7 / 13
7.酷い無自覚~尾関side.~
しおりを挟む
「尾関!」
仕事が終わって会社を出たところで藍河が自分の方へと手を挙げてくる。
その姿が何とも言えず格好良い。
「藍河…本当に迎えに来てくれたのか?」
仕事が終わったら迎えに行くからメールしろと言われ、まあ初日だし気を遣ってくれたのだろうから甘えるかとメールをしたのだが、本気で迎えに来てくれたらしい。
「当たり前だろう?ほら、行くぞ」
そう言って藍河は車の方へと促してくれる。
それに礼を言ってそのまま助手席へと乗り込むと、バサッと書類の束を渡された。
「?」
「その女で間違いないか?」
その言葉にごくりと喉を鳴らし、恐る恐る書類に目を通すとそこには以前自分の部屋の前にいた女の姿が写されていて驚いた。
「……合ってる」
小さな声でそう答えると藍河は車を発進させザックリと話し始めた。
「そうか。昨日お前が事務所に来た後調査に向かったやつらが不審な人物を見掛けてこっそり写真を撮って様子を見ていたらしいんだが、そいつが俺と一緒に事務所を出てきたお前の写真を撮っているのを見て確信したんだと」
そこからの調査員の動きは速かったらしい。
尾行して家を押さえ、そこから苗字名前を確認し一気に調査を進めたのだとか。
「紺野 理紗子(こんの りさこ)。大手チェーンを展開している紺野グループの次女で、お前とはホテルで開かれたパーティーで会った可能性が高い」
「パーティー……」
その言葉に記憶を辿ると、確かに三か月ほど前にあった会社の創立記念パーティーに紺野グループの会長が来ていた記憶があった。
孫娘の姿を見た記憶はないが、向こうがこれほど執着しているということは恐らくそこで何かしらの接触なり切っ掛けなりがあったのだろう。
けれど正直付き合ってもいない女に付きまとわれるなんて御免だった。
一体自分はこれからどうすればいいのか…。
紺野グループの娘というなら警察に言っても益々相手にしてもらえそうにない。
下手をすれば相手の出方次第で婚約者同士のトラブルとか恐ろしいことをでっちあげられてしまう可能性すらでてくる。
そうやって戦々恐々としていると、藍河が徐に路肩に車を止めて、どこかへと電話をかけ始めた。
「あ、尾関のお父さんですか?お久しぶりです。藍河です。ええ。ええ。ははっ!そんなことないですよ。ええ。たまたま軌道に乗っただけですから。ええ。それで尾関…いえ、智也の件なんですけど、今紺野グループの娘に囲われそうになってて…ええ。そう。相変わらず脇が甘いんですよね。ええ。なので暫く俺の傍に置かせてもらっていいですか?できるだけ早期に解決するんで。え?恋人?またまた…。あ~…なるほど。わかりました。じゃあストーカーに遭遇したらかましておきます。ええ。相変わらず言うことが酷いですね。ええ。わかりました。じゃあまたご報告しますので」
どうやら電話の相手は俺の父親だったようで、親しげに笑顔で話し、そのまま電話を切った。
「話はまとまったぞ。親父さん曰く、ストーカーの前でキスくらいぶちかましていいから、とっとと追っ払ってやってくれだってさ」
「へ?」
正直父が本当にそんなことを言ったのかと思ったが、藍河の次の言葉で納得がいった。
「どうも俺は昔から親父さんには気に入られててな。『藍河くんならいつでも息子になってくれていいぞ!』とか笑って言ってくれるんだよな」
なんでも昔うちに遊びに来た時に父親から値踏みされたのが気に入らなくて、「自分で成功してこそ『男』だって一番知ってるでしょうに」とか藍河が言ったらしい。
それを父親がいたく気に入ったのだとか。
「昔はそれこそ『嫁に来い』とか『息子が増えるのが楽しみだ』とかよく言ってたぞ?お前があんまり構ってやってなかったから寂しかったんじゃないか?」
けれどそんな藍河の言葉に思わず固まってしまう。
(違う。これは……)
バレてる。絶対にバレてる!
