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第一部 アストラス編~王の落胤~
4.封印の森
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ザクザクと草を掻き分け、懐かしい友人の元へと向かう。
「ハァ…。ロ、ロックウェル様。封印の大樹はまだ先でしょうか?」
小柄なシリィにはついてくるのがやっとの様子だったが、こればかりは致し方がない。
なにせ力のある黒魔道士を封印したのだ。
誰かがその力を悪用しようと封印を解きに来てしまってはたまらないと、当時ロックウェル自ら部下に指示を出し、この辺り一帯に森の結界を張り巡らせたのだ。
そう容易に近づけるものではない。
「まだもう少し先だな。疲れたならこの辺で休憩にしよう」
そう言ってロックウェルはそっと木の根元に腰を下ろし、水を差し出しながら横に座るよう促した。
「…あの…お伺いしてもいいのか悩んだんですが…」
「なんだ?」
彼女の言わんとしていることが何であるのか、何となく察することができたが、敢えてその先を促してみる。
「その…封印された黒魔道士の方はどういった方なんでしょうか?」
「そうだな。魔力も高いし、かなり頼りになる黒魔道士だ」
その答えは別に間違ってはいない。
けれど彼女はそれには納得がいかなかったようで────。
「ロックウェル様!私がお聞きしたいのは、どういった性格の者なのかと言うことです!」
シリィがロックウェルに食って掛かるように言葉を続ける。
「その者は一年前に今回の水晶化を行ったのではないかと言われた黒魔道士でしょう?犯人ではなかったものの、疑われる要素は十分にあった危険人物です!だから…っ!」
本当に封印を解けば力になってくれるような人物なのか?
シリィはそう聞きたいようだった。
けれどロックウェルはそれには答えず、うっすらと笑みを浮かべることしかできなかった。
「…別に、普通の…無愛想で不器用な男だった」
「え?」
「コミュニケーション能力は低い癖に、魔力だけは高くて…こっちが時間をかけてやっとできたことが、あの男の手に掛かるとものの小一時間で終わる。しかも悪気なくあの男は笑って言うんだ。『今回は時間がかかって面倒だった』と…」
一週間以上時間をかけてもわからなかったとある事件の容疑者捜索の件もそうだった。
あの男は使い魔に指示を出し、「お茶でも飲んでるうちに判明するから」と言ってのけたのだ。
そしてその言葉の通り、ものの数時間で事件は解決してしまった。
あの時は笑顔で礼を言ったけれど、内心腸(はらわた)が煮えくり返って仕方がなかった。
どうしてこの男はこれほどの才に溢れているのだと…そう思わずにはいられなかった。
その才能が自分にあればどれほど誇らしかったことだろう。
一番腹が立ったのはクレイに驕りの感情が感じられないことだったのかもしれない。
凄いだろうとばかりに自分の能力をひけらかしていれば見下すこともできただろう。
そんな奴だからと割り切ることさえできたかもしれない。
けれど彼は一度としてそんなことはしなかった。
過去に何があったのかは知らない。
けれど彼はいつも、小さな幸せさえ日々感じられればそれでいいのだと…どこか遠くを見るように笑っていた。
ただ自由に自分が思うがままに生きている…それだけの男に見えた。
だからこそ悔しくて憎らしくて仕方がなかったのだ。
もっと沢山のものを求めればいいのに、何故求めないのか?
お前に欲はないのか?
それだけの能力があるのに、上に立ちたいと、もっと誰かに望まれたいと、そうは思わないのか?
けれど彼はそれを求めなかったばかりでなく、どちらかと言えばそれを敬遠していた。
「私はあいつの傍にいると自分がひどく矮小に感じられて仕方がなかったんだ」
ロックウェルは自嘲するようにポツリと呟きを落とした。
そう…だからこそ、あの水晶化の犯人がクレイであればいいと思ったのだ。
あのどこまでも自由な男を自分の土俵にまで引き摺り下ろしてやりたかった。
「私は友人だと言いつつ…いつもどこかであの男の不幸を願っていたのかもしれない────」
そうやって俯いた自分に横から何故か怒ったような声で言葉が掛けられた。
「そんなこと、ロックウェル様が気に病む必要なんてありません!だってその魔道士は疑いが掛けられるくらいですし普段の行いだって悪かったのでしょう?誰も他に庇う人がいなかったんですから、悪いのはどう考えても相手の方です!日頃の行いが良かったならこんな目には合っていないはずなんですから!」
ね?と力づけるように自分を覗き込んでくるシリィの眼差しにほんの少しだけ救われながら、ロックウェルは砂を払いそっと立ち上がった。
「…そろそろ行こうか」
そうだ。彼女にわかってもらう必要なんてどこにもない。
この問題は自分とクレイの問題であって、他人は関係ないのだ。
ただ自分の心の醜さが牙を剥いた────それだけのことに過ぎない。
(クレイ…私はお前になら殺されてもきっと文句は言わないだろう)
許してくれと謝るつもりはこれっぽっちもない。
自分が間違っていたと悔いる気持ちも全くない。
ただ素直に彼の心を感じたかった。
(クレイ…私はお前と分かり合いたいんだ…)
その上で……自分を裁いてほしいと思った。
そしてロックウェルはクレイが封じられた大樹がある方向へとそっと切ない眼差しを向けたのだった。
「ハァ…。ロ、ロックウェル様。封印の大樹はまだ先でしょうか?」
小柄なシリィにはついてくるのがやっとの様子だったが、こればかりは致し方がない。
なにせ力のある黒魔道士を封印したのだ。
誰かがその力を悪用しようと封印を解きに来てしまってはたまらないと、当時ロックウェル自ら部下に指示を出し、この辺り一帯に森の結界を張り巡らせたのだ。
そう容易に近づけるものではない。
「まだもう少し先だな。疲れたならこの辺で休憩にしよう」
そう言ってロックウェルはそっと木の根元に腰を下ろし、水を差し出しながら横に座るよう促した。
「…あの…お伺いしてもいいのか悩んだんですが…」
「なんだ?」
彼女の言わんとしていることが何であるのか、何となく察することができたが、敢えてその先を促してみる。
「その…封印された黒魔道士の方はどういった方なんでしょうか?」
「そうだな。魔力も高いし、かなり頼りになる黒魔道士だ」
その答えは別に間違ってはいない。
けれど彼女はそれには納得がいかなかったようで────。
「ロックウェル様!私がお聞きしたいのは、どういった性格の者なのかと言うことです!」
シリィがロックウェルに食って掛かるように言葉を続ける。
「その者は一年前に今回の水晶化を行ったのではないかと言われた黒魔道士でしょう?犯人ではなかったものの、疑われる要素は十分にあった危険人物です!だから…っ!」
本当に封印を解けば力になってくれるような人物なのか?
