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閑話5.リヒター

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※今回はリヒターのお話なので、苦手な方はバックしてください。
宜しくお願いします。

****************

ロキ王子の戴冠に向け周囲は慌ただしく動き始めた。
幸い財務大臣のお陰で国庫はゆとりがある。
戴冠式も結婚式も共に豪奢に執り行うことは可能だろう。

そして周囲が準備に追われる中、俺はロキ王子に帝王学を教えていた。
友人であるミュゼも一緒だ。
ロキ王子はこれまでろくでもない教師にしか教えてもらったことがなかっただけで、きちんと教えてみるとかなり呑み込みが早い。
最初は基礎がわかっていなかったからミュゼもこんなこともわからないのかと眉を顰めていたのだが、俺が教える姿を横で見てロキ王子があっさり理解していく姿を見て考えが変わったらしい。
それ以降は丁寧に教えてくれるようになった。

「そう言えばリヒターは結婚とかはしないのか?」
「俺ですか?特に予定はないですね」
「そうか」

ミュゼが少し席を外したタイミングで何気なくそんな話題を振られ、特に予定はないとサラリと答えを返したのだが…どうしてそんなに残念そうなんだろう?
そう思って尋ねてみると、妙に可愛らしい答えが返ってきて驚いてしまう。

「リヒターが結婚するならちゃんとお祝いしてあげたいなと思って」
「そうですか。お気持ちだけ有難く頂いておきます」

ロキ王子はこう言ったところが可愛いと思う。
普段周囲の人間には全く興味がなく、カリン王子中心でほとんどのことが回っているのだが、一部の気に入った者達にはこうしてたまに気に掛けるようなことを言ってくれたりするのだ。
その筆頭はまず間違いなく自分だと自負している。

「もしどうしてもお祝いしたいということであれば、その時は相手を夢中にさせるキスの仕方でも教えてください」

冗談交じりにそうやって言ってみると、案外あっさりそれでいいならと返ってくるから正直少し心配ではあるが…。

「じゃあ今日は兄上を一緒に抱きながらキスでもしようか」
「それはやめておいた方がいいと思いますよ?」

誰も実地で教えてくれとは言っていないのに、本当に困った人だ。

「何故だ?」
「泣きながら浮気だと言われそうです」
「ははっ!いいじゃないか。兄上から嫉妬されたいし、是非やろう」
「ロキ王子…」
「もちろん、誰にでもキスするわけじゃないぞ?リヒターなら別に構わないと思っただけだ」

(またこの人は…)

正直こういった行動をされるとどうしていいのかわからなくなる。
恋心を抱いているわけでもないのに、たまにどうしようもなく胸が大きく弾んでしまうから困ってしまうのだ。
閨を共にしても肌を重ねるわけじゃない。
自分が抱くのはロキ王子ではなくカリン王子の方で、そんなカリン王子にも特に特別な思いは抱いてはいないのに…ロキ王子は目が離せなくて仕方がないのだ。
抱かれたいとも抱きたいとも思わないのに、時折こんな風に自分を虜にしてくるロキ王子につい溜息が出てしまう。

「ロキ王子…そんな事ばっかり言ってると、いつか痛い目に合ってしまいますよ?」

そして警告も兼ねてそのままチュッと軽くその唇を奪ってやった。
家族に対する挨拶代わりのキスと然程変わらないからこれくらいは大丈夫だろうと踏んでのことだ。
された方は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたから十分警告にはなったと思う。

「ハハッ!ほらね?痛い目に合ったでしょう?」

そうやって揶揄ったら気を悪くさせてしまったのか、顎を取られて徐に濃厚なキスをされてしまった。

「ん…っ?!」

(気持ちいい…)

カリン王子を抱いている時も思ったがロキ王子はテクニシャンだ。
歯列を割られ、忍び込んだ舌が俺の舌を絡め取り、あっという間にこちらを翻弄していく。

「ん…んん……」
「リヒター?俺を手玉に取るには100年早いぞ?」

どこか妖艶にさえ見える病んだ顔で嗤いながらこちらを見遣るロキ王子に魅入られそうになるけれど、そうなったら他の者達と同列になってしまうと思いグッと堪えて笑顔で躱す。

「手玉に取れるなんて思ってませんよ。さ、勉強の続きでもしましょうか」
「全く…。本当にリヒターは真面目だな」
「真面目でないと貴方と付き合っていくのは無理ですよ」

翻弄される方がずっと楽かもしれないけれど、それだとこの人はすぐに興味を失うだろう。
そうなる方が俺はずっと嫌だから、そうならないよう努力するのだ。

そうして穏やかに勉強を再開しようと思ったところで、扉の方から思い切り殺気のようなものが飛んできた。
一瞬刺客でも来たのかと警戒してしまったが、それは自分の目とロキ王子の嬉しそうな声で杞憂だったとすぐに理解する。

