【完結】探偵は悪態を吐く

オレンジペコ

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6.ストーカー対策

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その日は今にも雨が降り出しそうな、どこかどんよりした日だった。
夕刻に今夜の調査は雨の中かと少々うんざりした気持ちで窓の外へと目を向けていると、思いがけない人物が事務所へと姿を現した。

「藍河~…助けて…」

そこに現れたのは俺の親友である尾関だ。
いつもはこの探偵事務所に来ることなどないのに一体どうしたと言うのだろうか?

「どうした?何かあったのか?」

だから思わずそうやって尋ねたのだが、尾関は心底困ったと言うように頭を抱えてしゃがみこんだ。
取りあえずこのままでは埒が明かないので一先ずソファーへと促し、話を聞いてやることにする。
そして話してもらった内容を纏めると────。

「完全にストーカーだな」

どうやら恋人でもなんでもない女に勝手に見初められてしまったらしい。
会う相手会う相手写真を撮られ、封筒に入れて送りつけられたり、教えてもいない携帯に電話をかけてきたり、挙句に会社にまで出没して外堀を埋められそうになったり等々。
正直怖過ぎる。
これならメール呼び出しではなくわざわざ事務所に来たのもわからないでもない。
こちらの方が安全だと判断したのだろう。
「やっぱりそうだよな?もうどうしよう……」
これまでそう言ったヤバそうな相手とは付き合わないようにしていたし、近寄らないようにしていたのにと尾関は悲壮な顔で落ち込んでいるが、こればかりは相手の執着によるようなものだし回避しきれるものではない。
不運だったと諦めるより他ないだろう。
「心配するな。俺が何とかしてやるから」
折角頼ってくれたのだから力になってやるのは吝かでもない。
一先ずそのストーカーについて調べ上げてやろうじゃないか。
「取りあえずそのストーカー女のことは裏の裏まで調べ上げてやる」
「いいのか?」
「ああ。有井、菊野、今急ぎの奴はなかったな?」
「え?ええ。なかったです」
お茶の用意をしてくれた女性調査員たちに尋ねるとそんな風に返ってきたので、よしとばかりにすぐさま男性調査員の方へと向き直る。
「お前達、有井を連れてっていいから誰か調査に向かってくれ」
「お、いいっすね。んじゃあ俺が行ってきまっす!」
「水野。頼んだぞ。あと狩野!今晩の俺の仕事を変わってほしい」
「了解です」
元気よく仕事を引き受けた水野達を一先ず見送って、俺は狩野にそうやって指示を出すと尾関の方へと言葉をかけた。
「とりあえず情報が集まり次第対処法を考えよう」
けれどそう言っても尾関の表情が晴れることはない。
そんな尾関を見て菊野が声を上げる。
「所長!尾関さん、もしかしてストーカーに家までついてこられそうで怖いんじゃないですか?」
「へ?」
「それに…もしかしたら家の鍵を不正に入手して入り込んでるかもしれないし…。帰っていきなりエプロン姿で『おかえりなさいあなた♡』とか言われたらと思うと超怖くないですか?」
そんな言葉に尾関が蒼白になってしまう。
それは確かに怖い。怖過ぎる。
「お前…人の親友ビビらせてんじゃねーよ!」
可哀想だろう?
けれど尾関の口からはとんでもない言葉が飛び出した。
「うぅ…似たようなことされたから否定できない……」
尾関の話を聞くと、どうやらその女は尾関の家の前でスーパーの袋を持って待ち構えていたことがあったらしい。
「その日はあまりにも怖くてダッシュで逃げてビジネスホテルに泊まったんだけど…後で『どこにいるの?折角待ってるのに』とか電話かかってきて、本気で身震いした」
それからはあちこちホテルを転々としているのだと白状する。
金持ちじゃなかったら破産してるな。
「うわ~……」
これには菊野も同情的だ。
さすがに可哀想すぎる…。
「しょ…所長……」
そうやってこちらを見てくる菊野が言いたいことはよくわかる。
「わかってる。尾関。そういうことならホテルじゃなくて俺の家に来い。情報共有もしやすいし、何かあっても俺が守ってやれるから安全だ」
そんな言葉に尾関の目がいいのかと訴えてくるが別にいくら頼ってくれてもいいのに。
どこまで遠慮しいな奴なんだ。
「俺とお前の仲だろう?遠慮するな」
「藍河…」
尾関が縋るように俺の方を見てきたから安心させるように力強く頷いてやったんだが、何を勘違いしたのか菊野がうっとりとしたように俺達を見てきた。
「ああ…生BLがここに…」
「はぁ?そんなもんいっつも仕事で見てるだろう?何言ってんだお前は」
「え~?だって尾関さんも所長もかっこいいし、お似合いなんですもん!」
「…俺達は目の保養かよ」
「そうですよ~!友人同士とか言ってないでくっついてくれたらいいのに~!」
そんな風にぶうぶう文句を言ってくる菊野をまるっと無視して俺は尾関に声を掛ける。
「尾関、気にするな。こいつを筆頭にここの女調査員は本当にBL好きでな~。頭が腐ってるんだ」
「ああ、なるほど」
こんな女達にも柔らかい笑みを向けてやれるこいつは本当に優しい奴だと思う。
「ほら。取りあえず荷物取りにホテル行くぞ」
そう言って車のキーを手に取り促してやるとなんだか微妙な顔をしてくる。
「大丈夫だ!お前の平穏は俺が取り戻す」
「うぅ…藍河が男前すぎて益々惚れそうだ…」
「何言ってんだ今更。ほら、冗談はその辺にして行くぞ!」
全く、ストーカー女め!人の友人をこんなに不安にさせやがって!
証拠が揃ったらぎったんぎったんにしてやる!
そうやって鼻息荒く尾関を連れて事務所を後にしたのだが────。