まさか自分の気持ちが父親にバレバレだったなんて信じたくはないが、こんなに藍河に猛プッシュしているからにはきっと本人は息子の恋を応援しているつもりだったのだろう。
そんな動揺している自分に気づいているのかいないのか、藍河は世間話の延長線上のような気軽さで先を続けた。
「本当、いい親父さんだよな。うちのとは大違いだ」
その言葉に『あ~…相変わらずなのか』と思わずため息が出てしまった。
ゲイなのをこれっぽっちも隠していない藍河だが、父親はそんな藍河に『自分達の育て方が悪かったのか?いや、きっと父親としてあまり構ってやれてなかったせいでねじくれたんだ!すまん!』と嘆き、ここから挽回をと矢鱈滅多ら女性を紹介し始め、それ以来藍河に一蹴されるということを繰り返しているのだ。
綺麗な女性、可愛い女性、知的な女性、スポーティーな女性とまさに相手はより取り見取り。
けれど肝心の藍河本人はそれら全てを『俺は女じゃなくて普通の『男』が好きなんだよ!女なんてこれっぽっちもお呼びじゃないんだ!』とバッサリ…。
そんな話を聞くたびに俺が『良かった』と胸を撫で下ろしていたのは藍河には内緒だ。
ぶっちゃけ藍河が女に靡く姿は見たくはない。
「あ~…まあ、親父に気に入られてるんだったらきっと本気で養子に迎えていいって思ってるだろうし、その…お前いっそ俺のところに来ないか?!」
思い切ってさり気なく『結婚しよう!』って言ってみたけど伝わるかな?
同性婚は養子縁組が基本って言うしな!
けれど────。
「お前本当にいい奴だな!親父さんも理解があるし。本当うちの親父に爪の垢煎じて飲ませてやりたいくらいだ!」
…………どうやら全く伝わらなかったようだ。
そりゃそうだよな。藍河だもんな。
サラッとスルーだよな?くそッ!
「ん?なんか落ち込んでないか?」
はいはい。お前の言葉に凹んだんですよ~。
ここまでアウトオブ眼中で凹むなって方がおかしいだろ。
「…いや別に」
「そうか?またストーカーのこと思い出して不安になったんじゃないか?」
(…あ~もうそれでいいよ)
なんだか藍河と一緒にいるとストーカー女のことを全く気にする暇がないなぁと思いながら、ガックリと項垂れていた頭を上げそっとそちらへと目を向けたのだが、思いがけず心配そうな眼差しとぶつかって心臓がドクリと大きく跳ねた。
(なんて目で見てるんだよ!)
普段飄々としているくせにこんな眼差しを向けられると正直困ってしまう。
顔が熱いのはきっと気のせいではないだろう。
心臓が止まるかと思った。
「…藍河」
……もういいや。
なんでもいいから今すぐ藍河とキスがしたくてたまらなくなった。
だからそのままそっと手を藍河の頬へと伸ばして、その綺麗な唇へとゆっくりと口づける。
ほんのちょっとだけ震えてしまったのは緊張してしまったせいだ。
けれど藍河はそれをどう受け取ったのか、徐に俺を抱き寄せて更に深い口づけを与えてくれた。
「ん…んん…」
こいつは本当にキスが上手い奴だ。
俺の好きなところを違わず蹂躙しつつチュウっと時折舌を吸い上げ自分の方へも引き入れてくる。
そのキスは本当に気持ちが良くて、互いの唾液が混じり合う中どんどん思考が快楽に染められていく。
「はぁ…んぅ……んんッ…」
車内に響くのは甘く溶け合う吐息の音だけ……。
(何この幸せな時間……)
まさか藍河とこんな風にベッド以外でキスできるなんて思いもよらなかった。
いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに────。
そんな風に思いながら、ゆっくりと俺は瞳を閉じた。
それから数日。例のストーカー女は俺の前に姿を現さなかった。
けれど藍河曰く、探偵雇って俺達の写真を撮りまくっているらしい。
「くくっ…わざと撮らされてるってわかってんのかな?」
藍河はこうして楽しそうに笑うけれど、いくら仕事とはいえ困ったりはしないのだろうか?
