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第一部 アストラス編~王の落胤~
47.夜会での襲撃
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その夜、優雅な音楽が流れる中、大広間は沢山の者達で溢れかえっていた。
ロックウェルも正装で王の傍近くに控え守りを固める。
ショーンにも事情を説明し、怪しい人物達を見張っていてもらえるよう申し伝えた。
警備は今度こそ万全のはずだ。
そう思っているところで、場がザワッと波のようにざわめいた。
そちらを見遣るとライアードがクレイとロイドを引き連れこちらへと向かってくるところが見える。
「まぁ…。あちらの美しい方はどなたかしら?ライアード様の新しいお相手?」
「あれは昼間の魔道士の者ではないか?それならもう一人の魔道士のパートナーかもしれん」
「本当に、美しいわね…。お話してみたいわ」
ほぅっとため息を吐く者があちらこちらで見受けられ、ロックウェルはギリッと歯噛みした。
あんな姿をここで見せて、果たして誰にも手出しさせずにしておくことなどできるものなのだろうか?
けれどそうやってロックウェルが思っているのを察したのだろう。
事情を知るルドルフがここに来て動きを見せる。
「ライアード殿。ようこそいらっしゃいました。そちらの魔道士の方々には昼間は本当にお世話になりました。どうぞ夜会ではこちらでゆっくりと魔道士同士、交流をお楽しみください」
そう言いながら鮮やかにクレイを自分の方へと連れてきてくれる。
「こちらの魔道士の者は護衛も兼ねておりますので、どうぞ他の皆様方はダンスの誘い等できる限りお控え頂きたいと思います」
そうして笑顔で柔らかく釘を刺すのも忘れずにフォローをしてくれたルドルフには本当に感謝の一念しかない。
そんな堂々とした姿に、周囲の者もさすがルドルフ様と納得しており、その声を聞いた王妃も満足そうにしている。
不快そうにしているのは王及び王派の連中だ。
ルドルフの株が上がるのは面白くないようで、睨むようにこちらを見つめていた。
「はぁ…。早く明日になってほしいものだ…」
クレイがため息を吐きつつこの状況にうんざりしたような声を上げる。
ライアードは明日の朝出立予定だから仕事としてはそこでおしまいなのだ。
それさえ過ぎればこの王宮のゴタゴタから離れてまた元通りの生活に戻れる。
今回の仕事の目的は自分に会いたい一心で引き受けただけなのだとクレイは言っていたが、これでは確かにため息もつきたくなるだろう。
巻き込まれては一大事だ。
そんなクレイを労おうと、ロックウェルは笑顔でそっと手を取り甘い言葉を落とした。
「クレイ。本当に綺麗だ。今夜は私と踊ってくれないか?」
けれどクレイはどこまでもそっけない。
「…俺は女じゃないからそんなことを言われても困る」
そんな二人に割り込むかのように、横からロイドが楽しげに口を挟んできた。
「馬鹿だなロックウェル。そこはどんな黒衣もお前にはよく似合うとだけ言ってやった方がクレイは喜ぶ」
その言葉を受けてまさかと思いながらふとクレイを見るとそこには満足げな顔で微笑むクレイの姿があり驚いた。
「そうだな。黒衣が似合うと言われるのは悪くはない」
「クレイをその辺の女と同じように扱わない方がいい」
そうやって自分の方がクレイのことがわかっていると言わんばかりのロイドの態度が気に障って、ロックウェルは思わずロイドを睨みつけてしまうが、二人の間に火花が散っていることにクレイは全く気が付いていないのか、別なことを口にしてきた。
「ああ…あそこのテーブルだ」
チラリと目標を指し示すクレイにロックウェルもハッと我に返りそちらへと目を向ける。
そこには歓談しつつもどこか目つきの鋭い者達が紛れ込んでいるように見えた。
「貴族に混ざって機会を窺っているようだ。油断するな」
「わかった」
そうやって様子見をしながらグラスを傾けていると、そこに正装したシリィがやってくる。
「クレイ!」
可愛らしいオフホワイトのドレスを着るシリィが笑顔で軽く手を振ってきて、クレイもそれに気づき微笑みを浮かべた。
