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第一部 アストラス編~王の落胤~
100.来客
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それからクレイは王宮側に姿を現すことはほぼなくなってしまった。
来たのはハインツの教育時と、ルドルフから頼まれて王妃の洗脳を解きに来た時のみだ。
どうやら王とは本当に顔を合わせたくないらしい。
しかしアベルの件もあり、できればまだ暫くは家に帰りたくないと言うのでそのままロックウェルの部屋に滞在してくれることになった。
正直帰ったら愛しい恋人に毎日会えるのだからロックウェルとしては文句などあるはずがない。
クレイは昼間は街に出て仕事をしているようだが、アベルに会わないようにと注意深く仕事を選んでいるようで、受ける依頼は最低限にしているようだった。
そんな日々が続いたある日、クレイは徐にその言葉を口にした。
「ロックウェル。今日は久しぶりに家の方に戻ってこようと思う。そろそろ掃除も必要だろうしな」
気が付けばひと月も家を空けているからとクレイは何でもないことのように言うが、このまま帰ってしまうのではないかとふと不安になった。
「クレイ。ちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「…いや。あっちが自宅だから」
「このまま一緒に住めばいいのに…」
「さすがにこれ以上は迷惑だろう?」
そろそろアベルも来ないだろうからと言うクレイに口づけて、そこはまた話し合おうと口にした。
本当に王宮の外に家を購入してクレイと住みたいなと思ってしまう。
街の方に家を買えば仕事に行くのも食事をするのも困ることもなく便利だし、問題はないように思うのだが…。
「心配しなくても俺の恋人はお前だけだ」
そう言って笑ったクレイを見送ってロックウェルはこの日、渋々仕事へと向かった。
***
クレイが家へと戻り掃除を終わらせちょっと一息入れているところでコンコンと訪問を告げるノックが聞こえてきた。
それに対してもしやアベルではないかとビクッと飛び上がる。
【クレイ様。大丈夫でございます】
アベルではないからと眷属がそっとフォローを入れてくれたのでホッとして扉を開けに行くと、そこにはロイドが立っていた。
「クレイ。久しぶり」
「ロイド!どうしたんだ?仕事か?」
クレイが良かったと言いながら中へと促すが、ロイドはそのままクレイをギュッと抱き締めてくる。
「…何かあったのか?」
苦しいぞと言いながらもそう尋ねるクレイに、ロイドはわかっているくせにと言ってきた。
「魔力交流か?」
「ああ。まあそれは口実で、ここ暫くここに来てもお前の姿がなかったし何かあったのかと心配もしていた」
「そうか。それは悪かったな」
ちょっと事情があってと言いながらもクレイはそのまま瞳の封印を解き、そっとロイドと口づけを交わす。
「はぁ…やっぱりお前との口づけの方が気持ちいいな」
「…?何かあったのか?」
珍しく少し交流しただけで唇を離して聞いてくれるかと言い出したので、まあ座れと言ってコーヒーを淹れ話を促してやるとロイドは不満げに話し始めた。
「それが、欲求不満を解消しようと思って久しぶりに花街に行ったんだが、これがちっともよくなかったんだ」
「なんだ。新人にでも当たったのか?」
「いや。人気の女だと聞いたから行ってみたんだが、全然ダメだった」
「相性が悪かったんだな」
「そういう問題じゃない。二、三人試したが全部だぞ?入れても気持ち良くないわ、口淫は今一つだわで全然よくなかったんだ!」
それならクレイとの魔力交流の方が百倍気持ちいいとまで断言してきたので、クレイはさすがに可哀想になってしまう。
ソレーユの花街の質の問題なのだろうか?
それともたまたまハズレばかりだったのか?