絶賛恋人募集中のくせに…。
だからそうやって尋ねたのに、相変わらずどうでもいいように答えを返してくる。
「は?困るとしたら俺よりお前の方だろう?まあそっちも対策は取ってやってるから心配するな」
任せとけと胸を叩く藍河が男前すぎる。
本当に一体どれだけ自分を惚れ直させてくれるのだろう?この男は。
「はぁ~……俺ももっとしっかりしなくちゃな」
藍河といると自然とそんな風に思ってしまう。
それはやはり振り向いてくれない藍河に惚れられたいと強く願ってしまう自分がいつも心の隅にいるからなのかもしれない。
「藍河……ちなみにお前が言うところの彼氏にしたい『普通の男』ってどんなの?」
こうなったらリサーチリサーチ!
折角のチャンスなのだ。
今は少しでもポイントを押さえながら男を磨いて、藍河好みにならなければ!
そう思いながら尋ねると……。
「え~?ドMでもドSでもない奴だよ。お前みたいなのが理想なんだが、なかなかいないんだよな~」
「…………」
「俺と普通に話せて、普通に笑いあって、居心地がいい関係って言うかさ、そんな感じ」
え?何?これって俺じゃダメなの?
確かにその条件くらいでいいなら自分はとっくにクリアしている。
断られるいわれはない。
「藍河!俺と付き合ってくれ!」
だからもしかしたら今の自分ならいけるのかと期待を寄せて思い切って久し振りの告白をしてみるが、その言葉はあっさりと流されてしまった。
「はぁ?今付き合ってやってるだろう?親友のお前のためならいくらでも力になってやるよ」
(違う!!)
何故こんなにも伝わらないんだ!
俺は本気なのに冗談で流すなんて酷い!
いい加減腹が立って、ついつい勢いのままその言葉を口にしてしまう。
「……俺はお前がしょっちゅう俺の言葉をスルーするから、お前の理想って実はもっと高いのかと疑ってるんだけどな」
けれどそんな八つ当たりの言葉にこいつは信じられないことを言ったんだ。
「は?もしかしてそれって今の『付き合ってくれ』とかか?本気で?お前は俺のonly oneだろう?俺がお前を替えのきく恋人になんかするはずがないじゃないか」
なんだその答えは────!
それって(今はまだいないけど)恋人よりも俺の方が大事ってことだよな?
正直落ち込むよりも先にどんな愛の告白より嬉しいぞ?!
マズイ…マズイマズイマズイ…!
嬉しすぎて心臓が壊れそうだ。
「……もうお前嫌だ。俺を殺す気か?」
一体どれだけこいつは俺を振り回せば気が済むのだろうか?
「ちなみにお前のonly oneは他にいるのか?あ、もちろん身内以外で」
「は?…まあ友人は多いけど一番一緒にいて落ち着くのはお前だけだな」
だからそのレベルの恋人を作りたいんだと藍河は言う。
こ…こいつ…無自覚?無自覚なのか?!
さっきから俺が嬉しくなるようなことばっかり口にして…!
「まあ、そういうわけだから、これからも宜しくな?」
その流し目からの笑顔はやばいだろう?!
悔しい!格好良い!この憎たらしいほど鈍いところまで含めて大好きだ!
「あ~…なんで俺はこんな奴に惚れたんだ…」
本当は俺に落ちてるくせに本人がこれっぽっちも気づいてないってなんでなんだよ!
これまでの俺の悩みって一体……。
幸い俺が呟いた言葉はどっかのバイクの音でかき消されたのか藍河の耳には届かなかったようだが、もうこれはあれだな。俺の努力次第ってことだな!
飼い殺しに甘んじるのかって?
違う違う。
これから攻めに転じるんだよ!
もう消極的なのはヤメだヤメ!
無自覚だろうと何だろうと藍河が自分を好きでいてくれてるって言うなら、堂々と口説いてやる!
それでもって絶対にこの男に自分の気持ちを自覚させてやる!
(今に見てろよ…!)
