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第三章 戴冠式は波乱含み

53.いなくなったディア王女 Side.ブラン皇子

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ディア王女を馬車へと残し、颯爽とパーティー会場へと戻ってディオ陛下へと挨拶を行う。
戴冠の祝辞を述べつつ、ディア王女が側妃だったことにショックを受けたから今日は申し訳ないが早めに帰らせてもらうと言えば一発だった。
すぐに気持ちを汲んでもらえて、何一つ疑われることなく帰らせてもらえた。
なんて簡単なのだろう?

俺は計画が上手くいったことを喜びながら、表面上はしおらしくしつつディア王女を待たせている馬車の元へと急いだ。

「ディア王女。お待たせ」

どうせまだ眠っているだろうけどと思いながら馬車の扉を開ける。
けれどそこにいるはずの彼女の姿が消えていて愕然となった。

「え?…は?!」

慌てて確認するがどこにもいない。
もしかしてバレたのか?
こんなにも早く?

「あり得ない!」

心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
でも良く考えたらガヴァムの裏の者達がニッヒガングの残党を探している真っ最中だと気づく。
だとしたら、その最中に彼女を偶然見つけて救出したのかもしれないと思えてきた。

(マズい。マズいマズいマズい…!)

『怪しまれては困る』と見張りを置かなかったのが悪かった。
状況はわからないが、計画が失敗に終わったことだけは確実だ。
急いで逃げないと彼らに殺されるかもしれない。

そう思い混乱する頭を抱えたまま踵を返す俺に、その言葉は突如掛けられた。

「何が『あり得ない』んだ?ブラン皇子」

ビクッと飛び上がる。
この…声は。

「ルーセウス王子」
「さっきのディオへの挨拶の時、何か気になって追ってきたんだが、どうやら何かあったようだな?」
「くっ…!」

(早速俺を捕まえに来たのか?!)

計画は完全に崩れたが、せめて一矢だけでも報いたい。
そんな思いで剣を手に取りルーセウス王子へと斬りかかる。

(こんな男に奪われるなんて…!)

「ディア王女を返せ!!」

ガキィンッ!

全力の打ち込みにルーセウス王子も剣で迎え打つ。

「…?婚約のことか?」
「違う!俺が、俺がディア王女をもらおうと思ったんだ!さっきまで計画は上手くいっていた!なのに彼女がどこにもいない!どこにやった?!返せ!返せよ!彼女は俺のものだ!!」

八つ当たりのように剣を奮い、ルーセウス王子へと何度も何度も斬りかかる。
けれど返ってきた言葉は予想外のものだった。

「は?ディア王女がいなくなった、だと?いつ?どこで?その馬車からいなくなったのか?」
「そうだ!彼女は睡眠薬で眠ってた!絶対に起きるはずがない!なのにどこにもいない!お前が、お前達がここから連れ去ったんだろう?!」
「いや、待て待て待て?!俺はここに来るまで全くそんなこと知らなかったぞ?!」
「嘘をつけ!返せ!返せぇえっ!」
「……っ、この、馬鹿が!ちょっとは落ち着け!」

数回剣を合わせたところで、風が鳴るような音と共に強烈な剣戟に吹き飛ばされて、思い切り尻餅をつく。
そして気づけば喉元に切先が突きつけられていた。

「動くな」

ルーセウス王子から発せられる、冷たい声と鋭い眼差し。
こちらを威圧してくるような覇気に圧倒される。

「質問に答えろ。ディア王女を攫おうとしたことに間違いはないか?」

その言葉にゴクリと息を呑み、小さく『そうだ』と返す。

「それで?連れ去ろうと馬車に戻ってきたら、肝心のディア王女がいなくなっていた、と?」
「そうだ。だから、ニッヒガングの残党を探してた裏稼業の者達が偶々見つけて、連れ戻したんだと…」
「違うな」

予想した事を口にした瞬間、即ルーセウス王子が否定の言葉を口にしてきた。

「…え?」
「裏稼業の者達は城内ではなく、城外をそれこそ街の方に力を入れて捜索しているはずだ。後は近隣の怪しい場所。プロだからこそ無駄なことは極力排除しつつ効率的に動く。人数だって限られているし、暗部が動きやすい城内はそもそも除外して動いているだろう」
「なら暗部が?」
「暗部も同じだ。怪しい場所は真っ先に調べ終わってる。だからある意味ここは盲点だったはずだ。ブラン皇子もそう思ったから、ここに馬車を用意したんじゃないのか?」
「そ、そうだ。見張りさえ立てなければ怪しまれることもないと思って…」
「だろうな」

そして油断なく俺へと剣を突きつけたまま、パチンと指を鳴らした。

「お呼びですか?」
「ああ。ディオに連絡を。ディア王女が何者かに攫われた、と」

その言葉を受けて暗部が頭を下げて下がっていく。
恐らくディオ陛下がルーセウス王子につけた暗部なのだろう。

それからあっという間に増援が来て、俺は拘束された上でディオ陛下の前へと連れてこられた。

当然騒ぎにならないよう配慮されていて、パーティー会場から離れた別室だ。
そこには父の姿もあり、間を取り持つためかロキ陛下の姿もあった。

「それで?ディアが二重で攫われたと聞いたけど、どういう事か説明してもらえるかな?ブラン皇子」

ディオ陛下が静かな口調で尋ねてくる。
その声音はどこか柔らかい。
だからホッとして俺は自分に都合よく話をすることに。

「実はディア王女を説得するために時間を取ってもらって、馬車で待っていてもらったんだ。ディオ陛下に挨拶をした後、二人でゆっくり話せば振り向いてもらえるんじゃないかと思って…」
「そうか」

信じてもらえた。
そう思った。
でも、そう思えたのはそこまでだった。

「ディオ様。見つけてきました。はいコレ。ディア王女が身につけていた発信器型イヤリング。ご丁寧に装飾品だけじゃなく、ドレスやら下着やらと一緒に丸ごと袋に突っ込まれて置かれてましたよ?昏睡状態のディア王女付き暗部二人と一緒にね。本人だけが攫われたと見て間違いないと思います」

軽い口調でやってきたディオ陛下の暗部の言葉にその場の空気が凍りつく。

「ドレスや下着?…これはどういうことか、説明してもらおうか?ブラン皇子」

冷え切った声で問われ、一気に背筋が寒くなる。

(な、何とか、何とか誤魔化さないと…っ)

必死に考え、口から出た言葉はあまりにもお粗末なもの。

「き、きっとディア王女を攫った連中がしでかしたに違いない!すぐに探し出して…っひぃい!」

気づけばムチが身体へと巻きつけられ、地面へと引きずり倒されていた。
何が起こったか分からず、頭の中がパニックになる。

「ディオ。時間をかけ過ぎだ。こういう時は素早く聞き取りしないとディアが危ないよ?と言うわけで、レオ。いいよね?」

そう言ったのはロキ陛下だ。

「……お手柔らかに頼むよ」
「最短で調教して聞き出すから、安心していいよ」

ニコリと笑うその表情はとても優しく見えるのに、どうして寒気が止まらないんだろう?
蒼白になる父は『早く白状した方が傷は浅いぞ』とまるで温情をかけるかのように忠告をしてきた。
そして────。

「ヒギャアァァアッ!もう全部吐いたからっ、許してっ、許してくだひゃぃいいいっ!俺が悪かったですぅううっ!!」

俺はそんな悲鳴と共に、この世には絶対に敵に回してはいけない人がいるんだとその身で思い知る羽目になったのだった。


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