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第二部 ソレーユ編~失くした恋の行方~
22.困惑
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シリィはライアードの部屋へと連れてこられ、そっとソファへと促されて勧められるままに座った。
そしてそっと給仕の女性からコーヒーのカップを受け取り礼を言う。
最初は先程ロイドがさっさと抱かれてこいと言っていただけに襲われるのではないかとドキドキしながら縮こまっていたのだが、意に反してライアードは隣には座らず正面のソファへと座ってくれた。
その表情はよく見ると穏やかで、とても襲ってきそうにはない。
(大丈夫…ってこと?)
給仕の女性は下げられてしまったが、この分ならどうやら心配しなくてもよさそうだとホッと安堵の息を吐きゆっくりと肩の力を抜いた。
そうしてカップへと口をつけ一息ついたところでライアードが徐に口を開く。
「シリィ。さっきはロイドがすまなかった」
しかもその口から紡がれたのは思わぬ謝罪の言葉だった。
「シリィがシュバルツ殿と仲良くしていたところを邪魔してしまったのではないか?」
穏やかにそう切り出すライアードは、優しげな眼差しで自分を見つめている。
「え?」
けれどその内容から、どうやらロイドが焼きもちで二人の間に乱入したのだと思ったらしいことが察せられた。
「ロイドはああ見えて可愛い奴だからな。許してやってほしい」
(か、可愛い?!)
そんな言葉に思わず慄いてしまう。
そう言えば先程シュバルツも可愛いと言っていたし、クレイだって確か以前そんなことを言っていたように思う。
自分にはさっぱりわからないがどうやら男性から見たロイドは『可愛い』らしい。
あんな偉そうにしているロイドが可愛いと言うのは俄かには信じがたいが、男性目線と女性目線では違うのだろうか?
それこそドSな時のロックウェルなら『ああいう性格の悪い奴を屈服させるのがいいんだ』とか言いだしそうだ。
(あ、でもクレイなら一緒に戯れるのが楽しいからとか言って甘く口説きあうんだろうな……)
その辺りはきっとロックウェルとは全然違いそうだ。
ではシュバルツならどう出るだろう?
(う~ん…やっぱりシュバルツ様が攻める方は全く想像がつかないわね……)
どうやってもロイドを押し倒すシュバルツが思い浮かばない。
あのシュバルツがどうロイドを襲うと言うのか────。
そうやっていつの間にか思考がロイド攻略の方向に行ってしまいそのまま熱心に考え込んでいると、突然声を掛けられた。
「シリィ?どうかしたのか?」
「え?あ、いえ、シュバルツ様のロイド攻略法を……」
そこまで言ったところでハッと我に返った。
自分は一体何を考えていたのか。
ここはライアードの部屋で、自分は今彼と二人きりだったと言うのに────。
思わず真っ赤になって誤魔化すかのようにカップへと手を伸ばす。
「す、すみませんっ!」
そんな自分にライアードは困ったように笑った。
「シリィ……二人の仲を応援するのもいいが、私の方も少しは見てもらえたら嬉しい」
(ですよね!)
本当にその通りだと思いながら恥ずかしさから俯いてしまう。
「そ…それで、お話と言うのは……」
なんとか会話の糸口をとそう振ってみると、ライアードはあっさりと話を切り替え午後の茶会の話をしてくれた。
「今第二妃を推す声が多いのは知っているか?」
「え…。いいえ」
正直初耳だと口にするとライアードは簡単に事情を説明してくれた。
どうやら自分との結婚に対する反対はなかったものの、第二妃に後ろ盾として有力な相手をと望む声が上がっているらしい。
「そのうちの一人がトルテッティの王女であるフローリア殿でな……」
「え?フローリア様ですか?!」
「ああ」
その話は寝耳に水だった。
先程本人は何も言ってはいなかったが、本当なのだろうか?