こうして今日も俺は悪態を吐いたのだった。
仕事が終わって会社を出たところで藍河が自分の方へと手を挙げてくる。
その姿が何とも言えず格好良い。
「藍河…本当に迎えに来てくれたのか?」
仕事が終わったら迎えに行くからメールしろと言われ、まあ初日だし気を遣ってくれたのだろうから甘えるかとメールをしたのだが、本気で迎えに来てくれたらしい。
「当たり前だろう?ほら、行くぞ」
そう言って藍河は車の方へと促してくれる。
それに礼を言ってそのまま助手席へと乗り込むと、バサッと書類の束を渡された。
「?」
「その女で間違いないか?」
その言葉にごくりと喉を鳴らし、恐る恐る書類に目を通すとそこには以前自分の部屋の前にいた女の姿が写されていて驚いた。
「……合ってる」
小さな声でそう答えると藍河は車を発進させザックリと話し始めた。
「そうか。昨日お前が事務所に来た後調査に向かったやつらが不審な人物を見掛けてこっそり写真を撮って様子を見ていたらしいんだが、そいつが俺と一緒に事務所を出てきたお前の写真を撮っているのを見て確信したんだと」
そこからの調査員の動きは速かったらしい。
尾行して家を押さえ、そこから苗字名前を確認し一気に調査を進めたのだとか。
「紺野 理紗子(こんの りさこ)。大手チェーンを展開している紺野グループの次女で、お前とはホテルで開かれたパーティーで会った可能性が高い」
「パーティー……」
その言葉に記憶を辿ると、確かに三か月ほど前にあった会社の創立記念パーティーに紺野グループの会長が来ていた記憶があった。
孫娘の姿を見た記憶はないが、向こうがこれほど執着しているということは恐らくそこで何かしらの接触なり切っ掛けなりがあったのだろう。
けれど正直付き合ってもいない女に付きまとわれるなんて御免だった。
一体自分はこれからどうすればいいのか…。
紺野グループの娘というなら警察に言っても益々相手にしてもらえそうにない。
下手をすれば相手の出方次第で婚約者同士のトラブルとか恐ろしいことをでっちあげられてしまう可能性すらでてくる。
そうやって戦々恐々としていると、藍河が徐に路肩に車を止めて、どこかへと電話をかけ始めた。
「あ、尾関のお父さんですか?お久しぶりです。藍河です。ええ。ええ。ははっ!そんなことないですよ。ええ。たまたま軌道に乗っただけですから。ええ。それで尾関…いえ、智也の件なんですけど、今紺野グループの娘に囲われそうになってて…ええ。そう。相変わらず脇が甘いんですよね。ええ。なので暫く俺の傍に置かせてもらっていいですか?できるだけ早期に解決するんで。え?恋人?またまた…。あ~…なるほど。わかりました。じゃあストーカーに遭遇したらかましておきます。ええ。相変わらず言うことが酷いですね。ええ。わかりました。じゃあまたご報告しますので」
どうやら電話の相手は俺の父親だったようで、親しげに笑顔で話し、そのまま電話を切った。
「話はまとまったぞ。親父さん曰く、ストーカーの前でキスくらいぶちかましていいから、とっとと追っ払ってやってくれだってさ」
「へ?」
正直父が本当にそんなことを言ったのかと思ったが、藍河の次の言葉で納得がいった。
「どうも俺は昔から親父さんには気に入られててな。『藍河くんならいつでも息子になってくれていいぞ!』とか笑って言ってくれるんだよな」
なんでも昔うちに遊びに来た時に父親から値踏みされたのが気に入らなくて、「自分で成功してこそ『男』だって一番知ってるでしょうに」とか藍河が言ったらしい。
それを父親がいたく気に入ったのだとか。
「昔はそれこそ『嫁に来い』とか『息子が増えるのが楽しみだ』とかよく言ってたぞ?お前があんまり構ってやってなかったから寂しかったんじゃないか?」
けれどそんな藍河の言葉に思わず固まってしまう。
(違う。これは……)
バレてる。絶対にバレてる!
