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一週目 ~そんな女は、もういません!~

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 私の家の最寄り駅、仕事帰りの拓海と待ちあわせた。

「……さむっ」

 改札前、人ごみを抜けてロータリーに出て、ぐるりと見渡し、自販機の前でかがみこむ背の高い男に目がとまる。
 カフェラテ色のステンカラーコート。就活に備えて大学三年のクリスマス、バイト代をためて買った私から拓海へのプレゼントだ。
 私が今着ているベージュのトレンチコートは彼からの贈り物。
 所詮は学生の贈り物。互いに、たいして高いものではない。
 それでも毎年クリーニングに出して、互いに大切に着ている。

 ――五年間は……長いよね。

 月日の重みは、あっさり捨てられるほど軽くはない。
 複雑な思いで見つめていると、視線に気がついたのか拓海が振りかえった。

「――萌!」

 飼い主をみつけた犬のような顔だった。
 自販機から取りだしたものを両手に握りしめ、たったかと駆けてきた拓海が「お帰り」と右手の物を差しだして――え、と動きがとまる。

「萌、髪切った……よね?」
「うん」

 背の半ばまで伸ばしっぱなしだった黒髪は、ゆるくウェーブがかかり、トリートメントの効果もあって艶やかに肩の辺りで揺れている。
 今週、平日は会えなかったから、今日、初めてみせることになる。

「どうかな?」

 きっちりとアイラインを引いて、新調したボリュームアップマスカラで補強した目をパチリと開いて小首をかしげる。

「……あ、あぁ、うん。いいんじゃないかな」

 もごもごと口ごもる拓海の反応が面白くて、あはは、と声を上げて笑うと、びくりと拓海の肩が揺れた。

「ありがとう。じゃあ、いこっか」
「え? あ、ああ。そうだ、これ! 寒いから、飲みながら帰ろうと思って」
「そう? ありがとう!」

 でかでかと「おしるこ」と書かれた缶を受けとり、熱さに息をのんだ。

「いただきます」

 プルトップを開けて、ふうふうと吹いてから、ひとくち飲む。舌を焦がし、喉がただれそうな甘さに目を細める。
 到着時刻を知らせていたから、きっと熱々のものをくれようと待ちかまえていたのだろう。

「……おいしい」

 ホッと呟いて拓海に微笑みかける。

「……よかった。……ホントは、こんな寒いから、手とか握って歩きたかったけど……ダメだよね」

 コーンポタージュの缶を手のひらで回しながら、上目遣いにねだられて、ニコリと笑みを深める。

「うん、ダメ」
「ダメか」

 しょんぼりと肩を落とした拓海と並んで歩きながら、私は何だか楽しくなってきていた。



 コートをハンガーにかけ、壁のフックに吊るしながら、背後の拓海に声をかけた。

「……さっそくだけど、脱いでくれる?」
「え?」
「だって、今日で一週間でしょう?」

 くるりと振りむき、笑いかける。
 ほら、と見せつけるように貞操帯の鍵を指でつまんでみせれば、拓海の視線が私の首もとへと向かって、すっとその下にずれた。
 パイングリーンのカシュクールの胸元からのぞく胸の谷間へと。
 ごくり、と動く喉。
 わかりやすすぎて噴きだしそうになる。
 ネックレスに延長チェーンをつけて鍵を谷間にしこんだら、もっと良い反応が見られるだろうか。
 来週中に買いにいこう。そう決めながら、鍵から手を離して「ほら、早く」と促した。

「あ、ああ。……うん」

 上着を脱いで、シャツのボタンへと手をかける。
 今さら何が恥ずかしいのか、視線を床と私の間で何度も往復させながらチマチマと動く指先がまどろっこしくて、わざと溜め息をつきながら、拓海の前へと跪いた。

