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番外編
番外編Ⅱ ナナシェにて⑯ Side.メリーナ
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夫から別れを切り出され、部屋に戻ってから色々考えた。
でも何度考えても夫の愛がなくなっただなんて信じられなかった。
「そうよ。きっとあの人は無理してるんだわ」
あまりにも清々しく背を向けられたから本気にとってしまったけれど、あれは見栄を張っただけかもしれない。
私に捨てられそうな空気を感じたから、プライドを守る為に強がっただけだ。
でなければおかしい。
そう結論づけて、それが正しい事を確認すべく隣の夫の部屋へと向かった。
すると慌てたような返事の後、夫はいかにもさっきまで泣いていましたと言う顔で私の前へと姿を現したではないか。
(やっぱり!)
私の予想は正しかった。
だから嬉しくなって捲し立てる。
子供達の件も心配していたようだし、さっき思いついた名案も伝えておこう。
そうすればきっと安心してくれるはず。
お金も入るし、家族もバラバラにならずに済むし、いい事づくめでしょう?
そう思ったのに────何故、ガナッシュ様がここにいるの?
何故、夫を抱き締めながら私を睨みつけてくるの?
「メリーナ。これ以上ラヴィアンを煩わせるな。ラヴィアンはもうお前に別れを告げただろう?」
「そんなもの、ただの気の迷いですわ。現にこうして泣いていたじゃありませんか」
「これはお前と別れられた安堵の涙だ。勘違いするな」
もっともらしくガナッシュ様は言うけど、そんなはずはない。
そんな事より気になるのは二人の距離だ。
まるで恋人同士のような姿にイラッとする。
夫は言うまでもなく私のものだし、ガナッシュ様は私の愛人候補のはずなのに、どうして私を省いてベタベタくっついているのか。
そこまで考えてハッとなった。
(も、もしかして…)
急に私と別れると言い出したのは、ガナッシュ様とくっついたからではと考えてしまったからだ。
思い返してみれば、夫はいつだってガナッシュ様に尽くしていた。
不快になるような行為をするな。
心地よく過ごしてもらえるように掃除の手は抜くな。
仕事の息抜きのお茶なんだから、美味しいお茶を出せるように練習したらどうだ?
私への注意にはいつだってガナッシュ様第一と言う考えが滲んでいた気がする。
好意を抱いていてもおかしくはない。
そして言っては何だが、夫は歳がいっても美形だ。
ついこの間まで寝不足で目の下に隈ができていた時でさえ無駄に儚げ系に見えたほど。
ガナッシュ様がそこに庇護欲を見出したのだとしたら?
(十分あり得る話だわ!)
男だからと油断した。
今まさに目の前で夫を守らんと腕の中に囲い込むガナッシュ様を見れば一目瞭然。
これは思わぬ伏兵だった。
まさか二人揃って男女どっちもOKだなんて思いもしなかった。
(悔しい!)
「私に隠れて浮気していたのね?!」
だからそう言ったのだけど、それを聞いた夫は驚いたように目を見開き、それは違うと言い出した。
「それは違う!確かにガナッシュ様は凄く立派で魅力的でカッコいいが、私なんかが釣り合うはずがないだろう?!ただの一方的な片思いで浮気だ何だと責められるいわれはない!」
慌てると本音がこぼれ落ちる夫をよく知っているだけに、それが真実かと悟ってしまう。
付き合っていたわけではないようだが、浮気は浮気だ。
「やっぱり浮気じゃないの!私よりガナッシュ様の方を好きになったから別れ話をしてきたんでしょう?!」
「それとこれとは話は別だ!お前に愛想が尽きたのは本当だが、別に私はガナッシュ様とどうこうなるつもりなんてない!」
夫はそう言うが、夫から見えない位置にいるガナッシュ様の表情は物凄く嬉しそうで、両想いなのは明らかだ。
きっとここで引き下がれば、この後二人は想いを伝え合って、あっさりくっついてしまうだろう。
私を差し置いて二人で幸せになる────それがどうしても許せなかった。
せめて一矢報いたい。
夫もガナッシュ様も嫌がるような、二人がくっつくのを阻止できるような、何だったら関係が拗れるような、そんな言葉はないだろうか?