「ロイド…もう一回魔力交流してやるからそうやさぐれるな」
「クレイ…」
そんなロイドに再度口づけてやりながら、そう言えば以前ロックウェルが口づけだけでロイドを満足させてやれと言っていたなと思い出し、可哀想なロイドのために一肌脱ぐかと思い至った。
そしてロイドが満足するレベルで魔力を交流しながらそのまま積極的に舌を絡めて口づけで酔わせてやると、いつも以上にうっとりとした眼差しを向けてこられる。
「んっ…ふぅ…んッ…!」
ビクビクと身体を震わせ荒く息を吐いたロイドにクレイは笑顔で満足したかと尋ねたのだが、ロイドはそのまま口を開かずただクレイに縋るように抱きついていた。
「う…。最高すぎてたまらない…」
「…それは良かった」
「クレイ…やっぱりロックウェルなんてやめて私にしないか?」
そんな風に誘ってくるロイドにクレイはフッと笑う。
「そんなに俺が好きなのか?それとも俺の魔力に溺れたのか?」
「…両方だ」
「素直だな」
そう言いながらそっとロイドから身を離してやった。
「まあ諦めるんだな。俺はロックウェルにしか今は興味がないから」
「…言うと思った」
はぁ…とため息を吐きながらもすぐに切り替えてくるロイドにクスリと笑い、クレイは久しぶりだし何か面白い話はないかと尋ねてみる。
「楽しい話…か。そう言えば近々アストラスの王宮で魔道士交流会があるらしいぞ」
「魔道士交流会?」
「ああ。ソレーユとトルテッティの魔道士も呼んで、各国の魔道士達間の交流を深める催しらしい」
「へぇ…」
そう言うことならまたロックウェルも忙しくなるのだろうか?
今回は特に何も聞いていないのだが…。
「それはロイドも参加するのか?」
「…私は参加しない予定だ」
その返事にクレイは首を傾げた。
正直ロイドは色々と面白い魔法が使えるので交流会などに参加すれば引く手数多なほど人が寄って来そうなものなのに────。
「…お前が参加するなら考えてもいいが、正直あまり興味がないんだ。アストラスは兎も角、特にトルテッティは白魔道士国家だ。王族も、王宮魔道士も全員白魔道士。はっきり言って黒魔道士はお呼びじゃないだろう」
その答えに確かにと頷いてしまう。
白魔道士は基本的に黒魔道士が嫌いだから、とても友好的に交流などしてくれないだろう。
あの国は特にそれが顕著だ。
「でも勿体ないな…」
ロイドと話しているとすごく刺激になって面白いのにと、クレイは残念に思えて仕方がなかった。
「まあ私はライアード様のお抱え魔道士だからそこまで他の魔道士と交流する必要もないし、こうしてたまにお前とだけ交流できればそれでいい」
そうやってニッと笑ってくるからクレイも仕方がないなと苦笑を溢す。
この辺りのスタンスはロイドは自分ととても似ているのだ。気持ちはわかる。
「じゃあまた何か面白い魔法でも考え付いたら一緒に試そう」
圧縮魔法、魔力を飛ばす魔法、幻影を映し出す魔法などなど、他にもロイドはこの短い間に色々魔法を試行していたのをクレイは誰よりも知っているだけに、次は何が飛び出すのだろうという興味があった。
「そうだな。私としてはお前の応用魔法の方が気になるが?」
「え?」
「色々応用して使うのが好きだろう?」
そうやって楽しげに笑ってくるので、クレイは確かにと微笑みを返す。
「そう言えば…お前は使えないとバッサリ言っていたが、魔力を飛ばす魔法はなかなか面白いぞ」
「応用ができるのか?」
あれは飛距離が長いと魔力がすり減って、目標の場所に着く頃には半分以下になってしまうという、実に使い道のない魔法でしかなかった。
けれどクレイはロイドへといたずらっぽく微笑みその言葉を口にした。
「あの魔法は飛距離が問題だっただろう?それなら黒魔道士の特性を生かして、影渡りの魔法と融合させたら飛距離は関係なく相手に魔力を届けられるんじゃないかと思ってな」
人探しの依頼で魔道士達を追う際にその者の魔力の痕跡を追って場所を特定することがよくあるので、それと合わせて使えば可能なのではないかと考え付いたのだ。
「国を跨いで離れすぎたら使えないかもしれないが、少なくともお前が俺の魔力で辿れる範囲内のどこかしらにいるのなら、離れていても回復魔法は掛けてやれると思うぞ?」