「め、めぐみ?」
「私、今日お昼食べそこねちゃって、おなかペコペコなんだよね」

 ベルトに手をかけ、かちゃ、しゅるる、と外しながら淡々と告げる。

「え? う、うん」
「だから、早く済ませて、ご飯食べに行きたいの」

 チィッとジッパーを開けて、一思いにスラックスをひきおろす。

「だから、早く脱いでくれない?」

 心もち真ん中が盛りあがった黒のボクサーパンツのふちに指をかけて、はしっと手を掴まれた。

「っ、わかった、わかったから! パンツは自分で脱ぐから!」
「そう? じゃあ、手、はなして」
「あ、ごめん」

 汗ばんだ手がはなれ、私は空いた手を膝に置いた。

「……まって、そこで見てるの?」
「ダメ?」
「ダメってわけじゃないけど……」

 もごもごと言いながら、シャツ、アンダーシャツと脱ぎ、ボクサーパンツに手をかけて、すす、と黒い茂みが見えたところで拓海の手が止まった。

「……っ、ごめん、やっぱ、はなれて」
「どうして?」
「その位置にいられると、フェラ待ちみたいで……」
「だから何?」
「だから、勃っちゃうから……けっこう痛いんだよ、これ」

 そういった拓海の表情が本当に痛そうで。

「……そうなんだ。わかった」

 素直に立ちあがった。

「……先にお風呂いって、お湯だしてるね」
「あ、まって」
「ん?」
「水でいい」
「冷たいよ?」
「……冷たくないと、たぶん、おさまんないから」
「……わかった」

 頷き、拓海の横をすりぬけ、浴室へと向かう。

 ――そっか、痛いか。

 勃起防止の内トゲがあるものがあることは知っていたが、通常の筒タイプでも結構痛いのか。

 ――まぁ、確かに、形状的に痛いか。

 ひたひたと廊下を歩きながら、ステンレスの鳥籠にミチミチに詰まった肉を想像して、私は、こみあげる笑みを噛みころした。
 
 

 ――みっちみち。

 実物を前にして噴きださずにすんだのは、あらかじめ想像しておいたおかげだろう。

「……うぅ、何か言ってよ」

 バスタブ内に立った拓海が恥ずかしそうに呟く。

「うん、じゃあ、洗うね」
「え、――っ」

 自家製チャーシュー状態のそれに冷水シャワーを浴びせかけると、ひゅ、と拓海が息を呑んだ。
 腰を引きたいのだろう。それを踏みとどまっているせいで脚やお尻に力が入っている。

「拓海って、運動してないのに腹筋割れてるよね」
「――っ、ちょっ」

 拓海は、くすぐったがりで、おへそ周りが結構弱い。
 するすると指先で撫でまわすと、かくん、と腰が揺れる。冷たいのとちょっと気持ちいいので混乱しているのだろう。

「めぐ、みっ」
「シャワー持ってて。外すから」
「う、うん」

 私の肩に伸びてきた拓海の手にシャワーヘッドを押しつけ、首の後ろに手を回す。
 かちりと外して、鍵だけ鎖から抜いて、少し迷ってからネックレスを付けなおした。
 うっかり流してしまっては大変だ。
 その間、ずっと冷水シャワーを自分の股間に当てつづけていた拓海は、すっかり冷えてしまったらしい。

「……鳥肌たってる」

 すすっと太ももをなぞると、きゅっと強ばる。

「めぐみ、寒いから、早く外して……っ」
「ああ、ごめんね」

 かすれた声にハッとなる。風邪でも引いたら可哀想だ。
 貞操帯の南京錠に手をかけ、手を濡らす水の冷たさに顔をしかめる。確かに、これを浴びつづけるのはキツイ。
 さっさと鍵をさしこみ、かちりと回してリングを外し、もったいぶらずにコックケージも引きぬいた。