そう思ったところで閃いた。
「そうよね!男同士なら貴方は抱かれる方でしょうしね。ご自慢の素敵なテクニックの数々も男相手なら何も活かせないでしょうね」
そんな言葉に夫の顔が羞恥に赤く染まり、絶句する。
「閨指導で沢山努力して相手を喜ばせる方法を覚えたのに全部無駄になって可哀想だわ。逆の立場になったらさぞ物足りないでしょうね。ガッカリするのが関の山だと思うわ。ねえ、そう思いません?ガナッシュ様」
夫を言葉で辱め、そんなテクニシャンな夫を下手くそに抱いてガッカリされたくないわよね?とガナッシュ様を挑発してやった。
きっと馬鹿にされたと怒るだろう。
もしくは自分のテクニックに不安を覚えて夫に手を出せなくなるかもしれない。
勿論手を出して幻滅されるのもアリだ。
(これ以上ないくらい完璧な挑発になったわ!流石、私!)
そう思ったのに、何故かガナッシュ様は真っ赤になって恥じらう夫をギュッと抱きしめて、思いがけない言葉を口にしてきた。
「馬鹿だなメリーナ。お前は先程から私へ援護射撃しかしていないことに、気づいているか?」
「……え?」
(援護…射撃?)
言っている意味が全くわからない。
別に私は今風魔法なんて使っていないのだけど?
そう思って首を傾げていると、突然目の前でガナッシュ様が夫へと告白しにかかった。
「ラヴィアン。お前が好きだ。愛してる」
「え?!」
飛び上がって動揺する夫が無性に可愛らしくて腹が立つ。
私の前ではあんな可愛い姿を見せてくれたことなんてないのに…!
「ガ、ガナッシュ様?!一体何を?!」
「可愛いお前に惚れてしまった私を許してほしい」
クイッと夫の顎を取り自分の方へ向けさせ、甘い言葉を口にしたと思ったところで、そのまま唇を重ねにいくガナッシュ様。
これは何?
私は何を見せられているの?
しかも夫は最初驚きすぎて固まっていたのに、段々うっとりして頬を染め始めた。
しかもさりげなく舌まで入れられているではないか。
(どうしてそんな顔で受け入れてるのよ?!突き飛ばしなさいよ!キスは私以外とは嫌だって、気持ち悪いって、どうして言わないの?!)
まさかガナッシュ様までテクニシャンだとでも言うのだろうか?
「はぁ…」
「気持ち良かったか?」
「う…はぃ…」
「それは良かった。そういうことだから、ラヴィアンはこのまま貰っていく。お前はもう妻でも何でもないのだから下がっていろ。わかったな?」
有無を言わせぬ笑みを浮かべ、そのまま夫の腰を抱いて持ち帰ろうとするガナッシュ様。
私はどうして目の前で夫をガナッシュ様に奪われているんだろう?
いいえ。逆なのかしら?
ガナッシュ様を夫に奪われた?
「どうして…どうして女の私じゃなく、私の夫を攫って行くのよおぉぉっっ?!」
幸せもお金も何もかもが手に入らない。
掴んでいるはずのものまでこの手をすり抜けていってしまう。
こんなに頑張っているのに、どうして選んでもらえないのだと悲嘆に暮れる。
翌日、艶々するガナッシュ様と、部屋から出てこられず食事をガナッシュ様のベッドで食べさせてもらっている夫を見て、使用人仲間達から物凄く憐れみの眼差しを向けられて、これ以上ないほどの屈辱的な思いに苦しむ羽目になったのは言うまでもない。
***
【Side.ラヴィアン】
「メリーナ。これ以上ラヴィアンを煩わせるな。ラヴィアンはもうお前に別れを告げただろう?」
「そんなもの、ただの気の迷いですわ。現にこうして泣いていたじゃありませんか」
「これはお前と別れられた安堵の涙だ。勘違いするな」
言葉の通じないメリーナへと、ガナッシュ様が説得にかかる。
なのに何を思ったのか、メリーナは突然あり得ない誤解をしてこちらを非難してきた。
「私に隠れて浮気してたのね?!」
「それは違う!確かにガナッシュ様は凄く立派で魅力的でカッコいいが、私なんかが釣り合うはずがないだろう?!ただの一方的な片思いで浮気だ何だと責められるいわれはない!」
即座に否定したが、もしかしたら教育係をしていた時にでもガナッシュ様を見つめる眼差しにそういうものが混じっていて誤解されたのかと焦りに焦る。
だからつい本人が後ろにいるのを失念して口が滑ってしまった。
でもここでメリーナの誤解からガナッシュ様に迷惑をかけるよりかは余程マシだろう。
後のことは後で考えたらいい。
ガナッシュ様が後で気持ち悪いから二人そろって出て行けと言うのなら黙って従うまでだ。