あのフローリアが第二妃として嫁いでくると言うのは内心穏やかではない。
(シュバルツ様となんだかんだと仲が良さそうだったし……)
確か先程初めての相手がシュバルツだったと言っていたし、二人はそういう仲だったのだろう。
それを思うと何故か胸がずきりと痛む。
シュバルツがフローリアを腕の中に囲って優しく溶かしていく姿は、ロイドとの仲を想像するよりも容易い。
「………」
そうして沈鬱な表情で黙り込んでしまった自分を、いつの間にか隣に移動して来ていたライアードが抱き竦めてきた。
「シリィ…。不安にさせてしまってすまなかった。私の第二妃の件は兄にも手伝ってもらってなかったことにしてもらうつもりだから安心してもらって構わない。ただ…第二妃の話を茶会で持ち出す者も出てくるかと思って予め話しておきたかっただけだ」
大丈夫だと言ってくれるライアードが全く違うことで慮ってくれているのを知り、シリィは慌てて大丈夫だと口にする。
「いえっ!そういうことでしたらしっかりと心に留めさせていただきます。時間はあまりありませんが、傾向と対策を考えたいので第二妃候補の方のお名前やお立場を全て教えていただけると助かります」
そしてすぐさまそう口にしたところで、またライアードに困ったように微笑まれた。
「……優秀なシリィにかかれば、これも仕事と割り切られてしまうのだな」
「え?」
「いや、いい。では詳細を話そうか」
こうしてライアードはその詳細を話し始めた────。
***
「はぁ…本当にシリィは難しいな」
シリィと一通り話し終え、送り出したところでライアードは深いため息を吐いた。
ロックウェルと話す機会があった時にシリィについて色々話を聞かせてもらったのだが、あの言葉の数々は本当だったのだと実感してしまう。
曰く、シリィ攻略は自分にはかなり難しいだろうと────。
それと言うのも、元々シリィはロックウェルの傍で働いていたこともあり、甘すぎる口説き文句は聞き流す癖があるのだそうだ。
だからそう言う言葉を口にする時はちゃんと本人に言っているのだと伝わるように、わかりやすく目を見て話すことが一番重要なのだとか…。
そうでなければ勝手に自分以外に言っているのだと思い込んでしまうらしい。
プレゼントの類もどちらかと言うと迷惑に思うタイプらしく、文句を言われたこともあると教えられた。
聞いた時はあまり本気には取っていなかったのだが、どうやら真実だったらしい。
「シリィのタイプはクレイやシュバルツ殿のようにどこか庇護欲を擽られるタイプなので、ライアード王子も少しくらい弱みを見せるくらいでちょうど良いかと…」
そんな言葉が脳裏をよぎるが、王子として人に弱みを見せるのは正直あまり気の乗らないことだった。
(さて…どうしようか)
ちなみに先日ロイドに落とせそうにない相手を落としたい時、お前ならどうすると戯れに尋ねたら、自分なら搦め手で行きますという答えが返ってきた。
確かにロイドがクレイを落とす時に使っていた手はかなりの効果を発揮していたように思う。
相手の隙を的確に突いて積み重ねていくその手腕はなかなかのものだった。
けれどその後面白そうに『クレイにも聞いてみますか?』と聞かれ、一応コンタクトを取ってもらい聞かせてもらったら、きょとんとしたように答えが返ってきた。
「…?落とせない相手…ってシリィの事か?シリィは優しくされたらすぐに気を許すし、ライアード王子なら簡単に落ちるだろう?」
その答えにはロイドも楽しげに笑っていた。
実にクレイらしい答えだ。
そんな中、ロイドが別の切り口で話を繋いだ。
「お前にとってシリィを落とすのは簡単なんだろうが…たとえば仕事でシュバルツを落とす必要が出たらどうする?」
シュバルツはクレイを嫌っている。
そう容易には落とせないだろうと言うことらしかった。
そんな質問にクレイの表情が変わった。
「面白いことを言うな。俺がシュバルツを落とすなら…そうだな。魔力交流で腰砕けにした後ゆっくりと時間を掛けて優しく言い聞かせてやる…かな。一週間もしないうちに落とす自信があるぞ?」
クッと笑うその姿は黒魔道士特有の妖艶さに満ち溢れている。
そんなクレイの姿にロイドが横で嬉しそうに微笑んでいるのがなんとも面白かった。
「最高だなクレイ。やっぱりお前はロックウェルの前以外だとドSだと思うぞ?」
