【本編完結】公爵令息は逃亡しました。

オレンジペコ

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10.馬鹿可愛い弟 Side.ジオラルド

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※隣国王太子に語らせようかなと思ったんですが、先に書いておいた方がわかりやすいかなと思ったのでここで投下。
ヘイトを稼ぎまくっているエディアスの兄は実はこんな人というお話。

****************

俺には年が二つ離れた弟が一人いる。
この弟は昔から馬鹿可愛いところがあって、三歳頃に『にいしゃま~!遊んでくだしゃい!』と笑顔で言ってきたから、しょうがないなと思いながら読んでいた本を置いて、構ってやることに。
内容はここ最近少しずつ教えていた足し算の応用問題だ。

『7たす5は?』

そうしたらその小さな手を一生懸命使って『んと…んと…』と握ったり閉じたりしながら考えた後、わかったとばかりに二パッと笑ってこう言ったんだ。

『ぼくのおゆびが足りないくらい、たくさん!』

合ってるでしょう?褒めて褒めてと言わんばかりに万歳しながら俺を見つめてくる可愛さに、俺がノックアウトされたのは懐かしい思い出だ。

『この馬鹿者!答えは12だ!』

おバカな弟にちゃんと答えを教えてやる優しい兄に感謝しろと言って、その柔らかい頬をそっとつまんだことを昨日のことのように思い出す。

言ってはなんだが、俺はただのブラコンだ。
それは昔も今も変わらない。

そんな俺の事を少しだけ話そう。

ジルフィール公爵家は公爵家というだけあって裕福だ。
けれどそれは当然賢い当主がいてこその話で、収支のバランスが崩れてはそれを保つことはできない。
俺の祖父は常々俺にそう言い聞かせてきた。
そして『お前の両親は馬鹿だからそれがわからないんだ。しっかり目を光らせておくように』と何度も口すっぱく言って来られた。
『お前は頭も良いし、しっかり勉強すれば今儂が言っている意味もわかるようになる』と言われ、優秀な教師の教育も受けさせられた。

なるほど。確かに祖父が言うように両親は馬鹿だった。

考えなしに散財して、日々無駄ばかり出している。
料理も服も装飾品もなにもかも過剰だ。
こんなにいらないだろうというものばかりに金をかけている。
無駄が多過ぎる。
そんな馬鹿な両親の背中を見て育つエディアスが可哀想だと思った。
真似をしだす前に俺がちゃんと教えてやらないと。

無駄なことはしてはいけない。
学ぶことは大切。
自分の頭で考えて、効率的に物事に取り組め。

そんな風に手塩にかけて教え続けた。
口うるさく言いすぎたせいでちょっと嫌われてしまったようだが、こればかりは仕方がない。
エディアスは次男だし、将来的に家を出て自立しないといけない。
価値観や金銭感覚は大事だし、色々できるようになっておいた方が将来の幅は広がる。
特に第二王子のアリスト殿下と仲が良いようだから、側近の道に進む可能性も非常に高い。
そこで侮られないよう、厳しく鍛えておいてやらないと。

王宮は魔窟だと聞く。
可愛いエディアスが使い潰されでもしたら大変だ。
能力だけではなく精神面も体力面も満遍なく鍛えてやらないと。
幸い俺は口が悪いし、精神面を鍛えるには一役も二役も買えるだろう。
これに耐えられるようになったら大抵のことに耐えられるようになる。
素晴らしいな!

そしてエディアスは、俺が言うのもなんだが素晴らしい弟に成長した。
まあまだまだの所は多いが、王太子なんかよりもずっと優秀だ。
文句を言いながらもきっちり仕事をこなす姿を見て、あの可愛らしくもお馬鹿な状態からよくここまで立派に育ってくれたものだと感無量な気持ちになってしまう。
このまま立派に独り立ちしてくれれば俺も嬉しい。そう思っていた。

ちなみに両親だが、あれはダメだ。
本気でダメだ。
手の施しようがない。
エディアスが初めてお茶会デビューをする事になった際、あろうことか『服はジオのお下がりでいいだろう?』なんて言い出したのだ。
あり得ない。
自分達の服には毎回金をかける癖に!