取り敢えず今は、これ以上騒いでガナッシュ様の迷惑にならないようにしたかった。
妻からはガナッシュ様の表情が見えているだろうが、私は後ろから抱きしめられているから全く見えない。
でもきっと気持ち悪いと思われたならすぐにでも私からそっと距離を取っただろうし、それがないのがせめてもの救いだった。
「やっぱり浮気じゃないの!私よりガナッシュ様の方を好きになったから別れ話をしてきたんでしょう?!」
「それとこれとは話は別だ!お前に愛想が尽きたのは本当だが、別に私はガナッシュ様とどうこうなるつもりなんてない!」
ガナッシュ様にはせめてこれだけはわかってほしいと思った。
本当にどうこうなるつもりなんて一切ないのだということを。
なのにメリーナはそんな私の気持ちなんて考えもせず、煽りに煽ってくる。
「そうよね!男同士なら貴方は抱かれる方でしょうしね。ご自慢の素敵なテクニックの数々も男相手なら何も活かせないでしょうね」
それを聞き思わず自分の上で優しく微笑むガナッシュ様を想像してしまい、顔に熱が集まって真っ赤になる。
(想像してどうする?!)
妻の言葉に煽られて叶うはずのないそんな妄想に惑わされるなんてどうかしている。
頼むから今すぐその口を閉じてほしい。
「閨指導で沢山努力して相手を喜ばせる方法を覚えたのに全部無駄になって可哀想だわ。逆の立場になったらさぞ物足りないでしょうね。ガッカリするのが関の山だと思うわ。ねえ、そう思いません?ガナッシュ様」
しかもガナッシュ様にまで挑発的にそんなことを言うなんてどうかしている。
ガナッシュ様はこちらのことなんて何とも思っていないのだから、きっと気を悪くして怒るに違いない。
そう思ったのに────。
「馬鹿だなメリーナ。お前は先程から私へ援護射撃しかしていないことに、気づいているか?」
「……え?」
ガナッシュ様はどこか弾む声音でそう言った後、ギュッと私を抱きしめながら甘く囁いた。
「ラヴィアン。お前が好きだ。愛してる」
「え?!」
その突然の告白に心臓が爆発するかと思うほど驚き、身体がびくりと大きく跳ねる。
「ガ、ガナッシュ様?!一体何を?!」
聞き間違いか、もしくはいつの間にか立ったまま気を失って夢でも見ているのかもしれないとさえ思ってしまったが、ガナッシュ様の追撃は止まらなかった。
「可愛いお前に惚れてしまった私を許してほしい」
そう言いながら顎を持ち上げられ、これは現実だと教えるように優しく重ねられる唇。
驚く私を慈しむように見つめ、そっと忍び込んできた舌がゆったりと絡められた。
(気持ちいい…)
最初でこそ驚いたものの、諦めていたガナッシュ様との口づけが嬉しくて夢見心地で応えてしまう。
キスなんて長らくしていなかったが、こんなにも気持ちの良いものだっただろうか?
妻とのそういったあれこれは遠い昔過ぎて最早思い出せそうにない。
「はぁ…」
「気持ち良かったか?」
「う…はぃ…」
全然嫌そうではなく、寧ろ嬉しそうに微笑むガナッシュ様。
その姿を見て本当に自分を好きになってくれたのかとジワジワと嬉しい気持ちが湧いてきた。
「それは良かった。そういうことだから、ラヴィアンはこのまま貰っていく。お前はもう妻でも何でもないのだから下がっていろ。わかったな?」
どうやらガナッシュ様はこれ以上私がメリーナに煩わされないようにとの配慮から、私をここから連れ出すことにしたようだ。
そんなさり気ない気遣いがどこまでも嬉しい。
「どうして…どうして女の私じゃなく、私の夫を攫って行くのよおぉぉっっ?!」
去り行く背にメリーナのそんな声が響いてきたが、隣を歩くガナッシュ様の温もりに励まされ、振り向くことなく前だけを向くことができたのだった。
でも何度考えても夫の愛がなくなっただなんて信じられなかった。
「そうよ。きっとあの人は無理してるんだわ」
あまりにも清々しく背を向けられたから本気にとってしまったけれど、あれは見栄を張っただけかもしれない。
私に捨てられそうな空気を感じたから、プライドを守る為に強がっただけだ。
でなければおかしい。
そう結論づけて、それが正しい事を確認すべく隣の夫の部屋へと向かった。
すると慌てたような返事の後、夫はいかにもさっきまで泣いていましたと言う顔で私の前へと姿を現したではないか。
(やっぱり!)