「心外だな。仕事で頼まれたらそうするというただそれだけの話だろう?俺は別にドSじゃない」
「ふっ…そう思っているのはお前だけだ。お前が相手なら私も好きなだけ嬲ってほしくなる」
「ははっ…ロイドは相変わらず面白いな。まあいい。ライアード王子。シリィは本当に真っ直ぐで優しい性格なんだ。できるだけ長い目で見て優しくしてやってほしい」
そんな言葉にもちろんだと答えてやる。
「あ、そうそう。一つだけ……」
そして最後にシリィに有効かはわからないがという前置きの元、クレイはとある手法を教えてくれた。
「こうなるとダメ元で試してみてもいいかもしれないな…」
その時クレイが口にしたのは、朝と夜の二回だけ毎日口づけをすると言うただそれだけのものだった。
黒魔道士が初心な相手を落とす時によく使う手で、わざわざ寝なくても効果的に落ちてくれるから楽なのだと言っていた。
シリィには不向きな攻略法だろうと思って聞き流していたが、こうなってくると何でも試した方がいいのかもしれないと言う気になってくる。
本当に効果が出るのかはわからないが、何もしないよりはいいだろうと考え、早速明日から試してみようと考えた。
***
「シリィ様?シリィ様はトルテッティのフローリア姫に会ったことがおありですか?」
「え?ええ。以前アストラスでお会いする機会がありました」
「フローリア様は絹糸のように美しい金の髪をお持ちの美しい姫君だとか…」
「そう言えばこちらに滞在中のシュバルツ様の従妹にあたられると伺いましたわ。年も近く仲も良いとか…」
「まぁ…ふふふ。良いことですわ。第二妃としてこちらに来られた時、シュバルツ様の存在はとても心強いことでしょうね」
クスクスと笑う淑女達の言葉に胸がズキズキと痛んでしまう。
先程ライアードから第二妃の件で話を聞いたとはいえ、シュバルツの事を持ち出されるのは正直嫌だった。
あの仲の良さそうだった会話が思い出されて胃がシクシク痛む気がする。
(早く帰りたい……)
そう思いながら笑顔だけは絶やさずその場で黙って話を聞いていたのだが、そろそろ限界だと思ったところで突如フワリと優しい光が自分を包み込むのを感じた。
これは心身を癒す回復魔法だ。
「え?」
あまりの事に驚いて顔を上げると、そこには笑顔のシュバルツが立っていた。
「初めまして。シュバルツと申します」
にこやかに紡がれたその言葉に、場にいた淑女達が思わずポカンとシュバルツへと視線を注ぐ。
「私の従妹の話が出ているようだったので立ち寄らせていただきました。少しご一緒しても構わないでしょうか?」
噂のフローリア同様の美しい金の髪を有した白皙の美貌の持ち主に、彼女達は頬を染めてコクコクと頷きすぐさまサッと席を用意した。
そうなると当然彼女達の視線も言葉も自分ではなくシュバルツの方へと向かう。
これまで向けられていた敵意のようなものが全て浴びせられなくなって、シリィはホッとしながら思わず涙ぐみそうになった。
(助けに…きてくれたのね)
先程の回復魔法と言い、お茶会への顔出しと言い、きっと心配して様子を見に来てくれたのだろうことがすぐに分かった。
ロックウェルの件では敵側ではあったが、シュバルツは本当は凄く優しい人だ。
こうしていつでも自分を気に掛け、助けてくれる。
それが今はただただ嬉しかった。
(シュバルツ様……)
そしてシリィは込み上げる想いを抑えることなく、シュバルツから与えられたこのひと時にそっと深謝した。
***
シリィはその後滞りなく終えた茶会の後で足早にシュバルツの元へと向かっていた。
最後までは同席しなかったが、シュバルツが入ってくれたことにより今日の茶会は和やかに終えることができたのだ。
どうしても直接お礼が言いたかった。
そうしてシュバルツがいるであろう居室へと向かったのだが────。
「ロイド…そんなに怒らなくてもいいだろう?」
室内からは困ったような声が聞こえてきて、一瞬ノックをする手を止めてしまった。
どうやらロイドも部屋にいるようだ。
「シュバルツ…。お前の恋人は誰だ?」
「勿論ロイドだ」
「だったら…シリィにこれ以上関わるな」
「そんなことを言ってもシリィが可哀想だろう?あんなに疲れ果てて…今にも倒れそうだったじゃないか!」
それを癒すのは白魔道士の仕事だとシュバルツは主張しているようだ。
そんな言葉にやっぱりシュバルツは優しいなと胸が温かくなる。
(よしっ!)