「シリィ」
「凄いわ。似合いすぎてて私、負けてしまいそうよ」
「まさか。こう言ったものはシリィの方が似合うに決まっている」
「でも…ロックウェル様と並ぶと白と黒の対比で本当にお似合いに見えるんですもの。何だかずるいわ」
少し拗ねたようにそう言うシリィの言葉にほんの少しクレイの頰が染まる。
どうやら自分と似合いだと言われて嬉しかったのか、照れているようだ。
そんな姿に自分も少し嬉しい気持ちになれたのも束の間、次の言葉にロックウェルは度肝を抜かれた。
「シリィは本当に俺を喜ばせるのが上手だな。嬉しい気持ちにさせてもらえた礼に、よければ俺と踊ってくれないか?」
「ええっ⁈」
「もちろん嫌なら構わないが」
そうやって自分の目の前で満面の笑みを浮かべながらダンスに誘ったのだ。
これにはロイドも驚きを隠せないようだった。
「ほ、本当に?」
「ああ」
その言葉にシリィが頰を染め嬉しそうにクレイの手を取る。
「じゃ、じゃあ喜んで…」
そうして二人で手を取り優雅に踊り始める。
「まあ、微笑ましい事」
「本当に可愛らしいわ」
女同士で踊っているようにしか見えない二人だが、白と黒のコントラストが美しく、周囲の目はどこまでも好意的だ。
「…まさかクレイがシリィを誘うなんて…」
本当にクレイはどこまでも予想外だ。
あそこで踊っているのが何故自分ではないのだと悔しくて仕方がない。
そうこうしているうちにあっという間に曲が終わり、二人が嬉しそうに微笑み合っているところへ足を向ける者があった。
「シリィ。次は私と踊ってはくれないか?」
そこに立っていたのはライアードだ。
クレイはそれを確認するとスッとシリィの手を取りライアードへと託す。
「シリィ。警護も兼ねて宜しく頼む」
その言葉にシリィは心得たと笑顔で応えた。
「任せて!」
二人の間にあるそんな信頼感が心憎い。
そしてシリィから離れたクレイにまた別の者が声を掛けた。
「あ、あの…失礼ですが、私とも踊ってはいただけないでしょうか?」
そこに声を掛けたのは意外にもハインツだった。
「そ、その…昼間の慰労…も兼ねて是非、…宜しければお相手を」
真っ赤な顔で懸命に話しかける姿が初々しいが、油断も隙もないとロックウェルが足早にそちらへと向かう。
けれど声を掛ける前に何故か第二王子のサイナスがそこへと割り込んだ。
「ハインツ。お前はワルツを踊る体力もまだなかろう。大人しく下がっていろ。失礼。次は私と踊っていただけますか?」
にっこりと微笑みを浮かべながらクレイを誘うサイナスにクレイが優雅に笑う。
「申し訳ないが、男性とは恋人以外踊らないと決めているので」
失礼しますとあっさりとクレイが踵を返したのでホッと安堵の息を吐いた。
どうやら主賓が相手とはいえ、誰彼かまわず踊る気はないようだ。
(良かった)
けれどハインツの方は残念そうに引き下がったが、サイナスの方はプライドを傷つけられたのかクレイの肩を掴んで引き留めに掛かる。
「待て。私に恥をかかせる気か?」
怒りを露わにしたサイナスにクレイは一瞬目を瞠るが、次の瞬間艶やかな笑みを浮かべながら何と言うことはない様にその言葉を告げた。
「いいえ?ダンスに不慣れな自分が高貴な貴方の足を踏んでしまっては申し訳ないので、できれば遠慮させていただきたいと思ったまでです」
「……」
「どうしてもと仰るのならそこのロックウェルと二~三度踊って練習をしてからにさせてもらいたい」
それなら別に構わないと言ってくるクレイにサイナスは暫し考えてからロックウェルの方を見た。
「ロックウェル。ご指名だが、練習台になるか?」
その言葉にクレイの方を見るとどちらでもいいと言うように微笑を浮かべている。
(本当にずるい奴だ)
どうせその三回踊る間に襲撃があると踏んでいるのだろう。
ここでロックウェルが断ったとしても断る事自体には成功しているし、どちらでもクレイに損はない。
それなら自分としても踊れる方が嬉しいに決まっている。
「では僭越ながら私が練習台になりましょう」
そう言ってそっとクレイの手を取った。
「お手柔らかに…」
緩やかに流れる音楽に身を任せながら腰へと手を回し滑るように踊りだす。