「兄上」
「……ロキ。マリッジブルーにでもなってリヒターと浮気をしていたのか?」
「リヒターと浮気…ですか?」
「今お前の方からキスしていただろう」

どうやら一番見られてはいけないものを見られてしまったらしい。
けれどロキ王子は全く動じることなくあっさりとカリン王子へと言い放った。

「ああ、あれは牽制ですよ?」
「牽制?」
「ええ。リヒターがいつか痛い目に合うぞと忠告でふざけてキスしてきたので、手玉に取ろうとするなと牽制しただけです」

別におかしなことはしていないとロキ王子は言うけれど、カリン王子は嫉妬に身を焦がして俺を睨んでくる。

「大丈夫ですよ。ロキ王子の説明通りちょっと悪ふざけが過ぎただけです」
「そうですよ。もし浮気をするなら兄上の前で堂々としますよ」

その方が嫉妬してもらえますしとロキ王子の返答はいつもの如く明後日の方向にいってしまう。

「ロキ…口づけは俺とだけにして欲しいのに…」
「可愛い焼きもちですね」

じゃあ口直しにキスしてもいいですかとロキ王子が嬉しそうに笑う。
結局カリン王子には誰も敵わないのだ。

「兄上。俺が兄上だけって知っているでしょう?」
「……知っている」
「そもそもリヒターは俺じゃなく兄上を抱いてるんですよ?浮気と言うなら兄上の方ですよね?」

これは酷い。
そもそも自分でやらせているくせに。
でもカリン王子の口をふさぐには一番効果的かもしれない。

「うぅ…」
「兄上の泣き顔が見られるなら俺はいくらでも酷いことをしますよ?わかってますか?」
「……つまり今のキスもそうだと?」
「ええ。ちなみにリヒターが結婚する際のお祝いは俺とのキスがいいんですって。兄上の前で見せつけるようにキスをしてあげるので楽しみにしていてくださいね?」

にっこりとそんなことを言うものだからカリン王子の嫉妬にまた火が付いた。

「リヒター…お前はこの先一生結婚するな」
「酷いですね」
「見せつけられたくないんだから仕方がないだろう?」
「そんな可愛い我儘を言う兄上も大好きですよ」

そう言いながらカリン王子を引き寄せてロキ王子は嬉しそうに口づけをし始める。
これはあれだ。
嫉妬されるのが嬉しくて仕方がないというやつだ。
ロキ王子はどうも自己評価が低すぎるせいか、時折こうしてカリン王子の愛情を量ろうとするのだ。
そんな事をしなくてもカリン王子はどこからどう見てもロキ王子一筋なのに…。
カリン王子もたまにはビシッと言ってやれればいいのだが、過去が後ろめたいから言うに言えないというところが見え隠れしている。
ここはもう自分が指摘するしかないだろう。

「ロキ王子。結婚前に相手を悲しませるのは感心しませんよ」
「……?」
「まあ…カリン王子がそれでマリッジブルーになって結婚自体が嫌になってもいいなら別ですが」
「え?」

きっとそこまでは考えていなかったのだろう。
これで少しは態度を改めてくれればいいのだが…。

「兄上…その、すみません」
「…………」
「俺との結婚……嫌になりましたか?」
「その前に教えてくれ。……お前は俺がリヒターと浮気をしていてもいいのか?」

(ああ…それはダメですよ、カリン王子!多分この場合は……)

「え?リヒターが相手なら別に構わないですけど…?」

やっぱりドツボにはまってしまった。
自分で言うのもなんだが、ロキ王子の俺への信頼度は非常に高いのだ。

「うぅ…ロキの馬鹿……!」

「ロキ王子!追ってください!しっかり捕まえてください!!」

泣きそうな顔で走って飛び出したカリン王子を早く追い掛けてくれと慌ててロキ王子に発破をかける。
今からならすぐに追いつけるだろうし、無事に仲直りができればいいのだが…。

カリン王子もそろそろロキ王子が色々ずれてるんだってわかってほしい。
俺は既に幾度となくカリン王子を抱いているからロキ王子の中では相手としては申し分ないと認識されているのだ。
ここで名前を出すのが俺の名じゃなくミュゼなら違っただろうに…。
多分ミュゼが相手なら物凄く嫌そうな顔で否定してそのままベッドに攫われていたはずだ。
言葉さえ間違わなければ上手くいっていたのにと残念でならない。




その後二人でちゃんと話し合ったようだけど、ロキ王子が反省してじゃあ結婚式まで一人寝で我慢しますと言ったらカリン王子がそこまで反省しなくてもいいからと慌てて許したと聞いた。

(まあカリン王子からしたら抱いてもらえない方が大問題だしな)

それだけロキ王子との閨が大好きなのは知っている。
でもそこからロキ王子を説得するのに酷く骨が折れたらしく、ロキ王子の説得方法を教えてくれと焦ったようにやってきた時には思わず笑ってしまった。
多分カリン王子が何を言っても「でも反省してるのをわかってもらいたいので」と頑なに言ってこられたのだろう。
実にロキ王子らしい。
でもそれこそがかなり深く反省している証拠だ。
それを迂闊に撤回させては台無しだから対応は考えなければならない。

「そういう時は優しく抱きしめて添い寝ですよ」

小さい子供と一緒だ。
反省はしたもののきっと今は寂しくて仕方がないはずだから、触れ合いを大事にして温もりを与えてやればいい。
そこでゆっくり話し合えば大抵仲直りは上手くいくものだ。

それからベッドの中で仲直りしたらしく、翌日にはすっかりいつもの二人に戻っていたのでホッとした。
なんだかんだと仲の良いこの二人を見ているのが一番嬉しい。

そんな俺をミュゼはおかしいと言うけれど、本当にこの二人を見ている今が一番幸せなんだからいいじゃないか。
大体婚約者になったスカーレット嬢を袖にして俺に抱かれに度々やって来るのはどうかと思う。
お前の方がおかしいと言ってやりたい。

「幸せになってくださいね、ロキ王子」

俺が望むのはただそれだけだ。

庭園で見つけた消えてしまいそうに儚い貴方がどうか幸せになれますように────。

俺はロキ王子のある種の道具だからこの気持ちに名前を付ける気はないけれど、その願いだけは叶えばいいと、今日も主の笑顔を見つめるのだった。

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