自分の事で二人が喧嘩するのは正直申し訳ない。
ここはやはり心配をかけて申し訳なかったと改めて礼を言うべきだろうと思い、そのままコンコンとノックし勢いよく扉を開けた。
「失礼します!」
けれどそこにはソファに押し倒された形のシュバルツと、面白くなさそうにこちらを見つめてくるロイドの姿があり思わず固まってしまう。
「………シリィ」
そんな姿にジワリジワリと羞恥心が込み上げて、真っ赤な顔を手で隠し思い切り叫んでしまった。
「ご、ごめんなさい!!シュバルツ様!今日はありがとうございました!邪魔はしないのでこのままロイドと仲良くしてください!」
失礼しますと大慌てで扉を閉めて自室へと逃げ帰る。
まさかあんなシーンに出くわすとは思っても見なかった。
「うぅ…シュバルツ様の嘘つき……」
今のはどう見てもロイドがシュバルツを襲っている光景だったと思いながら、そのまま寝台へと思い切り沈み込む。
「はぁ……私だって…幸せになりたい」
辛い日々の中で小さな幸せを感じたと思ったところで突き落とされるなんて最悪だ。
「ライアード様との距離感がもう少し近ければいいのに……」
そう呟きながら、シリィはそっと目蓋を閉じた。
そしてそっと給仕の女性からコーヒーのカップを受け取り礼を言う。
最初は先程ロイドがさっさと抱かれてこいと言っていただけに襲われるのではないかとドキドキしながら縮こまっていたのだが、意に反してライアードは隣には座らず正面のソファへと座ってくれた。
その表情はよく見ると穏やかで、とても襲ってきそうにはない。
(大丈夫…ってこと?)
給仕の女性は下げられてしまったが、この分ならどうやら心配しなくてもよさそうだとホッと安堵の息を吐きゆっくりと肩の力を抜いた。
そうしてカップへと口をつけ一息ついたところでライアードが徐に口を開く。
「シリィ。さっきはロイドがすまなかった」
しかもその口から紡がれたのは思わぬ謝罪の言葉だった。
「シリィがシュバルツ殿と仲良くしていたところを邪魔してしまったのではないか?」
穏やかにそう切り出すライアードは、優しげな眼差しで自分を見つめている。
「え?」
けれどその内容から、どうやらロイドが焼きもちで二人の間に乱入したのだと思ったらしいことが察せられた。
「ロイドはああ見えて可愛い奴だからな。許してやってほしい」
(か、可愛い?!)
そんな言葉に思わず慄いてしまう。
そう言えば先程シュバルツも可愛いと言っていたし、クレイだって確か以前そんなことを言っていたように思う。
自分にはさっぱりわからないがどうやら男性から見たロイドは『可愛い』らしい。
あんな偉そうにしているロイドが可愛いと言うのは俄かには信じがたいが、男性目線と女性目線では違うのだろうか?
それこそドSな時のロックウェルなら『ああいう性格の悪い奴を屈服させるのがいいんだ』とか言いだしそうだ。
(あ、でもクレイなら一緒に戯れるのが楽しいからとか言って甘く口説きあうんだろうな……)
その辺りはきっとロックウェルとは全然違いそうだ。
ではシュバルツならどう出るだろう?