『ジオは嫡男だしお金を出してもいいけど、エディアスは次男だしそこまでする必要はないだろう?節約しろしろと爺様も煩いしな。丁度いいからそこを削減しよう』

笑いながらそんな事を言い出す始末。
祖父が言っているのはお前達にであって、エディアスにではない。
そんなことすらわからないなんてと怒りが爆発した。

そこからだ。
俺がジルフィール公爵家の帳簿やらをチェックし、全てを把握してやると動き出したのは。
使えない使用人は優秀な者に置き換えてもらえるよう手配し、不正が疑われるものは祖父に報告して調査して正してもらい、叱ってもらった。
祖父が存命の間にできることは全部やったし、俺が成長すると共に公爵家は正しく俺のものとなった。
両親が俺の顔色を窺うのはそのせいだ。
正直言ってお飾りの父はいつ引退してくれても構わなかった。
俺が学園を卒業したらすぐにでも家から追い出してやるとずっと思っていた。
だってきちんと十分な金銭を渡しているにも関わらず、エディアスの教師代や衣装代に手をつけて勝手に使い込む親なんていらないだろう?
知った時は目眩がしたくらいだ。

両親の所業に関して俺からエディアスに何かを話したことはないが、エディアスも両親がろくでなしだとちゃんと把握していると思う。
俺の方が話が通じるとは思ってくれているようだし、まず間違いはない。

それにしても、まさかアリスト殿下がエディアスの衣服について文句をつけてくるとは思わなかった。
いつかどこかのお茶会で双子の姉妹が『兄弟間の服の貸し借りは仲の良い証拠ですよね』と言っていて、周囲もそれに共感していた姿を覚えていただけに、意外に感じた。

ちなみに俺は『俺が必要な時に貸してもらえたらいい』くらいの感覚でエディアスのクローゼットから服を借りていただけであって他意はない。
諸々学園での勉強だけではなく公爵領の領地運営や王太子の仕事の手伝いなどで忙しく、採寸の時間が面倒で、体型が似ているエディアスから拝借していただけだ。
節約にも繋がるし、まあいいかと適当にしていた。

とは言え、アリスト殿下が恋人であるエディアスに自分好みの服を着せたい気持ちもわからなくはないし、いい機会だ。
どうせ俺は本格的に王宮に出仕することになるし、卒業したら俺の服とエディアスの服を完全に分けよう。
そろそろ成長期が過ぎて背も伸びなくなっただろうし、ちゃんと採寸してまとめて作ってしまえばいい。
そう結論づけた。

ちなみに俺は王太子の補佐に入るまで全く気づいていなかったが、いつの間にやら二人は恋人同士になっていたらしい。
初めて知った時は正直ショックが大きかった。
俺の可愛い弟が俺より先に大人になってしまったのだから、当然だ。
でも二人が想い合っているのは一目瞭然だったから、それならそれで二人が学園を卒業するまでに法改正をして結婚させてやろうと思った。
これはきっと俺にしかできないことだろう。

そうとなったら行動だ。
王宮内に蔓延る不正はきっちり把握して即摘発。
微妙な政策案件も、精査して見直しか却下。
役立たずの文官は…ん~。なるべく王太子の側に置いて適当に煽てさせておけばいいか。
王太子は思ったよりも使えないから、優秀なアリスト殿下に仕事は回そう。
馬鹿を一纏めにして、使える文官をアリスト殿下の方に回した方が効率がいいのは明白だ。
それでもまだ大変だとは思うが、きっとエディアスがフォローするだろうし大丈夫だと思う。
俺の弟は優秀だからな。

より効率的に仕事が回るようあっちもこっちもやり方を変えさせよう。
なに。大変なのは最初だけだ。
後からスムーズに仕事は回るようになる。
そうしたら時間の無駄が減って皆の心にも余裕が出る。
その方が同性婚に対しても大らかになって、認めてもらいやすくなるだろうし、現在保守的になり過ぎて滞っている国のためになりそうな事業もやりやすくなる。
良い事づくめだ。
そう思っていたのに────。

「くそっ!なんでこの俺が国外追放なんかに!」

バシッと怒り任せに床へジャケットを叩きつける。

(あのクソ王太子め!)