そんな風に言ったクレイにロイドは目を丸くして凄いなと言ってくる。
「三つの魔法の併用か…。高位の魔道士にしか使えなさそうだが、それはまだまだ考える価値はあるな」
「だろう?お前の魔法は面白いからな。俺も何に使えるか考えるのが楽しかったりするんだ。だからもしまた何か協力できることがあれば遠慮なく言ってきてくれ」
「…わかった」
それは美味しいなと言いながらロイドは笑みを浮かべそっとコーヒーを口へと運んだ。
そうやって二人で楽しく話に花を咲かせている頃、王宮の執務室では────。
「ロックウェル様。ここ最近クレイの姿を見ないんですが、喧嘩でもなさったんですか?」
暫くあんなに頻繁に姿を見せていたのに突然ぱったりと姿が見えなくなったのでシリィは心配してくれていたらしい。
「いや。クレイは普通に今日も私の部屋から街に向かったぞ?」
自分としては毎日クレイに会っているし、昔のように自分からクレイの元へ行かなくてもクレイの方から来てくれるから幸せそのものなのだが、傍から見るとそうとは見えないようだ。
「…そうは言っても随分急に姿が見えなくなりましたよ?…クレイと別れる時は絶対に傷つけないように振ってくださいね?」
「…何故あんなに愛しく思っている相手と別れないといけないんだ」
正直杞憂に過ぎる。誤解もいいところだ。
「そんなことを言ってもロックウェル様がこれまで付き合ってきた相手って、ほとんどがひと月。もって三か月くらいで別れているじゃありませんか」
それすら三股くらいで付き合っていた頃だしと、うるっと目を潤ませるシリィに確かにそうだったと思い至る。
これまで沢山の女達と付き合ってきたが、どれも長続きはしなかった。
どの女達も皆綺麗だったとは思うが、誰も自分の特別だとは思えなかったのだ。
色々な性格の者とも付き合ってきたし、それなりに楽しい時間も過ごしてきた。
けれどただそれだけだ。
試しに男と付き合ってみた時もあまり変わり映えはしなかった。
誰もが自分に好意の眼差しを向けてくるし、自分との時間を楽しんでもくれていた。
けれどそれこそクレイの言葉ではないが、セフレのようなものだったのかもしれない。
誰にも本気になれない自分だったのは確かだ。
そう考えると、クレイは別格としか言いようがない。
「いや。それは結果論で、クレイは一生可愛がる予定だから」
「そんな言葉…信じられません」
よく考えたら封印を解いてから既に三か月以上は経過しているし、いつから付き合っているかは知らないがそろそろ怪しい時期だとシリィは訴えてきた。
けれどその言葉はロックウェルとしては心外だった。
まず、クレイを捕まえるのにどれだけ苦労してきたことか…。
捕まえたと思っても何度もするりと腕から抜けだされ、各所で色々危なっかしい言動を繰り返しながらこちらを怒らせてくる。
そんな風にこれっぽっちも安心できない奴なのだ。
そんなクレイをやっと最近捕まえホッとしたばかり────。
絶対に手放すはずがないだろうに。
けれどそんな細かいことを今ここで語っても仕方がない。
それならばとシリィにわかりやすい様にその言葉を口にしたのだが……。
「言ってはなんだが、クレイは私と友人になった当初から私を好きでいてくれたんだぞ?そんな相手を手酷く振るはずがないだろう?大事にするに決まっている。何と言われようと今の私はあいつ一筋だ」
「ええっ?!そ、そんなにクレイは純情だったんですか?!ロックウェル様…そんな相手を封印したあげくに手籠めにしたなんて、ひどすぎます…」
わなわなと震えるシリィにもうどう言っていいのか空いた口が塞がらない。
「……だから…」
今二人は愛し合ってるんだから何も問題はないと言葉を続けようとしたところで、突如その声が飛び込んできた。
「ロックウェル様。クレイと別れたんですか?」
その声はリーネだった。
「まあ冗談だとは思いますが、別れた場合は是非ご一報を。私が精一杯クレイを慰めに参りますので」
物凄く嬉しそうにするリーネを睨み付けて、誰がやるかと言い放つ。
(まだ諦めていなかったのか…)
「クレイはお前の手には余ると思うが?」
「あら。それでも私はクレイが好きですし、いくらでも付き合いますわ」