私の予想は正しかった。
だから嬉しくなって捲し立てる。
子供達の件も心配していたようだし、さっき思いついた名案も伝えておこう。
そうすればきっと安心してくれるはず。
お金も入るし、家族もバラバラにならずに済むし、いい事づくめでしょう?
そう思ったのに────何故、ガナッシュ様がここにいるの?
何故、夫を抱き締めながら私を睨みつけてくるの?
「メリーナ。これ以上ラヴィアンを煩わせるな。ラヴィアンはもうお前に別れを告げただろう?」
「そんなもの、ただの気の迷いですわ。現にこうして泣いていたじゃありませんか」
「これはお前と別れられた安堵の涙だ。勘違いするな」
もっともらしくガナッシュ様は言うけど、そんなはずはない。
そんな事より気になるのは二人の距離だ。
まるで恋人同士のような姿にイラッとする。
夫は言うまでもなく私のものだし、ガナッシュ様は私の愛人候補のはずなのに、どうして私を省いてベタベタくっついているのか。
そこまで考えてハッとなった。
(も、もしかして…)
急に私と別れると言い出したのは、ガナッシュ様とくっついたからではと考えてしまったからだ。
思い返してみれば、夫はいつだってガナッシュ様に尽くしていた。
不快になるような行為をするな。
心地よく過ごしてもらえるように掃除の手は抜くな。
仕事の息抜きのお茶なんだから、美味しいお茶を出せるように練習したらどうだ?
私への注意にはいつだってガナッシュ様第一と言う考えが滲んでいた気がする。
好意を抱いていてもおかしくはない。
そして言っては何だが、夫は歳がいっても美形だ。
ついこの間まで寝不足で目の下に隈ができていた時でさえ無駄に儚げ系に見えたほど。
ガナッシュ様がそこに庇護欲を見出したのだとしたら?
(十分あり得る話だわ!)
男だからと油断した。
今まさに目の前で夫を守らんと腕の中に囲い込むガナッシュ様を見れば一目瞭然。
これは思わぬ伏兵だった。
まさか二人揃って男女どっちもOKだなんて思いもしなかった。
(悔しい!)
「私に隠れて浮気していたのね?!」
だからそう言ったのだけど、それを聞いた夫は驚いたように目を見開き、それは違うと言い出した。
「それは違う!確かにガナッシュ様は凄く立派で魅力的でカッコいいが、私なんかが釣り合うはずがないだろう?!ただの一方的な片思いで浮気だ何だと責められるいわれはない!」
慌てると本音がこぼれ落ちる夫をよく知っているだけに、それが真実かと悟ってしまう。
付き合っていたわけではないようだが、浮気は浮気だ。
「やっぱり浮気じゃないの!私よりガナッシュ様の方を好きになったから別れ話をしてきたんでしょう?!」
「それとこれとは話は別だ!お前に愛想が尽きたのは本当だが、別に私はガナッシュ様とどうこうなるつもりなんてない!」
夫はそう言うが、夫から見えない位置にいるガナッシュ様の表情は物凄く嬉しそうで、両想いなのは明らかだ。
きっとここで引き下がれば、この後二人は想いを伝え合って、あっさりくっついてしまうだろう。
私を差し置いて二人で幸せになる────それがどうしても許せなかった。
せめて一矢報いたい。
夫もガナッシュ様も嫌がるような、二人がくっつくのを阻止できるような、何だったら関係が拗れるような、そんな言葉はないだろうか?