腹立たしいにも程がある。
俺の計画が台無しだ。

両親は俺が追放された事でオロオロ混乱している。
本気でどうしていいのかわからないのだろう。
馬鹿だからしょうがない。

それに対してエディアスは流石だ。
判断が早い。
即俺と行くと言い出した。
確かにこんなろくでなしの両親の元に留まっても何もいいことはないしな。当然だ。
公爵家の財布の紐は俺が握っているから心配するな。
移動資金は街でギルドから引き下ろせばいいし、公爵家の方は後で家令に手紙を送って指示を出しておけば問題はないだろう。
問題があるとするならアリスト殿下の事くらいか。

(……まあ後で帰せばいいか)

エディアスは転移魔法を使えるから、帰ろうと思えばすぐにでも帰れるしな。
取り敢えず、両親の元に置いておくより同行させた方が安全だろうと判断した。

そして長居は無用とばかりに家を出た。

アリスト殿下への手紙?
事情説明だけなら転移魔法でパッと行ってパッと帰ってこれるんだから不要だろう。
向こうだってただの手紙よりも本人に会える方が嬉しいはずだ。
エディアスの判断で好きに行って帰ってくればそれでいい。

そうだ。折角だから市井についてもエディアスに学ばせてやろう。
雑事は全部任せると言えばエディアスは否応なく動き出す。
わからない事があれば調べてでもやる。
不慣れながらも宿を取り、情報を集め、金銭を得るため行動する。

偉いぞ、エディアス。
しっかり自立できつつあるな。
金はいざとなったらたっぷりあると教えようと思っていたが、その必要はなかったな。
俺の財布に小遣いまで入れてくれる優しさに、俺は感動したぞ!
この金はきちんと取っておいて、将来お前のために使ってやるからな。

そしてそんなエディアスを横目に俺は得意の情報収集を行う。
あちらこちらを歩いて回り見聞を広めつつ、風魔法で重要そうな情報を集めて盗み聞く。
危険がないか常に気を配っておかないと。
大型や中型の魔物情報や盗賊情報。
警戒すべきことは多々ある。

俺は剣も魔法も苦手というわけではないが得意でもない。
だからいざという時エディアスに何かあっても完璧には守ってやれない。
それを考慮に入れて、なるべく安全に移動しないといけない。

エディアスは国外追放になったんだから早く先に進もうと煩いが、お前のためにこっちは気を遣っているんだ。
俺は自分の身の安全よりお前の身の安全の方が大事なんだ。
それくらい言われなくても察しろ。
まだまだ修行が足りないぞ。
全く…手のかかる弟だな。

そんなこんなで移動していたのだが、とうとう盗賊に遭遇してしまった。
仕方がない。エディアスの安全第一を考えて全部吹っ飛ばそう。
幸いエディアスは回復魔法が得意だし、なんとかなるだろう。
そう思っていたが、エディアスがもっと上手く対処してくれたから事なきを得ることができた。
弟の成長が誇らしい。

けれどこれでもう安心だとホッとしたのも束の間、ちょっと目を離した隙にエディアスは攫われてしまった。

「エディアス!」

慌ててサーチの魔法で探すが、敵の方にも魔法が使える者がいるようで阻害されて上手く探せない。
気持ちばかりが焦る。

(無事でいてくれ、エディアス)

そうこうしているうちに、向こう(敵)の方からノコノコこちらへとやってきた。
昼間に見た顔ぶれがチラホラ混じっている。

「エディアスをどこにやった?」

低く問う俺に奴らはこう言った。

「なんだ。戻ってねぇのか?あの野郎、ちょっと目を離した隙に逃げやがって。ウルフにでも囲まれて食われちまう前に引っ捕まえねぇとな」

その言葉に俺は本気でブチ切れた。
ふざけるなと。
気づけば周囲は血に染まっていた。
どうやら風魔法を暴走させてしまったらしい。
無意識に味方の方に結界を張っていた自分を褒め称えたいくらいだ。

エディアスが死んでいたら…そう考えると居ても立っても居られなくて、その後は一睡もできなかった。

だから翌朝平然と帰ってきた時はホッとすると共に、腹が立ってかなりの無茶振りをしてしまった。
八つ当たりもいいところだったが、すぐに無事を知らせに帰ってこなかったエディアスが悪いと思う。
取り敢えず眠い。

「俺は寝る」
「兄上。いくらなんでも自由過ぎると思います」

そんなどこか呆れたような言葉を聞きながら、どこら辺が自由なんだと心の中でツッコミを入れて、俺は安堵の中眠りについた。


****************

※ジオラルド的に自分の服のお下がりを着せられるエディアスは可哀想という認識なんですが、逆なら自分が気にしなければいいだけの話だと思ってるので、勝手にエディアスの服を持って行っていたというオチ。
案外子供っぽい面があり、傲慢で理解されにくい傍迷惑なブラコン。それがジオラルドです。

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