あの天然も可愛いですしと笑うリーネに腹立たしくて仕方がない。
クレイの可愛さは自分だけがわかっていればそれでいいのに────。
けれどそこでリーネの隣にいたコーネリアがそっと口を挟んでくる。
「…あの、ロックウェル様のお相手はクレイではなく先日の女性なのでは?」
「ふふふ…どうかしらね?二股なのかしらね…?」
事情を知るリーネはクスクスと楽しげに笑いながらロックウェルを見つめてくる。
正直コーネリアにならここで二人が同一人物だとばらしても構わないとは思うが、そうすることでまたいらぬ噂が流れても困ると考え結局別の言葉を口にした。
「クレアもクレイもどちらも私にとっては大切な相手だ」
そうはっきりと言ったロックウェルにコーネリアが複雑そうな表情で口を開く。
「クレア様は兎も角、クレイの方に関しましては私はあまりいい印象を持っておりません。ロックウェル様をお守りするなど、好意的に感じる面もございますが、お付き合いは友人程度にとどめておく方がよいかと考えます」
その言葉にリーネは大笑いし、シリィはプンプンと怒り始めた。
「クレイの事をよく知りもしないくせにそんなことを言わないでちょうだい!」
「…しかし陛下に対し不遜な態度を取り、己の魔力に胡坐をかく黒魔道士だと言う者もおります。正直私は黒魔道士を悪だとまで言うつもりはありませんが、付き合ったとしたらロックウェル様を悪の道に引きずり込みそうで嫌なのです」
そんな言葉にリーネが更に笑い始めた。
「ああ、おかしい!!面白い!面白いわよ、コーネリア!ふふふっ!こんなに笑ったのは久しぶりだわ」
目に涙まで滲ませて笑うリーネにコーネリアは冷たい眼差しを向ける。
「リーネ。私は貴女も好きになれそうにはないわ」
「あら。私は意外と好きよ?そのロックウェル様命な感じがね」
含むようなその言い方にコーネリアの頬が朱に染まった。
「なっ…!」
「そういうことでしょう?白魔道士の貴女にとってロックウェル様は憧れの方でしょうし?」
ウフフと笑ってリーネがそっとコーネリアへと言葉を掛ける。
「でもね?貴女にとってのロックウェル様と同じように、私もクレイを心から愛しているのよ?だから、クレイを貶めることは言わないでちょうだい?」
その声は先程までのからかうような感じとは違い、ぞっとするほどコーネリアの背筋を寒くした。
「クレイは天然でとっても可愛い人なの。そうかと思えば黒魔道士としてもぞくぞくするほど魅力的だし、何と言っても話しているだけで心が浮き立って仕方がないの。あの人を手に入れられるなら私は愛人でも構わないと思っているわ」
けれどその言葉はロックウェルには聞き捨てならなかったので、不機嫌そうに口を挟む。
「残念だがクレイは私だけのものだ。愛人の入る隙など一切ない。諦めるんだな」
「…そうやってクレイを独り占めなさるのはどうかと思いますわ」
「…魔力交流だけは認めてやっているだろう?」
「ふふっ…。あまり嫉妬で雁字搦めにすると、息苦しくて逃げ出してしまうかもしれませんもの。そこが妥協点なのでは?」
そうやって微笑むリーネの言葉にロックウェルも認めざるを得ない。
悔しくてギッとリーネを睨み付けてやると、シリィが驚いて仲裁に入ろうとし始めた。
「ロックウェル様。クレイを大事にお思いなのは理解しましたから落ち着いてください」
別れていないというのはよくわかったからとシリィが言ってくれたので、深く息を吐く。
「…すまない。今日集まってもらったのは魔道士交流会の件だったな。本題に移るとしようか…」
そう声を上げたところで、ロックウェルの足元でヒュースがため息を吐くのを感じた。
これは絶対に何かあったという妙な確信を抱いてしまう。
だから皆にちょっとだけ待てと伝えそっと尋ねてみた。
「何があった?」
【お仕事はよろしいのですか?】
どこか誤魔化すかのようにそう言ったヒュースに益々クレイが何かやらかしたのではないかという疑惑が脳裏に浮かぶ。
「構わない。何があった」
【ロイドが久方ぶりに姿を現しまして…】
その言葉にガタッと席を立つ。
「そういうことは早く言ってくれ!」
そんな自分にシリィ達が驚きに目を見開くが知ったことではない。
久方ぶりと言うことは絶対に魔力交流をしに来たに決まっているのだ。