そう思ったところで閃いた。
「そうよね!男同士なら貴方は抱かれる方でしょうしね。ご自慢の素敵なテクニックの数々も男相手なら何も活かせないでしょうね」
そんな言葉に夫の顔が羞恥に赤く染まり、絶句する。
「閨指導で沢山努力して相手を喜ばせる方法を覚えたのに全部無駄になって可哀想だわ。逆の立場になったらさぞ物足りないでしょうね。ガッカリするのが関の山だと思うわ。ねえ、そう思いません?ガナッシュ様」
夫を言葉で辱め、そんなテクニシャンな夫を下手くそに抱いてガッカリされたくないわよね?とガナッシュ様を挑発してやった。
きっと馬鹿にされたと怒るだろう。
もしくは自分のテクニックに不安を覚えて夫に手を出せなくなるかもしれない。
勿論手を出して幻滅されるのもアリだ。
(これ以上ないくらい完璧な挑発になったわ!流石、私!)
そう思ったのに、何故かガナッシュ様は真っ赤になって恥じらう夫をギュッと抱きしめて、思いがけない言葉を口にしてきた。
「馬鹿だなメリーナ。お前は先程から私へ援護射撃しかしていないことに、気づいているか?」
「……え?」
(援護…射撃?)
言っている意味が全くわからない。
別に私は今風魔法なんて使っていないのだけど?
そう思って首を傾げていると、突然目の前でガナッシュ様が夫へと告白しにかかった。
「ラヴィアン。お前が好きだ。愛してる」
「え?!」
飛び上がって動揺する夫が無性に可愛らしくて腹が立つ。
私の前ではあんな可愛い姿を見せてくれたことなんてないのに…!
「ガ、ガナッシュ様?!一体何を?!」
「可愛いお前に惚れてしまった私を許してほしい」
クイッと夫の顎を取り自分の方へ向けさせ、甘い言葉を口にしたと思ったところで、そのまま唇を重ねにいくガナッシュ様。
これは何?
私は何を見せられているの?
しかも夫は最初驚きすぎて固まっていたのに、段々うっとりして頬を染め始めた。
しかもさりげなく舌まで入れられているではないか。
(どうしてそんな顔で受け入れてるのよ?!突き飛ばしなさいよ!キスは私以外とは嫌だって、気持ち悪いって、どうして言わないの?!)
まさかガナッシュ様までテクニシャンだとでも言うのだろうか?
「はぁ…」
「気持ち良かったか?」
「う…はぃ…」
「それは良かった。そういうことだから、ラヴィアンはこのまま貰っていく。お前はもう妻でも何でもないのだから下がっていろ。わかったな?」
有無を言わせぬ笑みを浮かべ、そのまま夫の腰を抱いて持ち帰ろうとするガナッシュ様。
私はどうして目の前で夫をガナッシュ様に奪われているんだろう?
いいえ。逆なのかしら?
ガナッシュ様を夫に奪われた?
「どうして…どうして女の私じゃなく、私の夫を攫って行くのよおぉぉっっ?!」
幸せもお金も何もかもが手に入らない。
掴んでいるはずのものまでこの手をすり抜けていってしまう。
こんなに頑張っているのに、どうして選んでもらえないのだと悲嘆に暮れる。
翌日、艶々するガナッシュ様と、部屋から出てこられず食事をガナッシュ様のベッドで食べさせてもらっている夫を見て、使用人仲間達から物凄く憐れみの眼差しを向けられて、これ以上ないほどの屈辱的な思いに苦しむ羽目になったのは言うまでもない。
***
【Side.ラヴィアン】
「メリーナ。これ以上ラヴィアンを煩わせるな。ラヴィアンはもうお前に別れを告げただろう?」
「そんなもの、ただの気の迷いですわ。現にこうして泣いていたじゃありませんか」
「これはお前と別れられた安堵の涙だ。勘違いするな」
言葉の通じないメリーナへと、ガナッシュ様が説得にかかる。
なのに何を思ったのか、メリーナは突然あり得ない誤解をしてこちらを非難してきた。
「私に隠れて浮気してたのね?!」
「それは違う!確かにガナッシュ様は凄く立派で魅力的でカッコいいが、私なんかが釣り合うはずがないだろう?!ただの一方的な片思いで浮気だ何だと責められるいわれはない!」
即座に否定したが、もしかしたら教育係をしていた時にでもガナッシュ様を見つめる眼差しにそういうものが混じっていて誤解されたのかと焦りに焦る。
