黒衣の魔道士

オレンジペコ

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第一部 アストラス編~王の落胤~

11.接触

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シリィは早速ライアードへと手紙を書いた。
姉の件には触れずにただ『最近会っていないので話したいです』と────。
返事はすぐに届けられ、こちらもちょうど会いたいと思っていたところだから一週間後に行くので待っていてほしいと言われた。


「ロックウェル様…」
シリィはその手紙を手にロックウェルへと話しかける。
「本当にライアード様が来られた際、同席なさるおつもりですか?」
「ああ」
そう答えた彼は然も当然であるかのようににこやかに笑った。
「お前一人では心もとないからな」
「…!そ、それは確かにそうかもしれませんが、疑われたらどうするんです?!」
「何を?我々が彼を犯人扱いしていることをか?それとも…私達が恋仲だとでも?」
「……どちらもです!」
意味深に微笑むロックウェルに、シリィは真っ赤になりながらとんでもないと叫んだ。
ライアードもさることながら、そんな王宮の女性達を多数敵に回すような恐ろしい事に巻き込まれたくはない。
そんな噂が出た時点で自分は終わりだ。
けれどそんな風に蒼白になる自分にクスクスと笑いながらロックウェルが楽しげに言う。
「冗談だ。それに今お前が興味があるのは私ではなくクレイの方だろう?」
「……っ!」
確かにあの瞳に魅せられはしたが興味があると言うのとは違うとシリィは思った。
「私はあんな言葉足らずなわかりにくい人に興味を持ったりはしません!」
「本当に?」
何故かその言葉だけがからかいではなく真実を見出すかのように聞こえた気がしたが、シリィは気にせず勢いよく答えた。
「ええ。本当です!」
「…そうか。ならいい」
シリィはそんなロックウェルに内心プリプリ怒りながらも大人しく自分の職務へと戻る。
「兎に角!この件に関しては私にお任せください!必ず何かしらの成果を上げて見せますので」
「…わかった。では頃合いを見計らって帰り際にでも私は邪魔するとしようか」
それならば不自然ではないだろうと笑うロックウェルにそれならばとシリィも妥協せざるを得ない。
「わかりました。それではそのように」
その返答に満足げに笑ったロックウェルに一礼し、シリィはそのまま部屋を辞した。




そんなシリィを見送りながらロックウェルはそっと息を吐く。
(クレイ…)
あれから十日も経ったと言うのに未だにあの時のクレイの表情が頭をよぎって仕方がない。
彼は今一体どうしているのだろうか?
けれどそこまで考え、またロックウェルはふるりと首を振りその姿を頭から追い払った。
今更いくら考えても仕方のないことだとはわかりきっているし、それこそまた会ったとしても一体何を話せばいいのかさえわからない。
二人の仲は修復できないほど壊れてしまったのだから…もうどうしようもないのだ。
それでも心を占めるその存在を持て余しながら、ロックウェルはただただ深く息を吐いた。


***


それからライアード王子がアストラス国へとやってくる日が訪れた。
シリィは緊張を押し隠しながら笑顔で婚約者を出迎える。
「ライアード様。ご無沙汰いたしております」
「シリィ!暫く会わない間にまた一段と美しくなったな」
プラチナブロンドの長髪を緩く編み背へと流す長身の男ライアードは優雅な仕草でシリィの手の甲へと口づけを落とした。
「そう言っていただけて光栄でございます」
にこやかに答えるシリィを満足げに見遣り、ライアードは笑顔で口を開く。
「陛下に挨拶をして書簡を届けたらすぐにこちらに戻る。暫く待っていてくれるか?」
「はい。お部屋の方でお待ちしておりますので、どうぞごゆるりとご歓談くださいませ」
そうやって恭しく一礼するシリィに手を振り、ライアードは颯爽とその場から去って行った。
(さあ!いよいよだわ)
相手をこちらに呼び寄せることは何とかできた。
あとはどう姉の件を自然に持ち出し聞き出しにかかるか。それが問題だ。
そんなシリィに背後からロックウェルが声を掛けてくる。
「シリィ…打ち合わせたとおり上手く言うんだぞ?」
「はい!」
一応ロックウェルと予め打ち合わせを行い、いくつかの指示は出されている。
あとは首尾よくなるべく自然に話題にするだけだ。
最悪上手くいかなくても後でロックウェルが合流してフォローしてくれる手筈になっている。
シリィはロックウェルに一礼すると、そのまま王子を出迎える賓客室へと移動しお茶の準備を整え始めた。

(姉様…)

どうか無事に自分の元へと帰ってきてほしい。
それが叶うのなら例え相手が王子であろうとも戦って見せる。

そうやって暫し思考の海を漂っていると、扉がコンコンと軽くノックされ、案内役と共にライアードがやってきた。
「シリィ、待たせたな」
にこやかに立つその姿はいつもと何も変わらなくて、クレイの言葉がなければ到底犯人の可能性があるなどとは思いもしなかっただろう。
「いいえ。ライアード様の為なら待つのも楽しいものですから」
にっこりと答えながらシリィはライアードへと茶杯を勧める。
「遠路お疲れでしょう。本日はこちらのジャスミンティーをご用意致しました。姉が疲れが取れて安らぐと言ってよく飲んでいたお茶なのですが、もしよろしければ…」
「そうか…サシェが…」
そうやってそっと茶杯へと手を伸ばしたライアードだったが、シリィは確かにその時僅かに口角が上がったのを見逃さなかった。

(……!)