しかもそれは絶対に口説くのとセットだろう。
アベルの件で不安になっているクレイをあの男なら上手く言いくるめて、それならソレーユに住めばいいなどと言い出しかねない。
いつまでも王宮で迷惑をかけるよりはマシだ等々、言いそうなことが容易に想像がつくだけに放っておくことなどできそうになかった。
本当にタイミングのいい男だ。
「すぐに戻る!」
そんな自分にリーネが面白そうに声を掛けてくる。
「お急ぎでしたら私が影渡りでお連れ致しましょうか?」
確かに急ぐに越したことはない。
自分も見たいしと笑うリーネにロックウェルはギリッと歯噛みした後、コーネリアに先にシリィから詳細を聞いておくようにとだけ伝え、そのままリーネと共に急いでクレイの元へと向かった。
来たのはハインツの教育時と、ルドルフから頼まれて王妃の洗脳を解きに来た時のみだ。
どうやら王とは本当に顔を合わせたくないらしい。
しかしアベルの件もあり、できればまだ暫くは家に帰りたくないと言うのでそのままロックウェルの部屋に滞在してくれることになった。
正直帰ったら愛しい恋人に毎日会えるのだからロックウェルとしては文句などあるはずがない。
クレイは昼間は街に出て仕事をしているようだが、アベルに会わないようにと注意深く仕事を選んでいるようで、受ける依頼は最低限にしているようだった。
そんな日々が続いたある日、クレイは徐にその言葉を口にした。
「ロックウェル。今日は久しぶりに家の方に戻ってこようと思う。そろそろ掃除も必要だろうしな」
気が付けばひと月も家を空けているからとクレイは何でもないことのように言うが、このまま帰ってしまうのではないかとふと不安になった。
「クレイ。ちゃんと帰ってくるんだぞ?」
「…いや。あっちが自宅だから」
「このまま一緒に住めばいいのに…」
「さすがにこれ以上は迷惑だろう?」
そろそろアベルも来ないだろうからと言うクレイに口づけて、そこはまた話し合おうと口にした。
本当に王宮の外に家を購入してクレイと住みたいなと思ってしまう。
街の方に家を買えば仕事に行くのも食事をするのも困ることもなく便利だし、問題はないように思うのだが…。
「心配しなくても俺の恋人はお前だけだ」
そう言って笑ったクレイを見送ってロックウェルはこの日、渋々仕事へと向かった。
***
クレイが家へと戻り掃除を終わらせちょっと一息入れているところでコンコンと訪問を告げるノックが聞こえてきた。
それに対してもしやアベルではないかとビクッと飛び上がる。
【クレイ様。大丈夫でございます】
アベルではないからと眷属がそっとフォローを入れてくれたのでホッとして扉を開けに行くと、そこにはロイドが立っていた。
「クレイ。久しぶり」
「ロイド!どうしたんだ?仕事か?」
クレイが良かったと言いながら中へと促すが、ロイドはそのままクレイをギュッと抱き締めてくる。
「…何かあったのか?」
苦しいぞと言いながらもそう尋ねるクレイに、ロイドはわかっているくせにと言ってきた。
「魔力交流か?」
「ああ。まあそれは口実で、ここ暫くここに来てもお前の姿がなかったし何かあったのかと心配もしていた」
「そうか。それは悪かったな」
ちょっと事情があってと言いながらもクレイはそのまま瞳の封印を解き、そっとロイドと口づけを交わす。
「はぁ…やっぱりお前との口づけの方が気持ちいいな」
「…?何かあったのか?」
珍しく少し交流しただけで唇を離して聞いてくれるかと言い出したので、まあ座れと言ってコーヒーを淹れ話を促してやるとロイドは不満げに話し始めた。
「それが、欲求不満を解消しようと思って久しぶりに花街に行ったんだが、これがちっともよくなかったんだ」
「なんだ。新人にでも当たったのか?」
「いや。人気の女だと聞いたから行ってみたんだが、全然ダメだった」
「相性が悪かったんだな」
「そういう問題じゃない。二、三人試したが全部だぞ?入れても気持ち良くないわ、口淫は今一つだわで全然よくなかったんだ!」
それならクレイとの魔力交流の方が百倍気持ちいいとまで断言してきたので、クレイはさすがに可哀想になってしまう。
ソレーユの花街の質の問題なのだろうか?
それともたまたまハズレばかりだったのか?