まさか自分の気持ちが父親にバレバレだったなんて信じたくはないが、こんなに藍河に猛プッシュしているからにはきっと本人は息子の恋を応援しているつもりだったのだろう。
そんな動揺している自分に気づいているのかいないのか、藍河は世間話の延長線上のような気軽さで先を続けた。
「本当、いい親父さんだよな。うちのとは大違いだ」
その言葉に『あ~…相変わらずなのか』と思わずため息が出てしまった。
ゲイなのをこれっぽっちも隠していない藍河だが、父親はそんな藍河に『自分達の育て方が悪かったのか?いや、きっと父親としてあまり構ってやれてなかったせいでねじくれたんだ!すまん!』と嘆き、ここから挽回をと矢鱈滅多ら女性を紹介し始め、それ以来藍河に一蹴されるということを繰り返しているのだ。
綺麗な女性、可愛い女性、知的な女性、スポーティーな女性とまさに相手はより取り見取り。
けれど肝心の藍河本人はそれら全てを『俺は女じゃなくて普通の『男』が好きなんだよ!女なんてこれっぽっちもお呼びじゃないんだ!』とバッサリ…。
そんな話を聞くたびに俺が『良かった』と胸を撫で下ろしていたのは藍河には内緒だ。
ぶっちゃけ藍河が女に靡く姿は見たくはない。
「あ~…まあ、親父に気に入られてるんだったらきっと本気で養子に迎えていいって思ってるだろうし、その…お前いっそ俺のところに来ないか?!」
思い切ってさり気なく『結婚しよう!』って言ってみたけど伝わるかな?
同性婚は養子縁組が基本って言うしな!
けれど────。
「お前本当にいい奴だな!親父さんも理解があるし。本当うちの親父に爪の垢煎じて飲ませてやりたいくらいだ!」
…………どうやら全く伝わらなかったようだ。
そりゃそうだよな。藍河だもんな。
サラッとスルーだよな?くそッ!
「ん?なんか落ち込んでないか?」
はいはい。お前の言葉に凹んだんですよ~。
ここまでアウトオブ眼中で凹むなって方がおかしいだろ。
「…いや別に」
「そうか?またストーカーのこと思い出して不安になったんじゃないか?」
(…あ~もうそれでいいよ)
なんだか藍河と一緒にいるとストーカー女のことを全く気にする暇がないなぁと思いながら、ガックリと項垂れていた頭を上げそっとそちらへと目を向けたのだが、思いがけず心配そうな眼差しとぶつかって心臓がドクリと大きく跳ねた。
(なんて目で見てるんだよ!)
普段飄々としているくせにこんな眼差しを向けられると正直困ってしまう。
顔が熱いのはきっと気のせいではないだろう。
心臓が止まるかと思った。
「…藍河」
……もういいや。
なんでもいいから今すぐ藍河とキスがしたくてたまらなくなった。
だからそのままそっと手を藍河の頬へと伸ばして、その綺麗な唇へとゆっくりと口づける。
ほんのちょっとだけ震えてしまったのは緊張してしまったせいだ。
けれど藍河はそれをどう受け取ったのか、徐に俺を抱き寄せて更に深い口づけを与えてくれた。
「ん…んん…」
こいつは本当にキスが上手い奴だ。
俺の好きなところを違わず蹂躙しつつチュウっと時折舌を吸い上げ自分の方へも引き入れてくる。
そのキスは本当に気持ちが良くて、互いの唾液が混じり合う中どんどん思考が快楽に染められていく。
「はぁ…んぅ……んんッ…」
車内に響くのは甘く溶け合う吐息の音だけ……。
(何この幸せな時間……)
まさか藍河とこんな風にベッド以外でキスできるなんて思いもよらなかった。
いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに────。
そんな風に思いながら、ゆっくりと俺は瞳を閉じた。
それから数日。例のストーカー女は俺の前に姿を現さなかった。
けれど藍河曰く、探偵雇って俺達の写真を撮りまくっているらしい。
「くくっ…わざと撮らされてるってわかってんのかな?」
藍河はこうして楽しそうに笑うけれど、いくら仕事とはいえ困ったりはしないのだろうか?