(う~ん…やっぱりシュバルツ様が攻める方は全く想像がつかないわね……)
どうやってもロイドを押し倒すシュバルツが思い浮かばない。
あのシュバルツがどうロイドを襲うと言うのか────。
そうやっていつの間にか思考がロイド攻略の方向に行ってしまいそのまま熱心に考え込んでいると、突然声を掛けられた。
「シリィ?どうかしたのか?」
「え?あ、いえ、シュバルツ様のロイド攻略法を……」
そこまで言ったところでハッと我に返った。
自分は一体何を考えていたのか。
ここはライアードの部屋で、自分は今彼と二人きりだったと言うのに────。
思わず真っ赤になって誤魔化すかのようにカップへと手を伸ばす。
「す、すみませんっ!」
そんな自分にライアードは困ったように笑った。
「シリィ……二人の仲を応援するのもいいが、私の方も少しは見てもらえたら嬉しい」
(ですよね!)
本当にその通りだと思いながら恥ずかしさから俯いてしまう。
「そ…それで、お話と言うのは……」
なんとか会話の糸口をとそう振ってみると、ライアードはあっさりと話を切り替え午後の茶会の話をしてくれた。
「今第二妃を推す声が多いのは知っているか?」
「え…。いいえ」
正直初耳だと口にするとライアードは簡単に事情を説明してくれた。
どうやら自分との結婚に対する反対はなかったものの、第二妃に後ろ盾として有力な相手をと望む声が上がっているらしい。
「そのうちの一人がトルテッティの王女であるフローリア殿でな……」
「え?フローリア様ですか?!」
「ああ」
その話は寝耳に水だった。
先程本人は何も言ってはいなかったが、本当なのだろうか?
あのフローリアが第二妃として嫁いでくると言うのは内心穏やかではない。
(シュバルツ様となんだかんだと仲が良さそうだったし……)
確か先程初めての相手がシュバルツだったと言っていたし、二人はそういう仲だったのだろう。
それを思うと何故か胸がずきりと痛む。
シュバルツがフローリアを腕の中に囲って優しく溶かしていく姿は、ロイドとの仲を想像するよりも容易い。
「………」
そうして沈鬱な表情で黙り込んでしまった自分を、いつの間にか隣に移動して来ていたライアードが抱き竦めてきた。
「シリィ…。不安にさせてしまってすまなかった。私の第二妃の件は兄にも手伝ってもらってなかったことにしてもらうつもりだから安心してもらって構わない。ただ…第二妃の話を茶会で持ち出す者も出てくるかと思って予め話しておきたかっただけだ」
大丈夫だと言ってくれるライアードが全く違うことで慮ってくれているのを知り、シリィは慌てて大丈夫だと口にする。
「いえっ!そういうことでしたらしっかりと心に留めさせていただきます。時間はあまりありませんが、傾向と対策を考えたいので第二妃候補の方のお名前やお立場を全て教えていただけると助かります」
そしてすぐさまそう口にしたところで、またライアードに困ったように微笑まれた。
「……優秀なシリィにかかれば、これも仕事と割り切られてしまうのだな」
「え?」
「いや、いい。では詳細を話そうか」
こうしてライアードはその詳細を話し始めた────。
***
「はぁ…本当にシリィは難しいな」
シリィと一通り話し終え、送り出したところでライアードは深いため息を吐いた。
ロックウェルと話す機会があった時にシリィについて色々話を聞かせてもらったのだが、あの言葉の数々は本当だったのだと実感してしまう。
曰く、シリィ攻略は自分にはかなり難しいだろうと────。
それと言うのも、元々シリィはロックウェルの傍で働いていたこともあり、甘すぎる口説き文句は聞き流す癖があるのだそうだ。
だからそう言う言葉を口にする時はちゃんと本人に言っているのだと伝わるように、わかりやすく目を見て話すことが一番重要なのだとか…。
そうでなければ勝手に自分以外に言っているのだと思い込んでしまうらしい。
プレゼントの類もどちらかと言うと迷惑に思うタイプらしく、文句を言われたこともあると教えられた。
聞いた時はあまり本気には取っていなかったのだが、どうやら真実だったらしい。
「シリィのタイプはクレイやシュバルツ殿のようにどこか庇護欲を擽られるタイプなので、ライアード王子も少しくらい弱みを見せるくらいでちょうど良いかと…」
そんな言葉が脳裏をよぎるが、王子として人に弱みを見せるのは正直あまり気の乗らないことだった。
(さて…どうしようか)
ちなみに先日ロイドに落とせそうにない相手を落としたい時、お前ならどうすると戯れに尋ねたら、自分なら搦め手で行きますという答えが返ってきた。
確かにロイドがクレイを落とす時に使っていた手はかなりの効果を発揮していたように思う。
相手の隙を的確に突いて積み重ねていくその手腕はなかなかのものだった。
けれどその後面白そうに『クレイにも聞いてみますか?』と聞かれ、一応コンタクトを取ってもらい聞かせてもらったら、きょとんとしたように答えが返ってきた。
「…?落とせない相手…ってシリィの事か?シリィは優しくされたらすぐに気を許すし、ライアード王子なら簡単に落ちるだろう?」
その答えにはロイドも楽しげに笑っていた。
実にクレイらしい答えだ。
そんな中、ロイドが別の切り口で話を繋いだ。
「お前にとってシリィを落とすのは簡単なんだろうが…たとえば仕事でシュバルツを落とす必要が出たらどうする?」
シュバルツはクレイを嫌っている。
そう容易には落とせないだろうと言うことらしかった。
そんな質問にクレイの表情が変わった。
「面白いことを言うな。俺がシュバルツを落とすなら…そうだな。魔力交流で腰砕けにした後ゆっくりと時間を掛けて優しく言い聞かせてやる…かな。一週間もしないうちに落とす自信があるぞ?」
クッと笑うその姿は黒魔道士特有の妖艶さに満ち溢れている。
そんなクレイの姿にロイドが横で嬉しそうに微笑んでいるのがなんとも面白かった。
「最高だなクレイ。やっぱりお前はロックウェルの前以外だとドSだと思うぞ?」
「心外だな。仕事で頼まれたらそうするというただそれだけの話だろう?俺は別にドSじゃない」
「ふっ…そう思っているのはお前だけだ。お前が相手なら私も好きなだけ嬲ってほしくなる」
「ははっ…ロイドは相変わらず面白いな。まあいい。ライアード王子。シリィは本当に真っ直ぐで優しい性格なんだ。できるだけ長い目で見て優しくしてやってほしい」
そんな言葉にもちろんだと答えてやる。
「あ、そうそう。一つだけ……」
そして最後にシリィに有効かはわからないがという前置きの元、クレイはとある手法を教えてくれた。
「こうなるとダメ元で試してみてもいいかもしれないな…」
その時クレイが口にしたのは、朝と夜の二回だけ毎日口づけをすると言うただそれだけのものだった。
黒魔道士が初心な相手を落とす時によく使う手で、わざわざ寝なくても効果的に落ちてくれるから楽なのだと言っていた。
シリィには不向きな攻略法だろうと思って聞き流していたが、こうなってくると何でも試した方がいいのかもしれないと言う気になってくる。
本当に効果が出るのかはわからないが、何もしないよりはいいだろうと考え、早速明日から試してみようと考えた。
***
「シリィ様?シリィ様はトルテッティのフローリア姫に会ったことがおありですか?」
「え?ええ。以前アストラスでお会いする機会がありました」
「フローリア様は絹糸のように美しい金の髪をお持ちの美しい姫君だとか…」
「そう言えばこちらに滞在中のシュバルツ様の従妹にあたられると伺いましたわ。年も近く仲も良いとか…」
「まぁ…ふふふ。良いことですわ。第二妃としてこちらに来られた時、シュバルツ様の存在はとても心強いことでしょうね」
クスクスと笑う淑女達の言葉に胸がズキズキと痛んでしまう。
先程ライアードから第二妃の件で話を聞いたとはいえ、シュバルツの事を持ち出されるのは正直嫌だった。