「ロイド…もう一回魔力交流してやるからそうやさぐれるな」
「クレイ…」
そんなロイドに再度口づけてやりながら、そう言えば以前ロックウェルが口づけだけでロイドを満足させてやれと言っていたなと思い出し、可哀想なロイドのために一肌脱ぐかと思い至った。
そしてロイドが満足するレベルで魔力を交流しながらそのまま積極的に舌を絡めて口づけで酔わせてやると、いつも以上にうっとりとした眼差しを向けてこられる。
「んっ…ふぅ…んッ…!」
ビクビクと身体を震わせ荒く息を吐いたロイドにクレイは笑顔で満足したかと尋ねたのだが、ロイドはそのまま口を開かずただクレイに縋るように抱きついていた。
「う…。最高すぎてたまらない…」
「…それは良かった」
「クレイ…やっぱりロックウェルなんてやめて私にしないか?」
そんな風に誘ってくるロイドにクレイはフッと笑う。
「そんなに俺が好きなのか?それとも俺の魔力に溺れたのか?」
「…両方だ」
「素直だな」
そう言いながらそっとロイドから身を離してやった。
「まあ諦めるんだな。俺はロックウェルにしか今は興味がないから」
「…言うと思った」
はぁ…とため息を吐きながらもすぐに切り替えてくるロイドにクスリと笑い、クレイは久しぶりだし何か面白い話はないかと尋ねてみる。
「楽しい話…か。そう言えば近々アストラスの王宮で魔道士交流会があるらしいぞ」
「魔道士交流会?」
「ああ。ソレーユとトルテッティの魔道士も呼んで、各国の魔道士達間の交流を深める催しらしい」
「へぇ…」
そう言うことならまたロックウェルも忙しくなるのだろうか?
今回は特に何も聞いていないのだが…。
「それはロイドも参加するのか?」
「…私は参加しない予定だ」
その返事にクレイは首を傾げた。
正直ロイドは色々と面白い魔法が使えるので交流会などに参加すれば引く手数多なほど人が寄って来そうなものなのに────。
「…お前が参加するなら考えてもいいが、正直あまり興味がないんだ。アストラスは兎も角、特にトルテッティは白魔道士国家だ。王族も、王宮魔道士も全員白魔道士。はっきり言って黒魔道士はお呼びじゃないだろう」
その答えに確かにと頷いてしまう。
白魔道士は基本的に黒魔道士が嫌いだから、とても友好的に交流などしてくれないだろう。
あの国は特にそれが顕著だ。
「でも勿体ないな…」
ロイドと話しているとすごく刺激になって面白いのにと、クレイは残念に思えて仕方がなかった。
「まあ私はライアード様のお抱え魔道士だからそこまで他の魔道士と交流する必要もないし、こうしてたまにお前とだけ交流できればそれでいい」
そうやってニッと笑ってくるからクレイも仕方がないなと苦笑を溢す。
この辺りのスタンスはロイドは自分ととても似ているのだ。気持ちはわかる。
「じゃあまた何か面白い魔法でも考え付いたら一緒に試そう」
圧縮魔法、魔力を飛ばす魔法、幻影を映し出す魔法などなど、他にもロイドはこの短い間に色々魔法を試行していたのをクレイは誰よりも知っているだけに、次は何が飛び出すのだろうという興味があった。
「そうだな。私としてはお前の応用魔法の方が気になるが?」
「え?」
「色々応用して使うのが好きだろう?」
そうやって楽しげに笑ってくるので、クレイは確かにと微笑みを返す。
「そう言えば…お前は使えないとバッサリ言っていたが、魔力を飛ばす魔法はなかなか面白いぞ」
「応用ができるのか?」
あれは飛距離が長いと魔力がすり減って、目標の場所に着く頃には半分以下になってしまうという、実に使い道のない魔法でしかなかった。
けれどクレイはロイドへといたずらっぽく微笑みその言葉を口にした。
「あの魔法は飛距離が問題だっただろう?それなら黒魔道士の特性を生かして、影渡りの魔法と融合させたら飛距離は関係なく相手に魔力を届けられるんじゃないかと思ってな」
人探しの依頼で魔道士達を追う際にその者の魔力の痕跡を追って場所を特定することがよくあるので、それと合わせて使えば可能なのではないかと考え付いたのだ。
「国を跨いで離れすぎたら使えないかもしれないが、少なくともお前が俺の魔力で辿れる範囲内のどこかしらにいるのなら、離れていても回復魔法は掛けてやれると思うぞ?」
そんな風に言ったクレイにロイドは目を丸くして凄いなと言ってくる。
「三つの魔法の併用か…。高位の魔道士にしか使えなさそうだが、それはまだまだ考える価値はあるな」
「だろう?お前の魔法は面白いからな。俺も何に使えるか考えるのが楽しかったりするんだ。だからもしまた何か協力できることがあれば遠慮なく言ってきてくれ」