絶賛恋人募集中のくせに…。
だからそうやって尋ねたのに、相変わらずどうでもいいように答えを返してくる。
「は?困るとしたら俺よりお前の方だろう?まあそっちも対策は取ってやってるから心配するな」
任せとけと胸を叩く藍河が男前すぎる。
本当に一体どれだけ自分を惚れ直させてくれるのだろう?この男は。
「はぁ~……俺ももっとしっかりしなくちゃな」
藍河といると自然とそんな風に思ってしまう。
それはやはり振り向いてくれない藍河に惚れられたいと強く願ってしまう自分がいつも心の隅にいるからなのかもしれない。
「藍河……ちなみにお前が言うところの彼氏にしたい『普通の男』ってどんなの?」
こうなったらリサーチリサーチ!
折角のチャンスなのだ。
今は少しでもポイントを押さえながら男を磨いて、藍河好みにならなければ!
そう思いながら尋ねると……。
「え~?ドMでもドSでもない奴だよ。お前みたいなのが理想なんだが、なかなかいないんだよな~」
「…………」
「俺と普通に話せて、普通に笑いあって、居心地がいい関係って言うかさ、そんな感じ」
え?何?これって俺じゃダメなの?
確かにその条件くらいでいいなら自分はとっくにクリアしている。
断られるいわれはない。
「藍河!俺と付き合ってくれ!」
だからもしかしたら今の自分ならいけるのかと期待を寄せて思い切って久し振りの告白をしてみるが、その言葉はあっさりと流されてしまった。
「はぁ?今付き合ってやってるだろう?親友のお前のためならいくらでも力になってやるよ」
(違う!!)
何故こんなにも伝わらないんだ!
俺は本気なのに冗談で流すなんて酷い!
いい加減腹が立って、ついつい勢いのままその言葉を口にしてしまう。
「……俺はお前がしょっちゅう俺の言葉をスルーするから、お前の理想って実はもっと高いのかと疑ってるんだけどな」
けれどそんな八つ当たりの言葉にこいつは信じられないことを言ったんだ。
「は?もしかしてそれって今の『付き合ってくれ』とかか?本気で?お前は俺のonly oneだろう?俺がお前を替えのきく恋人になんかするはずがないじゃないか」
なんだその答えは────!
それって(今はまだいないけど)恋人よりも俺の方が大事ってことだよな?
正直落ち込むよりも先にどんな愛の告白より嬉しいぞ?!
マズイ…マズイマズイマズイ…!
嬉しすぎて心臓が壊れそうだ。
「……もうお前嫌だ。俺を殺す気か?」
一体どれだけこいつは俺を振り回せば気が済むのだろうか?
「ちなみにお前のonly oneは他にいるのか?あ、もちろん身内以外で」
「は?…まあ友人は多いけど一番一緒にいて落ち着くのはお前だけだな」
だからそのレベルの恋人を作りたいんだと藍河は言う。
こ…こいつ…無自覚?無自覚なのか?!
さっきから俺が嬉しくなるようなことばっかり口にして…!
「まあ、そういうわけだから、これからも宜しくな?」
その流し目からの笑顔はやばいだろう?!
悔しい!格好良い!この憎たらしいほど鈍いところまで含めて大好きだ!
「あ~…なんで俺はこんな奴に惚れたんだ…」
本当は俺に落ちてるくせに本人がこれっぽっちも気づいてないってなんでなんだよ!
これまでの俺の悩みって一体……。
幸い俺が呟いた言葉はどっかのバイクの音でかき消されたのか藍河の耳には届かなかったようだが、もうこれはあれだな。俺の努力次第ってことだな!
飼い殺しに甘んじるのかって?
違う違う。
これから攻めに転じるんだよ!
もう消極的なのはヤメだヤメ!
無自覚だろうと何だろうと藍河が自分を好きでいてくれてるって言うなら、堂々と口説いてやる!
それでもって絶対にこの男に自分の気持ちを自覚させてやる!
(今に見てろよ…!)
こうして今日も俺は悪態を吐いたのだった。
11
あなたにおすすめの小説
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる