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だから、覚悟して。
しおりを挟む「――はい、これ。仕事終わりデート用おっぱいアピ福袋」
「……ありがとう、お姉ちゃん」
どさり、と渡された紙袋を受けとりながら、私は姉の美咲に頭を下げた。
「いいって。そろそろ、ド直球おっぱいアピールは卒業しようと思ってたから」
「卒業?」
「そう。もう二十七だし、大人の男狙うなら、さりげないアピールに切りかえないとね!」
「もう二十七って、私と二つしか変わんないじゃん」
「二十五と二十七は近いようで違うんだって。クリスマスを二日過ぎれば派手なケーキはアウトだけど、しめやかな年越し蕎麦にはまだ早い。そんな微妙なお年頃なのですよ、二十七才は」
「年越し蕎麦って……じゃあ、三十一過ぎたら何になるの?」
「賞味期限ギリギリの見切り品になるか、美味しい保存食になるか。女のわかれ道ってところだね」
「ううん。わかるようなわからないような……」
古漬けは美味しい。古女房と言う言葉もあるし、そういうものなのだろう。
どうせ私なんてもう若くないしと腐るか、美味しく熟すか。
どうせなら美味しい方になりたいなと思いながら、ガサリと袋を覗きこむ。
「……こじゃれた野菜売り場みたいな色ばっかだけど、私に似合うかな」
「サイズほぼほぼ同じだし、大丈夫だって」
「……脚の長さと顔面レベルは違うけどね」
「背が違うんだから、そりゃ脚は仕方ないでしょ。というより、六センチ違って脚の長さ同じだったら私が嫌だわ」
「まあね」
「でも、顔は、ほぼ同じ。あんたが自分のことブスって言ったら、私までディスってるのと同じなんだから、やめてよね。私達はメイクで雰囲気変わるタイプなの。悪女系もフェミニン系もイケる、お得なタイプなの。メグも自信もちなさい。あんたは可愛い。スタイルだっていい。どんな男だって落とせるよ。そう思わなきゃ始まんないんだから」
ニヤッと私によく似た歯並びで笑う姉に「ありがと」と小さな声で呟く。
美咲は昔からそうだ。
彼女と比べられて「塗装前」とか「廉価版」とか冴えない地味女扱いされるたびに「素材は一緒!大丈夫!可愛い!」と私を褒めて励ましてくれる。
だからこそ私は美咲に憧れて、真似してみても似合わない自分に幻滅して、諦めて、こっちの方が拓海の好みだからとナチュラル系に逃げていた。
今までは、ずっと。
「……まぁ、着てみなよ。とりあえず、そのカシュクールワンピとかどう? 私もメグも血色ない色白タイプだから、その色、合うと思うんだよね」
「うん」
ざっくりリブニットのカーキワンピースを脱いで、ピーマンカラーの綿素材のワンピースを被る。
「……ん、っしょ」
すとんと揺れたワンピースの裾は膝が隠れるくらい。ちょうどいい感じだ。
「……きれいな色」
深い緑の鮮やかさに見とれる。
「きれいでしょ。首もきれいに見えるし」
「うん。……でも、ちょっと胸目立ち過ぎじゃない?」
着物のような合わせから、思いきり胸の谷間が見えてしまっている。
「ポケットを探ってごらん」
「え? ……何、この布。あ、これ胸当て?」
「そう、ボタンでつけるとインナー着てるみたいになるの。仕事中はそれつけて、デートには外していくってわけ」
「……なるほど」
「そのワンピの色違いで黒、ロイヤルブルー。形は同じトップスがカナリアイエロー、パイングリーン、カメリアピンクってあるから」
「……ありがとう」
雪道に映えそうな色。黒以外、自分では買わない色ばかりだ。
「後は、Vネックのニットとか立体裁断のブラウスとかカットソーとか色々入ってるから」
「立体裁断のブラウス? 普通のと違うの?」
「私もあんたも胸に合わせて選ぶと横からみたときに太って見えるでしょ? でも、これは胸にそったラインになってるから、胸の下がすっきりして、めちゃくちゃスタイルよく見えるのよ。すっごいおススメ」
「そんなスゴいブラウスがあるんだ……知らなかった」
「まぁ、あんたダボッとした服ばっかり着てたもんね。ホント、巨乳の持ち腐れ」
「……だって、そのほうが落ちつくし」
拓海も、そういう服の方が萌らしいといってくれたから。
「まぁねぇ。あんたみたいな大人しそうな女が巨乳アピールしたら痴漢が寄ってきそうだもんね」
「……寄ってくるかな」
「かもね。まぁ、コートで隠れるだろうけど。『私に触れたら指を切り落とす!』ってオーラ出しとけば大丈夫じゃない?」
「……出るかな」
「出るかな、じゃない! 出すんだよ!」
「うん……ガンバって出していく」
「よし!」
美咲は大きく頷いて、まじまじと私の顔をみた。
「うーん。この服着るなら、もう少しアイラインしっかり入れた方がいいかも。シャドウも塗ってんだかないんだかわかんないんじゃダメ。リップもヌード系じゃなくてローズとか色付きの方が合うと思う」