クレイは確かに女性側のステップがよくわからないようで何度か体勢を崩しかけたが、その都度支えて自分の方へと引き寄せた。
それを繰り返すうちに段々慣れてきたのか軽やかに自分に合わせてステップを踏み始める。
(ああ…いいな)
まさかこうしてクレイと踊れるとは思っても見なかった。
正直嬉しくて仕方がない。
襲撃者さえ来なければいつまででも一緒に踊っていたい気分だった。
けれどそんな楽しい時間も気が付けばあっという間で────。
「ロックウェル。そろそろ私と代わってくれるか?」
曲の合間に水を差し出しながら言ってくるサイナスに渡さざるを得なくなってしまった。
「では…」
そう言って名残惜しげにその手をサイナスに手渡そうと思ったところでクレイがバッと周辺へと鋭く目を遣った。
曲が終わってフッと気が緩んだ瞬間を狙った襲撃だ。
「ロイド!」
「わかっている」
息をピッタリと合わせてクレイがライアードを護り、ロイドが攻撃呪文を素早く唱えた。
ピキピキピキと音を立ててライアードを狙って攻撃をしようとしていた相手を足元から一気に氷漬けにする。
これでは相手も身動きが取れない。
それでも相手は任務を遂行しようと魔法を使おうと足掻いてくるが、警備にあたっていた王宮魔道士達がすぐさま動き拘束体勢に入った。
そんな僅かな隙を狙って、別の者達が動きを見せる。
ライアードの敵を装ってハインツの方へとその攻撃の手を向けたのだ。
それにいち早く気付いたショーンがその攻撃を弾き飛ばすが、それが運悪くサイナスとロックウェルめがけて飛んでくる。
キィンッ!!
それをすかさず傍にいたクレイが弾き飛ばした。
「ショーン!気をつけろ!ロックウェル!まだ来るぞ!」
それに対しロックウェルが任せておけと同時に7つの防御壁を作りだし、各王族を囲い込む。
これにより断然戦いがしやすくなった。
「さすがだな…」
そう言ってクレイが面倒だからこれで一網打尽にしてやると妖しく笑いながら広域魔法を唱え始めた。
ドンッ!!という衝撃音と共に怪しい動きをしていた者達を魔法の糸で絡め取るかのように一気に縛り上げる。
「これで終わりだ」
キュオッ!!と言う音と共にドサドサドサッ!!と犯行を犯そうとしていた者達が一斉に気を失って崩れ落ちた。
そのあまりにも鮮やかな手口に、場にいた他の魔道士達は誰一人動くことができない。
「クレイ!」
「ロックウェル。全て捕えたから後の判断はすべて任せる」
「わかった」
「ロイド、ライアード王子は無事か?」
「当然だ」
その言葉にパチンと手を合わせて応えるとクレイは満足げに皆へと向き直った。
「不穏な輩は全て一掃いたしましたので、どうぞご安心を」
そして疲れたと言わんばかりにそのまま場をロイドに任せて行ってしまう。
残された者達は最初は戸惑ったものの、どうやら危機は去ったようだと胸をなで下ろし、王族の者の言葉を待った。
「……どうやら危機は回避できたようだが、皆も疲れていよう。今日はこの辺りでお開きとしようではないか。これからも皆にはハインツの支えとなってやってほしい。大儀であった」
そんな子供思いな言葉と共に王の口から夜会の終わりを告げられ、皆は礼を執るとそれぞれ広間を後にし始める。
それを確認すると同時に王は踵を返し、まるでクレイの後を追うかのように足早にその場から去って行った────。
ロックウェルも正装で王の傍近くに控え守りを固める。
ショーンにも事情を説明し、怪しい人物達を見張っていてもらえるよう申し伝えた。
警備は今度こそ万全のはずだ。
そう思っているところで、場がザワッと波のようにざわめいた。
そちらを見遣るとライアードがクレイとロイドを引き連れこちらへと向かってくるところが見える。
「まぁ…。あちらの美しい方はどなたかしら?ライアード様の新しいお相手?」
「あれは昼間の魔道士の者ではないか?それならもう一人の魔道士のパートナーかもしれん」
「本当に、美しいわね…。お話してみたいわ」
ほぅっとため息を吐く者があちらこちらで見受けられ、ロックウェルはギリッと歯噛みした。
あんな姿をここで見せて、果たして誰にも手出しさせずにしておくことなどできるものなのだろうか?
けれどそうやってロックウェルが思っているのを察したのだろう。
事情を知るルドルフがここに来て動きを見せる。
「ライアード殿。ようこそいらっしゃいました。そちらの魔道士の方々には昼間は本当にお世話になりました。どうぞ夜会ではこちらでゆっくりと魔道士同士、交流をお楽しみください」
そう言いながら鮮やかにクレイを自分の方へと連れてきてくれる。
「こちらの魔道士の者は護衛も兼ねておりますので、どうぞ他の皆様方はダンスの誘い等できる限りお控え頂きたいと思います」
そうして笑顔で柔らかく釘を刺すのも忘れずにフォローをしてくれたルドルフには本当に感謝の一念しかない。
そんな堂々とした姿に、周囲の者もさすがルドルフ様と納得しており、その声を聞いた王妃も満足そうにしている。
不快そうにしているのは王及び王派の連中だ。
ルドルフの株が上がるのは面白くないようで、睨むようにこちらを見つめていた。
「はぁ…。早く明日になってほしいものだ…」
クレイがため息を吐きつつこの状況にうんざりしたような声を上げる。
ライアードは明日の朝出立予定だから仕事としてはそこでおしまいなのだ。
それさえ過ぎればこの王宮のゴタゴタから離れてまた元通りの生活に戻れる。
今回の仕事の目的は自分に会いたい一心で引き受けただけなのだとクレイは言っていたが、これでは確かにため息もつきたくなるだろう。
巻き込まれては一大事だ。
そんなクレイを労おうと、ロックウェルは笑顔でそっと手を取り甘い言葉を落とした。
「クレイ。本当に綺麗だ。今夜は私と踊ってくれないか?」
けれどクレイはどこまでもそっけない。
「…俺は女じゃないからそんなことを言われても困る」
そんな二人に割り込むかのように、横からロイドが楽しげに口を挟んできた。
「馬鹿だなロックウェル。そこはどんな黒衣もお前にはよく似合うとだけ言ってやった方がクレイは喜ぶ」
その言葉を受けてまさかと思いながらふとクレイを見るとそこには満足げな顔で微笑むクレイの姿があり驚いた。
「そうだな。黒衣が似合うと言われるのは悪くはない」
「クレイをその辺の女と同じように扱わない方がいい」
そうやって自分の方がクレイのことがわかっていると言わんばかりのロイドの態度が気に障って、ロックウェルは思わずロイドを睨みつけてしまうが、二人の間に火花が散っていることにクレイは全く気が付いていないのか、別なことを口にしてきた。
「ああ…あそこのテーブルだ」
チラリと目標を指し示すクレイにロックウェルもハッと我に返りそちらへと目を向ける。
そこには歓談しつつもどこか目つきの鋭い者達が紛れ込んでいるように見えた。
「貴族に混ざって機会を窺っているようだ。油断するな」
「わかった」
そうやって様子見をしながらグラスを傾けていると、そこに正装したシリィがやってくる。
「クレイ!」
可愛らしいオフホワイトのドレスを着るシリィが笑顔で軽く手を振ってきて、クレイもそれに気づき微笑みを浮かべた。
「シリィ」
「凄いわ。似合いすぎてて私、負けてしまいそうよ」
「まさか。こう言ったものはシリィの方が似合うに決まっている」
「でも…ロックウェル様と並ぶと白と黒の対比で本当にお似合いに見えるんですもの。何だかずるいわ」
少し拗ねたようにそう言うシリィの言葉にほんの少しクレイの頰が染まる。
どうやら自分と似合いだと言われて嬉しかったのか、照れているようだ。
そんな姿に自分も少し嬉しい気持ちになれたのも束の間、次の言葉にロックウェルは度肝を抜かれた。