だからつい本人が後ろにいるのを失念して口が滑ってしまった。
でもここでメリーナの誤解からガナッシュ様に迷惑をかけるよりかは余程マシだろう。
後のことは後で考えたらいい。
ガナッシュ様が後で気持ち悪いから二人そろって出て行けと言うのなら黙って従うまでだ。
取り敢えず今は、これ以上騒いでガナッシュ様の迷惑にならないようにしたかった。
妻からはガナッシュ様の表情が見えているだろうが、私は後ろから抱きしめられているから全く見えない。
でもきっと気持ち悪いと思われたならすぐにでも私からそっと距離を取っただろうし、それがないのがせめてもの救いだった。
「やっぱり浮気じゃないの!私よりガナッシュ様の方を好きになったから別れ話をしてきたんでしょう?!」
「それとこれとは話は別だ!お前に愛想が尽きたのは本当だが、別に私はガナッシュ様とどうこうなるつもりなんてない!」
ガナッシュ様にはせめてこれだけはわかってほしいと思った。
本当にどうこうなるつもりなんて一切ないのだということを。
なのにメリーナはそんな私の気持ちなんて考えもせず、煽りに煽ってくる。
「そうよね!男同士なら貴方は抱かれる方でしょうしね。ご自慢の素敵なテクニックの数々も男相手なら何も活かせないでしょうね」
それを聞き思わず自分の上で優しく微笑むガナッシュ様を想像してしまい、顔に熱が集まって真っ赤になる。
(想像してどうする?!)
妻の言葉に煽られて叶うはずのないそんな妄想に惑わされるなんてどうかしている。
頼むから今すぐその口を閉じてほしい。
「閨指導で沢山努力して相手を喜ばせる方法を覚えたのに全部無駄になって可哀想だわ。逆の立場になったらさぞ物足りないでしょうね。ガッカリするのが関の山だと思うわ。ねえ、そう思いません?ガナッシュ様」
しかもガナッシュ様にまで挑発的にそんなことを言うなんてどうかしている。
ガナッシュ様はこちらのことなんて何とも思っていないのだから、きっと気を悪くして怒るに違いない。
そう思ったのに────。
「馬鹿だなメリーナ。お前は先程から私へ援護射撃しかしていないことに、気づいているか?」
「……え?」
ガナッシュ様はどこか弾む声音でそう言った後、ギュッと私を抱きしめながら甘く囁いた。
「ラヴィアン。お前が好きだ。愛してる」
「え?!」
その突然の告白に心臓が爆発するかと思うほど驚き、身体がびくりと大きく跳ねる。
「ガ、ガナッシュ様?!一体何を?!」
聞き間違いか、もしくはいつの間にか立ったまま気を失って夢でも見ているのかもしれないとさえ思ってしまったが、ガナッシュ様の追撃は止まらなかった。
「可愛いお前に惚れてしまった私を許してほしい」
そう言いながら顎を持ち上げられ、これは現実だと教えるように優しく重ねられる唇。
驚く私を慈しむように見つめ、そっと忍び込んできた舌がゆったりと絡められた。
(気持ちいい…)
最初でこそ驚いたものの、諦めていたガナッシュ様との口づけが嬉しくて夢見心地で応えてしまう。
キスなんて長らくしていなかったが、こんなにも気持ちの良いものだっただろうか?
妻とのそういったあれこれは遠い昔過ぎて最早思い出せそうにない。
「はぁ…」
「気持ち良かったか?」
「う…はぃ…」
全然嫌そうではなく、寧ろ嬉しそうに微笑むガナッシュ様。
その姿を見て本当に自分を好きになってくれたのかとジワジワと嬉しい気持ちが湧いてきた。
「それは良かった。そういうことだから、ラヴィアンはこのまま貰っていく。お前はもう妻でも何でもないのだから下がっていろ。わかったな?」
どうやらガナッシュ様はこれ以上私がメリーナに煩わされないようにとの配慮から、私をここから連れ出すことにしたようだ。
そんなさり気ない気遣いがどこまでも嬉しい。
「どうして…どうして女の私じゃなく、私の夫を攫って行くのよおぉぉっっ?!」
去り行く背にメリーナのそんな声が響いてきたが、隣を歩くガナッシュ様の温もりに励まされ、振り向くことなく前だけを向くことができたのだった。
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