「……っ、……ぅ、ふ」

 押しころした呻き声と、指に伝わる、ケージに肉がひっかかる感触に口元がゆるむ。
 これだけ冷水を浴びながら、完全には萎えていないのだ。

「水、とめて」
「う、うん」

 キュッとカランが音を立てて、冷たい飛沫がやむ。かじかみかけた指先で慎重にケージを引きぬいて。

「……はい、外れたよ」

 少し後ろに身をひねって、ケージとリングを洗面台にコトリと置いて、くるりと元の通りに振りむいて、ふふっ、と下を向く。

「……笑うなよ」
「だって……何もしてないよ?」
「だって、しかたないじゃん!」

 拓海が叫んだ。

「一週間、本当に何にもできなかったんだよ!?」

 叫びに合わせて、ガチガチにそりかえったものが、ぶるんと跳ねて。私は、こらえきれずに噴きだした。
 ひとしきり笑いながら、カランをひねってお湯を出す。
 真ん中には当たらないように、右よりだったり、左よりだったり、お湯をかける位置を悪戯にずらしながら、一週間の感想を尋ねると、拓海は目を開けたり閉じたりしながら、もどかしそうに答えた。

「……最初は股間にずっと何かついているのが落ちつかなくて。トイレに行くときも、誰かと鉢合わせたらと思うとヒヤヒヤするし、風呂でもケージのとこ洗おうとすると中で膨れてきて痛いし、不便で嫌だなって感じだったけど……」
「けど?」
「三日目くらいからかな……自分のものなのに自分じゃさわれないし、出せないし……それが、何かモヤモヤして……」
「でも、拓海、自分ではあんまりしないでしょう?」

 拓海は、正直絶倫ではない。むしろ、淡白な方だと思う。
 ここ一年、セックスの回数も月に二回か多くて三回で、だからこそ、先週の夜は楽しみにしていたのに。
 ぶりかえす怒りに、拓海へと向ける笑みが深まる。

「一週間射精できなくたって、全然、困んないんじゃないの? だから、私に射精管理したいって言われても、そんなの楽勝だって思ってオッケーしたんでしょう?」
「っ、それは、そうだと思ってた、けど……」
「けど?」
「今までは別にオナニーなんて、してもしなくてもいいかなって思ってたけど。……なんか、はは、できないとなるとしたくなるもんなんだなって」
「へえ」
「うん。カリギュラ効果ってやつ? いつでもできるって思うと別にしなくてもいいかなって思うけど、しちゃいけないって思うほどしたくなる、みたいな?」
「へえ、そうなんだぁ」

 へラリと笑う拓海と視線を合わせながら、シャワーヘッドの向きを変えた。どまんなか、上を向くものの先っぽ辺りにぶつかるように。
 拓海が息を呑んで、身を強ばらせる。
 カランに手を伸ばし、水勢を強める。

「まっ、ちょ、つよっ」
「自分で持ってて」
「う、うぅ」

 カクカクと腰を震わせている拓海にシャワーヘッドを押しつけ、ボディソープのポンプを押して、ぶわりぶわりと手のひらに泡を盛っていく。

「シャワー、ちょっと上にあげてて」
「う、うんっ」

 チラリと見れば片手でいいのに、なぜか拓海は両手でシャワーヘッドを握りしめ、胸の前に掲げている。そのこっけいさに唇が歪む。

 ――いつでもできるって思うと別にしなくてもいいかなって思う、ねぇ……。

 拓海にとって私は、しようと思えばいつでも抱ける女だったのだろう。
 笑みを浮かべたまま、たっぷりの泡を手にバスタブへ向きなおる。
 
 ――残念ながら、そんな女は、もういません!