「シリィは本当に俺を喜ばせるのが上手だな。嬉しい気持ちにさせてもらえた礼に、よければ俺と踊ってくれないか?」
「ええっ⁈」
「もちろん嫌なら構わないが」
そうやって自分の目の前で満面の笑みを浮かべながらダンスに誘ったのだ。
これにはロイドも驚きを隠せないようだった。
「ほ、本当に?」
「ああ」
その言葉にシリィが頰を染め嬉しそうにクレイの手を取る。
「じゃ、じゃあ喜んで…」
そうして二人で手を取り優雅に踊り始める。
「まあ、微笑ましい事」
「本当に可愛らしいわ」
女同士で踊っているようにしか見えない二人だが、白と黒のコントラストが美しく、周囲の目はどこまでも好意的だ。
「…まさかクレイがシリィを誘うなんて…」
本当にクレイはどこまでも予想外だ。
あそこで踊っているのが何故自分ではないのだと悔しくて仕方がない。
そうこうしているうちにあっという間に曲が終わり、二人が嬉しそうに微笑み合っているところへ足を向ける者があった。
「シリィ。次は私と踊ってはくれないか?」
そこに立っていたのはライアードだ。
クレイはそれを確認するとスッとシリィの手を取りライアードへと託す。
「シリィ。警護も兼ねて宜しく頼む」
その言葉にシリィは心得たと笑顔で応えた。
「任せて!」
二人の間にあるそんな信頼感が心憎い。
そしてシリィから離れたクレイにまた別の者が声を掛けた。
「あ、あの…失礼ですが、私とも踊ってはいただけないでしょうか?」
そこに声を掛けたのは意外にもハインツだった。
「そ、その…昼間の慰労…も兼ねて是非、…宜しければお相手を」
真っ赤な顔で懸命に話しかける姿が初々しいが、油断も隙もないとロックウェルが足早にそちらへと向かう。
けれど声を掛ける前に何故か第二王子のサイナスがそこへと割り込んだ。
「ハインツ。お前はワルツを踊る体力もまだなかろう。大人しく下がっていろ。失礼。次は私と踊っていただけますか?」
にっこりと微笑みを浮かべながらクレイを誘うサイナスにクレイが優雅に笑う。
「申し訳ないが、男性とは恋人以外踊らないと決めているので」
失礼しますとあっさりとクレイが踵を返したのでホッと安堵の息を吐いた。
どうやら主賓が相手とはいえ、誰彼かまわず踊る気はないようだ。
(良かった)
けれどハインツの方は残念そうに引き下がったが、サイナスの方はプライドを傷つけられたのかクレイの肩を掴んで引き留めに掛かる。
「待て。私に恥をかかせる気か?」
怒りを露わにしたサイナスにクレイは一瞬目を瞠るが、次の瞬間艶やかな笑みを浮かべながら何と言うことはない様にその言葉を告げた。
「いいえ?ダンスに不慣れな自分が高貴な貴方の足を踏んでしまっては申し訳ないので、できれば遠慮させていただきたいと思ったまでです」
「……」
「どうしてもと仰るのならそこのロックウェルと二~三度踊って練習をしてからにさせてもらいたい」
それなら別に構わないと言ってくるクレイにサイナスは暫し考えてからロックウェルの方を見た。
「ロックウェル。ご指名だが、練習台になるか?」
その言葉にクレイの方を見るとどちらでもいいと言うように微笑を浮かべている。
(本当にずるい奴だ)
どうせその三回踊る間に襲撃があると踏んでいるのだろう。
ここでロックウェルが断ったとしても断る事自体には成功しているし、どちらでもクレイに損はない。
それなら自分としても踊れる方が嬉しいに決まっている。
「では僭越ながら私が練習台になりましょう」
そう言ってそっとクレイの手を取った。
「お手柔らかに…」