「わかった」
「よし!」
またひとつ頷いて、美咲はポンと私の肩を叩いた。
「これで拓海君も惚れなおすよ。五年目だもん。少しは刺激がないとね!」
そういって笑う美咲に私は思わず俯いて、あはは、と照れたふりをして「そうだね!」と明るく笑い返した。
一緒に夕飯でもと美咲の誘いを丁重に断って、一人になった私はローテーブルにメイク道具とスタンドミラーを置き、ペタンと腰を下ろした。
「……地味な女」
拓海は、服装もメイクもナチュラルで飾り気のない、自然な私が好きだと言ってくれた。
「萌といるとホッとする」「ずっと一緒に暮らすなら萌みたいな人がいい」「萌の魅力は俺だけがわかってればいいんだし」と。
だから、拓海を癒せる女でいたいと思って、ずっと頑張ってきたつもりだ。
拓海が家に来るときは前日から仕込んで手料理をふるまったし、どんなに疲れていても、なるべく笑顔でいるようにした。
食べた食器ひとつ下げようとせず、スマートフォンをながめる姿に少しばかりイラッとすることがあっても「拓海だって疲れてるんだし」「私だから、甘えてくれるんだよね」と何もいわず世話をやいてきた。
好きだったから。
無邪気な子犬のような笑顔がまぶしくて、明るく社交的で、私と違って皆に好かれる拓海に初めて会った時から憧れていた。
大学時代、同じサークル。他にも目立つ可愛い女子はいたのに、拓海は私を選んでくれた。
――オムライスのおかげで。
お寿司とハンバーグとカレーとオムライス。
彼の好きなメニューだ。
肉より魚が好きだが、ハンバーグは別。大好き。
初めて好きな食べ物を聞いた時、「俺、子供舌なんだよね」と笑った顔にキュンとして、私は「オムライス、よく作るよ。お母さんに教わって、すっごいおいしいやつ。本当に美味しいの。作ってあげようか?」と勢いで誘ってしまった。
「マジで? 食べたい!」と拓海が言って、本当に彼のマンションに行くことになった。
それがきっかけで、私達は互いの部屋を行き来するようになって。
まっすぐなまなざしで「俺と付き合ってください」と言われたとき、ビックリして、とても嬉しかった。
「私でいいの? こんな地味な女なのに?」と今思えば卑屈すぎる問いにも「萌がいいんだ。そのままの萌が!」と頷いてくれた。
「……嬉しかったなぁ」
大学卒業後、それぞれ忙しいながらも週に一回は会えるようにと予定をやりくりして、そのうち週末だけ半同棲みたいになって。
このまま続いていって、そのうち結婚とかできたらいいなと思っていた。
キスも、セックスも、私は拓海が初めてだった。
拓海しか知らない。私は。
「……美容院、行こうかな」
染めていない黒髪は背の半ばまで伸びている。
軽く毛先を整えただけの面白みのない、ただのストレートヘア。
美咲がくれた服に合わせるならば、髪も変えた方がいいかもしれない。
「ボブにして、ウェーブとかかけてみようかな」
そうすれば、少しは華やかになる。
とちあやめ@恋活中のように。
「……カラーは……入れたくないな」
とちあやめ@恋活中のようには。
四日前と違い、現在の彼女のアカウント画像はゴールデンハムスターになっている。
きっと、昨夜投稿したデート画像の相手の恋人が飼っているのだろう。
「ホント、最低」
他人の男を寝取る女も、そんな女にホイホイ引っかかった男も。
そんな男に、寝取り女と比べられた私も。
「……何が『萌の方がずっとよかったし!』よ」
あの朝、電話に出た拓海は、いつものように笑っていた。
会いたくて、会えるのが嬉しくて、ずっと待っていた私に連絡のひとつもなしに飲みにいって、他の女と熱い夜を過ごしておきながら。
私が指摘しなければ、あのまま家に来て何食わぬ顔で私を抱いたのだろう。
心の中で、他の女と比べながら。
「……ふざけんな」
泣いたのは悲しかったからだけではない。
悔しかったから。
「何が一回だけよ」
私なら許すと思ったのだろう。謝れば、いつものように許してくれるだろうと。
拓海は私を何だと思っているのだろう。
待たせてもいい女。いつだって笑って受け入れてくれる女。そう思われているならば、その関係は対等じゃない。
「……許してやるわよ」
まだ好きだから。
でも、もう、以前のような関係には戻れない。戻りたくもない。
私はもう、拓海に何も遠慮しない。
やさしくなんて、してやらない。
一ケ月、私は彼の欲望を支配する。
きっと彼の私への思いも変わるだろう。
その結果、彼が耐えられないというのなら、別れるだけだ。
どれほど胸が痛くても。私を軽んじる相手とずっと一緒にはいられない。
「……だから、覚悟して」
私は鏡に向かって囁いた。
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