「…わかった」
それは美味しいなと言いながらロイドは笑みを浮かべそっとコーヒーを口へと運んだ。
そうやって二人で楽しく話に花を咲かせている頃、王宮の執務室では────。
「ロックウェル様。ここ最近クレイの姿を見ないんですが、喧嘩でもなさったんですか?」
暫くあんなに頻繁に姿を見せていたのに突然ぱったりと姿が見えなくなったのでシリィは心配してくれていたらしい。
「いや。クレイは普通に今日も私の部屋から街に向かったぞ?」
自分としては毎日クレイに会っているし、昔のように自分からクレイの元へ行かなくてもクレイの方から来てくれるから幸せそのものなのだが、傍から見るとそうとは見えないようだ。
「…そうは言っても随分急に姿が見えなくなりましたよ?…クレイと別れる時は絶対に傷つけないように振ってくださいね?」
「…何故あんなに愛しく思っている相手と別れないといけないんだ」
正直杞憂に過ぎる。誤解もいいところだ。
「そんなことを言ってもロックウェル様がこれまで付き合ってきた相手って、ほとんどがひと月。もって三か月くらいで別れているじゃありませんか」
それすら三股くらいで付き合っていた頃だしと、うるっと目を潤ませるシリィに確かにそうだったと思い至る。
これまで沢山の女達と付き合ってきたが、どれも長続きはしなかった。
どの女達も皆綺麗だったとは思うが、誰も自分の特別だとは思えなかったのだ。
色々な性格の者とも付き合ってきたし、それなりに楽しい時間も過ごしてきた。
けれどただそれだけだ。
試しに男と付き合ってみた時もあまり変わり映えはしなかった。
誰もが自分に好意の眼差しを向けてくるし、自分との時間を楽しんでもくれていた。
けれどそれこそクレイの言葉ではないが、セフレのようなものだったのかもしれない。
誰にも本気になれない自分だったのは確かだ。
そう考えると、クレイは別格としか言いようがない。
「いや。それは結果論で、クレイは一生可愛がる予定だから」
「そんな言葉…信じられません」
よく考えたら封印を解いてから既に三か月以上は経過しているし、いつから付き合っているかは知らないがそろそろ怪しい時期だとシリィは訴えてきた。
けれどその言葉はロックウェルとしては心外だった。
まず、クレイを捕まえるのにどれだけ苦労してきたことか…。
捕まえたと思っても何度もするりと腕から抜けだされ、各所で色々危なっかしい言動を繰り返しながらこちらを怒らせてくる。
そんな風にこれっぽっちも安心できない奴なのだ。
そんなクレイをやっと最近捕まえホッとしたばかり────。
絶対に手放すはずがないだろうに。
けれどそんな細かいことを今ここで語っても仕方がない。
それならばとシリィにわかりやすい様にその言葉を口にしたのだが……。
「言ってはなんだが、クレイは私と友人になった当初から私を好きでいてくれたんだぞ?そんな相手を手酷く振るはずがないだろう?大事にするに決まっている。何と言われようと今の私はあいつ一筋だ」
「ええっ?!そ、そんなにクレイは純情だったんですか?!ロックウェル様…そんな相手を封印したあげくに手籠めにしたなんて、ひどすぎます…」
わなわなと震えるシリィにもうどう言っていいのか空いた口が塞がらない。
「……だから…」
今二人は愛し合ってるんだから何も問題はないと言葉を続けようとしたところで、突如その声が飛び込んできた。
「ロックウェル様。クレイと別れたんですか?」
その声はリーネだった。
「まあ冗談だとは思いますが、別れた場合は是非ご一報を。私が精一杯クレイを慰めに参りますので」
物凄く嬉しそうにするリーネを睨み付けて、誰がやるかと言い放つ。
(まだ諦めていなかったのか…)
「クレイはお前の手には余ると思うが?」
「あら。それでも私はクレイが好きですし、いくらでも付き合いますわ」
あの天然も可愛いですしと笑うリーネに腹立たしくて仕方がない。
クレイの可愛さは自分だけがわかっていればそれでいいのに────。
けれどそこでリーネの隣にいたコーネリアがそっと口を挟んでくる。
「…あの、ロックウェル様のお相手はクレイではなく先日の女性なのでは?」
「ふふふ…どうかしらね?二股なのかしらね…?」
事情を知るリーネはクスクスと楽しげに笑いながらロックウェルを見つめてくる。
正直コーネリアにならここで二人が同一人物だとばらしても構わないとは思うが、そうすることでまたいらぬ噂が流れても困ると考え結局別の言葉を口にした。