緩やかに流れる音楽に身を任せながら腰へと手を回し滑るように踊りだす。
クレイは確かに女性側のステップがよくわからないようで何度か体勢を崩しかけたが、その都度支えて自分の方へと引き寄せた。
それを繰り返すうちに段々慣れてきたのか軽やかに自分に合わせてステップを踏み始める。
(ああ…いいな)
まさかこうしてクレイと踊れるとは思っても見なかった。
正直嬉しくて仕方がない。
襲撃者さえ来なければいつまででも一緒に踊っていたい気分だった。
けれどそんな楽しい時間も気が付けばあっという間で────。
「ロックウェル。そろそろ私と代わってくれるか?」
曲の合間に水を差し出しながら言ってくるサイナスに渡さざるを得なくなってしまった。
「では…」
そう言って名残惜しげにその手をサイナスに手渡そうと思ったところでクレイがバッと周辺へと鋭く目を遣った。
曲が終わってフッと気が緩んだ瞬間を狙った襲撃だ。
「ロイド!」
「わかっている」
息をピッタリと合わせてクレイがライアードを護り、ロイドが攻撃呪文を素早く唱えた。
ピキピキピキと音を立ててライアードを狙って攻撃をしようとしていた相手を足元から一気に氷漬けにする。
これでは相手も身動きが取れない。
それでも相手は任務を遂行しようと魔法を使おうと足掻いてくるが、警備にあたっていた王宮魔道士達がすぐさま動き拘束体勢に入った。
そんな僅かな隙を狙って、別の者達が動きを見せる。
ライアードの敵を装ってハインツの方へとその攻撃の手を向けたのだ。
それにいち早く気付いたショーンがその攻撃を弾き飛ばすが、それが運悪くサイナスとロックウェルめがけて飛んでくる。
キィンッ!!
それをすかさず傍にいたクレイが弾き飛ばした。
「ショーン!気をつけろ!ロックウェル!まだ来るぞ!」
それに対しロックウェルが任せておけと同時に7つの防御壁を作りだし、各王族を囲い込む。
これにより断然戦いがしやすくなった。
「さすがだな…」
そう言ってクレイが面倒だからこれで一網打尽にしてやると妖しく笑いながら広域魔法を唱え始めた。
ドンッ!!という衝撃音と共に怪しい動きをしていた者達を魔法の糸で絡め取るかのように一気に縛り上げる。
「これで終わりだ」
キュオッ!!と言う音と共にドサドサドサッ!!と犯行を犯そうとしていた者達が一斉に気を失って崩れ落ちた。
そのあまりにも鮮やかな手口に、場にいた他の魔道士達は誰一人動くことができない。
「クレイ!」
「ロックウェル。全て捕えたから後の判断はすべて任せる」
「わかった」
「ロイド、ライアード王子は無事か?」
「当然だ」
その言葉にパチンと手を合わせて応えるとクレイは満足げに皆へと向き直った。
「不穏な輩は全て一掃いたしましたので、どうぞご安心を」
そして疲れたと言わんばかりにそのまま場をロイドに任せて行ってしまう。
残された者達は最初は戸惑ったものの、どうやら危機は去ったようだと胸をなで下ろし、王族の者の言葉を待った。
「……どうやら危機は回避できたようだが、皆も疲れていよう。今日はこの辺りでお開きとしようではないか。これからも皆にはハインツの支えとなってやってほしい。大儀であった」
そんな子供思いな言葉と共に王の口から夜会の終わりを告げられ、皆は礼を執るとそれぞれ広間を後にし始める。
それを確認すると同時に王は踵を返し、まるでクレイの後を追うかのように足早にその場から去って行った────。
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