シリィはそう聞きたいようだった。
けれどロックウェルはそれには答えず、うっすらと笑みを浮かべることしかできなかった。
「…別に、普通の…無愛想で不器用な男だった」
「え?」
「コミュニケーション能力は低い癖に、魔力だけは高くて…こっちが時間をかけてやっとできたことが、あの男の手に掛かるとものの小一時間で終わる。しかも悪気なくあの男は笑って言うんだ。『今回は時間がかかって面倒だった』と…」
一週間以上時間をかけてもわからなかったとある事件の容疑者捜索の件もそうだった。
あの男は使い魔に指示を出し、「お茶でも飲んでるうちに判明するから」と言ってのけたのだ。
そしてその言葉の通り、ものの数時間で事件は解決してしまった。
あの時は笑顔で礼を言ったけれど、内心腸(はらわた)が煮えくり返って仕方がなかった。
どうしてこの男はこれほどの才に溢れているのだと…そう思わずにはいられなかった。
その才能が自分にあればどれほど誇らしかったことだろう。
一番腹が立ったのはクレイに驕りの感情が感じられないことだったのかもしれない。
凄いだろうとばかりに自分の能力をひけらかしていれば見下すこともできただろう。
そんな奴だからと割り切ることさえできたかもしれない。
けれど彼は一度としてそんなことはしなかった。
過去に何があったのかは知らない。
けれど彼はいつも、小さな幸せさえ日々感じられればそれでいいのだと…どこか遠くを見るように笑っていた。
ただ自由に自分が思うがままに生きている…それだけの男に見えた。
だからこそ悔しくて憎らしくて仕方がなかったのだ。
もっと沢山のものを求めればいいのに、何故求めないのか?
お前に欲はないのか?
それだけの能力があるのに、上に立ちたいと、もっと誰かに望まれたいと、そうは思わないのか?
けれど彼はそれを求めなかったばかりでなく、どちらかと言えばそれを敬遠していた。
「私はあいつの傍にいると自分がひどく矮小に感じられて仕方がなかったんだ」
ロックウェルは自嘲するようにポツリと呟きを落とした。
そう…だからこそ、あの水晶化の犯人がクレイであればいいと思ったのだ。
あのどこまでも自由な男を自分の土俵にまで引き摺り下ろしてやりたかった。
「私は友人だと言いつつ…いつもどこかであの男の不幸を願っていたのかもしれない────」
そうやって俯いた自分に横から何故か怒ったような声で言葉が掛けられた。
「そんなこと、ロックウェル様が気に病む必要なんてありません!だってその魔道士は疑いが掛けられるくらいですし普段の行いだって悪かったのでしょう?誰も他に庇う人がいなかったんですから、悪いのはどう考えても相手の方です!日頃の行いが良かったならこんな目には合っていないはずなんですから!」
ね?と力づけるように自分を覗き込んでくるシリィの眼差しにほんの少しだけ救われながら、ロックウェルは砂を払いそっと立ち上がった。
「…そろそろ行こうか」
そうだ。彼女にわかってもらう必要なんてどこにもない。
この問題は自分とクレイの問題であって、他人は関係ないのだ。
ただ自分の心の醜さが牙を剥いた────それだけのことに過ぎない。
(クレイ…私はお前になら殺されてもきっと文句は言わないだろう)
許してくれと謝るつもりはこれっぽっちもない。
自分が間違っていたと悔いる気持ちも全くない。
ただ素直に彼の心を感じたかった。
(クレイ…私はお前と分かり合いたいんだ…)
その上で……自分を裁いてほしいと思った。
そしてロックウェルはクレイが封じられた大樹がある方向へとそっと切ない眼差しを向けたのだった。
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