その瞬間疑惑が確信へと変わる。
クレイが言っていたことは確かに正しかったのだ────と。
(許せない…!)
シリィの身の内に怒りの炎が燃え上がるが、今ここで冷静さを欠くわけにはいかない。
(冷静に冷静に…)
そうやって懸命に心を落ち着かせていると、ライアードがシリィの方へと話題を振った。
「シリィ。私達の結婚の事だが…」
「…はい」
シリィは努めて笑顔を保ちながら何事もなかったかのようにライアードへと向き合う。
「サシェの件からもうそろそろ一年になる。お前は結婚式にはサシェも参列してほしいから必ず見つけると言っていたが…どうだろう?あまり言いたくはないが、そろそろ諦めて私の元へ嫁いで来てはくれないだろうか?」
真摯な眼差しで自分を見つめてくるライアードに思わず騙されてしまいそうになるが、その眼の奥に宿る光はどこか嘘くさく感じられた。
「…ライアード様のお言葉は嬉しいのですが、そう簡単には諦められなくて…」
「しかし先程お前の上司からこの件に関して王宮魔道士の捜索は打ち切られたと聞いたぞ?それならば…」

(諦めろ…と?)

確かに捜索は打ち切られた。
それは追跡があれ以上不可能だったからだ。
ロックウェルがクレイの封印を解かなければ自分はそのまま失意に沈んでいたことだろう。
そしてライアードの言葉に騙されるまま素直に嫁いでいたかもしれない。
けれど……犯人は明らかとなったのだ。
シリィは自分に気合を入れ直すとライアードへと向き直った。

「ライアード様のお気持ちはよくわかりました。ですが…気持ちの整理もありますので、少し…考えさせてください」
「そうか。そうだな」
どこか嬉しそうに笑うライアードに内心腹を立てながらシリィは弱々しく言葉を紡ぐ。
「ライアード様…。貴方のお相手は本当に私でよいのでしょうか?」
「シリィ…ここに来てそれを言うのか?お前の美しさに惚れたと言う私の言葉を信じてはくれないのか?」
「でも…美しさでは姉の方が上です」
「そんなことはない。サシェも確かに魅力的だが、シリィも可愛さでは負けてはいない」
「そう…でしょうか…」
「そうだ。姉妹で並んだ姿はまるで絵画のように麗しかったぞ。まさに女神が舞い降りたかのようだった」
「……」
「自信を持て。私の愛でこれから先、より一層お前のその美しさを引き出してやろう」
力強く語るその姿は以前なら頼もしく感じたかもしれない。
けれど今はただただ薄ら寒く感じられるだけだ。
「…では近々一度ソレーユ国にご挨拶にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
シリィは打ち合わせ通りゆっくりとその言葉を紡いだ。
それに対して嬉々としてライアードが顔を輝かせる。
「もちろんだ!ひと月後にちょうど祭典がある。その時に是非参加しに来るといい」
しかしその言葉にシリィは顔を曇らせた。
「ライアード様…申し訳ございません。今の心境で祭典は…」
「…そうか。そうだな」
姉の件を失念していたとライアードが謝罪し、別な日を提案してくる。
「では十日後ではどうだ?そこで一度気持ちの整理を兼ねるといい。それから改めて祭典にまた顔を出せばいいだろう」
「……」
「シリィの気持ちもわかるが、私としては今回の祭典で思い切ってお前を正式に御披露目したいのだ」
わかってくれるなと言うライアードにシリィは頷かざるを得ない。
こればかりは自分が否と言えるような立場ではないのだから────。
「わかりました。ではその通りに…」
「わかってくれたか!では十日後、お前が来てくれるのを楽しみにしている」
「…はい」
そしてそのまま暫く近況などを話した後、ライアードはまた自国へと戻って行った。


「シリィ…」
「ロックウェル様!」
来ると言っていたのに姿を見せなかったからどうしたのかと思ったとシリィは言ったが、ロックウェルは飄々と答えを返す。
「立ち聞きした限り上手く事を運べたようだったからな」
「……聞いていたんですね」
「もちろんだ」
さすがと言うべきかなんと言うべきか…一切気配を感じなかった。
「では詳細も?」
「ああ」
「どうやってついてこられますか?」
「そうだな。護衛兵団を組んで一緒に行こうか」
恐らくその方が自然だろう。
「では宜しくお願い致します」
事は予定通り進んだ。
あとはあちらの黒魔道士を引きずり出すのみ。

(十日後に絶対に姉様を取り戻して見せる!)

決戦はソレーユ国だ。
まだ見ぬ他国に思いを馳せて、シリィは姉との再会の日を指折り数えた。



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