「クレアもクレイもどちらも私にとっては大切な相手だ」
そうはっきりと言ったロックウェルにコーネリアが複雑そうな表情で口を開く。
「クレア様は兎も角、クレイの方に関しましては私はあまりいい印象を持っておりません。ロックウェル様をお守りするなど、好意的に感じる面もございますが、お付き合いは友人程度にとどめておく方がよいかと考えます」
その言葉にリーネは大笑いし、シリィはプンプンと怒り始めた。
「クレイの事をよく知りもしないくせにそんなことを言わないでちょうだい!」
「…しかし陛下に対し不遜な態度を取り、己の魔力に胡坐をかく黒魔道士だと言う者もおります。正直私は黒魔道士を悪だとまで言うつもりはありませんが、付き合ったとしたらロックウェル様を悪の道に引きずり込みそうで嫌なのです」
そんな言葉にリーネが更に笑い始めた。
「ああ、おかしい!!面白い!面白いわよ、コーネリア!ふふふっ!こんなに笑ったのは久しぶりだわ」
目に涙まで滲ませて笑うリーネにコーネリアは冷たい眼差しを向ける。
「リーネ。私は貴女も好きになれそうにはないわ」
「あら。私は意外と好きよ?そのロックウェル様命な感じがね」
含むようなその言い方にコーネリアの頬が朱に染まった。
「なっ…!」
「そういうことでしょう?白魔道士の貴女にとってロックウェル様は憧れの方でしょうし?」
ウフフと笑ってリーネがそっとコーネリアへと言葉を掛ける。
「でもね?貴女にとってのロックウェル様と同じように、私もクレイを心から愛しているのよ?だから、クレイを貶めることは言わないでちょうだい?」
その声は先程までのからかうような感じとは違い、ぞっとするほどコーネリアの背筋を寒くした。
「クレイは天然でとっても可愛い人なの。そうかと思えば黒魔道士としてもぞくぞくするほど魅力的だし、何と言っても話しているだけで心が浮き立って仕方がないの。あの人を手に入れられるなら私は愛人でも構わないと思っているわ」
けれどその言葉はロックウェルには聞き捨てならなかったので、不機嫌そうに口を挟む。
「残念だがクレイは私だけのものだ。愛人の入る隙など一切ない。諦めるんだな」
「…そうやってクレイを独り占めなさるのはどうかと思いますわ」
「…魔力交流だけは認めてやっているだろう?」
「ふふっ…。あまり嫉妬で雁字搦めにすると、息苦しくて逃げ出してしまうかもしれませんもの。そこが妥協点なのでは?」
そうやって微笑むリーネの言葉にロックウェルも認めざるを得ない。
悔しくてギッとリーネを睨み付けてやると、シリィが驚いて仲裁に入ろうとし始めた。
「ロックウェル様。クレイを大事にお思いなのは理解しましたから落ち着いてください」
別れていないというのはよくわかったからとシリィが言ってくれたので、深く息を吐く。
「…すまない。今日集まってもらったのは魔道士交流会の件だったな。本題に移るとしようか…」
そう声を上げたところで、ロックウェルの足元でヒュースがため息を吐くのを感じた。
これは絶対に何かあったという妙な確信を抱いてしまう。
だから皆にちょっとだけ待てと伝えそっと尋ねてみた。
「何があった?」
【お仕事はよろしいのですか?】
どこか誤魔化すかのようにそう言ったヒュースに益々クレイが何かやらかしたのではないかという疑惑が脳裏に浮かぶ。
「構わない。何があった」
【ロイドが久方ぶりに姿を現しまして…】
その言葉にガタッと席を立つ。
「そういうことは早く言ってくれ!」
そんな自分にシリィ達が驚きに目を見開くが知ったことではない。
久方ぶりと言うことは絶対に魔力交流をしに来たに決まっているのだ。
しかもそれは絶対に口説くのとセットだろう。
アベルの件で不安になっているクレイをあの男なら上手く言いくるめて、それならソレーユに住めばいいなどと言い出しかねない。
いつまでも王宮で迷惑をかけるよりはマシだ等々、言いそうなことが容易に想像がつくだけに放っておくことなどできそうになかった。
本当にタイミングのいい男だ。
「すぐに戻る!」
そんな自分にリーネが面白そうに声を掛けてくる。
「お急ぎでしたら私が影渡りでお連れ致しましょうか?」
確かに急ぐに越したことはない。
自分も見たいしと笑うリーネにロックウェルはギリッと歯噛みした後、コーネリアに先にシリィから詳細を聞いておくようにとだけ伝え、そのままリーネと共に急いでクレイの元へと向かった。
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