
期待はしてないけど、一人でこの家で暮らすのは寂しいと思っていたから、お喋りできる相手ができて嬉しい。
男の人と一つ屋根の下なんて、ふしだらかもしれないけど、彼は私には興味がないと言っていたし、女言葉だから女友達みたいにも思えなくはない。
たぶん……慣れたらドキドキもしなくなるはず。
支度を整えて、部屋を出る。
昨日ダサいと言われてしまったから、上でまとめるいつもの髪型はやめて三つ編みにしてみた。
鏡でチェックしてみたけど、いつもより可愛くなったと思う。
早くその姿を見せたくなってしまって、私は彼が寝ている部屋のドアをノックした。
しばらく待ってみたけど、彼は出てこない。
「エリュシオンさん、まだ寝てますか?」
声をかけてからドアを開く。
と、ベッドには彼は寝ていなかった。
部屋を見回してみても、どこにも彼の姿はなかった。
夢でも見てたんだろうか。
そう思ったけど、鼻をくすぐる良い香りは昨日彼からした香りと一致する。
私を置いて、出て行ったんだろうか?
召喚獣みたいに契約の儀を交わしたわけじゃない。
彼は自由にどこへでも行ける。
私なんかより、もっと美しくしがいがある女の人を見つけに行った……とか?
自虐的な考えを打ち消すように、私は首を振った。
彼は私のお菓子を美味しいと言ってくれた。
それに、私を諭してくれた言葉も、嘘はなかったと思う。
「探そう。なにかあったのかもしれない」
私は、そう口にして家を飛び出した。
勢いよく出たせいで、誰かにぶつかってしまった。
その反動で、私は派手に倒れてしまう。
それくらいぶつかった壁は大きかった。
「いたた」
見上げると、陽の光を背に立っていたのは騎士だった。
本来、王族を守る騎士がなんで私のところに来たんだろう。
ふと、先日、おばあちゃんの代わりに薬を届けたことを思い出す。
まさか、おばあちゃんに教わった通りに作った薬に不都合でもあったんだろうか。
いや、それ以外の理由なんか思いつかない。
「ごめんなさいっ」
私はすぐに頭を下げた。
「ショコラ・クレメンタイン様ですか」
騎士がなにか言ってる。
けど、私の頭の中では最悪な事態がうずまいて、話を聞くどころじゃない。
「ごめんなさいっ! どうか殺さないでっ!」
「ショコラ様?」
「聞き捨てならないわね。そこのダサイ女をダサダサなまま死なせるなんて、アタシが許さないわよ」
いきなり目の前の騎士がいなくなった。
なにが起きたの?
顔を上げると、なぜか剣を騎士の首元に突き付けているエリュシオンさんがいた。
「エリュシオンさんっ?!」
なに? どうして?
「おい、お前、一体何者だっ」
騎士は他にもいたらしく、剣を構えて近づいてくる。
一人、二人、三人と一斉に近づいてくる。
「エリュシオンさん、逃げてっ!」
私が悪いんだ。
薬作りの最後に、私はおばあちゃんを治せる薬が作れたらよかったのにって考えながら、魔法をかけた。
考え事しながら作った薬は失敗しても当然だったんだ。
呪文も間違えたのかもしれない。
完全に私のミスだ。
「逃げるわけないでしょ。だって、アタシは美の伝道師。美しくない振舞いは許せないの。それに、少し前まではこう呼ばれていたの。最強の勇者と」
「ふざけやがってっ!」
一度に襲ってきた騎士たちを、エリュシオンさんが華麗な剣さばきで倒していく。
地面に倒れていく騎士たちに、私は眼を疑った。
エリュシオンさんは騎士から奪った剣を放り投げて、私の方に近づいてくる。
すっと差し伸べられた手に、私はおずおずと手を重ねた。
物語の王子様みたいだ。
まあ、絵本の中の王子様は、口紅はしていなかったけれど――
「……あの…ありがとう。じゃなくて、エリュシオンさん、勇者なんですかっ!」
「今は美の伝道師よ。それより、こいつらが目覚めたら厄介よ。逃げた方がいいんじゃない?」
「逃げる……って」
「あんたを殺しに来たんでしょ。あんたがそう言ってたじゃない」
急に怖くなってブルブルと震える。
そんな私の頬を彼は軽く叩いた。
「しっかりしなさい。何をしたのか知らないけど、いきなり殺しに来るなんて尋常じゃないわ。一旦、身を隠した方がいいんじゃない」
「あ、あの……私、王宮に薬を……失敗した薬を届けちゃったみたいなんです」
恐々と口にすると、彼は大袈裟に頭を抱えた。
「あんた、召喚だけじゃなく薬まで失敗してたのね。まあ、魔力調整が上手くいかないだけでしょうけど」
魔力調整という言葉を問い正そうとしたけど、彼は話題を変えた。
「さっさと荷造りしなさい」
「えっ、あの……どうして?」
戸惑う私のほっぺたを彼がむにゅっと引っ張る。
「いひゃいーーっ」
「そんな大それたことしたなら、逃げるしかないでしょ。隣の国とか、とにかく国外に逃げましょ」
「逃げましょって……一緒に来てくれるんですか?」
そう訊いたら、今度は鼻をつままれた。
「あんたね、アタシはそんなに薄情じゃないわよ」
「……エリュシオンさん」
「異世界の勇者が一緒なのよ。怖いことなんかないから、安心しなさい」
私の気持ちを軽くしてくれようとしてるのか、彼の声はとても優しかった。
「それに、せっかくこの世界に召喚されてきたんだから、めいっぱい遊んでから帰ろうと思っていたのよ」
そう言って笑った彼は、とっても綺麗で……ドキドキしてしまう。
異世界の勇者で美の伝道師。
そんな彼と、私は想い出のつまった家を後にして旅立つことになった。
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−−−−−−
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