あの仲の良さそうだった会話が思い出されて胃がシクシク痛む気がする。
(早く帰りたい……)
そう思いながら笑顔だけは絶やさずその場で黙って話を聞いていたのだが、そろそろ限界だと思ったところで突如フワリと優しい光が自分を包み込むのを感じた。
これは心身を癒す回復魔法だ。
「え?」
あまりの事に驚いて顔を上げると、そこには笑顔のシュバルツが立っていた。
「初めまして。シュバルツと申します」
にこやかに紡がれたその言葉に、場にいた淑女達が思わずポカンとシュバルツへと視線を注ぐ。
「私の従妹の話が出ているようだったので立ち寄らせていただきました。少しご一緒しても構わないでしょうか?」
噂のフローリア同様の美しい金の髪を有した白皙の美貌の持ち主に、彼女達は頬を染めてコクコクと頷きすぐさまサッと席を用意した。
そうなると当然彼女達の視線も言葉も自分ではなくシュバルツの方へと向かう。
これまで向けられていた敵意のようなものが全て浴びせられなくなって、シリィはホッとしながら思わず涙ぐみそうになった。
(助けに…きてくれたのね)
先程の回復魔法と言い、お茶会への顔出しと言い、きっと心配して様子を見に来てくれたのだろうことがすぐに分かった。
ロックウェルの件では敵側ではあったが、シュバルツは本当は凄く優しい人だ。
こうしていつでも自分を気に掛け、助けてくれる。
それが今はただただ嬉しかった。
(シュバルツ様……)
そしてシリィは込み上げる想いを抑えることなく、シュバルツから与えられたこのひと時にそっと深謝した。
***
シリィはその後滞りなく終えた茶会の後で足早にシュバルツの元へと向かっていた。
最後までは同席しなかったが、シュバルツが入ってくれたことにより今日の茶会は和やかに終えることができたのだ。
どうしても直接お礼が言いたかった。
そうしてシュバルツがいるであろう居室へと向かったのだが────。
「ロイド…そんなに怒らなくてもいいだろう?」
室内からは困ったような声が聞こえてきて、一瞬ノックをする手を止めてしまった。
どうやらロイドも部屋にいるようだ。
「シュバルツ…。お前の恋人は誰だ?」
「勿論ロイドだ」
「だったら…シリィにこれ以上関わるな」
「そんなことを言ってもシリィが可哀想だろう?あんなに疲れ果てて…今にも倒れそうだったじゃないか!」
それを癒すのは白魔道士の仕事だとシュバルツは主張しているようだ。
そんな言葉にやっぱりシュバルツは優しいなと胸が温かくなる。
(よしっ!)
自分の事で二人が喧嘩するのは正直申し訳ない。
ここはやはり心配をかけて申し訳なかったと改めて礼を言うべきだろうと思い、そのままコンコンとノックし勢いよく扉を開けた。
「失礼します!」
けれどそこにはソファに押し倒された形のシュバルツと、面白くなさそうにこちらを見つめてくるロイドの姿があり思わず固まってしまう。
「………シリィ」
そんな姿にジワリジワリと羞恥心が込み上げて、真っ赤な顔を手で隠し思い切り叫んでしまった。
「ご、ごめんなさい!!シュバルツ様!今日はありがとうございました!邪魔はしないのでこのままロイドと仲良くしてください!」
失礼しますと大慌てで扉を閉めて自室へと逃げ帰る。
まさかあんなシーンに出くわすとは思っても見なかった。
「うぅ…シュバルツ様の嘘つき……」
今のはどう見てもロイドがシュバルツを襲っている光景だったと思いながら、そのまま寝台へと思い切り沈み込む。
「はぁ……私だって…幸せになりたい」
辛い日々の中で小さな幸せを感じたと思ったところで突き落とされるなんて最悪だ。
「ライアード様との距離感がもう少し近ければいいのに……」
そう呟きながら、シリィはそっと目蓋を閉じた。
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