家に尾関を連れてきたのはいいが、俺は何故か至れり尽くせりの状況に陥っていた。
尾関は『世話になるんだからこれくらい』と言って嬉々として料理を作り、掃除洗濯など次々と取り掛かっていく。
気が紛れるからというのもあるかもしれないが、本当に甲斐甲斐しいいい奴だなぁと思う。
「藍河。美味いか?」
「ああ。久しぶりに食べたけど、お前本当に料理上手だな」
「そりゃあ相手の胃袋掴んだら落としやすいって聞くしな!」
「さすが。男女問わずモテる男は違うな」
うん。本当に美味い。
女なら嫁に来てほしいくらいだ。
まあ俺はゲイだから嫁を取るつもりはないが。

そうこうしているうちに夜になり、互いにシャワーを浴びて、さあ寝るぞとなったところで尾関が床で寝ようとしだしたので呆れてため息をついた。
「お前まさか床で寝るつもりか?」
「え?そうだけど?」
「こっちに来ればいいだろう?」
うちのベッドは広いから男二人で寝ても別に狭くはない。
大体いつもは一緒に寝てるだろうに。本当に世話のかかる奴だ。
自分達の関係で一体今更何を遠慮する必要があるのだろう?
「お前の指定席はここだ」
だから何故か躊躇う尾関に俺は自分の横を示しながら言ってやった。
「…でも」
それでも渋る尾関にいい加減腹が立って、不機嫌そうに問いかける。
「でも?なんだ?」
ベッドに肘をついて話は聞いてやると行動で示すと、渋々ながら尾関はその重たい口を開いた。
こうなった俺からは絶対に逃げられないとわかっているからだろう。
「その…ただでさえストーカーのせいで恋人探しができてない上に、ここ最近不安ばっかりで自分でも抜いてないし…だな…」
「?つまり溜まってる上に不安もあるから、ここで寝たら俺に甘えて抱いてほしくなるってことか?」
そう尋ねてやると、図星だったのか尾関は一気に真っ赤になってバツが悪そうに俯いてしまった。
けれど自分からすれば何故尾関がそんなに遠慮しているのかわからない。
「お前なぁ…。俺達の仲で今更だろう?抱いてほしいならそう言えばいいし、不安なら甘えたっていい。大体二か月近くストーカーにあって怖い思いをしてたんだから、お前が泣いて甘えてきたって別になんとも思わねーだろ?」
「藍河…」
「ほら。こっちに来い。今日はいっぱい甘えさせてやるから」
そう言って布団をめくって誘ってやると泣きそうな顔でこちらへとやってくる。
その姿にまたストーカー女に腹が立ってきた。
普段明るい尾関をこんなに怯えさせて泣かせるなんて────!
改めてそう思っていると、尾関はどこか不安そうにおずおずと切り出してきた。
「藍河…今日だけでいいから下の名前で呼んでもいいか?」
「?いいぞ。って言うかお前がそんな風に言うのは珍しいな。中高時代もそんなこと言ったことないのに」
「それは……お前が…」
何故かもごもごと言いにくそうにする尾関に俺はおかしくなってフッと笑ってやった。
「じゃあこれからは寝る時だけは名前呼びして恋人っぽくするか?」
別にこいつに次の恋人ができるまでの間、恋人ごっこくらいいくらでも付き合ってやれる。
そう思って提案すると、尾関はしばらく悩んだ後小さな声で答えを返した。
「………お前が許してくれるなら」
そんな尾関を抱き寄せて、甘い声で耳元にそっと囁きを落とす。
「来いよ。智也……」
「~~~~~っ!」
そしてそのまま真っ赤になる尾関をベッドに引っ張り込んで、トロトロになるまで甘く溶かしてやった。


***


「おはよう。智也」
起きたら二人ともまだベッドの上だったので昨日の約束通りそうやって寝起き一発尾関に言ってやったのだが、何故か尾関は目を丸くした後自分で自分の頬を抓っていた。
失礼な奴だ。
俺は約束は守る主義なのに。
「……え…っと。藍河?」
「なんだ。忘れたのか?ベッドの上では名前で呼ぶんだろう?」
そうやって促してやると、やっと思い出したのか小さな声でそうだったと呟いていた。
寝惚けるにもほどがあるだろうに。
「そ…それじゃあ……武尊(たける)…。おはよう」
おずおずと呼ばれる自分の名前。
正直この名前は仰々しいと思う。
そもそも母親は『この名前は神様の名前から頂いたのよ』と嬉しそうに話していたが、マタニティハイだったんじゃないかと密かに思っているくらいだ。
名づけってテンション上がるっていうしな。
昔何かの時にもしかしたらそんな愚痴をこぼして、それを聞いたこいつが気を遣って苗字呼びにしてくれたのかもしれないなと今更ながらにふと思った。
こいつは優しい奴だし、ありえなくはないだろう。
「今日は仕事に行けそうか?」
「え?ああ。お前のお陰で気も楽になったし、今日はバリバリ働けそうだ」
「それは良かった」
やっぱり友人の元気がないと心配だからな。
「じゃあ着替えてさっさと出勤するか」
そうして何事もなかったかのようにサクサクと朝の支度をして、揃って笑顔で家を出たのだった。


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