ちーちゃんのランドセルには白黒のお肉がつまっていた。

犬咲

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ちーちゃんは、好きで嫌い。

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 ランドセルだけが、いつも、私と一緒だった。
 私は、ママの選んだランドセルが大好きで、大嫌いだった。

 忘れもしない。6月の雨の日だった。
 私は傘を持っていなかった。
 だから、ランドセルを頭の上にかかげて、走った。
 家に着いたころには、ママの結ってくれた三つ編みはびしょぬれ。ママの選んだ白いレースの靴下は真っ黒で、赤い靴も泥色の水玉模様の靴に変わっていた。
 その日は、ママは家にいた。
 「休日出勤の代休」で、お休みだった。
 ランドセルに守られた頭のてっぺん以外、ぐしゃぐしゃの水びたしになった私を見て、ママは一番に叫んだ。

「ランドセル、濡らしちゃダメでしょう!」

 きょとんとしている私に、ずかずかと近づいてきたママはランドセルを取り上げて、リビングへと走っていった。
 とことこと後をついていこうとしたら「床が汚れる! ちーちゃんは、そこで待ってて!」とママが叫んだ。
 三つ編みの先からボタボタと水をたらしながら、私はママをまっていた。
 歯がガチガチと鳴りはじめて、身体が震えてきて、じんじんと目の奥が熱くなった。
 あごをつたって、たくさんの水がポタポタと床に落ちていった。
 足元に水たまりができたころ、ママがビニール袋とタオル二枚を持ってやってきて、私の靴下を脱がして、他の服も脱がして、ゴシゴシと私の身体を拭いた。
 靴下と服と濡れたタオルをビニール袋に入れると、ママは、もう一枚のタオルを私にかぶせた。
 それから、リビングにつれていって、ソファーに座らせ、ミルクを温めてくれた。
 リビングはエアコンで暖かかった。
 ランドセルはリビングのテーブルの上に、タオルを敷かれて置いてあった。
 
 ――ママは、わたしよりもさきに、ランドセルをふいて、あっためたんだ。

 気がついたら、私はランドセルを手のひらで叩いていた。

「ちーちゃん! やめなさい!」

 どん、と、私の隣に座ったママは目をつり上げて怒っていた。

「このランドセルはね、本物の牛革だから、水に弱いの。雨になんて濡らしちゃダメ! すぐに拭かないと染みになったり、縮んだりしちゃうの! 乱暴にあつかうのもダメ! 本物なんだから。ママ、ちーちゃんのために、ガンバって働いて本物を買ったのよ? どうして、そんなことするの?」
「ほんものって、ぎゅうかわってなに?」
「牛革は牛革よ。牛さんの皮」
「ウシさんのカワなんて、きもちわるいよ」
「そんなことないわよ、高いし、昔から本物のランドセルは牛革って決まってるんだから! 大切にしないといけないの!」
「どうして、たいせつにしなきゃダメなの?」
「牛さんの命をもらって、できているから」
「ウシさんのいのち?」
「そう。牛さんの命が、このランドセルには宿ってるの。だから、やさしくして、大切にしないとダメなの」

 私の知っている牛は、赤くなんてなかった。
 小さなころ、パパが連れていってくれた牧場にいた牛は白と黒のぶち模様で、モグモグと草を食べていた。
 だから、ママの言っていることが信じられなかった。
 本当に、これは、牛なのか。
 本当に、これは、私よりも大切にしないといけないものなのか。
 信じられなかった。
 私を一番に愛してくれる、ママの言っていることなのに。
 ランドセルをみつめて黙っていると、ふいに頭がずしりと重たくなった。

「……わかった? ちーちゃん?」

 私の頭を押さえるママの声が、ゆっくりになって、少しだけ高くなる。
 ママがこういう声を出すときは、言いかえしてはいけないとわかっていた。

「……はい」
「ランドセルに、もうひどいことしちゃダメよ」
「はい」
「うん。ちーちゃんは、イイ子。ママの自慢の娘よ」

 私の頭をなでて、ママは、いつもの言葉を口にした。

 その日から、私はランドセルが大嫌いになった。
 いつもそばにいてくれて、つやつや光るランドセルは大好きだけれど、私よりもママに大切にされるランドセルは大嫌いだった。
 
 
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