 ニコリと拓海を見上げて、目を合わせ。

「洗うね」

 ぽふんと泡で包みこんだ。う、だか、あ、だかわからない、上ずった呻きが頭の上で響いた。
 根元から先っぽまで、ふわっふわの泡で包みこむように扱きあげ、手のひらで泡を押しつぶすように亀頭をこねる。
 何度か繰りかえすうちに、泡は流れて、ぎちゅぎちゅと湿った音が響きはじめる。

「っ、め、めぐみ、もう、いきそ……っ」
「洗いおわるまでダメ。まって」
「まって、って、そんなの、ムリっ」
「ダメ。いいって言うまでダメ」

 すがる声を突きはなして、右手で扱きながら、左手で化粧水の蓋を開けるように、そっと指先で先っぽを摘まんで、さわさわとくすぐってやればビクビクと痙攣が大きくなる。
 「我慢なんてムリ」なのはわかっていた。
 ぼたぼたと落ちてくるシャワーの滴で、めくった袖が、前髪が濡れる。
 こもる湯気のせいか、それとも私も興奮しているのか、じんわりと汗がにじんでくる。

「――っ、っ、めぐみ、イッてもいい?」
「だめ。勝手にイッたら別れる」

 やさしく扱く手を速める。

「だって、もうムリっ」
「だめ」

 左の人差し指で、ぷっくりと鈴口にふくれあがった滴を「まだ」と押しこむ。

「めぐみっ」
「だめ」
「ホント、ムリだってっ」
「じゃ、おねがいして」
「おねがい?」
「そ。おねがいして?」

 うぅ、と躊躇う拓海の迷いを拭うように――浮気男のプライドを握りつぶすように――きゅうと右手に力をこめれば、ビクビクっと手のひらを押し返すように跳ねて。
 ぐ、と喉を鳴らした拓海が、ふっと息を詰めて。

「――っ、ぉねがいしますっ、イかせてください!」

 聞こえた言葉に笑みを深めて、私は甘い甘い声で促した。

「いいよ。いっぱい出して」

 返事はなかった。声にならない声を上げて、拓海が大きく腰を引き、突きだした。

「――きゃっ」

 思いっきりおでこに直撃を受けて、慌てて銃口を引き下げ、第二射が胸に飛んでくる。痛いくらいの勢いだった。
 びゅくびゅくと吐きだされるものが、胸を伝い、どろりと谷間に溜まっていく。

 ――熱い。

 ぽたた、と最後の滴がしたたって、深々とした吐息が頭上で響いた。
 ふと見上げれば、真っ赤な顔をした拓海と目があった。

「あ……」

 拓海は恥ずかしそうに目を伏せて、自然、視線は私の胸へと向かう。
 私は、ドキドキと高鳴る胸に手を這わせた。彼の目に、なるべくいやらしく見えるよう意識しながら。
 ぐちゅりと谷間に溜まった精液を指先でかきまわす。

「いっぱい出せたね」

 ニコリと笑えば、拓海の喉が大きく動いて、しなびかけたものがビクリと跳ねた。



 それから、「もう一回」とねだられたが首を振った。

「だめ。言い忘れてたけど、一回の洗浄で出していいのは一回だけだから」と。

 「おさまりがつかない」とごねられたが、冷たいシャワーをぶっかけて、おさまりをつかせた。

「言い忘れてたのは萌の方なのに……いいじゃん……もう一回くらい……」

 刺激をしないように気をつけながらタオルで拭いて、元のように貞操帯をつけるまでブチブチと文句が聞こえていたが、かちり、と南京錠を閉じた瞬間、ふっと言葉がとぎれた。

「ぁ……」

 貞操帯をジッと見つめる拓海の開いたままの唇が、ひっそりと閉じる。
 身体が理解したのだろう。鍵が閉まれば、もうダメだと。

「……じゃあ、また来週ね」

 わざとらしいほどやさしい声で告げてやれば、拓海は、ぎゅっと目をつむった。それから、ふう、とわざとらしく溜め息をついて。

「しかたない、また来週のお楽しみってことで! 我慢するわ!」

 はは、と強がるように笑ってみせた。



 こうして、一ケ月の射精管理、第一週が終わった。

 たった一週間。
 それなのに、何かが変わりはじめた。
 お互いの関係性も、私達自身も。小さな変化のようで、それでも軽いものではない気がする。

 来週は、一体どうなるのだろう。ドキドキする。
 二人がどう変わっていくのか、その先を早く知りたくてしかたがなかった 
 
 
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